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一目惚れ

 それは一目惚れだった。

 見ただけでわかる。これはきちんと手入れをすれば、宝石なんかよりも人目を惹く濡れ羽色になると。

 だから、声をかけた。

「あの!」

「はい?」

「あなたの髪、結わせてください!」


 由比ヶ浜(ゆいがはま)咲咲音(さざね)は高校一年生。今年吉澤(よしざわ)高校に入学した少女だ。

 吉澤高校には咲咲音の目的とする部活動があり、それが目的で入学した。偏差値が高くて、受験勉強に苦労したのは、まだ記憶に新しい。

 制服は紺のブレザーにチェックのスカートとお洒落だ。念願の部活にも、今日、見学に行く。浮かれていた。

「さざ姉~、髪やって~」

 甘えたな妹の実愛子(みあこ)がやってくる。寝ぼけ眼をこしこしとしながらも、制服は着たらしい。

「もう、実愛子は中学生のお姉さんなんだから、私にばかり甘えてたら駄目だよ?」

「と言いつつ、やってくれるさざ姉は女神!」

 なんてね、と実愛子は悪戯っぽくウインクする。

「さざ姉、好きでしょ? 髪触るの」

「うん」

 咲咲音は少し寂しそうな笑みを浮かべる。実愛子の自分とは似ても似つかない艶があり、こしのある髪を手櫛でとかす。

 咲咲音の頭はもはや坊主と言っていいほどのベリーショートに整えられていた。実愛子の指摘通り、髪を弄るのは好きだし、お洒落にも興味があるお年頃。けれど、咲咲音には髪を伸ばせない理由があった。

 咲咲音の髪は触れるだけで、ぼろぼろと落ちていくほどに脆く、ごわごわのおかしな髪質で、これ以上伸ばしたら、みっともない姿になってしまうのだ。ハゲにならなかっただけまし、と言うより外なく、抜け毛切れ毛がひどかった。そのため、ベリーショートにするのが限界だったのだ。

 鏡を見るたび、どんなにお洒落な服を着ても、台無しにしてしまうな、と気にしていた。

 そんなことを考えながらも、実愛子の髪を結っていく咲咲音の手は止まらない。見る間にカチューシャのような飾り編みを仕立て上げ、襟元で二つの房を結う。実愛子は目をきらきらとさせて、鏡を見ていた。

「さざ姉、ありがとう! 今日も可愛い!」

「ふふ、これくらいならいつでも……じゃなくて! 実愛子もいい加減、自分で身支度するようにならないと」

「でも、髪は可愛くできないもん」

「結うのはできるでしょ? ポニーテール、似合うと思うんだけどな」

 実愛子は咲咲音を褒めてくれるが、それはそれ、これはこれ。そろそろ自立してもらわないと、咲咲音だって、暇ではないのだ。

「お姉ちゃん、おはよ」

「ねぇね! 髪!」

 実愛子の下にも妹が二人。咲咲音の朝は忙しいのだ。


 学校に着くと、五十音順に並べられた席の後ろの方に咲咲音は座る。本当に端の方でよかった、と思っていた。咲咲音は自分の髪が制服を着ていなければ男と間違えられるほどに短いのを気にしているのである。真ん中や前の席だったなら、さぞや目立ったことだろう。由比ヶ浜という苗字のおかげだ。

 教室の隅からは教室全体が眺められて、何がというわけではないが、とてもいい。男子も女子も高校生らしく溌剌と、どこか密やかにしていて、等身大という言葉を思い浮かべる。

 やはり、いいな、と思うのは、みんなの髪だ。咲咲音は自分の髪がコンプレックスなのと同時に、他人の髪を見るのがとても好きだった。女子相手なら、つい、ヘアアレンジについて考えてしまうほどである。そうして思いついたアレンジをノートに書き留め、妹たちに試したりしてみるのだ。

 妹たちが嫌がらないからよかったものの、こういうのって、普通は友達とやるものだよなあ、と咲咲音は苦く思う。咲咲音はなかなか友達に恵まれなかった。やはり髪型のことがあり、馬鹿にされたり、遠巻きにされたりするのだ。

 年頃の女の子たちなんかは「男みたいな髪型してる子と一緒にいて、変な勘違いされたくない」だのと言ってきた。それを思い出して遠い目になる。

 咲咲音がスポーツをやっているのだったら、まだこの髪型に言い訳ができた。だが、咲咲音は運動部には入っておらず、この先入る予定もない。体育の成績が別段悪いわけでもなし。

 咲咲音の目的は、この吉澤高校特有の部活動である。

「わあ……!」

 と、物思いに耽っていると、廊下側の方から、姦しい女子たちの声が聞こえてきた。咲咲音は何事だろう、と耳をそばだてる。

「滅茶苦茶美人! 立ち姿も綺麗!」

「コスプレ部に入るって噂の……!」

「どんなコスも似合いそう」

 コスプレ部、という言葉が出て、咲咲音も見に行くことにした。そうして、目的の人物を探そうとして、目を惹かれる。

 そこに佇んでいるだけで、目が引き寄せられるような美貌。艶やかな髪は毛先の一本まで隙がなく、手入れが行き届いている。顔は少し目が吊り気味のきつい印象だが、くりくりとした目の煌めきが、そのきつさを相殺している。これでノーメイクなのだから驚きだ。

 コスプレ部に入る、というのも嘘ではないのだろう。ヘアスタイルはおそらく、今人気上昇中のアイドルグループ「アイコ×3☆ミ(アイコスリースターズ)」のセンター「ブラックアイコ」を意識しているのだろう。アイコ×3☆ミは顔面偏差値が高くて、容姿端麗美少女を集めたようなグループだ。ヘアセットもしっかりしていて、今、最もお洒落なアイドルである。

 確かに、サイドテールのハニーアイコやショートヘアのミルクアイコよりはストレートロングのブラックアイコのヘアスタイルが映える、華やかな顔をしている。

 咲咲音は内心、羨ましいな、と思う。自分の髪がズタボロなために、コスプレなんて、夢のまた夢だ。容姿にも髪質にも恵まれているなんて、羨ましい。

 少し、緊張してきて、教室に引っ込む。咲咲音はコスプレ部志望で、この吉澤高校に入学したのだ。もちろん、レイヤー志望なんて考えていない。ヘアスタイリストとして、入部したいと考えている。

 さっきの人の髪を、結えるなら……

 そう考えると、前を向けた。


 放課後、コスプレ部の部室に向かうと、朝に見た美人が入部届を提出しているところだった。

 妙に緊張して、「失礼します」という声が上擦ったような気がする。室内の視線が一斉に咲咲音を見た。咲咲音が完全にぴしっと固まる。最後に、入部届を提出していた美人がこちらを向いた。

 膠着をどうにかしないと、とごくりと生唾を飲み込んで口を開く。

「失礼します。入部希望で来ました」

「あ、はーい、どうぞ。ゆっくりしていってね」

 眼鏡のボブヘアの先輩が微笑む。他の先輩方もにこやかに咲咲音を迎え入れた。

 ただ一人、入部した美人だけが表情を厳しくしている。

 部長を名乗った生徒が咲咲音に問いかける。

「レイヤー、衣装、スタイリング、小道具……色々あるけど、どこ希望かな?」

「ヘアスタイリスト希望です!」

「ほうほう。ヘアスタイリストは動画撮影とか他より多くなるけど、そこもちゃんと知ってて来たの?」

「はい! 顔は出さなくていいんですよね?」

「うん。じゃあ、どの程度の技量か、確かめるのに、テストをするね。大丈夫、失敗しても、入部するなってわけじゃないから」

「は、はい」

「ちょっと待ってください」

 しん、と冷たくなるような声が咲咲音たちを引き留める。咲咲音はぎくり、と固まった。

「その人のこと、よりにもよって、ヘアスタイリストとして受け入れるんですか? 見てくださいよ、その髪。パサパサじゃないですか」

 痛いところを衝かれ、咲咲音は体を縮こませる。部長はその背中をぽん、と叩いた。

「レイヤーになりたい、だったら諦めさせようって思ったけど、ヘアスタイリストなら、まだやりようはあるよ。あと、部活動への所属は自由だよ。泳げない子が水泳部に入ったら怒るの? 泳げるようになりたいのに」

「……」

 美人が押し黙る。それからふいっとよそを向いたので、話は終わりと考えていいだろう。

「はい、じゃあ、名前を聞こうか」

「由比ヶ浜咲咲音です」

「由比ヶ浜さんね。よろしく」

 配慮してくれたのか、美人から少し遠くに、配置された鏡と櫛類などを示し、軽い説明がされる。十分でどれくらいできるか試すとのことだった。

 家でやるよりも設備が充実していて、先程のことなど頭から飛んだらしい咲咲音は、ジャケットを脱いで、腕をまくった。

 ——十分後、とあるアニメの飾り編みおだんごヘアが完成し、一同はブラボーと手を叩いて、咲咲音を迎えるのだった。


 それでも、傷ついたことに変わりはない。

 咲咲音は、自分の髪を弄ってみるも、すぐはらはらと切れて落ちてしまい、はあ、と溜め息を吐くことの繰り返し。

 結局、どうにもならないまま登校して、心ここにあらずな様子で一日を浪費する。

 ——はずだった。

 それは、体育の時間。体育は男女別で、隣のクラスと合同で行う。だから、普段見ない顔もあった。

 その中に、明らかに毛量を持て余している女子のポニーテールがあった。手入れも行き届いていない。けれど、咲咲音にはわかった。手入れの仕方がわからないのだ、と。もっとちゃんと手入れをすれば、この髪はみどりの黒髪と輝く、と。確信した。

 そう思ったら、黙っていられなくて、咄嗟にその人物の腕を掴む。少し背の高いその人物は、ちょっとびっくりした様子で立ち止まる。それから、咲咲音を見た。

「なんですか?」

「あの、あのさ!」

 しまった、と咲咲音は思う。衝動的に動きすぎて、なんて言ったらいいか、わからなくなっていた。

 ——いや、大丈夫。わかる。

 やりたいことを、やりたいというだけ。

「あなたの髪、結わせてください!」


 それが由比ヶ浜咲咲音と(はざま)美紅璃(みくり)の出会いだった。

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