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#93 赤々と波打って

 随求堂から外に出ると、先程までの暗闇とうって変わって、太陽の光が十二分に差し込んだ光景に、思わず目が眩んでしまう。


「うぉっ、眩しい!」


 直樹は案の定ギュッと目を瞑って、そこで一瞬立ち止まってしまう。

 とはいえ、人ひとりと半分もないくらいの出口で立ち止まられると後ろが進めないため、背中をせっつくようにして進ませる。


「思ってたよりも面白かったわね」


「……でも、すごく怖かったです」


「よく頑張りましたね、雨森さん」


 俺と直樹の後ろでは、女子たちがそんな会話を繰り広げていた。

 直樹に向けて、お前は雨森さんに声をかけに行かなくていいのか? と、そう小突くが。彼は今じゃないだろ、と小声でそう言っていた。

 ……いや、割と今はいいタイミングのような気はするんだが。まあ、直樹がそういうのならいいか。


「よっしゃ、それじゃあそろそろここに来た主目的の清水寺に行こうか!」


 直樹は腕を突き上げながら、そう言って先導していく。

 ここからなら、もう道は明らかだし、彼の誘導でも問題なく行くことができるだろう。

 ウキウキで歩いていく直樹に、離れないようについていく。


 入り口付近まで来たところで、俺が代理で全員分の拝観料を支払ってくる。

 代わりにもらった券を各自に渡して。


「それじゃ、入ろうか」


 入り口で職員の人から券の確認をされ、それぞれ順番に入っていく。


「おっ、さっそくなにかあるぜ! ……なんだこの鉄の棒」


 舞台へと続く道の途中、なにやら鉄の棒が設置されていた。

 錫杖のような、輪っかのついたその棒。どうやら、軽く繋がれているだけなので持ち上げたりすることができそうだった。


「うぐぐ……めちゃくちゃ重い……」


 直樹の顔がぐぐっとしかめられる。俺もそれに倣って試してみるが、たしかに重い。

 俺たちがそんなことをしていると、茉莉が呆れたように。雨森さんは面白そうに。ふたつの笑い声が後ろからする。


「さっ、ささっ、早く先に行こうぜ!」


 直樹が少し顔を赤らめながらに急いで順路に戻っていく。どうやら、今の自分の状況を俯瞰的に見れたらしかった。ついでに、それを雨森さんに見られているということも。


 さささっと進んでいく直樹に、少しため息を付きながら。

 そのまま本堂へと入り、右に視線をずらす。


「……おお、これはすごい」


 ゆっくりと前に進みながら、前に広がる光景に思わず息を飲む。

 清水の舞台、木製の本堂から、その奥。覗く、周辺の光景。

 時期が少し早かったのだろうか。完璧な紅葉、とまでは行かないが。赤々とした葉っぱが一面に広がっている。

 風が吹けば、波打つように大きく揺れて。


 なるほど、これはたしかに観光地となる所以がよくわかる。

 まさしく、絶景だ。


「ここが清水の舞台から飛び降りる、の清水寺の舞台だな!」


「間違えても飛び降りるなよ? 下手したら死ぬぞ?」


「そっ、そそそそんなことするわけないだろ! なあ!」


 直樹が、目をそらしながらにそう言ってくる。せめて落ち着いて、目を合わせて言えよ。

 だがしかし俺は知っている。一番最初、清水の舞台から飛び降りる、という言葉を聞いたときに。直樹はバンジージャンプのような一種のアクティビティみたいな体験施設だと勘違いしていた、と。


 直樹が、なんとか話題を別なものに引き換えようと必死になっているのを横目に見つつ、あたりを見回していると。


「ああ、すみません。そこのお兄さん」


 声をかけられて、そちらを向いてみる。すこし、しわがれた女性の声。

 そこには、ひと組の男女。なかなかのお歳なようで、女性の方は杖をつきながら。男性の方は足腰はそこそこに健康そうではあるものの、帽子の隙間から見える髪の毛は真っ白だった。


「皆さんで楽しんでるところ、ごめんなさいねぇ。ちょっと、写真を撮ってくれないかしら」


「はい、大丈夫ですよ」


 男性からデジタルカメラを受け取る。やや年季の入ったそれは、おそらくはこの夫婦が各所を回ってきたというそのあらわれだろう。


「それじゃあ、撮りますよ」


 カリャリ、と。シャッターを切る。すぐさま結果が確認できるのは、デジタルカメラのいいところだ。

 ふたりに駆け寄って結果を見せる。満足そうにその写真を見てくれていて、女性からありがとう、とお礼を言われてしまった。


「手間をかけてしまって済まないね。代わりと言ってはなんだが、君たちの写真も撮ってあげようか?」


 男性が、そう提案してくれる。

 それに、俺が首肯をするよりも早く、後ろにいた直樹が「お願いします!」と、バカでかい声で言う。いつもならうるさいと怒るところだが、時と場所がアレなので、ここでは控えておく。

 元気なお友達ね、と。女性が柔らかに笑う。


 俺はスマホのカメラモードを起動させてから、男性にそれを渡す。操作について軽く彼と話してから、先程までふたりがいたところに、今度は俺たち5人が並びに行く。


「……なあ、直樹」


「どうした? 裕太」


「お前の居場所はこっちじゃねえだろ」


 俺は、小声でそう語りかけると。左端に並んでいた直樹の首を掴んで、そのまま逆サイドへと無理やり押し込む。

 元の並び順が、直樹、俺、茉莉、絢香さん。そして雨森さん、という順番だったので。入れ替わることにより、


「あっ、えっと。……ごめん、こっちに入ってもいいか?」


「う、うん! 大丈夫だよ、直樹くん」


 右端に、直樹と雨森さんが並ぶことになる。

 なんとも初々しいというか、お互いに青臭い反応をするふたりに、少し笑顔になってくる。


「なんだ、裕太もあのふたりのこと気づいてたのね」


「……ということは、茉莉も気づいてたのか。まあ、結構わかりやすかったと思うからな」


「私としては意外。……ああ、あのふたりが想い合ってるってことじゃなく、裕太が気づいたってのが」


「へえ、そうなのか……って、それ、どういう意味だ?」


 一瞬そのまま流してしまいそうになったが、一瞬、なんというかとんでもないことを言われたように感じる。

 ジロッと彼女に視線をやると、茉莉は飄々とした様子で視線をそらして。


「なによ、事実じゃない。この恋愛オンチ」


「ぐっ」


「どこの誰かしら。美琴さんと涼香ちゃんから気持ちを伝えられるまで、その感情に気づいていなかった人は」


「否定できねえ……」


「唯一気づいていたであろう絢香さんについても。そもそも開幕から好き好き言われ続けてたから気づいていただけで、正直それがなかったら気づいてなかったんじゃないかしら?」


 地味に茉莉が踵で足の甲をグリグリと踏み始める。ローファーなこともあり、ヒールほどは尖っていないものの、十分に痛い。


「正直外野から言わせてもらうと、美琴さんからのアピールも、涼香ちゃんからのアピールもかなりわかりやすかったわよ? ……それでも気づかないあたり、さすが裕太というべきか、やはり裕太というべきか」


 うん、間違いなくめちゃくちゃに貶されてるのはわかる。だがしかし、それに対して反論できる要素が微塵もない。自分の恋愛に関する察知能力の低さに、酷く後悔をする。


「直樹と雨森さんの関係性くらいまででいいから、それくらいの察知能力を自分の恋愛に対しても発揮してくれれば、こっちとしても楽なんだけどねぇ」


「まあ、できる限りは善処する」


 と、いうか。なんとかしていきたいという気持ちはありはするのだが、どう改善していけばいいのかという、その具体的な方法がわからなくて困っているのだが。

 とにもかくにも、とりあえずの俺の言葉を聞いた茉莉は踵を退けてくれる。


「……まあ、あとひとり。頑張って気づきなさいよ」


 その途中。なにかを茉莉がボソッと言ったが、俺には十分には聞き取れず。

 ちょうど、男性がそれじゃあ撮るよ、と言ってくれたので。視線を、意識をカメラの方に向けた。


 シャッターが切られ。写真が撮られる。


 俺はふたりに駆け寄って、お礼を言いながらスマホを受け取る。


「修学旅行かな? 十分楽しんできなさい」


「ふふっ、あの男の子と女の子、いいわねぇ。それから、真ん中にいた子と、君の隣にいた子は……」


「こら。そういうことは気づいても言うもんじゃない。無粋だろう」


 男性にそう諌められ、女性はあらあら、怒られちゃったわ、と。頬に手を当てながらニコリと笑った。

 どうやら、直樹と雨森さんの様子については、初めて出会ったこのふたりからしても明らかなようだった。


 俺は改めてふたりに対して礼をしてから、その場から立ち去る。

 そして、受け取った写真をみんなで確認しながら、談笑をする。


「ねえ、あなた。ああいうのを見ると、懐かしいわね」


「……いつの話をしている」


「あらやだ。忘れたとは言わせないわよ? ……あのときの写真、どこに仕舞ったかしら。今ではしゃんとしたあなたが、学生服に見を包んで、ガチガチに緊張していたときの写真」


 女性は、ふふふっと笑いながら。もう何十年も前に撮った、いつかの清水寺での写真に、ふと、思いを寄せていた。






 無人で設置されている線香を買おうとして直樹の財布に10円玉が無かったり。

 御守をそれぞれ買って。お前は学業成就だろ、いやお前こそ学業成就だろ、と。直樹と茉莉がお互いにツッコんでいたり。

 なんだかんだでひと悶着やらふた悶着やらありつつ。


 清水寺の本堂から出たところで、直樹が口を開いた。


「ええっと、こっちが音羽の滝なのかな?」


「でも、どうやら別の道もあるみたいですね?」


 絢香さんがそう言うとおり、ちょうどそこで道が二手に分かれていた。やや登りの坂と、それから下りの階段と。

 看板があったので読んでみると、どうやら坂道のほうが通常の順路。そうでない階段が、お急ぎ用の順路らしい。


「せっかくだし上まで――」


「えっと、私はこっちからでも、いいかな?」


 直樹がそう言いかけたとき。少し申し訳なさそうな顔をした雨森さんが、階段を指差しながら、そう尋ねた。


「ちょっと、さすがに疲れてきたちゃったから。ゆっくり行きたいかなって。……あっ、みんなは上から行ってもらっても大丈夫だから!」


「そっか! うん、俺もちょうど今疲れてきたところだから! 裕太たちは上から行ってきていいぞ! 俺と雨森はこっちから行ってゆっくり待ってるから!」


「えっ!? いや、直樹くん? 別に私は構わな――」


「よし、それじゃあ行こうか、雨森」


 と。なにやら勢いだけで全てをねじ伏せた直樹が、そのまま雨森さんを連れて階段を下っていった。


「ええっと、それじゃあ行こっか」


 茉莉も、少し困惑しつつも。そう言うととりあえず順路に沿って進み始める。

 3人とも、いろいろとツッコミどころや言いたいことなどはあっただろう。だがしかし、それをここで言うのは、野暮だと。そう共通した認識を持っていた。


 とにかく、絢香さんと茉莉と一緒に揃ってしばらく進むと。あっ、と。絢香さんが、声をあげた。


「見てください、あっち!」


 直樹と雨森さんのふたりと別れたからだろうか。先程まで、外行きモードが強めにかかっていた反動もあってか、いちおうは屋外ではあったものの、絢香さんの様子が普段寄りになっていた。

 楽しそうな表情で彼女が指差した方向を見ると。手前には先程も見えた紅葉。そして、その奥には京都の街並みが広がっていた。

 碁盤の目、と形容されるのがよくわかるほど、まっすぐに立ち並んだ建物。ところどころは京都らしく、古い建物も見えたりする。


「へぇ、まさか清水寺から、こんなふうに街が見えるとは思わなかった」


 そう言ったのは、茉莉だった。

 そういえば、坂を登って階段を登って、としてきたから。結構高い位置に来ていたのか。

 今と昔の入り混じった、そんな街を見下ろしながら。


「なんというか、言葉としては稚拙ですけれど。キレイですね」


「大丈夫よ、絢香さん。私もそのレベルの言葉しか思いついてないから」


 そんなことを話すふたりの様子を見ながら。俺たちは少しの間、その景色を眺めていた。

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