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#91 いつかもしかしたらの話

 直樹と雨森さんが楽しそうに笑い合いながら、喋り、歩いている。

 こういった彼の姿を見るのは、とても珍しい。……相当に久しぶりに見た、というレベルだ。

 正直友人としての悔しさはあるが、俺と一緒になにかしていても、こんな直樹の表情を見ることはほぼない。


 それほどに、直樹にとっての雨森さんの存在が、それだけ大きくなっているのだろう。


「あっ、見て直樹くん。あれ!」


「うん? どれだどれだ?」


 そして、それは雨森さんにとっても、きっと同じで。

 傍から見れば、なにも知らない人からすれば。全くの真逆な性格のふたりなんだけれども。


 仲の良さそうな、そんなふたりの様子を伺いながら。俺は付かず離れずという距離感を保ち、順路に沿って歩いていく。


 元々お寺とその庭、という感じだったのだろう。手入れの行き届いた、落ち着いた様相を眺める。

 他人の会話も飛び交っているが、風の音や鳥の声が、一層強く感ぜられて。


 ぐるりと周囲を見回してみると、遠くの方に茉莉の姿を見かける。

 おーい、と声を掛けようかとも思ったが。そんな彼女のすぐ隣に別な女子の背中が見えて、踏みとどまる。

 あれはクラスメイトの……名前はすぐには出てこないが、それなりに見知った顔だ。基本的には俺や直樹たちとは別なグループにいるため、関わり合いになることはないが。しかし、どうやら茉莉とはかなり仲がいいらしい。


 そりゃそうだよな、とひとりごちる。

 茉莉とは隣の家で長い付き合いではあるものの、あらゆる生活まで一緒なわけではない。……いや、今年に入ってからは謎に共にすることが増えた側面もなくはないが、特に学校内での行動はバラバラなことが多い。

 茉莉も、俺が変なことをしないかなどを気にかけたりしてくれたりすることはあっても、当然ずっとこちらに構ってきたりしているわけでななく。彼女自身も他の人と絡んでいるわけで。

 その点でいうと、どちらかというとなにかあれば俺に構ってこようとする絢香さんのほうがイレギュラーなのだが。


 とにもかくにも、茉莉自身に独自のコミュニティがあるのは至極当たり前で、むしろそうあるべきだというのに。


 ほんの少し、胸のうちに生まれたモヤつきに。俺はハッと気づく。


「……そういう、ところなんだろうな」


 少しだけ、俺が彼女のことを理解できていなかったその一因に気づけた気がした。

 あまりにも彼女との元々の距離が近すぎたせいで、無意識のうちに漠然と、俺は彼女のことを、自分と彼女の関係性だけ、あるいは俺自身の周囲の関係性だけで測ろうとしてしまっていた。実際には、彼女と外との関係性もそこにはあるはずなのに。


 だからこそ、そこにあったのが彼女と別の人の交流だったときに俺の中に違和感が生まれた。


 もっと、遠くを見つめなければならない。茉莉のことが見えていないわけじゃなかった。近すぎて、大きすぎて。全体を見据えることができていなかった。


 少しだけ見えた糸口に、俺は小さく拳を握りしめながら。

 遠くで友人と笑い合っている茉莉の姿を眺めていた。






 鹿苑寺の構内、そして周辺を散策した後。1日目ということもありそこそこな時間になり。そのままホテルに戻ることになった。

 普段に比べて、時間の微妙に早い夕飯を食べ。貸し切りの都合でこちらも早い時間の風呂を済ませて。そんなこんなとしているうちに、自由時間となった。


 とはいっても、原則ホテルの中から出ることはできないので就寝前の休憩時間という方が正しいのだが。


「いやー、楽しかったな!」


 ボスッ、と。設置されているベッドに倒れ込みながら、満足そうに直樹はそう言った。

 とはいえ、その体勢のまま身体から力が抜けていっている様子を見る限り、相当に疲れているらしい。

 昨晩は楽しみ過ぎて寝不足になったらしいし、それでいて日中はテンションマックスの全開で遊んでいたから、活動時間こそそれほど長くはなかったものの、さすがに体力切れといったところだろうか。


「そういや、これ、見ろよ!」


「うん? ……ああ、これ結局買ったのか」


 彼が見せてくれたのは、透明な小瓶。コルクで栓をされたその内側は、随分とキラキラしている。


「金箔なんて買ってどうするんだよ。食べるのか?」


「食べねえよ! ……えっ、金箔って食えるの?」


「まあ。ほら、正月の黒豆に金色のやつが乗ってたりするだろ? あれがそうだよ」


 彼はしばらく考え込んでから、あっ、あれか! と。どうやら、脳内検索に引っかかったらしい。

 曰く、金色に加工したそれっぽいなにかだと思っていたとのこと。そういうものもあるのかもしれないけれど。


 直樹が見せてくれたのは、3cmもないくらいの小さなガラス製の瓶で、その内側に金箔が入れ込まれている。……とはいっても、ほんの少しだけだが。

 金閣寺か、あるいはその周辺で売っていたもので。興味を示しているのは知っていたが、どうやら買ったらしかった。

 ちなみに、チェーンがくっついているのでカバンなどにつけられなくもない。……つける人がいるのかはわからないが。


 直樹は、食べられるとわかってからどうやら一層興味が湧いた様子で。どんな味がするのだろうか、なんてことをつぶやきながらまじまじと小瓶を見つめていた。


「言っても、装飾にほんの少しつけるだけだからな。ほとんど味とかは感じないと思うぞ。単体で食べるとかしたら知らんが」


 小瓶の中の金箔は、箔でとてつもなく薄くなっているからそこそこあるように見えるが、実際にはほとんど無い。

 元よりそんなたくさん入っていれば直樹がああして買うこともないくらいに高額になるので当然ではあるが。


「しかし、それならお前、金沢とか行ったら楽しめそうだな」


「金沢? なんでだよ」


「あそこは金箔が有名だからな。たしか、金箔が貼ってあるソフトクリームがあったような記憶もあるし」


 そう言うと、彼は目を輝かせてそんなもんがあるのか! と、飛び起き、スマホで調べ始める。

 京都に来ながら他の観光都市の話をするのはどうなのかと思わなくもないが、しかし直樹が楽しそうなのでいいだろう。

 こうなった直樹は、そのまま周辺の観光地なんかも同時に調べ始める。そして、こんなところに行きたい! と、旅行の計画を立て始める。

 今は時期的に、この修学旅行が終わってしまうと受験がどんどん近づいてくるためにさすがに厳しいものがあるだろうが、逆にいえばそれ以降にであれば行くことができるようになる。


 他の旅行のときにも連れ回されたことがあるので、またそうなるだろうかと。そう思いながら自分でも軽く調べようかとそう思ったとき。ふと、その調べる手を止める。

 ……早くても、おそらくは翌々年の年明け以降になる。そこに至るまでになれば、もしかすると、と。

 昼間、鹿苑寺で見た直樹の様子を思い出しながら、俺は少し考えた。


 その頃には、俺でない他の人と行っているかもしれないな、と。


 あの様子を見る限り、直樹と雨森さんはお互いに想い想われの両想いだ。それに直樹が気づいているのかは不明だが。……雨森さんは、たぶん気づいてないけど。

 もちろん、付き合ったからといってそれから先になんら障害もなく、順調に進んでいく保証なんてないんだけれども。そのあたりの人付き合いに関しては直樹はうまくやっていきそうなそんな印象がある。


 ――むしろ、


「……なあ、直樹」


「どうした、裕太」


「いや、なんというか。お前、雨森さんのこと好きだろ?」


 俺がそう言うと。彼は驚いたような表情をしてから。しかし、すぐさま顔は元に戻り、なんだ、気づいていたのか、と。


「あれでは、気づくなという方が難しいだろう。当人たちならいざ知らず、外野からならそれなりにわかると思うぞ。たぶん、茉莉なんかも気づいてるだろ」


「大正解。茉莉にも既にツッコまれたあとだ」


 どうやら彼女のほうが先に気づいていたらしい。

 直樹は照れくさそうに頬を掻きながら、言葉を続ける。


「それで、俺が雨森のことを好きだと確認して、どうするんだ?」


「いや、単純にお前がどうするのかなってそう思ってな。……正直、お前なら勝ちの目はあるだろ」


 ほぼ常日頃に「彼女が欲しい」と言っている彼なのだから、てっきり想いを伝えるものだと思っていたのだが。随分と慎重に、というか動き出しが遅くなっているように感じる。

 ある種では慎重でもあるのだが、どちらかというと必要以上に、そしてそれをわかっていながらも敢えて遅らせているような、そんな感じがする。


「まあ、時期とか順序とか、そういうもんがあるんだよいろいろと」


「……時期や順序、ねえ」


 むしろ、このふたりに関しては早々に決着をつけたほうがいいようにも感じる。

 直樹に関しては、多少時期が遅くなろうがさほど問題がないように感じるのだが。その一方で、そうなるとどんどん苦しくなってくるのは雨森さんの方だ。


 これでも直樹は相当にモテる方だし、それでいて公言では彼女が欲しいとのたまっている。

 自分が思いを寄せている相手がそんなふうにいろいろと選べる立場にある、ということがわかれば。雨森さんの方は気が気でないだろう。


「好きなんだろ? あんまり待たせたり困らせたりしないようにしろよ?」


「うーん、それはわかってはいるんだけど。でも、その、なんていうか。やっぱり俺にもいろいろとあるんだよ」


 困ったように。あはは、と力なく笑いながら、直樹はそう言う。

 いろいろってなんだよ、と。追及しても、のらりくらりと躱してきて。どうやら、相当に言いたくない内容らしい。

 それならば、別に構わないといえば構わないのだが。


「うーん、そうだなあ。裕太が、誰かと付き合って身を固めたら、俺も告白するかもしれねえ」


「……はあ? なんの冗談だよ」


 そもそも俺が身を固めることと直樹の告白になんの因果関係があると言うんだ。そんな重要そうなことに、勝手に人の色沙汰を巻き込まないでほしいんだが。

 あんまりにも突飛なその発言に、俺がそうツッコむと。彼はあっはっはっはっ、とそう笑っていた。


「それなら、お前も年明けぐらいには彼女持ちになるってことか?」


「うんうん、そういうこ――えっ、今なんて!?」


 お返しにと言わんばかりに、具体的には言わないままにそう返してやる。

 追及してこようとする彼に、俺は是とも非とも言わず、さきほど彼がやってみせたようにのらりくらりと質問を避けていく。


「全く。冗談を言うのもほどほどにしておけよ?」


「それはこっちのセリフなんだよ、裕太」


 いちおう、俺の方に関しては嘘は言っていない。絢香さんたちとの約束で、今年中に答えを出すと約束している。だから、直樹の言った「俺が誰かと付き合ったら」という条件は今年中に満たされる、はず。

 まあ、もちろん今の俺の抱えている事情を直樹に共有できるわけもないので、彼がそのことを知ることはないんだけれども。


「まあ、そういうことだから。あんまり待たせすぎないように、頑張れよ」


「……おう」


 そんなこんなを話しているうちに、結構な時間が過ぎていたようで。

 明日は班ごとの自由行動。今日以上に動き回ることになるだろうし、早めに寝て英気を養っておくべきだろう。


「それじゃ、おやすみ」


「おう、おやすみ」


 消灯して、ベッドに入る。

 ぐっと身体を伸ばして、改めて自分の身体にもそれなりに疲れが溜まっていたのだと自覚する。

 これは、早めに寝て正解だったかもしれない。そう思って、目を伏せようとして。


「それで? 裕太は誰のことが気になってるんだ?」


「……おやすみって、お互いに言ったと思うんだが」


「いいじゃねえか、せっかくだし恋バナしよーぜ!」


 ガサゴソと、彼がこちらを向いてきたことが音でわかる。NOの意を込めて彼に背を向けるが、そんなことは知らぬと言わんばかりに彼は言葉を続ける。


「それで、誰なんだ? 冗談でもああいうことを言うってことは、なにかしら思うところはあるんだろ? 俺も相談に乗るからよ!」


「お前なあ……」


 面倒くさそうな話題を与えてしまったなあ、と。そう後悔しながら。しかし、それに答えるわけにもいかず、話しかけてくる直樹の言葉を受け流すことしばらく。


「今日若干寝不足気味だったやつ、どこの誰だっけ?」


 と、俺が言ったことで。痛いところを突かれた直樹は、うぐぐっと、やっと大人しくなった。

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