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#88 いつもどおり

「なあ、裕太」


 昼休み、教室。直樹が前の席に座りつつ、こちらに振り向いていた。

 直樹が話しに来るときのいつものパターン。そして、この切り出しということは、なにかしら気になることとか相談事とかがあるときのものだ。


 ちょうどというべきか、絢香さんは席を外している。あるいは、いないことを見計らってきたのだろう。

 春先の頃とは違い、直樹と俺が話している程度では威嚇をしなくなった絢香さんだったが。話題の内容的な都合、いないほうが好ましいだろう。

 もっとも、直樹は絢香さんの威嚇程度では早々引き下がることはなかっただろうが。


「最近なんだけどさ。茉莉、なにかあったか?」


「…………まあ」


 しばらく前、彼女と一緒に出かけたときのことを思い起こしながら。俺は歯切れの悪い返事をする。

 あの翌日。まるでさっぱりと、なにごともなかったかのような様子で部屋から出てきた茉莉は。「ごめんね、昨日のことは」と、そう言いつつ。併せて「気にしないでね、私が悪かったんだし」と、そう言ってきた。

 だから、俺の方面からも変に掘り返したりするべきではないのだろうなと、そう思って言及などは控えていたのだが。やはり、彼女としても気になるところがあったのだろうか。


「やっぱりかあ。いやあ、もうすぐ修学旅行なのに、なんか様子が変だからさあ。茉莉と新井さんの間でなにかあったのかなって」


「そうなんだ……うん? まて、茉莉と絢香さんの間で?」


「そうだぞ」


「俺と茉莉ではなく?」


「なんでお前らなんだ?」


 直樹の言ったその言葉に、思わず聞き返す。

 てっきり、俺と茉莉の間の空気が変、という意味合いだと思っていた。俺としてはそのことを察知できてはいなかったが、外野にいた直樹からはそれが見て取れて、そして俺に対してなんとかしておけよ、と。そう助言しに来たのだと思っていた。

 実際、中学生の頃などに茉莉と言い争いをしたあとで、こうして直樹が仲裁に入りに来たことがあった。だから、今回もその例だと思っていたのだが。


 コテンと首を斜めにかしげている直樹の様子に、どうやら彼の言っていることで間違いはないらしい。

 つまり、直樹が感じ取っているのは俺と茉莉とのすれ違いではなく、茉莉と絢香さんとの間のなにかしらとのことらしい。


「ほら、茉莉はともかく新井さんは裕太のほうが間違いなく親しいだろ? だからなにか知ってるかなって思って」


「それはまあ、たしかにそんなところあるが」


 というか、直樹には伝えられていないだけで、絶対に彼が思っている数倍くらいは親しくさせてもらっているが。

 それはさておき、茉莉と絢香さんの間に不和があった、というような素振りは見たいことがない。それこそ、茉莉が絢香さんに対してツッコミを入れまくっているとか、なんらかやらかしかけたときにお叱りを受けているということはあるが。しかし、直樹の話を聞く限りではそういう話ではないだろう。


「まあ、俺の思い違いというか。ただの思い過ごしの可能性もあるんだけどな?」


「……うん? どういうことだ、直樹」


 彼に対してそう尋ねると、彼はあはは、と笑って誤魔化す。

 それを言うと、俺の方が茉莉に首を刎ねられる、と。


「まあ、そういうことなら別に深く追及はしないが」


 だが、気になるところもなくはない。それこそ、茉莉が俺に絡みに来ることに対して絢香さんが気にしている、とかであればわからなくもない。……なかった。最近だと、違和感にはなってしまうが。

 直樹も同じではあるが、それこそ、初期の頃であれば絢香さんがそういう態度を取るのは比較的自然な話だった。今では、彼女たち同士が仲良くなっているために、そういう傾向がなくなってはいるが。

 しかし、茉莉が絢香さんを、となると少し疑問に思ってしまう。


 茉莉は、俺の監視という目的で絢香さんたちと一緒でメイドになった。俺が彼女たちに不埒なことをしないかどうかを見張るためだ。

 そして、そのためであれば彼女が目を向けるべくは絢香さんではなく俺であろう。


「とにかく、俺の方からも気にしておくよ」


「ああ、そうしてもらえると助かる。もうすぐ修学旅行ってのに、班の中に変な空気が流れてて欲しくないからな」


 ニヘッと、そう笑ってみせる直樹。彼の言葉は、まさしく正論だろう。

 そして、その言葉はそのままに俺の心臓にもぶっ刺さる。


「裕太、お前もだぞ?」


 昼休み終了5分前を告げる予鈴が鳴る。直樹は立ち上がり、去り際にちらりとこちらを振り向きつつ、そう言う。

 どうやら、最初の失言はしっかりと聞き取られていたらしく。そうやって釘を刺されてしまう。


「どうせ、お前らのことだから裕太がなにかやらかして、それに対して茉莉が怒ったんだろ?」


「……なんでそう思うんだよ」


「逆だったら、こじれるよりも先に裕太が自分自身で処理しちまうからな。なんらかがまだ解決してないってことは、原因は裕太にあるけど、お前自身がなにが原因か理解できてないってことだ」


 合ってるだろ? とでも言いたげな自信満々な顔に、少しばかりイラッとしてしまう。だがしかし、満点の正解を叩き出されているのでなにも言い返せないし、さすが直樹といったところだろうか。

 そこまでわかるのなら、この際アドバイスのひとつでもしてもらいたいところだが、彼はなにが起こったのかを知っているわけでなければ、その内容を説明しようにも少し憚られる。

 普通にふたりででかけていた、とでも言えばいいのかもしれないが。いちおうは体裁上はデートだし。経緯をしっかりと説明しないといけない都合、彼女と待ち合わせしたところから話さないといけないだろう。


 それに、仮にアドバイスを求めても。それくらいは自分で考えな、と言われる気がする。あくまで、俺が引き起こした問題なのだから。


 手をヒラヒラと振りながら自分の席へと戻っていく直樹を見送っていると、入れ替わるようにして絢香さんが隣の席へと戻ってくる。

 先程の話もあったからか、思わず彼女のことをジッと見つめてしまって。どうかしましたか? と、そう聞かれてしまう。

 なんでもないよ、と。そう誤魔化して。


 しかし。視界の遠くにいる茉莉の様子を少し捉えながら、考える。

 直樹が言うのであれば、その気になっているなにかというものが勘違いだという可能性は低いだろう。

 直樹は、難しいことを考えたり、考えの裏を読んだり、ということは苦手な反面。ものすごく勘はいい。

 だからこそ、なんとなくで彼が気づいてくる俺や絢香さんたちの関係性への指摘などにヒヤヒヤすることがあるのだが。逆に言えば、それほどにも彼の指摘は核心をつく。

 で、あるならば。気のせいであると切って捨てるのは危険であり、むしろキチンと可能性として拾わなければならない事案だろう。


「とはいえ、だなぁ」


 変な心配をかけないよう、隣の絢香さんには聞こえない程度の小さな声で俺はそうぼやく。

 まさか茉莉や絢香さんに直接それらを聞くわけにもいかないだろうし。そうなると、彼女らの様子についてしっかりと観察しておく、というのが今できる最大限になるだろう。

 だがしかし、ただでさえ以前彼女に怒られた理由を、しっかりと把握できていないような状態の俺に。はたしてそんなことを理解できるのだろうかと、そんなことを考えてしまう。


 そもそも、そこが理解できるのであれば。はじめから、茉莉のための衣服のデザインで、あれほど悩んではいなかっただろう。

 未だほぼ真っ白なままのデザイン案に、自嘲を含む笑いが漏れる。

 何度も描きすぎたせいか、消しゴムでは消しきれなくなってきて。紙もなかなかに引かれ、寄せられでシワがついていて。そろそろ紙を新たに変えるべきだろうとは思っているのだが、これがどうして変える気になれない。


 そんな考え事をしていると、隣から絢香さんの声。

 どうしたのだろうかと顔を向けると、授業が始まっていることを教えてくれていて。

 どうやら、考え事をしているうちにチャイムを聞き逃してしまっていたらしい。慌てて授業の準備をしつつ、彼女から今どこをやっているのかを教えてもらう。


 現在、俺のふたつ前の席の生徒が当てられていたらしく。このままの流れなら、そのまま俺に来るところだったらしい。

 絢香さんに、ノートの端に『教えてくれてありがとう』と書いて見せると。彼女も同じように、ノートに書いて見せてくれる。


『もちろんです、従者なので』


 と。そんな、いつも通りな様子の絢香さんに、俺は少しだけ安心して息をつく。

 そんなことをしているうちに、俺の番がやってきて。先生の質問にはつつがなく答えることができた。


 改めて、彼女に向けて小声で礼をいうと。絢香さんも笑って返してくれる。外行きモードだから、それほどわかりやすい表情の変化ではないけれども。それでも、わかる。

 ……うん。やっぱり、こっちはいつもどおりだ。絢香さんの方は、普段と大きく変わらない。


 いつもどおり、従者であることに謎に自信を持っていて。俺のためにいろいろやってくれようとして。……たま、いや、そこそこ行き過ぎることもあるけど、それでもそれがまたある意味では嬉しくって。そして、それに対して感謝を告げると、こうして満足そうにしてくれる。


 そんな、いつもどおりの絢香さんだ。


 そんなことを思いつつ。ホッとしながらも、別の心当たりへと視線をずらしていく。

 少しばかり遠くの方を見つめていると、こちらの視線に気づいたのか、茉莉が俺の方を向いてなにやら口を動かす。

 さすがにこの距離で、口の動きだけで言葉を理解しろというのは無理がある話だが。

 しかし、なんとなく言わんとすることはわかる。表情が、ややしかめっ面になっていることも、ヒントになるだろう。おそらくは、『教室でいちゃつくな』あたりだ。もしかしたら、先程までのやり取りを含めて見られていたのかもしれない。


 別にいちゃついているわけじゃない、と。そう言い返したいところだが、先程までの言葉も俺が勝手にあてただけであり、実際に言われたわけではない。

 ……なら、むしろいちゃついていると思われても仕方ない、と。そんなふうに心の中のどこかで自覚しているのではないか? と、逆にそうやって考えてしまう。


「わからんもんだなぁ……」


 絢香さんがいつもどおりなのならば、茉莉が、と。そう思ってみるのだが。やはりこちらもいつもの様子に思えてしまう。いつもどおり、俺が絢香さんに変に手を出さないかを見張っている茉莉だ。

 強いて言うならば、こうして授業中にその場で文句や指摘を入れてくるあたり、普段よりも手厳しく来られている、と。そう思わなくもないが。

 しかしそれも、俺との先日の件で若干当たりが強くなっていることが原因だろう。だからこそ、それこそ誤差の範疇だろうし、直樹の違和感には直結しない。


 そんなことを考えていたからか、今日の授業は普段よりも数割増でボーッとしてしまって。そのたびに、絢香さんに助けてもらっていた。

 そして、毎度のごとく茉莉がこちらを見てきて。なにをやってんのよと言わんばかりにため息をついて、と。


 案の定、休み時間になると茉莉がこちらにやってきて、ちゃんと授業は集中して聞きなさいとしっかり怒られた。

 これに関しては自業自得なのでキチンと聞き入れたのだが、視界の端で。そんな俺の様子を見た直樹が面白がって笑っていたことはいただけない。

 ……半分とまでは言わないが、二割か三割くらいはお前のせいだぞ、と。そんな責任転嫁をしたくなった。実際には、九割九分俺の自己責任なのだが。

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