表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

89/131

#86 あんたって人は!

 とりあえずは腹ごなしということでファミレスで昼食を摂ったあと。どこに行こうかという話を、ほとんど茉莉に投げきりになりながら、大まかな予定が決まる。

 その際に「少しは裕太も案を出しなさいよ」とため息をつかれたが、思いつかないものは思いつかないのだから仕方がない。

 あんたのためのデートなんだけど、という文句こそつかれたものの、なんだかんだでそう言う茉莉の様子はちょっとだけご機嫌で。


「それにしても、こんな施設あったんだな」


「まあ、たしかに裕太はこういうところ、来ることなさそうだもんね」


 いわゆる複合アミューズメント施設。カラオケやボウリング、室内スポーツやゲームセンターなどが一緒になったお店。

 まさかそれが、家からそれほど遠くない距離にあるってことは全くもって知らなかった。まあ、そもそも調べようとすること自体がなかったのだが。


「直樹とも、こういうところは来たことないしな」


「へえ、それは意外」


 買い物などの所用以外で俺が外出するとなると、その場合の大抵は直樹に連れ出されてということが多いのだが。しかし、彼に誘われるときはどこか遠出をしたいから案内してくれ、であるとか。運動をしたいから付き合ってくれ、であるとか。

 そうなると遠出をするか、あるいは近場でどこかとなると無料で利用できる市民体育館に赴くことがほとんどで。ゲームセンターなどに行くこともなくはないが、わざわざ複合施設に行く必要もないため、別の、馴染みの店舗を利用していた。


「結構新しそうに見えるが、割と最近できたのか?」


「うーん、微妙。最近の範囲をどこまで取るかだね」


 聞けば、1年半ほど前らしい。たしかに人によっては最近と呼称しそうなものだ。


「ということは、俺たちが高校生になった頃にできたのか」


「そうよ。……というか、ほんとに知らなかったのね。結構クラスの中でも話題になったりしてたのに」


 たしかに、高校生が好きそうな施設ではある。それが新設されたということであれば彼ら彼女らの話のタネになることだろう。

 俺はすっかり聞き逃していたか、あるいは聞いてもそのまま流していたかしていたのだろうが。


「じゃあ、茉莉は来たことあるんだな」


「……ううん、ないわよ」


 返ってきた言葉は、意外なものだった。

 てっきりそこまで言うのだから、来たことあって。それで今日はここに案内してきてくれたのかと思っていたのだが。どうやらそういうわけではないらしい。

 どういうことかと思い、茉莉も興味がなかったのか? と。それならば別のところへ行くほうがいいような気がして、そう尋ねるが。しかし、彼女は首を横に振って。


「来たかったわよ。だから、今日来たの」


「それなら、なんでまた今日まで来てなかったんだよ」


「うるさいわね! そんなの私の勝手でしょう!」


 茉莉は顔を真っ赤にしながら、そう叫ぶ。

 彼女の主張はもっともなのでそれ以上追及したりはしないが。しかし、今日まで来なかった理由が不明なのは、彼女のことを理解しようとしている今回の私的な目的からしてみると少し困る。

 ただ、こちらを睨みつけてくる茉莉の様子がフシャーッと威嚇する野良猫を彷彿とさせるものだったので、どちらにせよこれ以上彼女からの聞き取りは無理だったろうが。


「まあ、そういうことならなおのこと。今日は精一杯自由に楽しんでくれ」


「……そう、いいように言ってる風だけど、結局は自分で考えるのが面倒くさいだけでしょ?」


 大正解。もちろん茉莉に全力で楽しんで欲しいという気持ちもあるのだが、それに便乗して楽しようと思っているのもまた事実だった。

 そんな俺の考えにため息で応えてくる茉莉だったが。すぐさまニヤッと不敵な笑みをたくわえてから。


「その、怠惰のツケ。高く付いてもしらないわよ?」


 と。彼女はそう言って、翻り背を向け、ついてこいと言わんばかりに店内へと入っていった。






「思ったより、体力はちゃんとついたままなのね」


「定期的に、どこぞの体力オバケの遊びに付き合わされてるからな」


 運動などを習慣的に行っているわけではないが、その代わりに、ときどき直樹に付き合っている。

 そのおかげもあってか、体力はそれなりに維持されており。てっきり連れ回したらバテると思っていたらしい茉莉の思惑、目論見はあっさりと突破されてしまった。


「とはいえ、疲れてるのは疲れてるぞ? さすがにな」


 直樹ほどではないとはいえ、茉莉も運動部所属なだけあり体力面や運動能力面では高い能力を持っている。男女の体格差などの要素を鑑みたとしても、俺では到底敵わないくらいに。


 大抵は外で遊びたがる直樹とではほとんどやらないであろう室内スポーツでらあるものの、こういったアミューズメント施設特有の進化を遂げているそれらは、楽しいと同時に結構な体力を消費される。

 とはいえ、滅多に、あるいは今までにやったことのないようなそれらは、汗をかくとともに気分も晴れていくような気がして。茉莉がどうしてここを選んでくれたのか、というところが少しわかったような気がする。


 もちろん、俺が彼女に伝えていない目的が今回のデートに存在しているように、彼女自身にも純粋にここでいろいろやってみたかった、という裏の目的があったのだろうが。

 実際、特に珍しいスポーツをやっているときの茉莉の様子は、目をキラキラと輝かせて楽しそうにしていた。


「それで、このあとはどうするんだ?」


「ずっとここにいるっていうのも、別にいいはいいんだけど、なんか違う気がするっていうか」


 つまりはそろそろ別のところに行こうか、と。そういう提案だった。

 正直、まだ動けはするだろうがこれ以上やるとなると相当に身体に来そうだったので助かった。


 そのまま、ふたり揃って退店する。

 少しだけ、出口付近にあるゲームセンターに寄ってみたが、特段これといってやりたいものもなかったために、そのままスルーした。

 直樹なんかと一緒にゲームセンターに来る際、よく女子同士、あるいは男女で連れ添ってプリクラを撮ったりしているところを見かけるので撮るか? と提案してみたが、茉莉は顔を真っ赤にして撮らないと否定してきた。

 どうやら、彼女の気には召さなかったらしい。


 なにやら店を出る前あたりから茉莉が「なんで反射的に……」とか「どうしてあそこで……」などとブツブツひとりごとを言っていたが。どれかのスポーツでの反省でもしているのだろうか。


「って、茉莉!」


 慌てて、俺は茉莉の手を取り、その身体を自分の方へと引き寄せる。

 ふぇっ!? という気の抜けた声が彼女の口からするが、それとほぼ同時、茉莉の目の前数センチ先を掠めたトラックの側面に、彼女はギョッとする。

 やや俯きながらに考え事をしながら歩いていたせいで、あわや歩道から車道へと移動しようとしてしまいかけていた。


「大丈夫か?」


「ご、ごめん。……ありがとう」


 そう言って謝る茉莉に、コツンと軽くだけ指の関節を当てておく。

 向上心が高いことは褒め上げたことではあるが、それで集中力を欠くのは話が別だ。彼女は、あうっ、と声をあげる。

 とにもなくにも、反省した様子なので、そのまま彼女を解放してあげる。


「しかしまあ、随分と前にもこういうことがあったよな」


「……そうね。私としては、あんまり思い出したくないことだけど」


 茉莉は、中学生の頃合いにあわや交通事故に巻き込まれるか、というような目に遭ったことがある。

今回のように彼女の不注意から起こったわけではなく、完全にドライバー側のミスから起こったものではあったが。

 どうやら、彼女の様子を見る限り、あまり思い出したくはない記憶なようだった。そのときもたまたま俺が近くにいて、間一髪彼女は無傷だったが、それでも相応には記憶に残っている様子だった。


「その、すまない」


「ううん、大丈夫」


 茉莉はそう言うが、その表情が間違いなく気にはしていた。

 話の派生ではあったものの、話題に出したのは間違っだったか。


 なんともやりにくい空気感にしてしまったことを悔いながらも、ふたりで並んで歩く。

 自分の行ってしまったことの始末をするために、なんとか他の話題を探そうとしてみるが、余計なことが頭を走っているせいか、いい話が思い浮かばない。


 とにもかくにも、とりあえずは話しかけようか、と。そう思って、顔を上げて。


「なあ、茉――」


 茉莉、と。そう声をかけかけて、止まる。

 途中まで呼びかけられていたこともあって、彼女はこちらを向くが。その続きが話されることはなかった。


 なんでもって、そういう話題を振ったときに限って。そういうことが起きるのか、と。運命を若干呪いつつも。

 だがしかし、おかげさまで動き出しにかかる判断が、一瞬で済んだ。


「どうしたの――って、裕太!?」


 おつかいの帰りだろうか。小さな少年が重たそうに買い物かばんを肩にかけながら、少しおぼつかない足取りで横断歩道を渡っていた。

 一生懸命に歩いていることもあって、その意識は前へ、前へと向いていて。いいや、もし仮に気づいていたとしても、その足では、このままでは到底間に合わない。

 けれど、それを完璧に判断し切るよりも先に、俺の身体は走り出していた。


 驚きを見せる茉莉も、俺が走った方向を見て、察する。


 側方から走ってきている車が、赤信号だというのにどう考えても減速していない。

 停止線を越えても、未だ走り続けている。

 間近で見ているからだろうか。錯覚か、あるいは実際にか。余計に加速して接近しているかのようなそれは、横断歩道へと侵入してきて。

 車が、接触する――、


「痛ったた……」


 ゴロゴロと、全身をコンクリートに打ち身しながら、転がったせいで、思わずそんなことを言ってしまう。

 裕太! という茉莉の大きな叫び声が聞こえてきたことで。とりあえず無事であるらしいことを確認できて、ひと安心する。


「大丈夫? 怪我してない?」


「……あ、あぇ」


 少年は、なにが起こったのか理解しきれていない様子で。放心状態になっていた。とはいえ、この状況下ではむしろそのほうがよかったようにも思える。

 どちらにせよ、なんとかなってよかった。


 覆い被さるようにして少年を抱え込み、そのまま横断歩道を走り切ろう、としたところまではよかったのだが。

 さっきまでずっと動いていたこともあってか、最後の最後で足がもつれ、転んでしまった。

 そのまま転がって歩道までたどり着けたからよかったが、おかげさまで全身がかなり痛い。……その代わり、少年には目立った怪我がなさそうでよかったが。


 茉莉が駆け寄ってくるとほぼ同時。どうやら居眠り運転だったらしい運転手も、少年の買い物かばんを跳ね飛ばした衝撃で気がついたらしく、慌てて降りてこちらにやってくる。


 なんとかギリギリ未然で防ぐことができたこともあって。強いて言うならば少年の買い物かばんが吹っ飛んだ物損程度で、大事にはならなかったため。やってきた警察に引き継いで、ひとまずことが収まる。


「悪いな、茉莉。時間をとってしまって」


 収まったとはいえ、時間はそこそこに経過してしまっていて。暗い顔をしながら近くのベンチに座っていた彼女に、謝りながら隣に座る。

 彼女は動かないままで。そんな様子に、なおのこと申し訳なさが増してくる。


「……違うわよ」


 しばらく、返事がなくて。どうしたのだろうかとそう思っていた頃。彼女からそう言われる。

 違う、とはなんのことかと思っていると。茉莉はバッと立ち上がり、こちらをキッと睨みつけて。


 パチン、と。その手のひらが、頬を打った。


「ほんと、あんたって人は! どうしていつも――」


 彼女は、そう途中まで言いかけて。しかし、そこで止まる。

 溢れてきそうな言葉を。感情でいっぱいいっぱいの顔から決壊してきそうなそれを。しかし、堰き止め。彼女はそのまま目を伏せて、俺から顔を反らす。


 そして、ごめん、なんでもない、と。


「でも、ちょっと整理がつかなくって。次にどこか行けるような、そういう状態じゃないから、さ」


 悪いんだけど、ここまででもいい? と。茉莉は、そう言った。

 当然ながら、俺にそれを断ることはできず。そのまま、家に向かって帰ることとなった。


「それから、ほっぺたも。ごめん。裕太は悪くないのに」


「……いや、大丈夫」


 どうやら、俺はなにかを間違えたらしかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ