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#76 二度目の間違い

「……眠れないな」


 眠ろうとベッドの上で横になっていたのだが、どうにも頭が冴えてしまっている。

 俺はゆっくりと身体を起こすと、しばらく夜目に慣らしてから気をつけて立ち上がる。


 特になにかすることがあるわけでもないが、どのみちこのままでは眠れそうにもなかったのでいいだろう。

 勉強机に腰を掛け、スタンドライトをつける。急に明るくなった視界に一瞬目がくらむが、次第に慣れる。


「さて、しかしどうしたものか」


 文化祭、そしてその後に行ったパーティの興奮が冷めていない、といえばそれも事実ではあるのだが。それ以上に今の俺にとって考えを働かせる原因になっているのは、両親だろう。

 夜中から朝方にかけてのどこかしらあたりで帰ってくると、突然に連絡を寄越してきたふたり。

 もちろん帰ってくることに関しては全く以て問題はないのだが、もう少しゆとりを持って連絡をしてほしいものだ。


「……いつぶりだろうか。帰ってくるの」


 両親が海外で仕事をするようになったのは中学生の頃。それ以来も仕事の合間を縫ってたまに会いに来たりしてくれたことはあったのだが、やはり忙しいのだろう。

 夜中に一瞬だけ帰ってきた、なんてこともあるし。なんならここにいるから、と呼び出されたこともあった。

 しかし、そんな無茶苦茶な形ではあったものの、それでも久しく見る両親の顔はとても嬉しいもので。


「そういえば、やることあったな」


 ふたりのことを思い出したからだろうか。少々厄介な案件を抱えていたことを思い出す。

 引き出しからファイルを引っ張り出し、中に入れてあった紙を4枚取り出す。

 夏頃から、真剣に向き合わないといけないな、と。そう思い始めた「誰かのための衣服」のデザイン。

 少しずつ考えては消して、考えては消してを繰り返して、いろいろな案を考えていた。

 キッカケを与えてくれたのが美琴さんだったということもあってか、彼女のものの進捗が一番進んでいる。だが、絢香さんのものも負けてはいないし、最近では涼香ちゃんへのアイデアもかなりいいものが揃ってきている。


「…………」


 その中で、唯一未だに白紙に近い状態なのが、茉莉のものだった。

 別に彼女のことを軽んじていたわけではないが、考え始めた当初はもっと簡単に思いつくものだと思っていた。

 おそらくは、幼馴染なのだから、という。根拠のない漠然とした自信があったから、だろうが。


 しかし蓋を開けてみたら、これである。

 なにも、というほどまでに壊滅的ではないのだが。しかし、本当に思いつかない。


「……もしかすると。幼馴染、という関係性にかまけて。実はキチンと茉莉と向き合ったことがないのかもしれないな」


 実際、結局彼女がどうして突然にメイド服を着るようになったのかもわからないままで。そう考え直してみると、茉莉のことを理解しているつもりで、しっかりと分かっていなかったのかもしれない。


 紙に向き合ってペンを走らせるが、出来上がったのはなんの意味も持たないただの線。

 消しゴムの跡だけがどんどん増えていき、紙が少しずつひしゃげていく。


「ダメだな。考えが回らない。……なにか飲みにいくか」


 頭を整理するためにも、ひとまず喉を潤そうかと。

 物音を立てないように静かに部屋から出て、キッチンへと向かう。


 ガチャリとリビングの扉を開けて中に入ると、なにやら、仄かに明るい。


「父さん? 母さん?」


 まさか、もう帰ってきたのか? そんな物音は聞こえてこなかったが、と。そう思いながらゆっくりと中にはいると。


「あっ、えっと、……絢香、です。その、裕太さん、どうかされましたか?」


 そこにいたのは、絢香さんだった。勝手な憶測で話していた俺が悪いとはいえ、間違えてしまったことに申し訳なさと恥ずかしさが込み上げてくる。

 ピンクと白のボーダー柄の寝間着に身を包んだ絢香さんがパタパタとこちらにやってくる。その両手には、先程まで彼女が飲んでいたであろうマグカップが握られている。


「いや、俺もなにか飲もうかと思ってな」


「ああ、なるほど。それならば私が淹れますね」


「大丈夫だよ。さすがにこんな時間だし、それくらいは自分でやるさ」


 元より自分でやるつもりだったので、と。そう言って押し切る。いつもならばそれでも私が、と立ち塞がれそうなものだが、夜間ということもあってか、随分とおとなしい様子だった。


 眠れないというのにさすがにカフェインはよくないだろう、とそう思って、ホットミルクを用意し、ひとくち口をつける。

 9月もまだ中頃で残暑がまだまだ感ぜられる季節だが、しかし温かい飲み物はホッと落ち着くものがある。


 そのままテーブルの席に腰をかけると、隣に絢香さんがやってくる。


「それで、裕太さんはどうかしたんですか?」


「……うん? だから、喉が渇いたからなにか飲もうかと」


「ですから、なにをしていて、喉が渇いたんですか? と」


 キッチンのダウンライトだけがついているリビングで、絢香さんがニコッとそう語りかけてくる。

 どうやら、俺が考え込んでいたということがお見通しだったようだ。


「そんなにわかりやすいか?」


「今ばかりは、少しだけ」


 そう言いながら絢香さんは自身のマグカップに口をつけ、コクッコクッと飲む。

 そんなものなのか、と。俺も肩をすくめながらに彼女と同じく口をつける。


「まあ、単純に眠れなくてな」


「それは、両親が帰ってくるから?」


「……まあ、そうだろうな。とはいえ、緊張するとかそういうよりかは、でかいイベントが控えているような感じだが」


 自身の両親に対してそんな表現をするのは少々恥ずかしいものがあるが、それこそ翌日に遠足を控えた小学生のような心持ちと言ってもいいかもしれない。


「有り体に言えば、楽しみなんだろうな」


 正直会えなくて寂しいといえばそのとおりなのだろう。

 なんだかんだ言って、高校2年生のガキである。親に反抗するというような話を聞きはするものの、なんだかんだでその存在は大きいものだ。

 今でこそ絢香さんたちが家にいてくれるおかげで楽しく過ごせているが。たしかにそれまでのことを思えば随分と心細かったのかもしれない。


「そういえば、絢香さんこそこんな時間にどうしたの?」


「裕太さんと同じですよ。喉が渇いたので、飲み物を飲みに」


「……同じ言葉で、返したほうがいいのかな?」


 俺がそう優しく詰めると、彼女はえへへと小さく笑って。「でも、そちらも裕太さんと同じですよ?」と。


「私も、裕太さんのご両親が帰ってこられると聞いて。それで眠れなかったんです」


 しかし、彼女の場合は俺の事情とは当然少し違うわけで。

 以前、俺が絢香さんの家に招待された際、真一さんと香織さんに挨拶するときにめちゃくちゃに緊張していたように、

 今回は絢香さんが俺の両親に挨拶する、という立場にあり、それでとてつもなく緊張をしているらしい。


「まあ、そんなに改まって挨拶をしなきゃいけないような人物でもないとは思うが」


「いえ、こればっかりはキチンとしないと。私たちは家に住まわせて貰っている立場ですし」


 それを言うならばこちらからすると家事を行ってもらっている立場ではあるのだが。しかしそれを言い始めると、生活費を出してもらっている立場、とか、無理にこちらかそこを通した、とか、堂々巡りになりそうなのでひとまず置いておこう。

 それに、たしかに絢香さんの言うことも筋であり、正しいとも思うから。


「そういえば、さっき私のことを……」


「いや、それは。……ごめん、リビングが少し明るかったから、両親がもう帰ってきたのかと思ってな」


「あっ、いえ。それは別に構わないんですけども」


 俺が絢香さんのことを両親と間違えてしまったことについて、そう謝罪をしていると、彼女は少し遠めに視線を送りながら、覚えていますか? と。


「私たちが初めてこの家に泊まらせていただいた日の朝。あのときもたしか、裕太さん、私のことをお母様と間違われてましたよね?」


「……そういえば、そんなこともあったな。あのときは家に誰かがいるということが珍しすぎて。もしかしたら夜中に両親が帰ってきたのかと」


 言われて思い出し、顔が熱くなる。

 なんだ? 俺。勘違いとはいえ、二度も絢香さんのことを母さんと間違えたのか?


「あのときはとても嬉しかったです。私の母性が裕太さんをそう呼ばせてしまったのかと」


「母性、ねぇ」


「なんですか、その目線は」


 むう、とやや膨れ気味になりながら彼女は明らかに抗議の視線を向けてくる。

 絢香さんに母性があるのかどうかといえば。……うん、判断の難しいところだな。そういうことにしておこう。


 しばらく話し込んでしまったこともあってか、やや膜の張った牛乳を一気に飲み干して、キッチンで軽くすすいでおく。

 そのまま洗おうとする絢香さんだったが、さすがに明日に回そう、とそう告げておく。


「明日は休みですけれど、あんまり夜更しをしないようにしてくださいね」


「それを絢香さんのほうが言うのか? 俺より先にキッチンにいたくせに」


 そんな軽口を叩きあって、少しだけ笑って。

 そしてお互いに寝に戻るために廊下に出る。


 正直睡魔があるのかと言われれば、未だに怪しいところではあるのだが。絢香さんと話したことで多少興奮が落ち着いたようにも感じる。

 絢香さんも俺と同じく、緊張がいくらかほぐれていそうだった。


 それぞれ自室に戻ろうと、そう思ったとき。

 カチャリ、と。金属がぶつかるような高い音がした。


「……うん?」


 音のした方に視線を送ると、玄関。

 このタイミングでこの音が鳴る、ということは。


 ドアノブが捻られ、そのまま玄関が開け広げられる。


「ただいまー! って誰もいな――あれ、裕太。起きてたの?」


「おかえり、母さん。父さんはどうしたの?」


「私もここにいるぞ。久しぶりだな、裕太」


 ほんのり月明かりだけが差し込む玄関。パチパチと電灯のスイッチを入れていくと、まぶしい中に懐かしくも慣れ親しんだ顔。

 紛うことなき、両親の顔がそこにあった。


「全く。帰ってくるなら帰ってくるで別に構わないけど、もっと早めに連絡を寄越して欲しいんだけど」


「あら。今回はちゃんと連絡したじゃない? 前回なにも言わずに帰ったら怒られたから」


「数時間前に連絡されてももはや誤差なんだよ。こっちにも準備ってものがあるんだから。せっかく帰ってくるのなら、ちゃんと料理とかの用意もしなきゃだし」


 はあ、と。大きくため息をつきながら、若干ぽやぽやとしている母さんにそう文句を言うと、なら、今度から気をつけるわね。と、


「それで、裕太が今回、事前に連絡して欲しかった理由は、それか?」


「……えっ?」


 父さんがそう言いながら、俺……ではなく、その後ろに視線を送る。

 パッと振り返ってみると、そこには当然先程まで会話していた絢香さんがいるわけで。


 絢香さんがいるわけで!?


 突然に指名された彼女はアワアワと慌てつつ「あのっ、えっと……!」と、完全に冷静さを失っていた。


「あら、裕太ったらなんだかんだでやることやってるのね? これから両親が帰ってくるってわかってるのに、逢い引きするだなんて」


「逢い引き!?」


 母さんのその言葉に俺と絢香さんの言葉が重なる。


 全く以てそんなつもりはなく。ただ単にお互い喉が渇いたから飲み物を飲みに来たらたまたま会っただけなのだが。

 しかしその一方で傍から見たらそう見えるのも事実。


 というか、たしかにここだけ見たらそうにしか見えない。


「あらあら顔を真っ赤にしちゃって。どこまで進展したのかしら」


真由(まゆ)。そのあたりにしておいてあげなさい。私たちは時差の影響で眠くはないが、ふたりにとってはまだ深夜なのだから。せめて話は日を改めてからで」


 勢いに押され気味だった俺たちに、父さんが助け舟を出してくれる。

 母さんはそれもそうね、と。頬に手を当てながらそう言って、納得してくれる。


「それじゃ、おふたりともごゆっくり」


「いや、だから違うから!」


 思わず、深夜ということも忘れてそう叫んでしまった。

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