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#71 謎の美少女メイド

「よっ、謎の美少女メイドさん!」


「直樹、その呼び方をもう一度したらぶん殴るぞ」


 部室から教室へと向かっていると、後ろから飛びついてくるようにして直樹が寄りかかってくる。

 首だけで彼の方を向き、ジロリと睨みつけながらに俺がそう言うと、冗談だってといいながら、スルスルと離れていき、横に並ぶ。


「でも、すげー話題になってるぜ? 見たことない超絶美少女がメイド姿で文化祭にいるって」


「そりゃあ見たことないだろうな。そもそもそんな美少女はいないんだから」


 いるのは美少女ではなく、男子生徒なのだから。


「俺の周りでもあの美少女は誰だって、そんな話題で持ちきりだぜ? もう一人の方……涼香ちゃんはそれなりに顔が知れ渡ってるだけに、物珍しさも相まってお前のほうが」


 そう言いながら直樹が見せてくれたのは俺と涼香ちゃんが文化祭を回っているときの写真。

 とはいえ、当然だが俺たちは写真を撮ってもらったわけもなく、撮影許可を求められた覚えもない。つまるところが、盗撮の類だ。無論、撮っていいかと聞かれても許可を出すわけがなかったが。

 実際、直樹のスマホにあった写真たちのほとんどは目線がカメラに向いておらず。それがまさしく盗撮であることを補強していた。


 唯一、一番最初に美琴さんが撮ったものを除いて。

 ……やっぱり、ちゃっかりと送られてたか、それ。まあ、直樹ならまだいいが。


「こんなにも写真が出回ってるのかよ」


「なんなら一部の生徒たちの間では、他のどんな出店よりも優先してあの美少女メイドを探せ! って躍起になってるらしいぞ」


 直樹はそう言いながらあっはっはっはっと大笑いをする。


「そりゃまあ、ご愁傷さまってやつだな。文字通りその姿は拝めないわけだし」


 メイド服を脱いでしまった以上、その姿は当然どこにもあるわけがなく。また、そもそも美少女など最初からいなかったのだから、彼らはこれから先の文化祭の時間を虚無を探すために費やすことになってしまったわけだ。

 なんともかわいそうな話だ。微塵も同情はしないが。


「だなあ。しかし、安心していいと思うぞ。アレが裕太だとわかるやつはいないだろうし」


「いてもらったら困る。そのために涼香ちゃんにも手伝ってもらったわけなんだから」


「……まあ、それで言うならもう少しちゃんと落としたほうが、よりバレなかったかなとは思うがな」


 そう言いながら、直樹は俺の頬を指で軽く撫でる。

 そうして見せてきた彼の指先は、ほんのり白くなっていた。


「多少は水道で落としたのかもしれねえが、あんまり落ちきってないぞ。まあ、裕太の肌だとそこまで大きく目立つことはないと思うが」


 そこまで色の濃くない俺であればわかりにくいだろうが、しかし、こうして直樹の……やや浅黒く日に焼けた肌についてしまえば、たしかになかなかに目立つ。どうやら、あまり化粧が落ちていないらしかった。


「ま、たぶん大丈夫だ。このあとのシフトでたしかお前はおばけ役だろ? そのために軽く化粧をしてきたとでも言えばなんとでも誤魔化せるさ」


「……大丈夫かな、それで」


「大丈夫大丈夫、なんとかなるって!」


 気楽にそう言ってくれる直樹に少し心持ちが軽くなる。まあ、正直化粧を落とすための道具なんかも持っていないため、これからどうにかするだとかそういうことはできないのだが。


「あ、そういえば直樹。お前に伝言があるんだが」


「おっ、どうした?」


「美琴さんから、今日の放課後に手芸部の部室に来ることを忘れないようにね、って」


「…………」


 俺の切り出したその話題に、直樹はそっと視線をそらして黙りこくった。

 美琴さんからの伝言には、その主たる「なにをするのか」という内容が欠落をしていた。しかし、さすがに直樹もその言葉の意味がわからないわけがなかった。


「なあ、裕太。俺、その伝言聞かなかったことにしちゃだめかな」


「ダメだろうな。……あっ、そうそう。伝言に続きがあるんだが」


「なんだろう。ものすごく聞きたくない」


 苦虫を噛み潰したような表情をしながら、彼は耳を塞ぐ。とはいえ、さすがにこの程度なら聞こえるだろうと思い、そのまま彼に向けて話しかける。


「えっとだな。もしも直樹が来なかったら、代わりに雨森ちゃんを呼び出しまーす。って、そう言ってた」


「……なんで雨森さん?」


「代わりに着せるってさ。もちろん、元々は直樹に着せる予定だったと彼女に告げた上で」


 その言葉に、直樹の顔がサーッと青褪めていく。


「ちなみに、お前の身体に合わせて仕立てているはずだから、当然ながら雨森さんの身体だとブカブカになるわけで。もし、そんな雨森さんのメイド服姿の写真が欲しければ、来なくてもいいよとも言ってたね」


「おとなしく放課後に手芸部に行くことにするよ……」


「うん。俺もそれがいいと思う」


 元はといえば直樹も撒いた種なのだから、しっかりと洗礼を受けてくるといい。

 まあ、俺個人としての私怨も若干混じってはいるが。それを抜きにしてもやはり雨森さんを巻き込むべきじゃないと思うし。


「ちなみに、放課後にやる都合で後夜祭には出られないけど大丈夫か?」


「まあ、ちょっと惜しくはあるが大丈夫だぞ」


 後夜祭は、文化祭の放課後に体育館にて有志で行われている催しで、音楽であったりダンスであったりというパフォーマンスを中心にワイワイガヤガヤと行われているものだった。

 てっきり直樹は行きたがると思っていたし、それにどうしても行きたいなら別の時間帯にうまいこと合わせてくれるとは言っていたが、どうやらいらぬ心配だったようだ。


 まあ、いちおう美琴さんの意図的には後夜祭で湧いている放課後なら、人が少なくて部室でいろいろやってもバレにくいだろう、とのことらしい。


「さて、あとのことはあとのこととして、今はやるべきことについてしっかりやりますか」


 両の頬をパチッと叩いて、直樹がやる気を入れ直す。

 適当に喋りながら歩いていた都合もあり、そろそろ教室が近づいてきていた。


「あ、裕太さん。直樹さん。こちらです」


 丁度教室から出てきていた絢香さんが、俺たちの姿を見つけて先導してくれる。

 そういえば彼女は今までの時間のシフトに入っていたから、ちょうど入れ替わりのタイミングということだろう。

 そのまま、彼女についていきながら教室――割とおどろおどろしい見た目をしている部屋に、裏から入っていく。


 どうやら、俺の化粧がキチンと落ちていないらしいということについては涼香ちゃんから絢香さんへと事前に連絡をしておいてくれたそうで、衣装担当のクラスメイトには絢香さんがうまく取り次いでくれた。

 そのおかげもあってか、ありがたいことに問題も起こらず、うまいことことが運んで……となればよかったのだが。


「……メイド服のときも思ったが、お前の顔立ち、化粧次第ではホントに女性っぽくも見えるもんだなあ」


「うるせえ。……はあ、なんでこうなったのか」


 担当の生徒におしろいをつけられ、血糊もつけられ。そして、女性用の白装束を着て、と。

 本来、現在の俺がやっている配役の生徒が怪我で保健室に行ってしまった都合。俺か直樹かのどちらかが女性のおばけの役を代理でしなければならなくなり。それならば、体格がガッチリしている直樹より俺のほうが適役だろうということでこうなってしまった。

 どうしてもって、一日に二度も、別の女装をしなければならないんだとそう思いつつも。しかし、おかげさまで俺の化粧については一切の違和感を持たれることもなくなったし、化粧落としもクラスメイトから借りられるらしいので。……怪我の功名とでも言おうか。いや、そう思っておかなければやっていられないとも言えるが。


「まあまあ、安心しろって。本来のお前の役は俺がやっておくから」


「そういう意味じゃねえんだよ」


 完全に分かって言ってやがる。現在、シフト交代までの間を裏方で準備中なので大きな声は出せないが、そんな中でも彼は小さく笑っていた。


「なあ、あとで写真撮っていいか?」


「断る」


「でもよお、美琴さんに送るって言っちまったしなあ」


 そういえばそんなことを言っていたなコイツ。とはいえ、それは直樹と美琴さんの間での義理であり、そこに俺が責任を感じる必要は全くないわけで。

 とはいえ、まあ、美琴さんには今日は世話になったのも事実だし。


「……美琴さんに送る分だけだぞ。それ以外に使ったら、殴る。あと、スマホもぶん投げる」


「わかってるわかってる。まあ、とにもかくにも、一旦は仕事しような」






「んー、終わったー!」


 グーッ、と伸びをするのは、隣にいる直樹。ひと通り文化祭の工程も終わり、最低限の片付けを終わらせた状態で、つい先程終礼が終わったところだった。周りではチラホラと自身の部活の片付けに向かっていく様子が伺える。


「直樹は行かなくていいのか?」


「……行かなきゃいけねえ。裕太のところと違って、うちはギリギリまで開店してたからな」


 手芸部の方の片付けについては、早めに商品が全部捌けてくれたおかげもあってか、事前に行うことができ、これ以上なんらかをする必要は無かった。

 直樹が若干口籠りながら話しているのは、このあとコイツがメイド服を着る予定があるからだ。放課後に来なかったら、雨森さんに代わりに着せるという脅し付きで。

 だから、そっちに先に行かないといけないんじゃないか、とそう思っているのだろう。


「安心しろ。さすがに美琴さんもそのあたりはわかってるだろうから。そうでなくても、いちおう俺から口利きしておくよ」


「ありがとう! 恩に切る!」


 パアアッと顔を明るくした直樹は、そのままものすごく元気に教室から走り去っていった。

 まあ、直樹のことだしそのままばっくれて帰るということはしないだろう、多分。


「……さて、俺の方も俺の方で、やることをするかな」


 ポケットに手を突っ込むと、カチャリと金属の擦れる音がする。村岡先生から借りた鍵だ。


 俺は隣に視線を向ける。そこにいたのは、和服メイドの絢香さん。

 どうやら彼女は結局、せっかくだからと一日中この格好でいたらしく、普段の絢香さんのイメージとのギャップも相まって俺と同じくかなりの話題を呼んでいたらしい。

 おかげさまで俺と絢香さんと涼香ちゃんと美琴さんは相当な話題を呼んだらしく、構内でもめちゃくちゃな勢いで話が触れまわっていたらしい。

 なんでも、直樹から聞いた話では「四大美少女メイド」とかなんとか名前がつけられたとかなんとか。……そのうちひとり、男なんだが。

 ちなみに俺以外はそれなりに顔が割れていることもあってから、やはり一番話題になったのは「謎の美少女メイド」らしい。……そいつ、男なんだが。


 そういえば、しれっと茉莉だけ難を逃れている。まあ、別に構わないけれども。


「ねえ、絢香さん」


「どうしました? 裕太さん」


 小さな声で絢香さんに声をかけると、こちらを向いた彼女に向けて、スマホに指で指し示してみせる。

 意図を汲んでくれた様子で、彼女はそのまま自身のスマホを確認する。


『絢香さんは、後夜祭とかに行く予定ある?』


『いえ、ありませんよ』


『じゃあ、このあと、少し一緒に来てもらってもいいかな?』


『後夜祭にですか?』


『……ごめん、言葉が足りなかったね。別のところだよ』


 俺はそうメッセージを送り、ついでに集合場所についても併せて送っておく。


『ここから一緒に行けばよくないですか?』


『それをすると騒ぎになるだろう』


 いやまあ、今更その程度のことを気にするのかと思わなくもないが。しかし、今日という日はいつも以上に日取りが悪い。

 文化祭という特殊な日に、一緒に男女が連れ立ってどこかに行けば、変な詮索を受けかねない。……既に結構な噂がたっていることからは、目をそらしておくが。


 そして、同様のメッセージを涼香ちゃんにも送る。

 すぐさま彼女からも了解の返事が来て。……よし、これで大丈夫。


 机の下で俺は軽く拳を握りしめ、覚悟を決める。

 ……ここからが、本番だ、と。

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