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#70 熱が冷めるまで

「……ん、わたがし、売ってる」


「買おうか。お金は払うから、その」


「わかってる。私が、しゃべる」


 コクコクと頷く涼香ちゃん。彼女に先導されるままに、屋外のテントへと向かう。


「えと、わたがし。ふたつ……いや、ひとつ、ください」


「はーい! まいどあり!」


 ニッコリと笑った店員さんが後ろの人たちに注文を伝え、そのまま会計に戻る。


「ひとつでよかったの?」


「……うん。ひとりひとつは、ちょっと多い」


 声で男だとバレないように小さな声でこっそりと話す。

 しばらくして割り箸に真っ白い綿をつけたものを持った店員さんが、優しく涼香ちゃんにそれを渡してくれた。


 道に戻りながら、彼女はそれをパクリとひとくち口に含む。


「ふわふわ。それでいて、甘い」


「よかったね」


「ん、裕太さんも。どうぞ」


 サッと口元に差し出されたわたがし。一瞬、そのままに口に含もうとしたが、冷静になって一口大の綿をちぎり、それを食べる。


「うん。甘い」


 砂糖(ザラメ)が原料なのだから当然なのだが、こうしてわたがしとして食べると不思議と一層甘く感じられるような気がする。

 そのまましばらく歩いていると、いつの間にかわたがしがただの棒に戻っていた。……もうひとつ買ったほうがよかっただろうか。


「裕太さん、あそこ、たこ焼き」


「了解。行こうか」


 今度はたこ焼きを、先程と同じように涼香ちゃんに対応してもらいながら購入する。やはり、ひとつ。

 店員さんから舟皿にのったたこ焼きを俺が受け取り「熱いので気をつけてくださいねー!」と注意も貰う。


「……さっきもそうだったけど、ふたつでなくてよかったの?」


「うん。いろいろ食べたいけど、ひとつだと、多い」


 そう言う割には、さっきのわたがしはほとんどひとりで食べてしまっていたような気がするのだが。……まあ、いいか。


「裕太さん、たこ焼き、欲しい」


「ああ、わかった――」


 そう言って、涼香ちゃんに船皿を渡そうとしたのだが。どうしてだか彼女は口を開けて待っていた。

 つまりは、食べさせてくれ、ということだろうか。まあ、構わないといえば構わないのだが。


「……熱いから、一気に食べないように注意しなよ?」


「ん、わかってる」


 爪楊枝でひとつ取ったたこ焼きに、ふー、ふー、と息を吹きかけて多少冷ます。まあ、それでも十分熱そうなのだが。

 大丈夫? とそう尋ねながら、俺が涼花ちゃんの口元にたこ焼きを近づけると、彼女はそれをパクリと一気に口に含んだ。


「……ん、おいひっ、ひゃっ、熱っ!」


「あっ、だから一気に食べたら火傷するって!」


「あふっ、あふっ……ふう、はう……。んっ、熱かった。でも、おいしかった」


 若干涙目になっていたものの、しかし満足そうに彼女はそう言った。

 俺は少し息をつきながら、同じようにたこ焼きをひとつ食べる。……うん、たしかに熱いが気をつけて食べれば大丈夫そうだし、なによりおいしい。

 もうひとつ、と彼女も要求してくるので差し出すと、今度は火傷をしないように慎重になりながら、ふー、ふー、息を吹きかけてから、ゆっくりと食べる。

 この調子なら(なます)にまで息を吹きかけそうなものだが。まあ、さすがにそこまででなないか。

 それでもやっぱり熱い様子で、はふっはふっと息を漏らしていた。


「はふっ、んくっ。おいしい。……もうひとつ」


 そうやって要求してくる彼女に、俺は小さく笑いながら再びたこ焼きを差し出す。

 なんというか、彼女の体格や見た目というものも相まってだろうか。妹……というよりかは、小動物に餌付けをしているような、そんな感覚を感じる。


「……? なにか、変なことでもあった?」


「いいや、なんでもないよ」


 そんな俺の考えの乗った視線に気づいたのか、涼香ちゃんは首を傾げながらこちらを見てくる。

 俺はそうやって適当にごまかすと。またも彼女がもうひとつと。


 結局、たこ焼きも大半を涼香ちゃんが食べてしまって。別に俺がめちゃくちゃに食べたいとかそういうわけではないのだが、しかしここまで食べるならもうひとつ買っても良かったような気がするのだが。


「裕太さん、あそこにチョコバナナが」


 そう言いながら涼香ちゃんは俺の手を引きながら屋台の方へと駆けていく。


「あの、えっと。チョコバナナをひと……」


「涼香ちゃん。これはさすがに分けようがないんじゃないかな?」


「たしかに、それはそう。…………チョコバナナ、ふたつ、ください」


 涼香ちゃんの注文に店員さんが景気のいい返事をすると、チョコレートにバナナを浸し、固まる前にカラースプレーが振りかけられる。


「はい、おふたりさん、とうぞ!」


 笑顔の店員さんからひとりひとつずつ受け取ると、どうしてだかちょこっとだけ涼香ちゃんの顔が不満そうだった。

 チョコバナナは、彼女の希望のはずなのだが。しかしなにか気に入らないことでもあったのだろうか。


「……えっと、どうかした?」


「ううん、なんでもない。ただ、分けっこ、できないなって」


 しょぼん、とそんな様子を見せながら、彼女は沈んだ顔を見せた。


「せっかくのお出かけイベントだから、回収できる一枚絵(イベントスチル)は回収しておきたかった、的な」


「……うん? えっと、よくはわからないんだけど、せっかくの文化祭なんだから、食べ物を共有したかった、という感じ?」


 俺がそう尋ねると、彼女はコクリと頷く。どうやら認識としては合っていてらしい。

 おそらくは、直樹なんかがよくやっている、こういった特殊な場で雰囲気ごと楽しむ、というものの延長線なのだろう。


 とはいえ、わたがしやたこ焼きならばまだしも、チョコバナナだしなあ。別段俺は潔癖というわけではないが、しかし相手が直樹ならまだしも、異性ともなれば微塵も気にしないかと言われれば別であり。それは、涼香ちゃんにとっても同じだろう。


 棒に串刺しにされているチョコバナナを眺めながら、しばらく考える。

 もし、涼香ちゃんが気にしないのであれば。……いや、それはないだろう。そう言った内容の話を振ってしまった以上、多かれ少なかれなんらかの意識はしてしまっているだろう。

 だからこそ、


「――もし、涼香ちゃんがこれでもいいのなら」


 パクり、と。チョコバナナの尖端を齧って、その残りを彼女に差し出す。

 ふぇ? と、理解が一瞬追いついていなかった涼香ちゃんが間の抜けた返事をする。そして、追って気がついたのだろう。ボフッと一気に顔を赤らめる。

 俺の提案には、いわゆる間接キスと言われるものに近しいものがある。それを認識しているからこそ、正直顔がかなり熱い。間違いなく、俺も赤面していることだろう。……食べるなら、早くしてくれ。


「あの、えとっ。でも、もうひとつ買っちゃった」


「美琴さんへのお土産にでもすればいい。どうせなにかは見繕うつもりだったんだし」


「……そっか」


 そう言うと、彼女は少し控え目な様子のままで俺から持ち手の棒を受け取る。

 しばらくの間、マジマジとチョコバナナを見つめて。……ほんと、お互いに心臓に悪いのだから早く食べてくれ。


 そして、パクリとかぶりつく。


「…………甘い。とっても」


「そっか」


 俺の方は、緊張やらなんやらで、もはや味なんてわかったもんじゃないんだが。

 だが、たしかにそう言われてみればめちゃくちゃに甘かったような気がしないでもなかった。






 多少気まずくなった側面もなくはなかったが、そのまま適当に一緒に回り。

 さすがに格好が格好なだけに時折声をかけられたりすることはあったものの、そのたびに涼香ちゃんがフシャーッと威嚇をしてくれたので大きな騒ぎもなく。

 気づけば、美琴さんから『そろそろ戻ってきて大丈夫だよ』というメッセージが届いていた。


「……時間切れ。でも、楽しかった」


「それじゃ、適当にお土産を買ってから帰ろうか」


 美琴さんと、それから珍しく随分と手伝ってくれた様子の村岡先生を労うために先程まで巡っていた店の中から、俺と涼香ちゃんがよかったと思ったところをいくつか見繕って購入して回る。


 そして両手いっぱいに食べ物を提げながら部室へと戻る。……途中、やっぱり男子に絡まれ「重そうだね、持ってあげようか?」とか言われたが。その、なんだ。俺男なんだよ。悪いな。

 もちろん俺がそう言い返せはしなかったので相変わらずの涼香ちゃんの威嚇に頼りっきりではあったのだが。しかし、おかげさまで無事に部室へとたどり着くことができた。


 扉の前には、完売御礼やらClosedやら、とにかくもう開いてないよということがひたすらに描かれている即席の看板が掛けられていて。……随分と美琴さんと村岡先生が頑張ってくれたらしいことがわかる。


「ただいま戻りました」


「ふたりともおかえりー! いやぁ、ふたりのおかげで大盛況だったよ。なんなら去年の死蔵まで引っ張り出してきて、それまで全部売れてっちゃって」


「……そのせいで俺は予定外の労働を強いられたがな」


 やりきった、と。そんな清々しい様子の美琴さんと、対称的にイスに突っ伏しながらぐでーっと力が抜けている村岡先生。


「売上とかに関しては終わってからになるけど、予想外に売れたから学校にさっぴかれる分を考えても結構ありそうだよ!」


「あんまりにも売上が大きいから、どうやってやったんだとあとで上司(うえ)からなんか詰められないかって俺は今から不安だよ。ああめんどくせぇ」


 魂が抜けそうな声でそうボヤく村岡先生に、ちょっとだけ同情する。まあ、たしかに去年なんかはほとんど売上がなかった……なんなら生徒側へのバックが無かったような部活だったのに、同じ内容で開店して、今年は尋常じゃない売上を叩き出したとなれば不思議に思われる……のか?


「そ、ん、な、こ、と、よ、り! この匂いってことは!」


「ああ、買ってきましたよ。美琴さんの分と、村岡先生の分」


「……おお、悪いな。まさか生徒に買ってきてもらうことになるとは思ってもいなかったが。だが、貰えるのならありがたく頂戴しようか」


 わーい! と、元気よく喜ぶ美琴さん。その横で村岡先生が少し辛そうにゆっくりと起き上がった。


「裕太くんたちは食べなくていいの?」


「俺たちは向こうでそれなりに食べ回ってきたので大丈夫ですよ」


「そっか。なら、遠慮なく貰うね!」


 美琴さんはそう言うと、俺から受け取ったビニル袋の中身をガサゴソとあさり始める。


「そういえば、店も閉まったみたいですし、着替えますね」


「えー、もうちょっとそのままでいようよー」


「でも、今すぐってわけでもないですけど、そのうち俺もクラスの方のシフトですし。教室に戻る前にはさすがに着替えないと」


 ここまでメイド服を着ていた謎の人物が俺であるということをバレないようにしてきたのに、メイド服を着ながら教室に入ってはなんの意味もなくなってしまう。

 少々不服そうにしていた美琴さんだったが、さすがにこればっかりは仕方がないと納得してくれた様子で。元々の制服が入っていた紙袋を持って準備室へと引っ込む。


 着るときとは違って、脱ぐとなればそこまで手間はかからず。サササっとそのまま元の姿に戻ることができた。

 メイド服は丁寧に畳んで、元の紙袋の中に戻して。……よし、これで普通に出歩いても大丈夫、なはず。


「ああ、終わっちゃった」


 部室に戻ると、どこかまだ未練が残っていそうな美琴さんが、そう呟く。


「声とかでわかってはいたんだが、しかし本当に小川だったんだな。……まさかさっきまで姉か妹と入れ替わっていたとかそういうことはないんだよな?」


「正真正銘、さっきも今も俺ですよ。そもそも俺、姉も妹もいませんし」


 なんなら、兄も弟もいない。

 しかし、村岡先生がそういうのもわからなくもないんだか。


「ああ、そうだ小川。忘れないうちに、ほらっ」


 そう言って村岡先生は俺に向かってジャラジャラと音の鳴るものを投げてくる。

 受け取ってみれば、鍵。


「なんだ、珍しくお前が頼み事なんかしてくるもんだから。必要なんだろ? それ。許可取りはめんどくさかったが、まあ、取っとけ」


「……ありがとうございます。でも、俺が村岡先生になにか頼みに行くのって、そんなに珍しくないような気もするんですけど」


「ありゃあだいたいが、というかほぼ全部桃瀬から言われたやつだろう? お前が個人的になにか頼みに来るってのは、珍しいなあと」


 だからこそ、なにか大切なことなんだろう? と。


「あー、まあ、その、なんだ? 許可云々が面倒だった都合、なにか問題が起こると後々の処理が。主に俺が面倒くさくなるから、そのあたりはいい感じに頼む」


 間違っても無くすんじゃねえぞ? と。村岡先生がケラケラと笑いながら、彼はたこ焼きをひとつ口に含んだ。


「うん、そこそこ冷めてやがるな。まあ、これはこれで不味くはないが」


「ええ? まだほんのり温かいよ?」


「たこ焼きってのはもっとアツアツなんだよ。ただまあ、これくらいの方が食べやすくもあるんだろうが」


 たこ焼きひとつにそんな問答をしているふたりを横に、涼香ちゃんが手をキュッと引っ張ってくる。


「……さっきのって?」


「まあ、なんだ。まだ俺にはやることがあるってことかな?」


 祭にあてられて、興奮した感情は随分と落ち着いた。

 だけれども、本番はここからだ、と。まだまだ冷めやらぬ熱を、しっかりと抱いて。

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