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#69 この手を離したくない

 半分押し出されるような形で廊下へと放り出された俺も涼香ちゃんだったが、その後の状況については想定していた様子であり、ある意味では想像の範疇を大きく上回ってしまうことになった。


「…………動けない」


 俺のすぐそばで若干頬を引き攣らせながら、涼香ちゃんがそうボヤいた。

 現在、俺と涼香ちゃんは人に取り囲まれている。……それも、前にも後ろにも動けないほどのたくさんの人に、だ。


「ねえねえ君すっごくかわいいね! なんて名前なの?」


「なになに? メイド服? どっかでメイド喫茶でもやってたっけ?」


「その服ってどこで買ったの? それとも作ったやつ?」


「せっかくだし俺らと一緒に文化祭回らない? いろいろ奢っちゃうぜ?」


「ねえねえ、写真撮っていい? いいよね! こっち向いて!」


 エトセトラエトセトラ。男女問わずにたくさんの人が押しかけてきて、様々な声を投げかけられていた。そんな中でも、誘い文句を投げてくるのは決まって男だったが。あと、できれば写真はやめてほしい。

 しかし、困ったことに、俺は現在しゃべることができない。普段の調子であればそれなりに口を回して切り抜けるくらいならできるのだが、今ここで俺が声を出してしまえば、余計に混乱が拡がる。というか、俺の沽券に関わる。

 とはいえ、現状話すことができる涼香ちゃんもさすがの人数に若干萎縮してしまっている様子だった。特に女性陣からの人気が高いらしく、頑張って俺にひっついたままでいようとしているが、今にも剥がされてしまいそうだ。

 そんな俺は男性陣からの声掛けが多くて。……男連中からモテたところで微塵も嬉しくないのだが。


 ……しかし。さて、どうしたものか。

 俺がそう困った様子を見せていると、涼香ちゃんがキュッと俺の手を握って、こちらを一瞬見つめてから。


「……私たちは、手芸部。こっちの人は、喉の調子が良くないから喋れない。だから、あんまり声かけられると、困る」


 絞り出すように紡いだその声に、その場のざわめきが一気に落ち着く。

 なんとかこの場を収めてくれた涼香ちゃんだったが、握られたてから伝わってくる震えが、彼女の恐怖を物語っていた。

 怖かったのに、それを圧して、頑張ってくれたのだ。

 せめてもの、彼女の支えになれるように、握られた手を握り返す。俺はここにいるのだと、そう伝える。


 ほんの少し、彼女の震えが弱まった気がした。


「手芸部では、ハンドメイド品を売ってる。ハンカチとか、ポーチとか、いろいろ。もし、よければ」


「ハンドメイドってことは、もしかして、君たちが作ったものなの?」


 先程俺に言い寄ろうとしていた男のひとりが、そう尋ねてくる。


「……私たちのものもある。あとは、部長のものも。ちょうど今、部室で店番してる」


「ちなみに部長さんもメイド服着てるの?」


「着てる」


 涼香ちゃんのその答えに、男衆が「ひゃっほう!」と、テンションを上げる。

 そしてその調子のまま、手芸部の部室に行くぞ! と。何人かを引き連れて走り去ってしまった。「女子の手作りグッズが買えるぞ!」と。


「……全く、男ってのは」


「とはいえ、ハンドメイド品の物販ってのはちょっと気になるね。行ってみる?」


 呆れた様子の女性陣ではあったが、しかし、男性陣とは全く別側面から興味を引いたようだった。

 結局、全員がというわけにはいかなかったが、それでも結構な人数が部室の方に向かってくれたようで。少なくとも先程までのような動くに動けない、という様子はなくなった。


 あと、男性陣には非常に悪いが、そのグッズ。1/3で男が作ったものなので悪しからず。……まあ、言わぬが吉、知らぬが仏というものだろう。


 まあ、兎にも角にも当初の目的である集客は、一応はできていると思っていいのだろう。


 人が捌けたのを確認してから、俺は涼香ちゃんと視線を合わせて、小さな声で彼女に話しかける。


「守ってくれて、ありがとうね」


「……そういう目的で、ついてきたから」


「そうであってもだよ。本当にありがとう」


 正直、あの場で俺は騒ぎを大きくせずに収める方法が思いついていなかった。だからこそ、涼香ちゃんが勇気を振り絞って動いてくれたことで、本当に助かった。


「さて、と。それじゃあ、続きで回っていこうか」


「また、囲まれたら私がなんとかする。……だけど、そのとき手を握っててくれると、ちょっと安心する」


「うん。そのくらいでよければ、いくらでも」






 そのあともしばらくふたりで校内を歩いて回り。途中クラスメイトとも出会ったりはしたものの、涼香ちゃんが前を張って対応をしてくれたこともあって、俺だということがバレることはなくことが済んでいた。

 そうしていると、スマホの方に着信があった。


 くるりと周囲の様子を見る。多くはないものの、人がいないわけではない。この場でこれを受けるのは、得策ではないだろう。

 涼香ちゃんと目を見合わせて、そのまま踊り場の陰の方へと引っ込んでから、電話を受ける。


「どうしました? 美琴さん」


『あっ、裕太くん。集客お疲れ様! おかげさまで、こっちはめちゃくちゃな盛況だよ。正直手が回らないくらいに!』


 電話越しに、接客しているのであろう。ひゃーっという悲鳴混じりに忙しさが伝わってくる。


『それで、正直今来てる人たちだけでも相当な量の商品が捌けそうだから、そろそろ集客の方は気にしなくってもいいよって、そう言おうと思って』


「なるほど。それじゃあ俺たちも戻って接客の方を手伝いましょうか?」


『ううん、それは大丈夫。部室前の廊下にも人がそこそこ集まっちゃってて、逆に今裕太くんたちが帰ってくると余計な騒ぎになっちゃうかもだから』


「そうなんですか?」


『うん。なんだったら、あの子は一体誰なんですか! っていう声まで聞こえてくるくらいだからね』


 ……なんか、思ったよりもコトが大きくなってる気がするぞ?

 しかし、仮にそうなのだとすれば本当に戻らないほうがいいのかもしれない。


『だからしばらくの間、裕太くんそのまま涼香ちゃんと一緒に、文化祭を楽しんでたらいいと思うよ』


「いいんですか? それじゃあ美琴さんにすごい負担が」


『大丈夫大丈夫! こういうときくらい先輩を頼ってくれていいから! ついでに村岡先生も手伝ってくれてるし。もしアレだったらたくさんお土産買ってきてくれると嬉しいかも!』


 笑いながらそういう美琴さんだが、直後にお客さんから呼び出されていて、その繁忙さが伺える。

 ……これは、冗談ではなく本当にちゃんとお土産を買って帰ったほうが良さそうだな。ついでに、村岡先生の分も。


『それじゃ、電話切るね。こっちの様子が落ち着きそうになったら、またメッセージ送るから!』


「はい、わかりました」


 電話を切ると、隣にいた涼香ちゃんが内容について尋ねてくる。


「美琴さんから、集客はもう大丈夫だから、ふたりで文化祭を楽しんできなってさ」


「……そっか」


 そう言う涼香ちゃんの様子は嬉しそうで。しかし当時に、どこか複雑そうな様子が見て取れた。


「もしかして、俺と一緒に回るのは嫌か?」


「そんなことない! ……うん、そんなことはない」


 涼香ちゃんにしては珍しく、一瞬食い気味にそう話しかけてきて。すぐさま落ち着いてもとの様子に戻った。


「どちらかというと、逆。……裕太さんは、私と一緒でよかったの?」


「どういうことだ?」


「お姉ちゃんとか、美琴さんとかと一緒のほうが良かったのかなって」


「なんでそのふたりが出てくるのかがわからないんだが」


 俺がそう伝えると、彼女は「だってふたりとも……」と口籠ってから、少し考え込んで。


「別に、他意はない」


「……そうか」


 そんなわけ無いだろう、あそこまでなにか言いかけておいて。と、そう感じなかったわけではないが。まあ、話の本筋ではないし、いいか。


「まあ、たしかに絢香さんや美琴さん。それから茉莉や直樹なんかと一緒に回れたらなって思ったりしないわけではないが。だが、それと同じくらい涼香ちゃんとも一緒に回りたいんだよ」


 いや、この格好な都合もあって直樹は除外してもいいかな、うん。普段の格好なら全然いいんだが。


「……なんで?」


「なんでって、そりゃあ涼香ちゃんも俺にとって大切な人だからだよ」


 そう伝えると、ボフッと涼香ちゃんは顔を真っ赤にする。今にも湯気が立ち込めてきそうなほどのそれを隠すようにしながら、彼女はそっぽを向いて。


「そういうこと言うの、ずるい」


「でも、事実だからな」


「…………でも、そういうこと、お姉ちゃんや美琴さん。茉莉にも言うんでしょ」


「まあ、それは」


 実際、みんな大切な人だし。

 彼女の質問に首肯すると、どうやらなにかしらが不服だった様子で。むくれっ面で彼女はこちらに向き直した。


「つまりは、私じゃなくても、別にいい。愛想もそんなによくない、可愛げもない私じゃなくても、別にいい」


 プイッと。そう言いながら、彼女はまたそっぽを向いてしまった。

 なるほど。今から一緒に文化祭を回ろうというのに、他の人と同じだと、引き合いに出したのが良くなかったらしい。

 ……いやまあ、最初に引き合いに出したのは涼香ちゃんなんだけども。そこは気づいてないふりをすることにしよう。うん。


「まあ、たしかに他の人とでもいいといえばいいけども。今は、涼香ちゃんと一緒に回りたいかな」


「…………」


「涼香ちゃんは自分のこと可愛げもないって言うけど、俺はすごいかわいいと思うし」


「…………む」


「まあ、俺も今はメイド服なんだけど。でも、一緒に歩けるってなると、すごく嬉しいかな。……あと、単純に今の俺、喋れないしね」


「わかった、わかったから。一緒に、回るから。……私も、一緒に回りたいし」


 涼香ちゃんはそう言うと、俺の手をパッと取って、そのままクイクイと引っ張りながら歩き始めた。

 こちらに顔を向けようとはしてくれないが、しかし、どうやら説得が通じてくれたようでよかった。


「そういえば、改めてにはなるが。こうして涼香ちゃんとふたりっきりで一緒に歩くのって、今までほとんどなかったね」


「だいたいお姉ちゃんが付いて回ってるから」


 それは間違いなくそうだろう。なんなら少し前には水着と目隠しをしているから大丈夫とか言いながら風呂に突入しようとしてきた。そのときは、滑って転ぶと危ないからとなんとか説得して茉莉に引き取ってもらったが。妹として、そのあたりどうにかできないものなのか。


「ラッキースケベ、享受すればいい」


 そういえば涼香ちゃん、そっち側だっね。


「でも、たしかに今まで裕太さんとふたりでってのは、ほとんどなかった。……意図して避けてた側面がないわけじゃないけど」


「あれ、やっぱり俺と一緒は嫌だった?」


「……言い方が悪かった。そういう意味じゃない。問題があったのは、私の方」


 涼香ちゃんはそう言いながら、なにか納得した様子で、スッとその場に立ち止まる。


「でも。こうやって一緒に歩いて、美琴さんの言うことがはっきりわかった。……諦めたくない、譲りたくない。この手を、離したくはない」


 そして、握る手をギュッと、一層強くして。

 やっと、彼女はこちらを振り返り。


「私、やれるだけやり切るから。だから、裕太さんにはしっかりと見届けてほしい」


「……ああ、わかった」


 その決意表明が一体なにに対するものなのかはわからなかったが。しかし、確固たる決意があることだけは、はっきりとわかった。


 彼女はそう言葉にしたことによって、なにかひとつ吹っ切れたのだろう。随分と爽やかな笑顔を携えて。


「覚悟は覚悟。やるべきこととして。文化祭を楽しまないと、もったいない。だから」


 そして「行こ!」と。かわいらしく俺の手を引いた。

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