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#68 文化祭、開幕!

「……暇だねぇ」


 美琴さんが、ぽつりとそうつぶやく。

 茉莉は早々に帰ってしまい、絢香さんはクラスの出し物のシフトのため、教室に戻ってしまった。そのため、現在部室には俺と彼女と、そして涼香ちゃんの3人がいた。


「気持ちはわかりますけど、ちゃんとしておいてください。いつお客さん来るかもわからないですし」


「大丈夫大丈夫、そうそう来ないから」


 にへへ、と。そう笑いながら、美琴さんはゆるゆると机に身体を預ける。

 文化祭開始から1時間ほど。見事なまでに、客は来ていなかった。

 まあ、そもそも知名度が壊滅的な手芸部な上に、出店にあたっての宣伝もロクに行っていないため、この客入りは当然と言えるのだが。


 メンバーがいつもの3人なこともあり、随分とリラックスした様子の美琴さんに、少しため息をついていると。ガラリ、と扉が開いた。

 突然の来訪に、美琴さんはピョコンと跳ね上がるようにして飛び起きる。


「……おお、なんというか。事前にある程度聞いてはいたが、すごい見た目だな」


「なーんだ、村岡先生か」


「なんだとはなんだ桃瀬。いちおう顧問だぞ」


 くたびれたシャツの男性はクシャクシャな頭を掻きながら、面倒くさそうにあくびをした。

 村岡先生。手芸部の顧問をしてくれている先生。……いちおう。

 自称にも他称にも「いちおう」が入るだけあり、こうやって顔を出すことは珍しいし、なんなら原則放任している。まあ、そのおかげでかなり自由にさせてもらってる面はあるのだけれども。


「しかし、その見た目で変な客に絡まれないように注意しろよ?」


「気にし過ぎですって先生。そもそもお客さんはほとんどこないし、いざとなったら裕太くんがいますから!」


「……その小川の見た目が変な客に絡まれそうなものそのものだから言ってるんだが。まあいいか」


 俺の姿を見ながら頬をポリポリと掻きながら困り顔をする村岡先生に、俺は小さく苦笑する。


 来訪者が村岡先生だということがわかった美琴さんは、再び机に向かって横になる。

 そんな美琴さんを見て、村岡先生は「相変わらずだな」と、小さくため息をつきながら。


「いちおう、客としてきてるんだがなあ。……まあいいや、小川、対応を頼む」


「あっ、はい」


「これが桃瀬、こっちが小川。それから、これが新井のやつか?」


 村岡先生はそう確かめながら陳列されている商品を眺め、いくつか手にとっていく。

 そして、俺はそれを会計する。


「……ああ、袋はいらん。ちょうどこのポーチに入るだろうから、入れていく」


「わかりました」


「それにしても、いいデザインだな。さすがは――」


「村岡先生。俺はまだまだ足元にも及ばないですよ」


「……すまん、小川。そういうつもりじゃなかったんだが」


 俺の挟んだ言葉に、村岡先生がハッとした様子でそう言い、気まずそうな顔をする。


「とはいえ、本当に出来はいいんだよなあ。……なんでお前ら宣伝しないんだよ。普通に売れるだろコレ」


 そう言いながら、村岡先生は買った商品を見回す。

 まあ、売る以上、下手な出来なものを作ったつもりはないし。実際、自分のものをそう評価するのは恥ずかしいが、出来はいいと思っている。それは他のふたりについても同じではある。が、しかし、


「まあ、別に売れなくてもいいかなーって思ってるから」


「桃瀬、お前なあ……」


 部長のスタンツがこれなので、おそらく売れないままになる。まあ、もとよりそれも加味して作っている側面はあるので、最悪売れなくても困りはしないが。


「そんなこと言う村岡先生だって、たくさん売れたら売れたで後処理が面倒くさいって思ってるくせに」


 美琴さんのその言葉に、村岡先生が黙る。……事実なのだろう。


「しかし、これが売れないというのも勿体ない話だよなあ。とはいえ、お前ら特に宣伝の準備してないんだろ?」


「もちろん!」


 自信満々の美琴さんに「自慢げに言うことではないと思うんだが」と、村岡先生は何度目かのため息をつく。


「……そうだなあ、せっかく目を引く格好をしてるんだし、プラカードでも持って歩いて回れば客引きになるんじゃないか?」


「んー……たしかにそれは面白そうかも」


 てっきり、却下するものだと思っていたら、彼女は存外に肯定的な意見を見せた。

 美琴さんが部員勧誘や文化祭での集客を積極的に行わない理由の半分くらいは、あまり部外者をここに近づけさせたくない、というものがある。残りの半分は面倒くさいから。

 部室を半分くらい私物化している彼女としては、知らない人に荒らされたくないのだ。……まあ、村岡先生のいる手前、絶対に本当のことは言わないだろうが。


 そんな美琴さんが、村岡先生の提案を素直に受け入れたから驚いた。そして同時に、嫌な予感も感じた。

 なにせ、美琴さんが言ったのは「よさそう」ではなく「面白そう」なのだ。変な飛び火がこちらに来るかもしれない。

 ……無茶振りを言われないように、気配を消しておこう。無駄な抵抗かもしれないけど。


「ま、急にプラカードなんて用意はできないから、ただのスケッチブックに描いたものになっちゃうけど…………よしっ、こんなもんでいいでしょ!」


 美琴さんは自分のカバンの中からデザイン用のスケッチブックを取り出すと、手早くなにかを描く。

 くるっと回してこちらに見せてくれたものは、シンプルながらに色鉛筆でかわいらしく装飾をされた看板もどき。

 手芸部であることと、それから手芸部の場所。そして、ハンドメイド品が売られていることが簡単に説明されており。そして、


「その、メイドさんがいます! ってのは必要なのか?」


 怪訝な顔をしながら村岡先生が尋ねるのは、デカデカと書かれた文字。もはやこの書き方ではハンドメイド品がオマケでメイドがメインに見えなくもない。


「あったりまえでしょう! どう考えてもハンドメイド品で集客できるわけないからね!」


 むふん、と。美琴さんは胸を張り、息を巻きながらそう言い切る。

 それについてはたしかにそうだとは思うが。……それでいいのか。


「ってなわけで。裕太くん、涼香ちゃん。これ持って、校内歩いてきてね!」


「…………はい?」


 俺と涼香ちゃんの声が、重なった。ついでに、言われた言葉を疑った。


「はい、裕太くんはこれ持ってね! 涼香ちゃんは裕太くんのサポートをしてあげてね。それから、ついでになにか美味しそうなものがあったら買ってきてほしい!」


「いや、だからなんで俺が外に出ることになってるんですか!? この見た目で正直廊下に行きたくないんですけど」


 着替えていいんですか? と、そう尋ねたら、差も当然といわんばかりにダメに決まってるじゃない、と。

 どうしてだかはわからないが、俺は今現在、メイド服で廊下に出ることを当然のことかのように強制されようとしている。


「そもそも、俺がメイド服を着る着ないの話の一番はじめのときにも万が一にバレたら面倒だからって話を――」


「大丈夫! だって裕太くん。今の君の姿を思い出してみてよ! バレないって!」


 ぐぬぬっと、食い下がる。認めたくはないが、美琴さんのその主張には納得行ってしまう自分がいる。

 たしかに、パッと見で見ただけでは俺であることはわからないだろうし、それどころかよほど凝視しなければ男だということすら見抜かれない可能性まである。

 せいぜい、俺に似た感じの女の子が居た、というレベルで収まってしまう。……見た目だけであれば、


「でも、声はどうするんです? いちおうそれなりに裏声は出せはしますけど、それでも女の子っぽい声を出せってのは無理ですよ」


「そのために涼香ちゃんがサポートに入るんだよ。裕太くんは喋れないから、涼香ちゃんが一緒について、喋らないといけないときに代わりに話してあげるの」


 それであれば、たしかにバレない、のか?

 なんだか美琴さんの口車に乗せられているような気がして。どうしても恣意的な側面を感じないではいられなかった。


「……涼香ちゃんひとりだったり、美琴さんが行ったり、ではだめなんですか?」


「うーん、無理なわけじゃないけど。たとえば、涼香ちゃんひとりだと変な人に絡まれた場合のことを考えるとあんまり得策とは言いにくいかな」


「それは、たしかにそうですね」


「それに、私が宣伝に行っちゃうと売り子が裕太くんと涼香ちゃんになるけど。……最悪愛想を振りまいておけばいい宣伝と、最低限会話が発生する売り子、どっちがいい?」


 そう言われてしまうと、宣伝に回るほうがマシなように聞こえてくる。この格好で校内を歩き回ることになるのだから、全く以てそんなことはないのだけれども。


「あれ、でもそういう理屈だと美琴さんひとりで売り子をするのもあまり好ましくないのでは?」


 先程、変な客に気をつけろという村岡先生の言葉に。美琴さんはそもそも客が少ないから、と、俺がいるから、というふたつの理由で問題がないと言っていた。しかし、俺と涼香ちゃんが宣伝に出てしまうと、その両方の理由が崩れてしまうわけで。


「大丈夫大丈夫。村岡先生に居てもらえば、そんな変なこと言ってくる人もいないでしょ」


「げっ、俺かよ」


「そもそも、ある意味では今回のことの言い出しっぺですしね。たまには顧問らしく、裕太くんと涼香ちゃんが帰ってくるまでくらいはここにいてください」


 美琴さんがそう言うと、くしゃくしゃっと頭を掻いてから面倒くさそうに、しゃーねーなぁ、と。

 どうやら、美琴さんの主張が通り、引き受けてくれるらしかった。たしかに普段はロクに部活に関わっていない村岡先生が手伝ってくれるのであれば……いいこと、なのか?


「さて、そういうわけだから裕太くん。私のことは安心してくれていいから、涼香ちゃんと一緒に行ってこようか!」


「って、すっかり忘れてましたけど。俺の許可云々もそうですけど、涼香ちゃんの意見も聞かないとですよ」


 美琴さんが俺に看板代わりのスケッチブックを渡してきたこともあって俺がずっと話していたが、そもそも彼女の話のとおりに事を進めるのであれば涼香ちゃんも一緒に廊下を歩くわけで。

 ぴょこんと身体を起こしてこちらを向いていた涼香ちゃんに視線を寄せると、彼女は少し考えてから。


「…………私は、別に構わない。でも、いいの? 美琴さん」


「うん。大丈夫。私は夏のときに抜け駆けしちゃったからね。だから、今回は涼香ちゃんに譲るよ」


 なんのことだかわからないが、どうやら女性陣で許可の取り合いが発生しているらしかった。俺は訳がわからず首を傾げていると、先程まで気怠げにしていた村岡先生がなにやら面白そうに「あっはっはっはっ」と笑っていた。


「なんだ、小川お前。すげえ面白いことに巻き込まれてるんだな」


「……えっと、なんで俺なんですか?」


「なるほどなぁ。こりゃ、桃瀬も新井も大変だな。……そういえばお前、新井姉と、それから宮野ともそういう噂があったよな。当の本人がコレじゃ、4人とも大変そうだなぁ」


 どういうわけか、絢香さんと茉莉の名前まで出てきた。そうして、遠くを見つめながらしみじみと言う村岡先生の様子に俺が疑問符を浮かべている間に、どうやら美琴さんと涼香ちゃんの話に決着がついたらしかった。


「もうすぐ……でしょ? なら、なおのこと自分の気持ちと想いに決着と決心をつけないと」


「……わかった」


「あ、でも。今回が最初で最後だからね。夏の埋め合わせと、それから、今は涼香ちゃんのことをサポートするって決めてるから。でも、やることをやりきったあとは…………だから」


「うん、わかってる。私だって譲れない。それは、みんな同じ」


 キュッ、と。なにかを決意した表情の涼香ちゃんが、美琴さんに向けてそう伝える。

 それを受けた彼女は、ニコッと笑って涼香ちゃんの頭を優しく撫でていた。

 子供扱いしないで、と。言葉ではそれを鬱陶しそうにしている涼香ちゃんだが、どこか嬉しそうにも見えた。


「まあ、なんだ。小川、お前が随分と楽しそうで良かったよ」


「……えっ? どういうことです?」


「いいや、細かいことは気にするな。だが、後悔のないように、悔いのないように、青春を楽しめよ?」


 俺みたいな大人にならねえようになあっ! と。村岡先生はそう言いながら大きく笑っていた。

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