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#67 せっかくなら全員着ようね!

 部室のドアがガチャリと開く。


「おじゃまします!」


「……おはよう」


 ハキハキとした様子の絢香さんと、相変わらずどこか気怠げな涼香ちゃんが並んで入ってくる。


「ふたりともおはよう、ちょうどこっちの準備も終わったところだよ!」


「おはようございます、美琴さん。それから、茉莉ちゃん」


「おはよう、絢香ちゃん。まあ、私は朝にも会ってるんだけどね」


 クラスが同じなため、ホームルームのときに一緒だったし。なんならそれ以前に、そもそも家が同じなわけで。

 そのまま絢香さんは視線をぐるりと回して、こちらへと。


 しかし、俺の方を向いたかと思えば、どうしてか彼女はそのまま首を傾げてしまう。


「とうかしたか? 絢香さん。俺の顔になにかついてるか?」


「ふぇっ……あっ、そうか。裕太さんですね!」


「……ああ、そうか。そういえば、この見た目だもんな」


 改めて自分の姿について思い返して、絢香さんの反応に納得する。正直、自分でも自分なのかと疑う見た目なのだ。いちおう、マジマジと見つめれば俺の面影がなくはないのだが、化粧の甲斐もあってか、パッと見ではわからない。

 そりゃ、こうなった経緯を見ていない絢香さんが反応できないのも無理ない。

 しかし、普段一緒に暮らしている絢香さんでこれなのだから、これならばたしかにクラスメイトたちにもバレないかもしれない。


「私は、服の見た目知ってたから、もしかしたらとは思ったけど」


「そういえば涼香ちゃんは美琴さんと一緒にデザインしてくれたんだっけ。ありがとうね」


 そう言って俺が笑顔を向けると、彼女はどうしてか顔をそっぽに向けてしまう。……なにか変なことでも言ったかな。

 俺がそんなことを考えながら少し困っていると、


「……うん?」


 視線を戻した涼香ちゃんが、俺の顔……ではなく少し下を見つめて首を傾げる。


「あれ、なにか変なところあるか?」


 美琴さんはなにも指摘しなかったけど。しかし涼香ちゃんはまじまじとどこかを見つめながら、ジリジリとこちらに近寄ってくる。

 彼女はなにも言わず、すぐそばまでやってきたかと思うと、自分の身体を見つめ、俺の方を見て。というのを繰り返して。


「嘘、でしょ?」


 と。なぜか絶望に包まれたかのような表情をした。……いったい、なんなんだ?

 わけがわからず俺がたじろいでいると、なにかしらを察したらしい美琴さんが「あははっ」と、小さく笑ってから。


「大丈夫だよ、涼香ちゃん。それ、偽物だから。ただの詰め物だよ」


「……偽物?」


 美琴さんの言葉にポツリとそうつぶやいた涼香ちゃんは、そのままこちらを見返したかと思うと、ものすごい勢いで飛びかかってきて――もとい、俺の胸元を掴みに来た。

 そして、それを感触を確かめるようにしばらく触ったかと思うと、ふっと、ひとつ息を吐いてから。


「この感触、たしかにただの偽物。私が負けたわけじゃない」


「いや、そもそも俺、男だよ?」


「……それもそうだった。焦って損した」


 そう言うと涼香ちゃんはそっと俺から離れる。……まあ、さすがに揉まれるところまで行けばどういう意味合いだったのかということはわかる。わかるからこそ、茉莉、笑ってやるな。

 部屋の端っこで必死で口を抑えて笑いを堪えている彼女に視線でそう伝えて。


「さて、それじゃあみんな揃ったことだし。私たちも着替えようか!」


 パンッと、美琴さんがひとつ手を打って、そう話を切り出す。

 店の売り子としてメイド服着るのは、俺だけではない。美琴さんと涼香ちゃんもなのだ。


「それじゃあ、私はそろそろ戻りますね」


 そう言って茉莉が部室から出ようとしたとき、その腕をパッと、美琴さんが掴む。


「えっ……と、美琴さん? どうかしましたか?」


 ニイッと笑いかけるその美琴さんの表情に、おそらく茉莉も嫌な予感を感じたのだろう。茉莉が身じろぎしてその場から立ち去ろうとするも、しかし、想像以上に美琴さんがしっかりと腕を掴んでおり、抜け出せない。


「茉莉ちゃんも、着るんだよ? せっかくの記念なんだから、みんなでメイド服を着た写真、撮ろうね?」


「いやあ、そうしたいところは山々ですけど、残念ながら私のメイド服は家に――」


「そう言うと思って、涼香ちゃんに持ってきてもらうように頼んでるから、安心してね!」


 自信満々の美琴さんのその発言に、涼香ちゃんがガサリと紙袋を取り出す形で答える。


「それじゃ、茉莉ちゃんも裕太くんと同じく、メイドさんになろうねぇ」


 茉莉は露骨に嫌そうな表情をし、頬をピクリと動かすが。しかし、先程まで俺をイスに縛り付けて化粧をしていたという事実もあり、なかなか反論が思いついていない様子。

 そのまま緩やかに部屋の内側へと誘導され、逃げられなくなっていた。……茉莉。残念ながら、覚悟を決めるしかないぞ、これは。


「と、いうわけで。裕太くんはまたで悪いけど準備室に入っててね!」


「まあ、それは」


 そりゃ、着替えるのだから俺がいてはいけないのは当然で。ここで廊下に出されなかっただけマシだと思おう。部室前の廊下はほとんど人通りがないとはいえ、万が一に見つかったときが面倒だ。

 そのまま俺が準備室に引っ込むと、扉を少しだけ開けた美琴さんが「覗いちゃだめだからね?」と。


「覗きませんよ」


「もし覗きたいのなら、誰のが見たいのかを言ってくれたから考えないでもないから!」


「だから覗きませんって」


 からかってくる美琴さんに、ため息をつきながらひとしきり対応を終えると、壁越しに茉莉の「着替えるんだからそのドア閉じてください!」という怒声とともに、美琴さんが戻っていく。


 完全にドアが閉まったこともあってか、4人の会話が聞こえてくるものの、ハッキリとなんと言っているのかはわからない。

 ただ、なにかしらで盛り上がっており、なにやら美琴さんが興奮しているということだけは伝わってくる。


 しばらくすると、準備室のドアを茉莉が開けてくれる。


「お、着替え終わったか?」


「ちょっと前にね。ただ、美琴さんが手を付けられない状況で、迎え来るのが遅れちゃった」


 ごめんね、と言う茉莉のその姿は、久しぶりに見るメイド姿。

 春の頃合いに1度だけ着てくれて、そのまま恥ずかしがって引っ込んでいって、それ以来着てくれなかったのだが。


「うん、やっぱり似合ってるな。すげえかわいいぞ」


「…………そういうのいいから」


 茉莉は顔を背けながら、そっけない態度を取る。


「それよりも、そういう言葉はあの子たち。特に、涼香ちゃんに向けてあげなさい。たぶん、そのためにすごく頑張ったんだと思うわよ」


 茉莉の言葉の意味はその場ではよくわからなかったが、しかし、すぐさま理解することになる。

 部室に戻ると、想像どおりの興奮状態の美琴さん。メイド服でその状態になっているため、見てくれだけで言えば結構ヤバいことになっている。


 そして、その興奮を引き起こしている元凶である、


「あ、裕太さん。その、どうでしょうか?」


「……新しいの、用意した」


 涼香ちゃんが言った「新しいの」の言葉のとおり、絢香さんと涼香ちゃんの着ているメイド服はいつものものではなかった。そういえば、最近忙しく、なにかを作っていたか。


 主なデザインとしては、大正ロマンとでも言うべきか。洋風な改造の施された和服。そして、それをベースに仕立てられた、メイド服。

 普段のメイド服が白黒なのに対して、大元が和服から発展させてあることもあってか、それぞれ違った色のものになっている。


 絢香さんのものは、大まかには緑を基調としたものになっており、やや明るめの和服に濃い緑色の袴。そして、白色のエプロンをつけている。というような様相だ。

 一方の涼香ちゃんは、主な構成、デザインとしては絢香ちゃんと同じなものの、色が大きく変わっており、ピンク色の和服に真っ赤な袴を着用している。


「普段と違って、別に給仕が目的じゃない。だから、いつもよりデザインに割り振った」


「涼香はそう言うけど、結構動きやすいですよ?」


「……私はちょっと動きにくい」


 そう言いながら、涼香ちゃんはバサバサと袖周りを少し振り回す。よく見ると、絢香さんのものは手首の少し手前辺りまでなのに対して、涼香ちゃんは手のひらが半分くらい隠れる程度になっている。そのあたりも取り回しの差になっていそうだ。


「裕太さん。それで、どうでしょうか?」


「……どう?」


 絢香さんは袖を持ち上げ、全体を見やすように見せてくれ、その隣で涼香ちゃんがくるりと一回転してくれる。


「すごく、かわいいと思う」


「だよねえ! とってもかわいいよね!」


 俺の言葉に、後ろから飛びかかってきた美琴さんがそう言って同意してくる。

 併せて「私もかわいい?」と聞かれるので、かわいいですよ、と答えておく。……少し不満そうな表情をされたが、しかしそれ以上にどう言えばいいんだ。


 しかし、こうやってふたりを見ると、基本的な構成自体は同じなのに、受ける印象が大きく変わる。

 共通して感じる要素は「かわいい」なのだけれども。しかし、それぞれ方向系が違う。


 絢香さんのそれは、緑色の色味や、彼女の艷やかな黒い髪。また、絢香さん自身の雰囲気なども相まって、かわいさもありつつも、全体的に大人びたような、落ち着いた雰囲気を感じる。

 対照的に涼香ちゃんは、ピンク色や赤色といった明るめの色合いに加え、真っ白くふんわりとした彼女の髪。そして、先程の袖や涼香ちゃん自身の体躯の小ささも相まってか、かわいさが前面に出てきているような印象を受ける。


「それじゃあ、みんなで記念写真撮ろうか! あと、裕太くんはピンの写真もね!」


「なんで俺だけ?」


「そりゃ、直樹くんに見せる分だよ!」


 そういえば、この件にはアイツも一枚噛んでやがるんだった。

 ……そういえば、その時の話で言うならば。


「直樹のメイド服はどうしたんです?」


「大丈夫、安心してくれていいよ。ちゃーんと用意してあるから!」


 そう言って美琴さんは俺のときと同じような紙袋を見せてくれる。中には、同じくメイド服が。


「ただ、今ここで直樹くんまでいちゃうと、いろいろとやりにくいことがあるからね」


 主には、俺たちの関係性に関わること。直樹はまだこの4人がメイドだということを知らない。俺のものを除くこれらの服が、今日の為に用意されたものではないと言うことを知らない。

 だからこそ、彼がいてしまうとどうにも話しにくいことややりにくいことが発生してしまう。


 だから、直樹は別枠で。文化祭が終わったあとに呼び出すつもりだということらしい。

 俺の質問にそう答えると、彼女は、すったったっ、と。移動していき、おもむろにスマホを取り出す。


「そういうわけで、ほら、撮るよー!」


 美琴さんが、部室の机の上にスマホを置くと、なんの予告もなくカメラのセルフタイマーを起動させる。

 たしかに記念写真を撮るとは言っていたけど、そんなに急に撮るの!?


「ちょっと、せめて先に並んでから……」


「いいのいいの! ほら、みんな寄って!」


「あの、俺はどこに行けば」


「裕太くんは真ん中に決まってるでしょ!」


 ……決まってるのか? などと、そんなことを考えている間に、カウントダウン代わりのライトの点滅間隔が狭まってきて。

 カシャリ、と。写真が1枚撮られる。

 慌てて並んで、全員が全員、キッチリとカメラに注視できていたわけではない、そんな状態で。


「うーん、やっぱりちゃんと並ばないとこうなるか」


 取れた写真を見ながら、美琴さんはそんなことをつぶやく。


「わかってたんなら、なんでやったんですか」


 茉莉が大きくため息をつく。頭を抱えながらにボソリと言ったその言葉に、しかし美琴さんは笑いながら。


「でも、こういうのも、私たちらしいような気もしなくないかなって」


 そう言って、美琴さんはスマホの画面を見せてくれる。

 困り顔をした俺に、もたれかかるようにして映っている茉莉。慌てている様子の絢香さんに、満面の笑みの美琴さん。あと、しれっとひとりだけピースをしている涼香ちゃん。


 たしかに、そう言われればそういうようにも思えてくる。


「まあ、これはこれでいい思い出になるんじゃないかな」


 そう言いながら、美琴さんがスマホをしまう。写真は、後で送ってくれるとのことだった。……俺がメイド服着ている都合、嬉しいような、複雑なような。

 丁度そのタイミングで、キーンコーンカーンコーン、と。チャイムが鳴り始める。文化祭、開始のチャイムだ。


「さて、それじゃあみんな、楽しもう!」


 現在進行形で1番楽しそうな美琴さんが、そう言う。


 こうして、いろいろな意味で忘れられない文化祭が、始まる。






「それじゃあ、私は着替えるわね」


「えー、せっかくならそのままでもいいんじゃない?」


 元の制服に戻ろうとする茉莉に、美琴さんがそう言う。

 普段は制服の着用が義務付けられているが、文化祭ということもあり、今日はよほどの服ではない限り、自由でいいことになっている。


「いや、私は別に手芸部じゃないですし、元々制服のつもりだったし」


「でも、せっかくだよ? それに、メイド仲間じゃん」


「公表してないんですよ、メイド仲間なことは」


 茉莉の反論に、少しむくれる美琴さん。だがしかし、こればかりは茉莉に分がある。


「それじゃ……って、あれ?」


 そう言って、茉莉が首を傾げる。たしか、ここにあったはずなのに、と。

 数秒考えた後、彼女はくるりと頭を回して。美琴さんの方を向き。


「…………みーこーとーさーん?」


「ななななっ、なんのことかな? 制服の場所なら知らないよ!?」


「なにも言ってないですよ、まだ」


 ニコッと、そう笑って。

 そして即座に般若の面に変えて、


「返せー! 私の制服ーっ!」


「ごめんなさーいっ!」


 結局、美琴さんから制服を取り返した茉莉は、準備室に入って着替えることになった。

 美琴さんの頭には、げんこつがひとつ落ちた。

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