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#7 ルール違反は平常運転です

 翌日、教室では茉莉の元で話していた。


「しかしまあ、よくぞあんなルール取り付けられたわね」


「ある程度は平穏な学校生活に不可欠だからな。……既に平穏からかけ離れつつあるというのは目を瞑っておくとして」


 とはいえ、俺のものが手遅れであったとしても昨日の調子だと周囲の人の学校生活まで影響が出そうな状況でもあったので、それを取り決めないわけにもいかなかった。


 今、近距離に絢香さんはいない。ルールに則り「来なくていいよ」と伝えてある。まあ、この言い方のときは別に任意でついてきてもいいとも伝えてあるが。


「それで、その結果がこの強烈な視線、と」


「……それについては申し訳ない」


 代わりに注がれているのは、絢香さんからの視線。彼女自身、慕ってくれている人が話しかけてくれているのだが、その合間合間にこちらのことを見つめてくる。


「これ、私刺されたりしないよね?」


「大丈夫。昨日も言ったがアレは別に睨んでるわけじゃないから、たぶん」


「そこは言い切ってほしかったわね……」


 とはいえ、その実わからないというのが本音ではあった。

 絢香さんの普段のあの表情や視線がただの緊張であることは茉莉には説明済みだった。とはいえ、あの表情でも大丈夫というわけではなく、むしろだからこそ、本当に睨んでるときの判別がつかない。


「……ホントに泊まったわね。絢香さんたち」


「お前もな」


「わっ、私は今までに何回も泊まったことあるでしょう!」


 いったい何年前の話だよ。そう笑い飛ばすと、彼女は不服そうに頬をぷくっと膨らませる。


 結局、昨晩は彼女も俺の家に泊まった。茉莉は隣の家なのだから一度帰れば? と提案したのだが、絢香さんたちが帰らないのならば私も帰らないという謎の意地を張り、客間を1つ片付けることになった。

 やたら多いだけで使うことのない実質物置だった部屋がそこそこあったが、まさかこんなときに役に立つとは思わなかった。……あまり嬉しくはない役立ち方だが。


 とはいえ同様の方法を使うことにより、同衾しようとしてきた初日の絢香さんたちを回避できたので、それはシンプルにありがたく受け取っておこう。


「それでは就寝なんですけど、わっ、私はその、小川くんと同じベットでも」


「あー、それなんだが、こんな夜遅くに働かせるのも申し訳ないんだが、ちょっと片付ければ来客用の部屋が使えるはずだから」


「えっと、もう遅いですし、私は小川くんと同じベットでも」


「ごめんね。もう眠いとは思うんだけど、そんなに散らかってないし、ときどき掃除機もかけてたから」


「私、小川くんと同じベットで寝たいんですけど!」


「ストレートに言ってきやがった!?」


 その後、なんとか彼女たちを客間に押し込め事なきを得たが、そういえばあのときも涼香ちゃんが舌打ちしていたような気がする。そう考えると涼香ちゃんのあの性格の一端は、そこそこに片鱗を見せていたのだな。


「それで、あのふたりとは仲良くやれそうか?」


「まあ、それなりには。……涼香ちゃんは結構苦手だけど」


 それは、まあ納得せざるを得ない。つい昨日にあんなことがあったばっかりだし。


「そういえば、昨日のアレはなんだったんだ? 採寸とか言ってたが」


「はえっ!? あ、裕太は気にしないでいいの! うん!」


 慌てた様子で茉莉がそんなことを言う。そういう反応をされるとむしろ気になりはするのだが、まあ無理に詮索することもないか。どうせ涼香ちゃんがなにか企んでるだけだろう。

 ……いや、気にしておくべきなのかもしれない。


 もう少し詳しい話を聞いておこうかと、茉莉に話しかけようとしたとき。


「おうおうおう、裕太さんよぉ」


「なんだ、直樹か」


「なんだとは失礼な。昨日の恩を忘れたのか?」


 やってきた親友に対して、俺は「恩を振りかざすやつに恩返しはしたくないかな」と返す。

 あっはっはっはっ。と、豪快に笑いながら彼は「そりゃ違いねえ!」と言いながら背中をバチンと叩いてくる。痛い。


「それで? お前さんは新井さんだけでは飽き足らず、茉莉にまで手を出してんのか?」


「バカ言え。茉莉はただの幼馴染だ、一緒に話していたってなにもおかしなことはないだろう。それにそもそも俺は絢香さんに手を出したわけじゃない」


 俺がそう言うと、直樹どころか茉莉までもが訝しむように、半目でジトッと見つめてくる。


「あのなあ裕太。お前が茉莉と話してるのが普通なのはまあわかる。そこは俺もただからかっただけだから、それに関してはいい」


 実際、去年からお前らが一緒に登校したりしてたのも知ってるし。直樹はそう言いつつ「だが!」と語気を強める。


「新井さんとの間になにもなかったってのはさすがに無理がある! というか、そんなもん言われても誰も信じねえ!」


 直樹がそう言うと、隣にいる茉莉がウンウンと頷く。いやそりゃまあ茉莉は事情知ってるからね? そんなことを考えていると、まるでその思考を読み取ったかのように「そうじゃないわよ?」と、茉莉が口を開いた。


「裕太、新井さんのこと、あなたなんて呼んでる?」


「そりゃまあ()()()()だけど」


 って、それは茉莉も一緒じゃないか。……って、あれ? 今、茉莉は()()()()って呼んでたか?


「新井さんのことを、絢香さんって呼ぶ人がこの学校に何人いると思ってる?」


 茉莉にそう言われ、俺は言葉に詰まる。

 俺の知りうる限りでは茉莉しかいない。取り巻きの人たちは絢香お姉さまとは呼んでいたが、それはまた特殊な部類だろう。

 そしてその茉莉も、今は新井さんと呼んでいる。


「ちなみに補足しておくと、去年に絢香さんって呼んだ人が無視されたってことがあったらしいぞ。俺は噂でしか聞いたことないが」


 なんだその噂と言いたいところだが、どうして納得してしまう。

 たぶん突然に下の名前で呼ばれたことにびっくりして絢香さんが対応できず、その間に取り巻きの人たちが怒って引き剥がされたとかそんなところだろう。


「じゃあ俺って……」


「新井さんに唯一絢香さん呼びが許された人間って言われてるな」


「マジかよ」


 俺が軽く絶望していると、背中をバシバシ叩きながら「すげえことじゃねえかよ!」と直樹が大きく笑う。だから痛いって。


「いやあ、面白がってるわけじゃなくて、俺は純粋に嬉しいんだぞ? 新井さんに茉莉のふたりに手を出していられるほどのモテ期が親友に来たって」


「あのなあ、別にそんなんじゃ――」


「あら、裕太は私たちふたりだけじゃなくて、新井さんの妹にまで手を出してるわよ?」


 俺が訂正しようとするより先に、茉莉が口を挟んだ。


「茉莉っ、おまっ……! あっ、直樹、今のは違くて、語弊があるというか……」


 お前、昨日のルールはどうした? と。口パクで茉莉に意思疎通をはかる。しかし彼女は知らないとでも言いたげにそっぽを向く。

 慌てて周囲を確認する。近くに他に人は、いない。幸いなことに今の話を聞いたのはたぶん直樹だけだ。


 そんな直樹はというと、あまりの衝撃からか呆然と立ち尽くしており、


 そして、ツーッと、涙を流していた。


「おい茉莉! お前が変なこと言うから直樹か泣いちまったじゃねえか!」


「えっ!? これ、私が悪いの?」


 言い出したのはお前だろ。でも事実は事実じゃん。と、俺と茉莉とでかなり見苦しい責任の押し付け合いをしていると、直樹が「違うんだ……」と口を開いた。


「びっくりしたのはびっくりしたけど、これは嬉しくて出た涙なんだ……」


「はあ?」


「いやあ、さっきも言ったとおり、裕太にもやっとモテ期が来たのかぁ、と。それも3人も侍らせてるのかと思うと、感慨深くて」


「いや、今のどこに感慨深さを感じる要素があった!? むしろ言葉のとおりに3人も侍らさせてるんだったら、それは相当なクズだぞ!?」


 いや待てよ。事実として侍らせてはいるな? ……うん、相当なクズではあったわ。


「直樹、お前いいやつだな」


「おうっ、それはもちろん! ……って、そんなこと急に言って、どうした。なにも奢らんぞ?」


「いや別にいらねえよなんにも。ただ、てっきりリア充爆発しろとか言われるもんだと思ってたから」


 普段から直樹とはよく喋っていたので、直樹自身が彼女を欲しがっているというのは知っていた。だからこそそういう嫉妬とかを向けられるものかと思っていたが。


「あっはっはっはっ! そんなこと言うわけ無いだろう。親友の恋路が成功してるというのにそれを妬むわけがないだろう! それに万が一にでもそんなことを言ってお前に爆発されたら俺が困る」


「そんなこと起こるわけねーだろ」


「万が一、だ! あっはっはっはっ!」


 そう言いながら、豪快に笑う直樹はバシバシと俺の背中を叩き続ける。

 うん、いいやつだ。本当に。


 ……叩く力が強くて痛いのを、なんとかしてくれればいいんだが。






 教室の中に誰もいないことを確認して、私は大きく息をついた。

 誰かがいると思うと、どうも緊張して力が入ってしまう。


「さて、それじゃあ探しに行こっか!」


「やだ」


「なんで!?」


 放課後。自信満々にした行動開始宣言は、涼香によって即座に却下される。


「裕太さんについて来るなって言われたんでしょ?」


「ええ」


「じゃあついていっちゃだめなんじゃ?」


「探しに行くだけで、ついていくわけじゃないのでセーフ!」


 私が自信満々にそう言うと、涼香はとてつもなく嫌そうな顔をしていた。


「ならひとりで行けばいい」


「ダメ。私ひとりで探しに行くとついていったことになっちゃう」


「それなら私が一緒に行っても変わらない。だから大人しく帰ろう? それが嫌ならひとりで行って」


 表情と発言の端々から「巻き込んでくれるな」という感情が見て取れる。けれどもここで引き下がるわけには行かない。


「涼香がいれば、部活体験として探しに来たというテイを装うことができるの!」


 そう、放課後。新入生が入ってきたばかりということで、現在学校では新入生歓迎会、もとい各部活による部員の争奪戦が行われている。


 十数分前、ホームルーム直後。


「裕太さん、一緒に帰りましょう!」


「ごめん、絢香さん。俺は部活に顔を出さないといけなくって」


 それならば部活についていきます、と。従者ですので、と。……後半は学校で言っちゃダメと言われたので口にはしてないが、意気揚々とそう宣言すると、


「それは……やめて欲しい、かな? ついて来ないで欲しい。いろいろと面倒くさい人がいるから」


 そう言われてしまった。「絢香さんは部活入ってないの?」と聞かれたので入ってないことを伝えると、それじゃあ先に帰っておいて、と家の鍵を渡されてしまった。


 家の鍵を渡された。すなわち家を任された。それだけ信頼されている。そう思って嬉しさから思わず舞い上がってしまいそうになっていたその間に、気づけばもう裕太さんがいなくなってしまっていた。


 そして今、彼を探すために涼香のところに来ていた。


「そもそも探すといっても、アテはあるの?」


「ありません。茉莉さんに聞いてはみたんですが、教えると思う? と言われてしまいました」


 それくらい教えてくれたっていいのに。そんなことを考えていると、涼香が大きくため息をついて、


「とにかくアテがないならむやみに探しても仕方ない。ここは大人しく帰――」


「アテがないなら全部回ればいいだけのこと! 大丈夫、どこかには居るはずだから!」


 そう言って、自分と涼香を鼓舞する。

 涼香がなにかもの言いたげな表情をしているような気がするが、たぶん気のせい。


「よーし、行くよ!」


 涼香の手を引き、強引に歩き始める。


「私は悪くないって、証言してもらうから。絶対……」


 涼香がなにかボソボソとつぶやいているが、私の耳には届かなかった。

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