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#64 文化祭の準備にて

「うあぁ、なんだってまだ8月だってのに、授業があるんだよお……」


「半日授業だけだし、その分ちょっとだけ早く夏休み始まったんだからいいだろ?」


「あんまりよくねぇ……」


 ぐでん、と。たいそうお疲れの様子の直樹がそう言いながら机に突っ伏していた。

 時期は8月の半ば頃。しかし、既に学校が再開されていた。

 その最大の理由が、文化祭。9月の頭にあるそれの準備のために、8月に食い込む形でこうして半日授業だけが早めに始まる。


「ほら、サボってる暇があるなら俺たちの仕事を済ますぞ?」


「うぁーい……」


 暑い、とでも言いたげな彼のその表情には俺も同意をしたいところではあるが。

 教室内には冷房がかかってはいるものの窓や扉があけっぴろげにされている都合もあって、そこまで効きがよくない。特に、窓のそばで作業している俺や直樹にとってはなおのこと。

 それでも、ないよりかは随分とマシなのだが。


 俺と直樹の仕事は、大道具。……まあ、そんな大層な名前をしているが、実際のところはお化け屋敷のコース取りに使うためのパーテーション作りが主なものだった。

 係にあたっているのは俺と直樹のふたり。そんな大した仕事もないため、ふたりで事足りるというのも理由だったが、それ以上に相変わらずの俺の扱われ方の都合で他にやろうという人間がいなかったというのもある。


 正直、もはや少し慣れてきたところはある。……あんまりよくない傾向なのかもしれないけれど。


「しかしよお、そうは言ってもやることはダンボールを黒く塗ったあとにそれっぽく血の跡とか、それっぽい木とか描くだけだしなあ」


「そういう文句を言うのは自分も作業をしながら言え」


 現在進行形で机に突っ伏している直樹に、そう言って刷毛をひとつ差し出す。

 彼はぶつくさと文句を言いつつもそれを受け取り、気怠げにしながら身体を起こして作業を再開する。


 なんだかんだで言えばやるやつなので、そういうところはいいんだが。こういった単調な作業が嫌いなのは相変わらずだな。

 とはいえ、行事ごとに無頓着な俺を心配して直樹がやや無理矢理気味にふたりセットでこの仕事にねじ込んでくれたおかげで、こうして彼と軽口を叩きながら気楽にやれているので、そういう意味ではとても感謝している。


 ……ほんと、この学年になって最初の頃に話しかけてくれた子なんかは、未だにあのときの絢香さんのことがよっぽどトラウマになっている様子で。今でも俺の顔を見るなり顔を青くしてそそくさと離れていく。


 そのあたり、直樹はと一緒なのはずいぶんとやりやすい。直樹自体が元々俺と仲が良かったこともあるが、校外レクや海に一緒に行ったことや、お見舞いの一件で絢香さん自身が直樹と接点があることもあり、絢香さんからの視線が比較的弱まる。


「……それで? お前の彼女さんからの熱視線がすごいんだが。アレどうにかならねえの?」


「すまん。こればっかりはどうにもできねえよ」


 あとで多少言いつけておくことくらいはできなくないが、正直こればっかりはどうしようもない。

 以前の経験からあんまり制限しすぎると吹っ切れて破りかねないということもわかってるし、そうであるならば視線くらいは許してあげないと、流石にという話である。


「しかしまあ、そんな新井さんは新井さんの方で楽しそうだよなあ……」


「ああ、衣装係だよな。どういうふうなオバケの仮装をするとか、そういう話し合いだよなあれ」


 たしかに、そう考えるといくらか楽しそうである。少なくとも、今俺と直樹がやっているひたすらにダンボールを黒くするだけの作業に比べれば。






「意外でした」


「えっ、なにが?」


 絢香さんは手芸部の部室で席に座るや否や、そう聞いてきた。

 ちなみに、手芸部の部員ではない絢香さんだが、こうしてなんだかんだの理由をつけて部室に留まっていることはそこそこにあった。……今日は俺の付き添いだと言ってここに居座っている。

 まあ、帰るタイミングは同じなのでそのあたり問題はないんだが。


「いや、裕太さんが衣装係じゃないのが、意外だなって」


「ああ、なるほどそういう話か」


 たしかに、絢香さんは俺がそういった方面に精通していることを知っている。だから、係として衣装係にいなかったことを不思議がっているのだろう。


「まあ、単純に俺がいると他の人がやりにくいってこともあるとは思うけど――」


「そもそも、裕太くんが手芸部だってことを知ってる人がほとんどいないからね!」


 ぴょこんっ、と。俺と絢香さんの間に割って入るようにして美琴さんが生えてくる。


「……いやまあ、そのとおりなんですけど」


 美琴さんの言うとおり、俺が手芸部の所属であること。ひいては、俺が服飾関係に詳しいということを知っている人がほとんどいない。

 それこそ、絢香さんの他では昔馴染の茉莉と直樹くらいしかあのクラスの中で知っている人間がいないはずだ。

 もしかしたら、なにかしらのタイミングで俺が手芸部に顔を出していることを知っている人間が数人いるかもしれないが、事実上の活動がほぼ無い手芸部の所属なのであれば、その実力について高く見積もるやつはいないだろう。


「あとは、裕太くん自身があんまりそういうのを考えたがらないってのもあるよね。私の服を作ってってのもずっとのらりくらりと躱し続けてたし」


「躱されてる自覚があったんならそのうちに諦めてくださいよ」


「嫌だね! だって私は裕太くんの衣服が欲しいんだもん!」


 グッと胸を張り上げて、美琴さんはそう言うが。発言の内容はそうそう誇れるものではないと思うんだが。

 しかし、なんというか。こうやって突き出されると目のやり場に少し困る。


 そう思いながら視線を右に追いやると、その先にはちょうど、ジトッとした目線でこちらを睨み付けていた涼香ちゃん。

 ちょうど自身の作業中だったのだろうが、俺たちの会話の様子を気にしてこちらを向いていたのだろうが。


 す、け、べ。と、彼女は言葉には出さず、唇だけを動かして伝えてくる。

 言いたいことを言ってくれるなあ。……そう言われるような考えが浮かんでなかったわけじゃないし、ついでにここで変に誤魔化しに行くと絢香さんと美琴さんに怪しまれるのでこれ以上広げないが。


 コホン、と。ひとつ咳払いをしてから話を元に戻す。


「まあ、俺が衣装係にいないのはそういうわけだよ」


「……たしかに、そう言われると納得できますね」


 せっかく、同じ係になれるかと思っていの一番に手を挙げたのに、と。彼女はそう呟いていた。

 どうやら絢香さんは俺が衣装係に立候補するものだと思って自分から手を挙げて、そこに俺がいなかったから驚いた、とのことらしい。……それから、結構凹んでいた、とのこと。

 係決め自体は夏休みが始まる前に行われたことだったのでどんな経緯で決まったかなどほとんど覚えていないが。……そういえばちょこっとテンションが低くなっていた時期はあったな。あのときか。


「さぁて、裕太くん。クラスの方の出し物の話もいいけど、部活の方の調子はいかがかな?」


「まあ、それなりには作ってますよ。いちおう、いくらかサンプルと、それから持ってきていない分については写真を撮ってきてますが」


 見せて見せて、という美琴さんに俺はカバンからサンプルのハンカチやらポーチやらを取り出す。ついでに、スマホで撮影した、現在家にあるやつらの写真も横に並べる。

 売り物として提供するものなので、手抜きなどはしていないが。しかし、ほつれ直しなんかはしばしばやっているが、ともかくイチからキチンとした物の作製は久しぶりだったので、少し出来が不安なところはあったが。


「……うん。期待通り、いいや、期待以上だね! 相変わらずいい仕上がりだよ!」


「それは、ありがとうございます」


 この褒め言葉については、ありがたく純粋に受け取っておく。

 俺個人としてもこの手の作業についてはそれなりに自身があった分野なので、その腕が鈍っていなかったことに安堵と、安心を覚える。


「それじゃ、裕太くんはもういっこの方の作業をしましょうか」


「もういっこ?」


 いったいなんのことだ、と。一瞬そう考えたが、わきわきと指を曲げ伸ばししながら、なにかを楽しみにしているその様子は。なにかはわからなかったが、とにかくロクでもないことだということはわかる。

 しかし、俺が事前にやっておくべき作業って、売り物の作製だけじゃなかったっけか?


「もう、なにをすっとぼけてるの。裕太くんにはもうひとつ大切なお仕事があるじゃない。売り子をするっていう、ね?」


「あっ。あー……」


 なるほど。そういえば、あったな、その仕事。……で、たしかそのためには、俺の身体を採寸しなくてはいけないわけで。

 そのことが決まったあの日には直樹の採寸だけやってしまって。俺のものはまだだった。

 つまり、それをしよう、というわけだろう。


「それじゃ、こっちこっちー!」


 美琴さんに手招きされるままに、そのまま横に併設されている部屋に通される。

 部室の物置、兼、いちおうの更衣室だ。部活動の性質上、稀に着ることもあるので、元準備室である部屋との合わせてふた部屋の使用が許可されている。


 狭くはあるが、人ふたり程度が作業するなら然程問題は無い。


「さて、それじゃあちゃちゃっと測っちゃいましょう!」


「お願いします」


 そう言って、俺は美琴さんがやりやすいようにと腕を上げつつ待っていると、どうしてか彼女は測らずに、こちらを見て、ジッとしていた。


「……あの?」


「ほら、脱いで?」


「別に脱がなくても測れますよね!?」


 俺が思わずそう叫んで言い返すと、彼女は「あははっ」と笑いながら、さすがに騙せないか、と。

 俺自身、服を仕立てたことがないわけじゃない。さすがに採寸のやり方くらいはわかる。


 そりゃ、服がある分だけ多少の誤差は出るだろうが。それこそ本当に誤差である。めちゃくちゃに着込んでいるとかならともかく、夏場の服装でその程度の差がどれほど影響するものかといえば、薄手の服程度であればほとんど問題がない。……というか、冬場でたくさん着ているとしても、いくらか上着を脱げばいいだけである。


「それじゃ、測るねー」


「……お願いしますよ」


 必要のなかったはずのそのひと悶着のせいで、いくらか疲れを感じていると、巻尺を持った美琴さんが今度こそ採寸を始めてくれる。


「こうやって、まじまじと裕太くんの身体を見るの、よくよく考えたら初めてかも」


「変な言い方しないでくださいよ。ただの採寸なんだから」


 美琴さんから向けられている感情については、わかっている。だからこそ、そういう言い方をされると、少しそういうふうに感じてしまう側面がある。

 そういう考えを抱いてしまうと、なんでもないただの採寸のはずなのに、触れる彼女の手に、変な意識が向いてしまいそうで。

 なんとか煩悩を振り払いながら、必死で考えを逸らそうとする。


「うん。なんだかんだでしっかりと筋肉質だし。……大きくはない背中だけど」


「悪かったですね」


「……ううん。大きくはないけど、頼り甲斐はありそうな背中だよ」


 そういう言い方をしれてしまうと、なんとも毛恥ずかしいというか、反応に困る。


「よしっ、これでひと通りの採寸は終わり! ありがとね! あとは、完成を楽しみにしてて!」


「うーん、純粋に楽しみにしておいていいものだろうか」


 これが普通の服なのならいいのだが、メイド服だということが決まっているし。

 そして、それを文化祭で着ることも決まっている。なんとも、喜びにくい。


「さて。本題はここからだよ。……私は、適当な理由で涼香ちゃんに残ってもらうようにしてもらうから。裕太くんは絢香ちゃんと一緒に帰ってね」


「……話して、見てくれるんですね」


「うん。私になにが出来るかはわかんないけど、でも、手伝うって言ったからね」


 だから、任せてね! と。そう根拠のない自信を見せながら、美琴さんはそう言い放った。

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