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#63 少女たちの葛藤

「さて、裕太くん。なにか、話したいことがあるんでしょう?」


「気付いてましたか?」


「まあね。これでも先輩だから!」


 むふん、と。彼女は自慢げにそう胸を張って。

しかし、すぐさま少し気まずそうな表情に移り変わって。


「ホントは、ただ、そうだろうなって思っただけなんだけどね」


「……茉莉から、話を聞きましたか」


 俺がそう尋ねると、彼女はコクリと頷いた。

 その話を聞いていたからこそ、おそらくこの帰り道にて、話を振られると思っていたのだろう。


「まあ、なんというか。すっごく面倒くさそうなことになってるね」


「ハッキリ言いますね。……いやまあ、事実としてかなり厄介な状況なんですけども」


 とはいえ、もう少し別な言い方はなかったものだろうか。そりゃ、絢香さんや涼香ちゃんの目の前でこの話をすることは絶対にないが、もしふたりがこれを聞いたら、ちょっと凹みそうなものである。

 まあ、美琴さんだし。この物言いのほうがやりやすいのだろう。


「それで? 裕太くんは私になにをして欲しいのかな?」


「……本当は、頼るのはよくないのかなって思ってたんです。もちろんそれは、美琴さんが頼りないからとかそういうわけではなくって」


「うんうん。……うん? 今、私が頼りないって言った?」


 ははは、なんのことやら。

 しかし、最初、美琴さんを頼ろうと思っていなかったのも、それが彼女が頼りないからでないというのも、その両者が事実。

 むしろ、普段の事柄云々を抜きに、今回の案件だけで考えるならば、美琴さんほどの適役はそうそういないだろう。


 直樹や雨森さんでは無理。このふたりは以前海に一緒に行った関係上、涼香ちゃんとほぼ対等に話すことができる一方で、俺たちの事情を知らない。

 事情を伝えてしまう、という手も無くはないが。不可抗力的に知ってしまった茉莉や美琴さんはこの際置いておくとして、不用意に広めるべきではないだろう。


 真一さんや香織さんでもダメだ。事情を知ってはいるものの、絢香さんと涼香ちゃんの間に姉妹という関係性があるように、彼らにも親子という関係性がある。

 なんならこの関係性は姉妹よりも強制力が強いため、確実に事を動かせる一方で、おそらく、涼香ちゃんにとっての納得とは程遠くなる。それでは、元も子もない。


 そうなると、事情を知りながら彼女らと――特に涼香ちゃんと対等に話すことができる人材が必要。

 そして。それが可能なのは、茉莉と美琴さんしかいない。


「けれど、茉莉ちゃんは既に涼香ちゃんから警戒をされてる。だからこそ、今の彼女に1番近づけるのが私ってことよね?」


「そうなります。更に言うなら部活という接点があるので、茉莉と違って不審がられずに話の切り出しができるということもあります」


 なるほどねぇ、と。美琴さんはそう言いながら、くるくると指を回す。

 空を、遠くを眺めながら、なにかを考えている様子。その頬を柔らかに月の光が照らす。


「先に聞いておくね。裕太くんの目指すゴール。今回の案件の解決って、どこ?」


「絢香さんと涼香ちゃんがお互いの気持ちをしっかりとぶつけ合い、お互いに認め合う。……あのふたりの間にある歪な関係を取り去る」


 もしかしたら、そうするべきだと思っているという、俺のエゴかもしれない。だけれども。茉莉の言葉を借りるわけではないが。

 共に暮らす人間の立場として、ああやって己を塞ぎ込んだり、不安に襲われて弱っている姿は見ていられない。


「だからこそ、彼女らがしっかりと話し合うための、その場を整えること。それが、やるべきことだと思ってます」


 だから、助けてくれませんか? と、俺は彼女にそう頭を下げた。


「うん、うん。そっか。……わかった」


 美琴さんはコクリと頷いてから。ポンッとひとつ、胸を叩いて。


「そういうことなら、協力しよう。私に任せておきなさい。なにより、後輩からの頼みともあれば先輩たるが無碍にするわけにもいかないしね!」


 と。彼女はそう言って。今度こそ、自信満々に胸を張っていた






 駅にまでついて、改札口で裕太くんが送り出してくれる。

 このやり取りも、随分と慣れた。昼間なんかに帰るときはともかく、日が落ちてから帰るときはほぼ例外なくこうして送ってくれている。


 絢香ちゃんたちとは違って一緒に暮らすことはできていないけれど、こうして送ってくれるというのも特別な気がして、それはそれで好きだった。


「……しかしまあ、どうして引き受けちゃったのかなあ」


 と。思わずそんなことをつぶやいてしまった。

 もちろん、心からそう思っているわけではない。あの話については引き受けるべきだったろうし、あそこで断るというのは裕太くんからの心象としても良くはないだろう。

 しかしその一方で、もし断っていれば、と。そんなことを思ったりしないわけでもなかった。


「茉莉ちゃん自身、ものすごい葛藤があったろうね。……けれど、裕太くんが彼女たちを助けたいと、そう考えたからこそ、協力することを選んだ」


 私のところに状況の説明と協力の要請に来た茉莉ちゃんは、どこかちょっとだけ迷っているような、そんな表情だった。

 彼女自身、私と同じような考えだったのだろう。友人として、助けるべきだというのはわかっている。わかりきっている。だけれども、


 恋のライバルとして。同じ人を好きになり、狙い合い取り合っている人間として。果たして協力するべきか、と。そんな迷いが、少しだけ見て取れた。


 酷い話ではあるが、もしこのまま絢香ちゃんと涼香ちゃんの関係性が続けば、少なくとも涼香ちゃん。下手をすれば絢香ちゃんまで、この戦いから降りることになる。


 そんな邪な、悪い考えが。おそらくは茉莉ちゃんにも少し思い浮かんでいたことだろう。

 だからこそ、迷いが少し、残っていた。


「けどまあ、裕太くんが助けるっていうのなら、手伝わないわけにはいかないよね……」


 カタン、カタン、と。駅のホームに電車が到着する。

 開いた扉から乗り込み、ちょうど空いていた座席に腰を下ろす。


 私が協力をする理由は、彼に対する心象をよくするため、などではない。

 たしかにそのあたりを気にしていないといえば嘘にはなるのだが、しかし1番の理由は別にある。


 おそらく、裕太くんが動けば。本気で、あのふたりを助けようとすれば。きっと、解決自体はする。

 彼の掲げたゴール、望む結果。そこまでひとりで辿り着くことはできるだろう。

 たしかに、裕太くんは現在涼香ちゃんから警戒されているとはいえ。彼の言葉はしっかりと涼香ちゃんに届いている。だからこそ、彼ならば時間はかかれど涼香ちゃんの説得はできるだろうし、絢香ちゃんに関しては言うまでもない。


 けれど、その裏には尋常じゃないレベルの負担を裕太くんが抱え込む、という条件が、ひっそりと隠れている。


 茉莉ちゃんはそれをわかっているからこそ、裕太くんに協力しようと考えた。もちろん、純粋に絢香ちゃんと涼香ちゃんの友達として、という側面もあるだろうけれども。


「まあ、あの裕太くんがせっかく協力して欲しいって言ってくれたんだから。それを断るのもって話だけどね」


 裕太くんはすごい子だ。だいたいのことはひとりでやりきってしまう。私が言った無茶振りも、だいたい成し遂げてくれる。そこまでやってくれるのなら、私の衣服も作ってくれてよかったと思うんだけど。……まあ、今の衣服争奪戦の最中にあって、それは無理になったのだけれども。

 しかし同時に、だからこそ、裕太くんはすべてをひとりで抱え込んでしまおうとする。彼ひとりには荷が重すぎることでも、無理やり抱え込んでしまう。


 そんな彼が珍しく、助けてほしい、と。そう言ってくれた。


 正直、驚いた、というところではあった。


 最初に茉莉ちゃんから協力して欲しいと言われたとき、ひとりでなんとかしようとしている裕太くんを手伝ってあげてほしい、という意味合いなのだと思っていた。

 裕太くんをよく知っている彼女だからこそ、彼の無茶を、少しでも楽にしてあげようと、そうしているのだと思っていた。

 裕太くんから、話はあるとは思っていたけれど。絢香ちゃんと涼香ちゃんの現在についての共有、だと思っていた。


 しかし、その予想は大きく外れて。結果的に彼から伝えられたのは、手伝ってほしい、という言葉。


「いったい、どういう心境の変化なのか。……いやまあ、いい変化なんだけどね」


 実際問題、彼の問題の抱え込み体質については心配しているところではあったから。

 どんなきっかけかは知らないけれど、それが改善されようとしているのはいいことだ。

 純粋に、私自身頼られるというのも、悪い気はしないし。


「それに、絢香ちゃんを説得する上で。……いや、涼香ちゃんと違って、彼女は話は聞いてくれるだろうけども」


 だけれども。正しい意味で、本当の意味で。絢香ちゃんを説得する上で、裕太くんは「他人を頼る」ということのその意味を知らないといけない。

 おそらくは、絢香ちゃんも裕太くんと同種の人間だから。おそらくは、彼女も抱え込むタイプだから。


 彼女らと違って私は定期的に通っている、という立場なのだけれども。しかし、メイドではあるので訪問した際にはなにかしらをやろうとして。裕太くんになにをするべきかと聞いたことがある。

 そのあたり、主に回してくれているのは絢香ちゃんだということを彼から聞き、そのまま彼女に話を聞きに行ったことがあるが。

 なかなか、仕事を分けてもらえなかった。しかしそれは仕事を取られたくない、とかそういう独占欲的なものではなく「ひとりで手が足りているので、ゆっくりしておいてください」というような、そんな純粋なものだった。


 方向性は少し違うかもしれないが、しかしふたりともに「自分のやれること」をそのまま自分だけで処理してしまおうとする傾向がある。


「しかしまあ、そういう意味ではあのふたり。そっくりだねえ……」


 お似合いだとは、言いたくないけれど。しかしそう感じてしまう要素が、彼らにはあった。


「ま、そうは言っても。私だって負けるつもりはないけどね」


 電車が、ゆっくりと減速していく。


 私だって、裕太くんのことが好きなんだ。その気持ちを、譲る気はない。

 けれど、今だけは。……いいや、だからこそ、今だけは。


 少しだけ、その気持ちにはお休みしておいてもらうことにする。

 この電車に、忘れ物として置いておこう。そして、終わったときに、拾いに来よう。


 そうしないと、心の底から、絢香ちゃんと涼香ちゃんに、真っ直ぐと向き合える気がしなかったから。もしかしたら、という私情が挟まってしまいそうだったから。


「全く、厄介な案件だよ。……本当に」


 これがまた、裕太くん自身がその詳細、涼香ちゃんの気持ちにはまだ気づいていなさそうというのが。……おそらく茉莉ちゃんも私と同じく頭を抱えていたことだろう。

 ほんと、なんでそれを自覚させる方向に動かなきゃなんだろうな、なんて。そんな気持ちは捨てておきながら。


 もうすぐ、最寄り駅に着く。


 ――答えは、必ず返します。ただ、少しだけ猶予をください。……他の人たちと、向き合うための、猶予を。


 保留になっている、私の告白への返答。

 彼は、他の人たちと向き合うための時間が欲しいと言った。


 ならばいっそのこと、この際きっちりと向き合ってもらおう。

 涼香ちゃんの、その気持ちとも。

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