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#62 文化祭の衣装

 夕飯は問題なく完成し、いつもとは違い、直樹を交えての食事となった。

 そうはいっても特段なにか問題が起きるでもなく、彼はおいしいおいしいと言って絢香ちゃんの作った料理を食べていた。


「いやあ、さすがというべきか、なんというか。新井さんって料理もできるんだね」


「ちょっと? 私も手伝ってるんだけど、その私にはなにかないわけ?」


「茉莉。たしかそれ、裕太を手伝ったときにも同じようなこと言ってなかったか?」


 直樹にそう突っ込まれる。……今度こいつに私ひとりで作った料理を食わせてやろうかしら。裕太や絢香ちゃんのほうが上手だからお手伝いばかりしてるけど、ちゃんと作れはするのよ?

 そんなことを考えたり、口に出したり。普段よりもちょこっと騒がしい食卓に。1割増で楽しくなる。


 絢香ちゃんも、涼香ちゃんも。さっきまでと比べると少し表情が柔らかくなっているように見えるので、それもいいように思える。

 ……もしかすると、直樹や美琴さんなんかの現状諸事情を知らない人たちがいるから、そういうふうに取り作っているだけかもしれないけれど。


 チラッと。直樹の隣、手前側に視線をずらすと、そこには彼と同じようにそれはそれは楽しそうに夕食を摂っている美琴さん。

 ……うーん、やっぱりちょっと不安は残るなあ。悪い人ではないんだけど。


「美琴さん、少しいいですか?」


「ん? どうしたの、茉莉ちゃん。あっ、あっちにある唐揚げが食べたいの?」


「いえ。……ああ、唐揚げは食べたいですけど、そうではなくて」


 そっと様子をうかがってみると。裕太、直樹、絢香ちゃん、涼香ちゃんは現在こちらの方に気が向いておらず、あちら側で話が行われている。

 どうやらクラスの方の出し物の話をしているらしかった。裕太が自分のクラスのやることを忘れていたとかなんとか。そういう話。

 内容はともかく、こちらに意識が向いていないのは好都合。……特に、絢香ちゃんと涼香ちゃん。


「その、お話したいことがあるので。このあと、大丈夫ですか?」


 できる限り、真剣な面持ちで彼女にそう伝える。それが伝わったのか、あるいは伝わっていないのか。少しわかりにくいところではあるが。美琴さんはペカッとしたいい笑顔でコクリ、と。


 絢香ちゃんたちには……気付かれていないようだ。

 特に、涼香ちゃんには気付かれてはいけない。少しでもなにかを察されてしまうと、その時点で美琴さんまで警戒されてしまうかもしれない。


 バレないように、気づかれないように。

 少しずつ、盤面を動かしていこう。






「はーっ! 食った食った! すっげーうまかった!」


 満足そうな様子の直樹に、俺は安心半分呆れ半分で小さく息を吐いた。


「さて。そろそろいい時間だし、これといって用事がないなら帰るか?」


「おう。そうしようかなって思ってるが。……他のみんなは帰らねえのか?」


 コテンと直樹が首を傾げながらにそう聞いてくる。うん。美琴さんは帰るんだけど、他の皆は帰らないよ、とは言えるわけもなく。俺は少し苦笑いをしながら、


「茉莉は隣の家だからもう少し遅くまで居ると思う。で、絢香さんと涼香ちゃん、美琴さんは俺が駅まで送るつもりなんだけど……」


 夕食を食べ終わるや否や、ちょっと、服のことで話したいことが、と。ふたり揃って部屋から出てしまった。


「へぇ、服のこと。……えっ、メイド服? 茉莉が?」


「まあ、話の流れを考えるならそうなる、のかな? まあ、文化祭だし、いいんじゃないか?」


 一瞬納得しかけた直樹が怪訝そうな顔をしながら俺の顔を見返してくる。うん、そう感じるのもとてもよくわかる。

 茉莉の性格を考えると着たがると思えないってのは俺も同意見なのだが。けど、結構似合うんだぞ?


 しかし、たしかに事情を知ってる俺の側からしてもあの発言はちょっと不審ではある。もちろん、直樹が思っているのとは別方面で。

 なにせ、茉莉は既にメイド服を持っているわけで。わざわざ美琴さんに仕立ててもらう必要は無い。いやまあ、美琴さんの作るメイド服を着たいという理由かもしれないが。それこそ茉莉の性格的なものを考えると、わざわざ作り直してもらう必要性があるのかというところではある。


 基本的には美琴さんの作る衣服の方が全体的にいろいろと装飾が施されているし、あとちょっとだけ際どい。比較すると、という話ではあるが。


 だからこそ、ひとつ考えられそうな筋とするならば、美琴さんに絢香さんと涼香ちゃんのことを共有しよう、ということなのかもしれない。

 わざわざこのタイミングなのは、直樹がいる影響でふたりの意識が彼に少しだけ傾くので、意識から外れることを狙ったのかもしれない。


「だから、美琴さんが戻ってきたら、かな」


 どちらにしても、はぐらかしておくことに越したことはないだろう、と。俺はそう思い、詳しく掘り下げることはやめて、適当に話を流した。

 直樹も俺の発言に納得をしてくれたようで、なるほどなあ、と。


「たしかにそれもそうか。……ちなみに俺のことは送ってってくれねえのか?」


「お前は男じゃねえか。別に必要ないだろ?」


「あっはっはっはっ、違いねえ!」


 そもそも俺よりお前のほうが強いだろ。お前を送って帰らないと行けないような状況なのなら、帰りにひとりになった俺のほうがよっぽど危険だ。


 軽口を叩いている直樹をサッと流していると、廊下の方から茉莉と美琴さんが帰ってくる。


「お、ちょうど全員揃ったところだな。それじゃ、俺はそろそろ帰るな!」


「おう。ちゃんと宿題終わらせろよ? あとから泣きついてきても知らないからな?」


「うげー……嫌なことを思い出させるんじゃねえよ……」


 苦虫を噛み潰したような表情をする彼に、今度はこちらの番と言わんばかりに笑い返してやる。

 まあ、そうは言いつつもなんだかんだやるだろうし、その結果やっぱり間に合わなくて手伝う羽目になったりするんだが。それも直樹らしいと言えばそのとおりなのだろう。


「そういう裕太こそ、文化祭のこと忘れるなよ? まさかクラスの出し物のことをすっかり忘れてるとは思ってもみなかったが」


「……クラスの出し物というか、文化祭の存在そのものを忘れてたんだよ、すっかり。気をつける」


「相変わらずこういった行事ごとにあんまり関心がないんだから。ちょっとは気にしろよ? 今年は他にもデカいイベントがあるんだからさ」


 事実として春の校外レクも、直樹たちに言われるまですっかり忘れていたし。今回の文化祭もこのとおりである。

 まあ、文化祭についてはこの夏にいろいろありすぎてすっかり頭から抜けていたとかもあるにはあるけど。……ともかく、少なくともこれからについては手芸部の方での作業があるので、忘れることはない、と思うけど。


「そういえば、私知らないんだけど、裕太くんたちって文化祭でなにやるの?」


 首を傾げながら、美琴さんがそう聞いてくる。


「お化け屋敷ですよ。ベタというか、定番ですけど。……あっ、来なくていいですからね?」


「えー、見に行きたーい。裕太くんたちがなにかやってるところ見たーい!」


「そうは言っても、シフトの都合で俺と美琴さんが同時に自由時間、ってのは難しくありません?」


 手芸部の方の売り子が3人しかいない現状、正直ここで俺と美琴さんの両者が仕事無し。つまり涼香ちゃんだけに店員を任せるという時間が作れるのかという問題がある。

 いちおう涼香ちゃんもいるから不可能ではないのだろうけども。ちょうど俺がクラスのシフトに入ってるタイミングで、彼女自身の自由時間を入れ込む必要がある。


 ……まあ、シフトを組むのは部長の美琴さんなので、時間都合さえつけば無理やりねじ込めなくはないんだろうけど。


 ぐぬぬ、と。そう唸っている美琴さん。……そのまま諦めておいてくれ。


「まあ、もしも来れなかったら写真だけ撮っておきますよ!」


「直樹くん! さっすがー! よろしくね!」


 彼のその言葉に、美琴さんはパアアッと明るい表情に戻る。

 褒められて少し得意げな彼の肩に、俺はそっと手を当てて。


「……それじゃあ、俺はお前のメイド服姿を写真に収めても問題ないよな? ついでに雨森さんあたりに送っても」


「ひっ……ゆ、裕太? なに恐ろしいことを言ってるんだ?」


「大丈夫大丈夫。お前の言ってることとそう変わったことを言ってるわけじゃないから」


 写真を撮って、知り合いの女子に送るだけ。ほら、変わりはしない。

 俺はそう言いつつ、ニッコリと笑ってみせた。


「ぜっ、全ッ然違えっ!」


 直樹はバッと、俺から距離を取りつつ、そのまま玄関へと少しずつ下がっていった。


「そ、それじゃあそろそろ俺はお邪魔しようかな……」


「おう。……楽しみだな? 文化祭」


「あはは……」


 力なく笑う直樹の表情が、若干引き攣っている。

 これは、いい直樹への脅し文句というか、暴走時の制御材料を手に入れられた気がする。

 ……ひとつ問題があるとするならば、俺自身もメイド服を着るという、その前提の元で成り立っていることではあるのだが。


「あっ、そうだ。新井さん。夕飯、めちゃくちゃうまかった! 裕太の作るやつとどっちがうまい、とかは方向性が違うから比べられねえが、とにかくおいしかった!」


 ごちそうさま! と。彼は大きな声でそう言っていた。

 絢香さんは「いえいえ、お口にあったようで良かったです」と、学校で見せるようないつもの態度で彼に対応していたが。

 ……家ということもあって、ちょっと緩んでいるのだろうか。ほんの少しだけ恥ずかしそうにしていた。

 まあ、このくらいなら直樹には気づけないくらいなので、問題ないだろう。


「せっかくなら、今度は雨森さんにも食わせてやりたいなあ……」


 ぽつり、と。彼はそんなことをつぶやいていた。


 そういえば。夏に海に行った以降、俺は特段彼女と連絡を取っているわけではないのだが。なんだかんだで直樹は雨森さんと少し話している、とのことらしい。

 主には件の補習課題について、彼女に聞いたりしていた、とのことらしい。……なんでも、いつも俺に頼ってばかりだからたまには、と思ったらしい。


 理由はともかく、直樹も直樹で雨森さんと仲良くしているようでよかった。


「それじゃ、また今度な!」


 そう言いながら、彼は足早に玄関から出ていってしまった。……下手に変なことで地雷を踏むのを避けようとしたのだろう。

 まあ、正直俺でもそうする。


 パタン、と。彼が出ていって、扉が閉まったのを確認してから、俺は振り返って、


「……さて、それじゃあ美琴さんも帰りますか?」


 直樹が帰ったので、特段誤魔化しなどが必要なくなった。とりあえず、ひとまずは美琴さんを駅まで送り届けよう。


「うん。そうしようかな。今日は晩御飯を食べさせてもらっちゃって、ありがとうね!」


 フリフリッと、彼女は絢香さんに手を振りながら、帰り支度をする。

 うん。駅まで送り届けよう。……その際に、都合よくふたりきりになることができる。絢香さんや涼香ちゃんに疑われることなく。


 きっと、茉莉がしてくれたであろう話について、少し俺からも共有しておこう。

 仮に本当にメイド服の話をしていたのであれば、俺の側から彼女にもいちおうは状況を共有しておこう。


 特に、美琴さんは俺と同じく手芸部で、涼香ちゃんとは同じ部活のメンバーなわけだから。

 そのあたり、無関係というわけではないだろうし。


 ……そうでなくても、彼女は絢香さんや涼香ちゃんと同じくメイド仲間なわけだし。茉莉とは違って、一緒に暮らしているわけじゃないけれども。


「それじゃ、行ってくるね」


 俺がそう言うと「行ってらっしゃいませ」という絢香さんを筆頭に、送り出してくれる。

 彼女の隣に並んでいる茉莉の表情が硬い気がするが、気のせいだと、思っておこう。……うん。昼間のあのふたりの様子を見ていた彼女からしてみれば、そのふたりに加えて自分だけが取り残されるというのがアレだというのは、たぶんそうなのだろうと思うが。


 ごめんな、と。心の中でそう謝りながら。とは言っても、じゃあ別の方法を取れるわけでもないので、仕方ないんだけども。

 茉莉の視線に申し訳なさを感じながら、俺は美琴さんと一緒に家から出た。

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