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#60 人を呪わばなんとやら

 耳を疑うような、そんな発言を聞いて。俺は目をぱちくりとしばたかせ、固まる。


「裕太くんさえよければ、みんなでメイド服を着ようと思うんだけど」


「はああああっ!?」


 とてつもなく楽しそうにしている美琴さん。状況があまり飲み込めておらず、呆気にとられている絢香さんと茉莉。だいたいを察してニヤリと笑っている涼香ちゃん。

 それから、面白がってゲラゲラと笑い転けている直樹。お前、他人事だと思って楽しみやがって。……後で覚えておけよ?


「えっと、確認ですが。執事ではなく?」


「メイドさんだよ!」


「……いわゆるおかえりなさいませ、というような?」


「そのメイドさんだよ!」


 ふんすっと、美琴さんは息を巻きながらそう伝えてくれる。

 ……だいたい1年半くらいの付き合いではあるものの、それでもこの人の性格はある程度察している。

 この熱量の入り方は、どう言い包めようとしても聞かないやつだ。

 便宜上、俺が良ければというテイをとって入るものの、じゃあ嫌ですと答えようものなら、俺が首を縦に振るまで食らいついてくる。


 更に言うなら、


「裕太さんメイド服……女装……」


「裕太のメイド姿……」


 先程までは唖然としていたふたりの思考が追いついてきて、美琴さんの提案に興味を示し始めている。

 当然ながら既に察していた涼香ちゃんは乗り気だし、直樹も完全に面白がっている。

 状況的に、この場の俺以外の全員が美琴さんの言葉に賛成の意を持ち始めている。


 ……これは、だめかな?


 そんな諦念がフッと湧き上がってくる。

 とはいえ、ただただ俺の女装を受け入れるというのも釈然としない。

 なんとなく負け戦なのはわかりきってはいるが、いちおう抵抗はしておこう。ワンチャン、なんとかなるかもしれないし。


「いや、でも俺がメイド服を着たところで不似合いなだけで、需要なんてないと思いますよ?」


「そんなことないですよ」


 俺の言葉に、そんな反論を即座に差し込んできたのは意外なことに絢香さん。てっきり、美琴さんがなにか言ってくると思っていたのだが。

 いちおうは直樹の前ということもあって、かなり落ち着いた様子で、平坦な声色で伝えているが。しかしこちらに向けられているその瞳は、まさしく獣のようにギラついている。


「裕太さんは外見も整われていますし、そういった格好をされてもよくお似合いになるかと」


「新井さんの言うとおりだぜ! 俺もたぶん似合うだろうなって思うし、仮に似合わなくっても文化祭の場なんだから笑って飛ばせるさ!」


「笑われるのは俺なんだぞ!?」


 あっはっはっはっ、と。絢香さんに便乗しながら直樹はそう言ってくる。……いっそのことこいつもこちら側に引きずり込んでやろうか。そうすれば、多少は俺の気持ちもわかってくれるか?

 そんな視線を直樹に向けていると、真意を察したのか、あるいはただただ本能的に嫌な予感を感じ取ったのか。彼はスッと俺から視線をそらした。

 ……本当に、変なところで察しがいい。


 さて、とりあえず1個目の断りの理由が却下されたところで。

 しかしこれで引き下がるというのも癪だ。もう少し抗ってみよう。


「いやしかし、美琴さんや涼香ちゃんのメイド姿は、まだ万が一知り合いに見られても文化祭だしそういう服装もありだよね、程度で収まるかもですけど。俺のメイド姿は知り合いに見つかろうものならとんでもないことになりますよ?」


 女性の男装はそこそこに社会に受け入れられつつあるのに対して、男性の女装はまだ十分には受け入れられていない。

 集団におけるムードメーカーのような存在の人間が余興的に行うのならそれこそ笑って飛ばされる程度でなんとかなるかもしれないが。じゃあ俺の学校における存在、扱われ方がそうかといえば。絶対に違う。

 どちらかといえばムードメーカーとは対極にあるような、腫れ物のように扱われている。


 二股をかけてるヤバいやつだの、二股どころか三股かけてるクズだの。

 あるいは絢香さんといい関係だの、あるいは俺がなんらかの秘密を握って脅しているだの。


 そう。主に、絢香さんの影響で。


 ……もちろん相違点はあれど。なんとも、これらの噂が全く以て間違っているとも言えないのがなんとも歯がゆいところだが。

 火のないところに煙は立たぬというが。実際問題キャンプファイヤー状態だからそりゃ狼煙みたいに煙が立ち上っているわけだ。


 なお、この4人のメイドとの関係について二股三股などと表現するのであれば紛うことなき四股になる。

 ヤバいとかクズとか、そんな言葉をすべて受け入れるべきクソ野郎である。


 そんなやつが下手な女装でもしてみた、ということを想像してみると。……いや、考えたくもない。

 それこそ、笑いごとで済めば万々歳だろう。


 ちなみに、実はいちど雨森さんと話す機会があったのだが。その際に「思っていたような人と違ってびっくりした」と言われたことがある。

 雨森さんからしてみれば、俺の前情報的にはそうなるのはとても頷ける話ではあるんだが。学校での、見えない範囲での俺の扱いの一端を垣間見たような気がして、ちょっとだけ泣きたくなったというのは秘密。


「そういうわけで、俺が女装するのはあんまりにもリスクが高いと思うんですが?」


「ふむ……つまり、裕太くんがメイド服を着ている、ということがバレなければ問題ないんだね?」


 美琴さんはうんうんとそうひとり納得しながら頷くと、グッと親指を立てて「任せて!」と。

 いや、そういう問題じゃないと思うのですが。


「髪の毛はウィッグで誤魔化せばOK、顔立ちは化粧すればある程度はごまかせるでしょ? それからそれから……」


「あの、美琴さん?」


「大丈夫だよ、裕太くんは安心して当日を迎えてくれればいいからね!」


 なにも安心できる要素はないんですけど!?

 ……そう叫んでみるも、もはや盤面が完全にアウェーになってしまっているため、俺の叫びが届くことはない。


 はあ、と。ひとつため息をつきながら、仕方ないか、と。


「それじゃあ、各自自分のメイド服を仕立てるってことでいいんですかね?」


 繰り返しにはなるが、直樹がこの場にいるため。便宜上、そう言っておく。もちろん涼香ちゃんも美琴さんも自分のメイド服を持っているため仕立てる必要などありはしないのだが、しかし、そう言っておかないと不自然になる。


 しかし、4人のうちの誰かの服を仕立てる、ということになっていたが。その前に自分の服を……メイド服だけど、それでも作ることになるなんてな。

 まあ、肩慣らしというわけではないが、いい練習にはなるだろうか。


 そんなことを思っていると、キョトンとした様子で美琴さんが「違うよ?」と。


「……へ?」


 なにが違うんだ? いやまあたしかに美琴さんと涼香ちゃんは持ってるわけだから作らないんだけど、それをここで言及するわけではないだろうし。

 どういうことだ? と。そう俺が考えていると。美琴さんはそのまま言葉を続けて、答えを教えてくれる。


「裕太くんの分のメイド服は、私が作るから!」


「はい?」


 いや、まあ、たしかにそれでも問題はないといえば、ない? と思うんだけども。でも、なぜ?


「安心して! 言い出しっぺは私だから、裕太くんにピッタリのものを作ってあげるよ!」


「いやいやいや! さすがに申し訳ないですよ」


「だめ! ここは譲れないの!」


 なんだ、この圧は。美琴さんから、いつもより一歩強めの圧力を感じる。


「だって、そうでもないとめちゃくちゃ無難な、質素なやつ作ってくるかもしれないし。裕太くんに限ってまさかそんなことはないとは思うけど、作ってくるのを忘れましたーって言ってごまかすかもしれないじゃん!」


 ……後者は、うん、考えてなかったからいいんだけど。前者はするつもりだった。というか、そのつもりでいたんだけど。

 どうやら見抜かれていたようだった。というか、それじゃだめなのか。メイド服ではあるんだし、よくない?


「そういうわけで、裕太くんのメイド服は私が作ります! いやまあ、裕太くんが作らないのなら、涼香ちゃんでもいいんだけど」


「……ん、作れと言われれば、それくらいなら作る」


 なるほど? たしかにふたりとも自分で作っているわけだし、実際には自分の分は作らなくてもいいのだから手は空いているわけで、作れるのか。

 それならば、個人的には絢香さんのメイド服とかの意匠を考慮すると、涼香ちゃんに頼みたい気はする。……いやまあ、アレは絢香さんの雰囲気に合わせてああなってるだけ、という可能性はなくはないが。


「で、どっちにする?」


 そう尋ねてくる美琴さんに。俺は「それじゃあ、涼香ちゃんで」と、そう言いかけて。すんでのところで止める。


 そういえば、涼香ちゃん。最近なにか服を作ってるんじゃなかったっけ?

 たしか最初のキッカケは絢香さんのとの不和のアレだったから、そのときはただの口実かと思っていたのだけれど。そのあと、部屋に戻った絢香さん曰く、作っているのは本当だったらしい。


 それもあって、どちらなのかがわからず。彼女の異変に気づくのが少し遅れたのだけれども。


「……美琴さん、お願いしてもいいですか?」


「まっかせて!」


 自信満々で胸をドンと叩く美琴さん。

 とてつもなく。とてつもなーく不本意だけれども。美琴さんにお願いしよう。


「ちなみに他の人も着たかったら言ってね! もちろん、直樹くんも!」


「うぇ!? いや、俺は大丈夫っすよ? いやほんと、自分の部活の方の店番とかもありますし……」


 唐突に飛んできた流れ弾に、直樹が慌てて視線を反らす。

 なぜ自分が名指しされたのだと、そう思っていることだろうが。しかし、この場で新たにメイド服を仕立てる必要があるのは俺とお前だけなんだよ。

 店番で必要になる美琴さんや涼香ちゃんはもちろん、絢香さんはおろか、茉莉に至るまで持ってるんだよメイド服。なぜか。


 タラリと冷や汗を浮かべた彼のその様子に。俺は、やり返すなら今しかない、と。そう確信する。


 ……そういえばお前は、さっきまで他人事と思って随分と楽しそうにしてたよな?

 俺はゆっくりと直樹の方を向き、ニッコリと微笑みかけて。


「大丈夫だ、安心しろ直樹」


「ゆっ、裕太? その大丈夫ってのは、どっちの意味だ……?」


 引き攣った笑顔でそう尋ね返してくる直樹。そんな彼が、ゆっくりと自身のイスを引いているのを俺は見逃さなかった。

 サッと立ち上がり、彼が立ち上がる前にその後ろに回り込む。そして、優しく。しかし、彼が立ち上がろうとしようものなら押さえつける心持ちで、彼の肩に手を添える。


「大丈夫だぞ、直樹。お前は見てくれに関しては微塵も問題ないからな。きっと大丈夫だ」


 こうなったら、お前も道連れにしてやる。

 そんな俺の意図に気づいた直樹は慌てて立ち上がろうとするが、しかしそれを俺が静かに抑え込む。


「あの、裕太、さん? そのー、ですね? 俺、今日実はこのあと用事があって」


「わかりやすい嘘ならつかないほうがいいぞ、直樹。それに、ほら、せっかく来てくれたんだ。飯でも食べていくといい」


 なぜか丁寧な口調になった彼に、そう冷静に対処しつつ。そっと退路を塞ぐ。

 絢香さんと涼香ちゃんはともかく、どうやら美琴さんと茉莉はかなり乗り気なようで、俺のときにそうであったように、俺の意見に賛同している様子を見せてくれている。


「大丈夫大丈夫。俺とは違って直樹は手芸部の部員じゃないからな。別にそれを着て店番をしろとは言わない。もちろんしたいならしてくれても構わないが」


「えっと、その……」


 なんらかの言い逃れを考えている様子の直樹だったが。安心しろ、そんなもの考えなくていいぞ。

 そもそも逃がすつもりがないからな?


「大丈夫だ。お前は着るだけでいいんだから、な? ほら、大丈夫だ」


「全っ然大丈夫じゃねええええっ!」


 やや涙目になりつつ、そんな叫びを残した直樹だったが。

 彼の言い分は結局棄却され、最終的には俺と美琴さんの圧に負けてメイド服を着ることになった。


 悪いな、直樹。……だが、先に面白がって仕掛けてきたのはお前だからな?

 それを着て他の人の前に出なければいけない俺より全然マシなだけいいと思ってくれ。

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