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#59 メイド服の事情

 やってきた直樹は、はいこれ、と。コンビニのレジ袋を突き出してくる。


「その様子だと必要ないかもだが、まあ置いとけよ」


「ああ、助かる。それから心配かけたな」


 中身を見てみると、スポーツドリンクやゼリー飲料などがいくつか入っていた。

 悪かった、と。俺がそう伝えると、直樹はあっはっはっはっ、と、豪快に笑って。


「気にすんなって。いつも世話になってるのは俺の方だし、友達なんだからこういうときはお互い様ってもんだろ?」


 そう言いながらニッと笑う直樹。少々不服だが、少しだけ頼り甲斐があるように思えた。

 ふんふんと言いながら、直樹が様子をうかがっていると、途中でなにかに気づいたようで「お?」と。


「誰か来てるのか?」


「うん? ああ、今は絢香さんと涼香ちゃんがいるぞ」


「へぇ。……たしかに、お前たちの関係性を考えると変ではないけど、この家にいるってなると珍しい組み合わせだな」


 …………あっ。しまった。

 なにげない直樹のそのひとことでやっと気づいた。最近では、この家を訪れる人物が基本的に事情を知っている人ばかりで。直樹が来ることもありはしたが、そういうときは事前に直樹から連絡が来ていたため、対応ができていたのだが。

 今日ばっかりは完全なる突発。美琴さんが連れてきたため、すっかりと頭から抜け落ちていたのだが。


 直樹は、俺たちの関係性。メイドであるとか、同棲であるとかを知らない。


 完全に失念していた。いやまあ、直樹がそういったことを不用意に言いふらしたりするような人物ではないことは知っているのだが。やはり、ことがことなだけに下手に知られるのもよくはない。

 だがしかし、突然のことだったせいもあって、俺がうまい言い訳を考えられず、ピシャリと固まってしまっていると。


「ああ、それはね。部活のことでちょっと話したいことがあったんだよ」


 スッと、美琴さんが助け舟を出してくれた。


「部活っていうと、手芸部ですよね? あんまり活動してるイメージないですけど、なにかあったんです?」


「直樹くん。相変わらずだけど、君変なところで鋭いよね。いろいろと。……まあ、実際問題ロクな活動してないからなにも言い返せないんだけど」


 美琴さんは、苦笑いをしながらそう答える。


 ときおり美琴さんの半分横暴な招集によって呼び出されることはあれど、大体の場合は好きに集まって、好きなことをして、適当に解散しているだけである。

 その好きなことも、いちおうのテイとしては手芸部なので関連のあることをするのが望ましくはあるのだが、良くも悪くも顧問の先生はほとんど来ないため、事実上の部室の長が美琴さんである。そのため、別に関係ないことをしていても特段なにか言われることはない。


 なお、俺や美琴さんと関わりのある直樹もときおり部室に来ることがあるため。彼も手芸部の実態を知っており。その上での例の発言である。本当になにも言い返せない。


「しかーし! 今回ばっかりは普段ほとんどなにもしてない我々もやらなきゃいけないことがあるのです! ……まあ、実際のところは部活動としての存続のための言い訳作りとも言えるんだけど」


 ドドン、と。美琴さんは胸を張りながらそう言い切る。

 自信満々なその態度には少し感心する部分もなくはないが、まともな活動してないと公言しながらできる態度じゃないよねとも同時に感じる。


「その名もズバリ、文化祭での出店です!」


「……あー、そういえばそんなものもありましたね」


 いくら顧問が適当だとはいえ、部活としてある以上、なんらかの活動は示しておかないといろいろと文句を言われかねない。だからということもあって、手芸部は文化祭において出店の形で参加をしている。


「なるほどなぁ。……うん? でも、それじゃあなんで新井さんがいるんだ?」


「正確には用事があるのは絢香さんではなく涼香ちゃんだな。以前伝えただろう。彼女も手芸部のメンバーなんだよ」


「そういえばそんなことを言ってたような気もするな」


「そうそう。それで、絢香さんは涼香ちゃんの付き添い」


 美琴さんの咄嗟の言い訳を、そのまま俺が引き継ぎ説明をする。

 急拵えの理由付けではあったものの、それなりにまともな言い分であったため、そのまま自然と誤魔化して丸め込める。


「とにもかくにも、ここで話してても仕方ないし、いったん上がっていい?」


 美琴さんはそう言いながら首を傾げる。そういえば、玄関に入ってきて、そのままそこで話し込んでしまっていた。

 ……大丈夫。絢香さんも涼香ちゃんも、さっき俺と一緒に帰宅した都合もあってか、普段と違ってメイド服じゃない。特段怪しまれるようなことは、ないはずだ。


「美琴さんも、直樹も。とりあえず上がってください。続きはリビングで、涼香ちゃんたちも交えてしましょう」


 今の絢香さんと涼香ちゃんの前に、別の人間を連れて行っていいものだろうかとも思ったが。しかし、ここまで来てくれた直樹を無碍にするのもどうかとも思う。


 ひとまず、俺は先んじてリビングに入り、絢香さんと涼香ちゃんに状況を説明する。直樹がやってきていること、涼香ちゃんが話し合いに、絢香さんがその付き添いに来ているというテイで誤魔化しをしたこと。


「急ですまないが、大丈夫だろうか?」


「はい。私は大丈夫です。涼香は?」


「……私も大丈夫」


 そういう絢香さんと涼香ちゃんは、まるでいつもどおりのふたりのようで。俺は事情を知っているから、ほんの少し残っているギクシャクした空気が感じ取れるのだが。それでも、パッと見ではなんら問題がないかのように。


 ああ、このふたりは。これができてしまうんだ、と。これを演じれてしまうんだ、と。

 だから、このふたりは――、


「それじゃ、連れてくるね」


「はい、お願いします」






 直樹たちがリビングに入ってきて、とりあえずテーブルを全員で囲む。

 いつものごとくお茶を出そうとしてくれる絢香さんだったが、今回ばかりは直樹がいるので都合が悪い。そのため、俺がキッチンに向かい、全員分のお茶を用意する。


「それで? 手芸部ってどんな店を出すんだ?」


 俺が戻ってくる頃に、直樹がそんな質問を投げかけていた。

 ひとくち、茶碗に注がれたお茶を口に含みながら、てっきり美琴さんが答えるものだと思って聞いていたのだが。どうやら、そのつもりはないらしく、返答がなかったことに、直樹が続けて聞いてくる。


「手芸部だし、……メイド喫茶とか?」


「ごふっ……そんなわけあるかっ!」


 口に含んでいたお茶を思わず咽かけながら、俺はそうツッコむ。というか、なんでこの場において、そのピンポイントにクリティカルなやつを当てれるんだよお前は。


「いいね、メイド喫茶!」


「でしょう! 面白そうっすよね!」


「美琴さんも変に乗らない!」


 そもそも食品を提供するためには事前の申請が必要だし。今から変更など以ての外だ。もちろん、美琴さんがそれを把握していないわけがないので、ただの冗談として言っているのだと思うが。


 ……えっ、冗談で言ってるだけだよな?


 コホン、と。俺が咳払いをひとつして、仕切り直す。


「手芸部がやるのはただの物販だよ、物販」


 内容はとてつもなくシンプルで、部員が作った小物なんかを販売する、というもの。

 なお、物品自体は俺や美琴さんが作っているので特段悪いというわけではないが、意識的に宣伝したりしているわけでもなく、出店場所も部室――つまり、隅っこにある被服室の準備室なこともあって。絶望的なまでに客は来ない。


 まあ、元々活動をしているという証明のためのものではあるので、それで問題はないのだが。


「そうそう。それで、裕太くんや涼香ちゃんにもなにか作ってもらいたいから、それを伝えようっていうのと、それから、ある程度なにを作るつもりかくらいは打ち合わせておこうかなって」


 まあ、どうせ客は来ないのでなんでもいいというところではあるんだけれども。

 とはいえ売れ残りは俺たちの側で引き取ることになるので、ハンカチばっかりとかポーチばっかりとか、変に偏ってしまってはそれはそれで面倒になる。


「まあ、出品物に関しては任意参加だから、別に作りたくないよって言うなら構わないんだけどね」


 と、美琴さんが涼香ちゃんに向けて言う。なお、そうは言っているが、おそらく俺は強制参加である。そう思った根拠は、去年がそうだったから。

 さすがにひとりが作ったやつしか並んでないとなると、それはそれでどうなのだという話になりかねない、と言われて作ったのだが。それならば他の部員にも作らせればいいのでは? と。


 ……まあ、俺と美琴さんと涼香ちゃん以外、全員がほぼ実質的な幽霊部員なので強制できないというのが実情だが。


「しかし、メイド喫茶かぁ……ううむ……」


 なんというか、不穏な唸り声が聞こえてくる。あの、まさかとは思うけど本気で考えてないですよね?


 夏の件があってから、美琴さんの行動が1段階活発化したというか。なんというか、今までカツカツで保っていた理性のリミッターが一部外れているような、そんな気がする。

 まあ、これに関しては俺の勘違いの可能性もあるが。……頼むから俺の勘違いであってくれ。


「ねえ、裕太くん。私思うんだ」


「ダメだと思います」


「せめて内容を聞いてよ!?」


「いや、話の流れ的にある程度は察しますよ。メイド喫茶に変えない? って話ですよね。申請云々の話で既に手遅れなので無理ですよ」


 俺が嘆息交じりにそう伝えると。しかし、彼女はチッチッチッと指を振りながら、余裕そうな表情でこちらを見る。


「甘い、甘いよ裕太くん。……たしかに申請関係のことは失念してたけど、その程度で止まる私じゃあないよ」


 ふふふ、と。そんな不敵な笑みを浮かべながら。彼女は言葉を続ける。

 ……あと、しれっと忘れてることを自供したのは聞き逃してないよ?


「ズバリ! 売り子の我々がメイドさんの服を着るのです! 多分それくらいなら作れるし!」


 作れるではなく、作ってるし着ている、が正しい表現だけどね。まあ、この場に直樹がいるのでそのあたりの表現が正確でないのは致し方だが。

 でもまあ、無しではない、のかな? 普通にそういう格好での接客をやっているところもあるわけだから、学校側から咎められることもないだろうし。


「というわけで、この方針はどうかな?」


「まあ、美琴さんと涼香ちゃんが大丈夫なのならいいんじゃないですかね?」


 当該者になるふたりがいいのなら、まあ別に止める理由もない。多少申請書類の書き換えは発生するだろうが、それくらいならばすぐにできるので問題はない。

 涼香ちゃんも、コクリと頷いているので、うん。大丈夫らしい。


 しかし、美琴さんは俺の方を見て、首を斜めに傾けていた。


「えっと、裕太くんは大丈夫なの?」


「俺ですか? いやまあ、別に俺がなにかするわけでもないでしょう?」


「いや、裕太くんもするでしょう? 売り子」


 そりゃまあ、実働の部員が3人しかいない部活なので、シフトを組む上では必然的に俺が入らざるを得ないだろうが。

 そんなことを思いながら美琴さんの顔をじっと見つめ返していると。……なんだろうか、とてつもなく、嫌な予感がした。


「売り子さんが、メイド服を着るんだよ?」


「はい」


「裕太くんも、売り子さんをするんだよ」


「はい」


「裕太くんも、メイド服を着るんだよ?」


「…………はい?」


 いま、なんて?

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