表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

61/131

#58 お互いの関係性

 結局。翌朝、早めの時間にバレないようにと部屋から出ようとした絢香さんだったが、俺の部屋にいるところを香織さんに見つかってしまう。

 起床は既にしていたため、同衾しているシーンを見られるという最悪のケースは避けられたが。しかし、寝間着のままで俺の部屋に来ていることを不審がられてしまった。


 なんとか、その場については俺の様子が気になって朝早くにそのまま来てしまった、と。若干無理のある誤魔化しをして。そして、なんとか香織さんもそれで納得してくれたようだったが。


「言い訳は思いついていなかったので、助かりました……」


 そう言った絢香さんだが。はたして、アレは本当にそれを信じてくれたのか。はたまたただの誤魔化しだとわかった上で、納得したふりをしたのか。


 とにもかくにも、体調の方面については相当に回復していたようで。昨日までにあったような身体のだるさなどは消え去っていた。


 リビングに向かうと、丁度出勤前の真一さんと出会った。


「顔色も随分とよくなったね。安心したよ」


「おかげさまで、かなり身体も軽くなったように思います」


 優しく声をかけてくれる彼に、俺はそう受け答えをした。

 彼は遠慮せずに万全になるまでいてくれていい、とそう言ってくれるが。しかし、そこまでお世話になるわけにもいかないし、ある意味ではここにいることもそこそこな緊張になっているのも事実だったので、それは丁重にお断りをしておいた。

 それに、なにより俺が長くここにいると、茉莉たちにもずっと心配をかけることになるし。

 俺がその旨を彼に伝えると、真一さんは「そうか」と言って、スッと目を伏せて。


「今すぐに他人を頼れるようになれ、というのが難しいのはわかっている。だからこそ、少しずつでいいから。身近なところからでいいから。ひとりで抱え込まないように、無理をしないように気をつけなさい」


「……はい」


 彼は俺のその返答を聞くと、少し満足そうにして。しかし、どこか心配そうにしながら。仕事に行くためにリビングから出て行ってしまった。

 丁度その入れ違いのタイミングで寝間着からの着替えを終えた絢香さんが入ってくる。

 先程まで真一さんと話していた場所で、そのまま立っていたため、不思議に思った絢香さんが声をかけてくる。彼女に考え事をしていただけだとそう伝えると、絢香さんは俺の手を取って朝食へと誘ってくれる。


 真一さんが言ってくれたあの言葉は、一昨日に例の話をしたから。しかし、その上でもなお、俺が無理を押して行動をしようとしたから。

 それをはっきりと咎めるわけではなく、けれど意識をしっかりと持ち直すように、と

そう言ってくれたのだろう。


 他人を頼る、か。


 選択肢として考えなかったわけでは、無い。だがしかし、たしかに今まであまりいとして選ぶことがなかったものというのも事実で。

 これが、これからの俺の課題なのだろう、と。そう再認識をした。





「ただいまー」


「裕太っ!」


 自宅のドアを開けるやいなや、飛び出してくるかという勢いで茉莉が出迎えてくれた。

 その顔は若干青く、どうにも落ち着いていない様子が伺えた。


「大丈夫なの? 倒れたって聞いたけど」


「ああ。絢香さんたちの厄介になることにはなっちまったが、ひとまずは大丈夫だよ」


 随分と心配をしてくれていたようだ。嬉しさと申し訳なさが綯い交ぜになって、感情として浮かんでくる。

 結局は俺の体調管理不足でこうなっているので、茉莉には不必要な心労を与えてしまったことだろう。


「すみません。私が、気づかなくって」


「いや、絢香さんのせいじゃないって。俺が無理をしたから――」


「いや、今回の話は絢香ちゃんもちょっとだけ反省してほしい」


「茉莉?」


 てっきり俺だけが責めあげられるものだと思っていたこともあってか、茉莉が放ったその言葉に驚いてしまう。


「もちろん、一番悪いのは裕太だし。……さすがにそこまでを絢香ちゃんに願うのはちょっと筋違いなのかもしれないけど」


 珍しく、と言うと茉莉に対して失礼かもしれないが。しかし、彼女がとても真面目な面持ちで、低く、落ち着いた声色で。


「裕太のことを想うのなら、裕太にとって必要以上に負担にならないようにあってほしい。別に頼るなってわけじゃない。ただ、裕太を――」


「茉莉」


 なにかを言いかけた彼女に、俺は短くそう言って制止する。

 文句言いたげな表情でこちらを見つめてくる茉莉だったが、しかし、いけない。それはダメだ。


「大丈夫だ。俺は別に、負担じゃない。そこをせき止めるのはよくない」


「でもっ!」


「大丈夫だから」


 強く、彼女にそう伝えて。どこか不服そうな様子で頷いた茉莉に。己の認識がハッとする。

 ……そうか。これが真一さんの言っていた、俺自身が他人を頼ろうとしない、ということの最たる所なのだろう。自分で処理できると思ったことは自分のところで抱え込んでやりきってしまおう、と。


 そう自覚したものの、だがしかしこれは難しいな。数時間前に言われたことだというのに。頭の中の認識から抜いていたわけではないのに。しかし、考えに起こすよりも先に、自分の中で処理しようとしてしまった。


 頬をポリポリと掻きながら、思考を巡らせる。

 どうにも癖というものは厄介なことに、なかなか抜けそうにない。


「とりあえず、帰ってきて疲れ……はさすがにまだしてないか。まあ、とにもかくにも、とりあえず中に入りなさい。玄関で話し込んでいても仕方がないしね」


 茉莉に案内されるがままに、家の中に入る。二日ぶりでさほど時間は経っていないはずなのだが、随分と久しく感じ、ついでに言えばとても落ち着く。

 絢香さんの家が悪いというわけではないのだが。しかし、あれほど豪華な場所で、なおかつ友人の両親もいる、となれば。後半はある程度慣れてきたところはなくはなかったが、それでも薄っすらとは緊張していたようだった。


 リビングにまで辿り着いたところで、茉莉がくるっとコチラを振り向いて。パンッと手を打ち鳴らした。


「さて。それじゃ、いろいろと聞きたいことはあるにはあるんだけど」


 それこそ、なにがしかの間違いがなかったか、とか。と、ジロリと俺の方に向けて半目で視線を寄せてくる茉莉。

 やめてくれ。今回様々な事情が折り重なっちゃったとはいえ、割と大丈夫かどうかというラインまで踏み込んじゃったんだよ。

 もちろん聞かれても言うつもりはないが。とはいえことがかなり大きいせいで、あんまり詰め切られると下手を打ってボロが出てもおかしくないんだよ。


 そんな心理を読み取られないように、ひたすらにポーカーフェイスに努めていたが。しかし、どうしてか「裕太」と、名指しで呼び出しがかかってしまう。


「ちょっと、こっち来なさい?」


「お、おう」


 なんだ? 別にそんなわかりやすく態度に出していたつもりはないんだが。バレたのか?

 そんなことを考えながら茉莉に言われるままに廊下に出る。絢香さんと涼香ちゃんは、リビングに残したままで。


「……さて。それで、裕太に聞きたいんだけどさ」


「なんだよ。別にやましい事はねえぞ」


「そう言われるとむしろなにかあったのかと勘繰っちゃうものよ? ……まあ、今回は別にそれについてはどうでもいいわよ」


 いや、よくはないけども。と、茉莉はセルフでツッコミを入れながら言葉を続けた。


「そんなことよりも今気になるのはあの子たちの様子よ」


「あの子たち?」


「わかってて聞いてない? 絢香ちゃんと涼香ちゃん以外にいないでしょ」


 呆れたような声色で、茉莉にそう言われる。まあ、たしかに状況的に彼女たちのことだろうとは思っていたが、確認大事。

 はぁ、と。ため息をひとつついてから、茉莉はゆっくりと口を開いた。


「帰ってきてから、というか。玄関で出迎えたときから、あのふたりの間にある空気がすっごくギクシャクしてるんだけど、なにがあったのよ」


「ああ、それは……」


 そこまで言いかけて、一瞬止まる。

 はたしてこれは、不用意に共有していい話なのだろうか。


 そんなことを思いながら、俺が悩んでいると。

 その様子に我慢が鳴らなくなったのだろうか、茉莉が声をかけてくれる。


「ねえ。裕太にとって、私ってどんな存在?」


「えっ? 急にそんなことを聞いてどうした?」


「いいから。早く答えて」


 いや、そんなことを言われても、と。そう思いつつも、少し考えてから、答える。


「友達、かな。幼馴染でもあるけど」


「うん。そうだね。私もそう思ってる」


 うんうんと頷く彼女に、けれど、それがどうしたんだ? という疑問を抱く。

 質問の真意がわからず、俺が首を傾げていると、茉莉がそのまま言葉を続けてくれる。


「私と裕太は友達。そしてそれは、私たちから見た絢香ちゃんや涼香ちゃんの存在も同じ。……まあ、幼馴染ではないけども」


「それはまあ、そうだな」


「そして。それと同時に。私たちは同じ家に住む同居人でもあるの」


「……っ!」


 そう告げる茉莉の瞳は、まっすぐにこちらを捉えていて。


「もちろん、プライバシーだってあるわけだから、なんでも共有すべきだとは言わないけど。でも、抱え込まれちゃったら、私たちはなにもできないの」


 それが、どれだけもどかしいか。と、茉莉は気持ちを素直に告げてくれる。

 その言葉は。今の絢香さんと涼香ちゃんの状況についての話でもあって。そして、問題ごとをひとりでなんとかしようとする俺に対しての言葉でもあった。


「だから、もし、私になにかできることがあるんだったら。無理のない範囲で教えてほしい」


「……それも、そうだな。一緒に暮らしているんだ。ある程度の範囲は共有しておかないと、関係が立ち行かないこともあるだろう」


 そう思い、俺はある程度踏み込みすぎない範囲で、昨晩の絢香さんの話を伝えた。

 涼香ちゃんと言い争ってしまったこと。その経緯として、ふたりの立場云々や、気持ち云々の行き違いがあったこと。


 それを伝えていると、だんだんと茉莉の顔色が悪くなっていって、途中から少しずつ頭を抱え始めた。


「予想や想定をしていなかったわけじゃないけど。まさか、涼香ちゃんもだったとは、ねえ」


「…………なんの話だ?」


 うーんうーんと唸り始めた茉莉に俺がそう尋ねると「こればっかりは自分で気づくか、直接言われるまで待ちなさい」と。

 まあ、そう言うなら待つが。しかしそんな反応をされてしまうときになるのも事実ではあった。


「もう、どうしてこうもライバルが増えちゃうのかなあ。全員でしょ? 全員。どういう状況よほんっとーに」


 なにかをブツブツと呟いているが、どうにもうまく聞き取れない。とはいえ、彼女にとってなにかしらの思うところはあったようだった。


「まあ、とにかく状況はある程度察したわ。とはいえ、これを私たちの側からどうこうするっていうのが筋違いってのも、同じく理解もした」


「だけど、あのままどうにもしないわけにもいかない。絢香さんはともかく、このままじゃどう足掻いても涼香ちゃんが話し合いの席に座らない」


 そして、仮に無理矢理に座らせることができたとしても。それではおそらく、彼女はまともに取り合わない。


 どうにかして、涼香ちゃんが自分の気持ちを素直に絢香さんにぶつけ合えるような。そんな場をセッティングできればいいのだが。


 そんなことを考え込んで、俺と茉莉で悩んでいると。


「おじゃましまーす! あっ、裕太くん! 聞いたよ、体調大丈夫?」


「よお裕太。ちょうど学校で美琴さんに会って、裕太が体調不良で倒れたらしいって聞いたんだが。……思ったよりも体調は良さそうだな」


 なんとも騒がしいふたりが、突然に来訪してきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ