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#54 緊張が引き起こしたもの

 真一さんとひとしきり話したあと、揃ってリビングへと戻ると、待ち侘びたとでもいう勢いで絢香さんが迎えてくれる。


「裕太さん! 大丈夫でしたか?」


「う、うん。大丈夫だよ」


 俺の身体などに変化などがないかを確かめる絢香さん。その様子に真一さんはコホンとひとつ咳払いをしてから、


「だから、別に心配するようなことはないと言っただろう」


「それはお父さんからの主観であって。普通、大企業の社長から一対一で呼び出されてなんとも思わない高校生のほうが少ないですよ」


「む。それはたしかにそうかもしれないが」


 絢香さんの言葉に真一さんが納得する。

 俺としても基本的には絢香さんの意見に賛同するといったところなのだが、あなたも同じようなことしてるからね? 突然メイドになるって押しかけてる時点で。


「…………、……くん。裕太くん!」


「あっ、はい!」


「大丈夫かい?」


 真一さんの声で、ハッと気がつく。

 ふたりの様子を見ながら、なにかを考えていたような気がするが。いつの間にか、ボーッとしてしまっていたようだった。

 心配そうな様子でこちらを見つめてくる真一さんと絢香さんに、大丈夫です、と伝える。


「それで、裕太くん。このあとなのだが」


「お父さん! まだなにか話すの!?」


「そうではない。……本当に今から帰るのかい?」


 真一さんが言っているのは、今日のこれからの予定のこと。

 絢香さんや真一さんからは泊まっていってはどうかと言われていたのだが、あまりお世話になり過ぎるのも、と、予定の段階で断っていたのだ。


「はい、今からなら十分に帰りの電車もありますし」


「しかし、夜も遅い。準備を持ってきていないかもしれないが、やはり今日は泊まっていってはどうだろうか」


「そうですよ、裕太さん! 部屋なら余すほどありますし」


 絢香さんも、同じくそう言ってくる。

 あるんだろうな、客間。比喩表現でもなく、本当に余すほど。

 しかし、ここは丁重に断らせてもらう。

 絢香さんと涼香ちゃんの、たまの帰宅である。そんなときくらいゆっくりと休んでほしい。


 ならばせめて家まで車で送らせよう、と。そのあともなかなかに粘られたが、なんとか押し切ることに成功した。


「このようなときなのだから、遠慮などしなくて構わないのに。表情も、いささか疲れているように見える」


「そうですよ、やっぱり泊まっていったらどうでしょうか。なんなら、私の部屋で寝ますか?」


「それは絶対にダメ!」


 俺が緊張で眠れなくなるのが目に見えてるし、加えて茉莉にバレたら今度こそ締め上げられる。美琴さんのときですらエゲツない目にあったのに。


 絢香さんを落ち着かせて、ちょっと廊下を進んで。また「泊まっていけばいいじゃないですか!」と言うので、また落ち着かせて。

 なんとか宥めつつ、玄関まで辿り着き。隣の様子をうかがってみれば、とてつもなく不服そうな表情の絢香さん。


「裕太さんが泊まらないのなら、やっぱり私も――」


「ダメ。せっかくの帰宅なんだから、ゆっくりと休んで」


 むぅ、と。頬を膨らませる彼女に見送られながら、それじゃ、また明日と。


 玄関から出て、入ってきた門の方へと歩いていく。


「……来たときも思ったけど、やっぱり広いな」


 玄関から門だけでも、そこそこの距離がある。

 たしか、大きな門の横側に小さい――とはいっても十分大きな出入り口が。


 ガサッ、と。瞬間、庭の茂みから物音がする。


「えっ!?」


「……驚かせるつもりは、なかった。ただ、出口に迷ってないかなって、気になって」


 暗い中だったが、ぼんやりと浮かぶ顔と、そして声で判別がつく。涼香ちゃんだ。


「まあ、たしかにちょっと不安だったかな。こっちで合ってる?」


「うん。ついてきて」


 コクリと頷いた彼女は、そのまま先導をしてくれる。


「体調、大丈夫そうなの?」


「とりあえずは。……たぶん、明日には元通りに、なれてるはず」


「なら、いいんだけど」


 彼女のその言い方に少し違和感を感じつつも、しかし今はそれで納得することしかできず。彼女のその言葉を受け入れる。

 とってってってっ、やや大股な小走りの彼女の横を歩きながら、今日入ってきた入り口へと辿り着く。


「ありがとう、涼香ちゃん」


「これくらい、どうってことない」


 そうは言いつつも、ふんすと胸を張って見せている彼女に、少しだけクスリと笑ってしまう。


「それじゃ、涼香ちゃんもまた明日に。今日はちゃんと休むんだよ?」


「…………待って」


 さて、扉から外に出ようとしたそのとき。涼香ちゃんにそう呼び止められる。

 なにか忘れていることでもあったのだろうか、と。振り返って、どうしたの? と尋ねる。


「案内は、正直ただの口実。……本当は、謝ろうと」


「謝る?」


「せっかく、裕太さんが来てくれたのに。私、部屋に引き篭もっちゃったから。たぶん、心配かけた」


 ああ、なるほど。そのことか。

 俺は小さく息をついてから、考えを軽くまとめて。優しく彼女に笑いかけて、伝える。


「たしかに心配はしたけど、こうして来てくれたし。少なくとも今の俺は嬉しかったよ。……あと、俺以上に絢香さんのほうが心配していたから、その言葉を伝えてあげるなら、絢香さんに」


「……わかって、る、わかっては、いる」


 少し戸惑ったような様子で、彼女はそう言った。

 理解は、きっとしてくれているのだろう。しかし、やはり以前から感じていたように、なにかしらの思うところがあり。そして、すれ違ってしまっているのだろう。


 どうにか、協力できればいいものだが。


 しかし、下手に盤面を動かしてしまっては余計に溝が深まってしまいそうで。

 いろいろと考えてみようとするが、なかなか思考にモヤがかかったようで、うまく考えられない。


「あと、それから。……いや、これはなんでもない」


 おかしいな。涼香ちゃんがなにか言っているような気はするんだけど、うまく聞き取れない。


「…………? 裕太さん、裕太さん?」


 反応、しないと。俺がなにも言わないから、涼香ちゃんが心配してる。

 身体に、力が――、


「裕太さんっ!?」


 バタリ、と。


「大丈夫ですか!? 裕太さん、裕太さん――」


 駆け寄ってくる涼香ちゃんの姿が一瞬見えたような気がして。

 そのまま俺は、意識を手放してしまった。






「お父さん、裕太さんは!?」


「私は別に医者というわけではないから、なんとも言い難いが。おそらくは夏バテと過労が併せてきたというところだろうか」


 裕太さんが帰ったあと、必死の形相の涼香が突然リビングに飛び込んできたかと思うと、裕太さんが倒れた、と。


 慌てて涼香の先導のもと、走って入り口の門まで行くと、苦しそうな表情で横たわっている裕太さんがそこにいて。

 そのままお父さんが裕太さんを抱えて、客間のベッドへと運んだのだった。


「遠慮するなと言ったばかりだが。……いや、言ったばかりで考えを変えろという方が無理な話か。せめてこれがいい薬になればいいが」


「どうしたの? お父さん」


 ボソリ、となにかをつぶやいていたが、薬がなんとかと言っているのはわかったが、うまく聞き取れなかった。

 お父さんはなんでもない、とだけ言って、


「とにもかくにも、ひとまずは安静にしておくでいいだろう。急を急ぐような容態でも無さそうだし、明日に症状が緩和していなければそのときに医者にかかるで問題はないと思う」


 敷地内、庭で倒れてくれただけマシだった、と。また、そばに涼香がいてくれてよかった、とも。

 これが仮に道路に出てしまってからだと、気づくのに大きく遅れた上に、万が一を、と考えると。……ゾットする。


 氷嚢や氷枕など、お母さんが適当な処置をしてくれて、心なしか裕太さんの表情が少し緩んだような気がする。


「裕太さん、せっかく体調は崩さないようにって、気を使ってくださってたのに……」


 料理もできるだけ健康面に配慮したものを作ろうとしたけど、もしかして、それが悪かった?

 頭の中でぐるぐると悪い考えばっかりが巡っていく。


「たぶん、緊張が原因」


 そう、口を開いたのは涼香だった。

 私の不安を察知してか、否か。彼女はお姉ちゃんだけのせいじゃない、とだけ告げて。


「今日に関して、裕太さんにかかってた期待が重かった。それで、緊張して。……体調には気を配ってたけど、気づかないうちに睡眠が浅くなってたり、精神面が削られてた。たぶん」


 なんとなく気づいていたのに、それを見ないふりしていた私のせいでもある、と。彼女はそう言った。


「ひとまず、今は彼をゆっくり休ませてあげよう」


 ここに沢山の人が詰めていても、結局は彼の睡眠を妨げかねないし。お父さんのその一声で、ひとまずこの場は解散となった。

 その後、しばらくはリビングに居はしたものの、思うところ、考えることがあったこともあり、会話という会話が出ることはなく。程なくして自室へと戻った。


 ボフッ、と。自分のベッドに倒れ込む。

 ……なにも、できなかった。気づくことさえ、できなかった。


 裕太さんが家に来てくれた興奮、両親にやっと紹介できた嬉しさ、家に帰ろうとしてしまった寂しさ。

 それら、自分の感情が前面に出てきてしまって、彼のことを一切気遣えていなかった。


 たしかに、今思ってみれば、裕太さんの様子が少しだけとはいえ変ではあった。

 普段よりもボーッとしていることが多いし。……今日だって何度かあった。

 それに、気づくべきだった。今日の予定を中止するか、あるいは意地でも引き止めて休ませるべきだった。


「……なにも、できなかったのなら。せめて、ここからなにか」


 たくさんの人で詰めていては心が休まらないかもしれないが、ひとりで行って、氷嚢や氷枕を変えたり、あるいは汗を拭くくらいなら。

 それならば、横になっている暇はない。起き上がり、ベッドから立ち上がろうとした、そのとき。


 ギィィ、バタン。

 隣から、扉が開き、そして閉じる音がした。


「……涼香?」


 隣の部屋は、涼香の部屋だ。解散したあと、私より先に帰っていた彼女だったが。……どうかしたのだろうか。


 とってってってっ、軽い足音が廊下を抜けていく。


 こんな時間に、いったいどこへ?

 足音が完全に聞こえなくなってから、私はゆっくりと自室の扉を開く。

 そして、足音の向かっていった方向へと、音を立てないように慎重に進んでいく。


 別にバレたからといってどうというわけではないのだろうが。しかし、直感的に隠れていくべきだろうと、そう感じた。

 今の涼香は、私がいるとわかった瞬間にやろうとしていたことを隠してしまうような、そんな気がして。


「……こっちかな」


 間を置いてから追いかけ始めたこともあって、途中からは涼香がどちらに行ったのかはわからない。

 なんとなく、勘に従って進んでいく。


「よいしょっ、よいしょっ」


 途中、道の先から涼香の声が聞こえてきた。

 このままだとバレる! 一瞬焦るが幸運なことに現在地が廊下の曲がり角、急いで手前に隠れる。


 涼香がこのままこちらに来てしまえば、どちらにせよバレてしまうのだが。しかし幸いなことに彼女の目的地は手前だったようで、途中の部屋に入っていく音が聞こえる。


「でも、たしかこっちにあるのって……」


 私がいるのは客間の並んでいる廊下。その一室に入っていった、ということは。

 ……今現在、客間にいるのはただひとり。そこになにかしらの用事があってきたというこのは、つまり。


 そっと、音を立てないように慎重に近づいて。唯一開いているドアの中の様子を、伺ってみる。

 そこにいたのは、普段の気怠げな様子からは想像もつかないくらいに懸命に看病をしている涼香の姿だった。


 涼香も、同じように考えていたのか。彼女の行動の理由を知れて、スッキリ、したはずなのに。


 涼香が、看病することに。なにも変なことはないはずなのに。


 どうしてだろう。モヤモヤが、晴れそうにない。

 締め付けられるような気持ちから目をそらすようにして、私はそっとその場から立ち去った。

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