#48 証言するってそっちのかよ
「……それで、裕太はいつ絢香ちゃんのご両親に会いに行くのよ」
昼食中、突然に茉莉がそう話を振ってきた。
「藪から棒に……というか、まさか茉莉からその話をされるとは思ってもみなかったんだが」
「私だってするつもり無かったわよ。昨日までは」
せっせとスプーンでオムライスをすくっては口に運びつつ、茉莉がそう言う。
「それなら、どういう心境の変化だ?」
「ほら、さっきも言ったけど。私、裕太の代わりに絢香ちゃんの誕生日パーティーに行ったでしょ? 裕太の代わりに」
「その件については本当に申し訳ない」
「まあ、美味しいもの食べたりで楽しくもあったから別にそれはいいんだけど。……ただ、絢香ちゃんのご両親としては、もしかしたら裕太が来てくれるかもっていう期待はあったみたいで」
絢香さんから具体的に誰をつれてくるか、という話はしていなかったものの、友達を連れてくる、といったところから、もしかしたら俺が来るかもしれないと思っていたらしい。
元より絢香さん伝いに俺と会いたがっているということは伝わっていたわけだし、なんなら本来の予定的にはそのはずだったのだから、ご両親のその予想自体は間違っていなかったのだが。
「私が裕太の幼馴染だって知った瞬間、裕太のことについての質問攻めよ」
聞けば、俺の昔の話だとか、好物だとか。とにかくいろいろなことを聞かれたらしい。
それはもう、俺自身がそれをされたとしてもちょっと億劫に感じてしまいそうなほどの熱量だったらしく、それを幼馴染とはいえ、いちおう他人である茉莉がされたとなれば……その心情は探るまでもない。
「さすがにそこまで裕太に会いたがってる様子を見せられたら、こっちとしても会ってきなさいよ、くらいは言わないとって」
「それはまあ、そうかもしれないが……」
茉莉の発言には納得がいく一方で、しかし、絶妙に納得いかないところもある。
「なんで、絢香さんのご両親は俺にこんなに興味があるんだ?」
以前、絢香さんに両親と会ってほしいと言われたときは、てっきり娘が一緒に住んでいる人間なのだから、親として会っておきたかった、という理由だと思っていたのだが。今の話を聞く限りでは、どうにもそんな様子ではないように感じる。
そんな疑問を俺が浮かべていると、絢香さんが口を開く。
「それはもちろん、裕太さんが私を救ってくれたからですよ」
「それは……まあ、否定はしないけど」
実際、今の関係が出来上がった理由、というか原因。それは偶然同じ電車に乗っていたとき、通り魔から絢香さんを助けたから。
たしかに助けてはいるのだけれど、そのせいで絢香さんの癖が発動しちゃってるし、娘ふたりがメイドとして仕えに行くとかいう、正直字面だけなら意味不明な事態になってしまってるんだけども。
オムライスをひとくち食べながら、モゴモゴとそんな考えをこぼしていると、絢香さんは首を横に振った。
「そちらも、ゼロではありませんが。どちらかといえば……その……」
なんとも言葉にしにくいという様子で、口籠りながら少し眉をひそめる。
しかし、とはいえ全く見当がついていない俺としては絢香さんの言葉を待つしかなく、しばらく彼女の顔を見つめていると、仕方ない、といった様子で話してくれる。
「校外レクのときの、あの一件で」
「…………ああっ!」
言われて、やっと合点する。
一方で未だに首を傾げていたのは、茉莉だった。
「校外レクって、絢香さんが足を挫いたやつでしょ? むしろ命の危険があったのは電車の通り魔の方な気がするんだけど」
同時、絢香さんが言いにくそうにしていた理由も察する。この一件、茉莉や美琴さんにも詳しい話は伏せて、誤魔化していたのだ。
当時はかなり疑りをかけられていたこともあってちょっとヒヤッとしたが。しかし、そこそこ時間が経ったこともあって、茉莉としてはそんなことすっかり忘れていたらしい。
当然といえば当然だが、あの一件は絢香さんの両親にも伝わっていたようで、それが理由で俺への興味が一層増したとのことだった。
「でも、それほどのことか?」
さっきまでの理由に比べたら、たしかに幾ばくかは納得がいくものだったが。しかし、個人的な感想としては、理由こそ違えど、茉莉と同じだった。
しかし、当人やその家族からしたらそうではなかったようで。
「いえ、あのとき裕太さんは涼香から聞いたと思いますが、理論上できることと、実際にそれを行動に移せるか、というのは別なのです」
その言葉に、当時の感覚が思い出される。
たしかに、あの感覚の中でただ絢香さんの隣にひたすら居続けるということは、言葉にすると実際に行うでは天地の差ほどの開きがあるだろう。
それがわかっていたからこそ、涼香ちゃんは殴るように進言したわけで。それでも殴らない方をとった俺は、彼女たち、そして絢香さんの両親からしてみれば異例だったのだろう。
「とにかく、そういう事情で裕太さんにとても会いたがっています。……なので」
「ああ、わかってる。できるだけ早いうちに、もう一度場をセッティングしてもらえるだろうか。今度は、それ以外の予定を入れないようにする」
俺がそう伝えると、絢香さんは表情を明るくして「はいっ!」と。
「まあ、こうすればよっぽどのことがない限り、今度こそ約束をすっぽかすことはないだろう。それこそ、風邪を引くとか、体調を崩しでもしない限りな!」
はははっ、と、そんな軽口を叩きながら言っていると、半目でジトッとこちらを見つめながら、茉莉が小さくため息をついて。
「それ、すっごくフラグに聞こえるんだけど」
「……体調不良を起こさないためにも、細心の注意を払いたいと思います」
たしかに、自分で言っておいてなんだが、これで夏風邪なんかを引いて予定をまたすっぽかすことになってしまっては、それこそ本当に申し訳が立たなくなる。
前回は俺の名前で予定していたわけではないとはいえ、今度は俺の名前で話をつける必要があるだろうし。そうでなくても、これが2回目なのである。
そんなやりとりに、絢香さんがフフッと、少し笑ってくれる。
「…………」
けれど、やっぱりというべきか。
視界の端では、未だ手を付けられていないオムライスを気にかけている様子だった。
念の為にと、茉莉が帰ってきたあとに一応俺が軽く声をかけに行ったが、思ったより素っ気ない態度で追い返されてしまった。
「今、忙しいから」
なにかとつけてからかってきたり、あるいは気怠げにしていることの多い涼香ちゃんだったが、こんなふうに対応されたのは初めてだった。
茉莉にも話は聞いてみたが、曰く、普段と変わった様子はないとのことで。どうやら、俺と絢香さんのふたりにだけ対応が変わっているようだった。
こうなると、やはりナンパでのことが原因とみていいだろう。だがしかし、どう対応するべきか。
こればっかりは、やはり絢香さんと涼香ちゃんがしっかりと面と向かって話し合わないといけないのだろうが。しかし、それを涼香ちゃんが嫌がっているという現状で。
無理やりにさせることが不可能というわけではないのだろうが、そういう場で言われたことはどれだけ正論だろうと聞き入れにくいものだし。
ぐぬぬぬ、と。まとまらない思考を巡らせていると、あっ、と。茉莉が声をあげる。
「そういえば、美琴さん、大丈夫なのかな」
「美琴さん? さすがにいつもの帰路と同じなんだから、家に帰るのに乗る電車を間違えることはないだろ」
「いやいや、そっちじゃなくてね? いちおう、曲がりなりにも朝帰りなわけだけど」
「あっ……」
ついでで言うなら、裕太もだけどね? と。言われて、改めて、事の深刻さを理解する。
まだ、俺はいい。家になぜか幼馴染とクラスメイトとその妹がいるとはいえ、両親は不在だし、なにより男なので、まだいい。しかし、美琴さんは女性で。更に言ってしまえば、彼女の両親は、美琴さんのことをとても大切にしている。
たらり、と。冷や汗が流れる。
美琴さんから聞いた話の限りでは、両親には外泊の許可をとったとのことだったが、果たしてそれが俺と外泊すると言ったのだろうか。……いや待て、そもそも本当に許可とったのか?
そのあたりについては美琴さんのことを信頼するしかないのだが、メイドになる際に、そのことを伏せて許可をとっていた人なので、絶妙に信用があるような、ないような。
今回のことについては、解決していたように思っていたんだけれども。その実、思っていたよりもまだ問題が残っていたようだった。
「大丈夫……だと思う。……大丈夫だよな?」
急に不安になってきて、頭とお腹が痛くなる。
なぜだろうか。どうしても大丈夫だと確信を持って言い切れない。
「まあ、いざというときはちゃんと証言してあげるから安心しなさい」
「ありがとう、恩に切――」
「ちゃんと、ふたり揃って朝帰りしてきましたって!」
「弁護してくれるんじゃねえのかよ!」
俺のツッコミに、茉莉がケラケラと笑う。
だがしかし、今回の件についてはなにも言い返せないのが、なんとも。
「ただいまー……」
そろりと、玄関の扉を開けると。予想通りというべきか、お父さんとお母さんが待ち構えていた。
知ってはいた。昨日に突然外泊の許可をとったとき、いろいろと質問攻めにされた際に、私が「あとにして!」と言ったら、お母さんが「なら、明日帰ってきてから聞きます」と。
まさかそれで本当に有給を取るとは思わなかったんだけども。
「さて、美琴。言いたいことと聞きたいことはたくさんあるが、とにもかくにも、ひとつだけ」
お父さんが、先に口を開いた。
事の経緯と顛末については、軽く伝えている。いろいろと伏せていたり、ぼかしているところも多いが、とにかく裕太くんと一緒に泊まったことについてまでは伝えている。
なにを言われるのだろうか、と。キュッと目をつむり、私のせいなのだから、せめて裕太くんには迷惑がかからないように、と。そう、思っていると。
「そういうことはしたのか?」
「……はい?」
言われて、なんのことを言われているのかと、キョトンとしてしまう。
3秒ほど考えて、やはり理解ができず首を傾げて。
「えっ……と?」
「だから、男と女と、そういうことを」
「もう、お父さんったら、そんなまどろっこしい言い方じゃわかりにくいでしょ! 裕太くんとエッチな事したのかって聞いてるのよ。いえ、してないわけないわね。もうこの際、ちゃんと避妊したかだけでいいわ!」
「えええっ、エッチなこと!?」
そういえば、茉莉ちゃんに詰められていたとき、涼香ちゃんが男と女がどうたらこうたらって言ってたけど、もしかしてあのときの内容も、そういうことだったの!? だから、裕太くんはあんなに動転してたの?
「してないしてない! してないから!」
「えっ、避妊してないの!? しなさいってメッセージ送ったでしょ!」
「違うっ! そっちじゃなくて、エッチなことはしてないって!」
言葉を抜いたせいでとんでもない誤解を受けそうになったが、慌ててそれを訂正する。
お母さんからは「まさかそんなはずは」とでも言いたげな疑いの目が向けられるが、しかしこれが真実。
なんなら、ちょっとそういうことを期待して誘ったところはあったのに、普通に断られちゃったし。
しかし、改めて当時のことを思いだしてみると、自身の行動の、なんとはしたないこと。ぶわあっとこみ上げてくる熱に、顔が真っ赤に茹で上がっていく。
「やっぱりしたんじゃないの?」
「本当にしてないからあ!」
別にしたからと言って怒らないわよ、と。お母さんはそう言うが、そういう問題じゃないの! というか、本当にしてないの!
私が手をブンブンと振り回しながら、必死に否定をしていると、ガチャッとリビングの扉が開いて。
「姉ちゃんも、父さんも母さんも。……平日の真っ昼間から、そういう話をするのは百歩譲っていいとして、せめて家の中でやってくれない?」
玄関先でそういう話をされるのは、ちょっと、と。
弟から投げかけられたド正論によって、その場の全員が思わず黙りこくってしまった。