#47 1日遅れのプレゼント
「そういえば、忘れないうちに」
痛む腕を庇いながら自室へと向かい、それを持ってくる。
「遅れてしまってすまなかったな。誕生日プレゼントだ」
そう言って、俺は紙袋を差し出す。
雨森さんに教えてもらい、購入した件のクッキーの入った紙袋だ。
「ありがとうございます……!」
絢香さんは目を輝かせながら、俺から紙袋を受け取る。
白い側面に印刷されなロゴを見て、彼女は「これ、私の好きな銘柄です」と。
「ですが、よく知っていましたね? 言ったことありましたっけ」
彼女はそう言いながら、首を傾げ。そのままの流れで涼香ちゃんへと視線を送る。もしかしたら涼香ちゃんが教えた可能性を考えているのかもしれないが、しかし彼女は首を横に振った。
「直接は聞いたことないな。だが、雨森さんが教えてくれたんだよ。ほら、水着を買いに行ったとき」
「水着……ああっ!」
半月ほど前のことで若干頭から消えかかっていたようだが、どうやら線で繋がったようで「あのときの!」と、驚いていた。
「他の3人には説明していたんだけど、都合どうしても絢香さんには伝えられなくってね」
「いえ、そのおかげでこうしてとても嬉しい気持ちになれたので」
そう言って、彼女は「中身を見てもいいですか?」と。もちろん構わないので、そう伝えると、彼女は丁寧に封を剥がした。
「わあ、このクッキー、美味しいんですよね!」
クッキーの詰め合わせが入った缶を手に持ち、彼女が嬉しそうに笑う。
缶の模様だけで中身がわかるのか、と思ったが。しかしそれほど好きなものだったのだろう。こんなふうに喜んでもらえたのであれば、贈った側としてもとても嬉しい。
クッキーのシュリンク包装を剥がそうと紙袋を机に置き、その瞬間、カサリ、と音がする。
「あれ、もしかしてまだ、なにか入ってます?」
改めて紙袋を手に持ち、絢香さんがその中を覗く。
手を差し込んで取り出したのは、小さな白い、紙の包み。
「……まあ、クッキーだけだと味気ない気がしたから、いちおう、おまけ? というか」
彼女が包みから、取り出したのは。小さな髪留め。
「金物は、今まで扱ったことがなかったから、正直うまくできてる気はしてないが。その、ヘアピンだ」
細い棒状のそれの一端には、小さい花の飾りが施されている。
絢香さんの髪の毛はとても長いため、普段からヘアピンを使ってまとめているのは知っていた。
普段はシンプルなアメピンを使うことが多い彼女だったが。……このくらいなら、変に目立ちもせずに使えるだろうか、と。
「……えっ、ということは」
「まあ、その。手作りでは、ある。茉莉がシュシュを作ってるのは知ってたから被らないようにとは思って――」
「ありがとうございますっ!」
瞬間、ガバッと。ものすごい勢いで絢香さんが抱きついてきた。
理解が追いつかず俺が困惑していると、隣からただならぬ剣幕で騒ぎ立てている茉莉の声が聞こえた。
だんだんと思考が追いついてきて、現状のマズさを、やっと理解してくる。
「あ、あの……喜んでくれてありがたいんだけど、そろそろ離れようか……?」
その、なにがとは言わないが、当たってるんで。
「これ、つけます! 毎日つけます!」
「う、ん。ありが……とう?」
まさかここまで喜ばれるとは思っておらず、さすがに困惑が勝ち始める。
あと、そろそろ離れてくれない? 茉莉と美琴さんからの視線が痛い。
どうするべきかと俺が困っていると、パンパン、と。涼香ちゃんが手を叩きながら、こちらへ来る。
「喜んでいるところ申し訳ないけど、いちおう確認。……裕太さん、それって、衣服のつもりで作った?」
「……えっ? いや、ただのアクセサリーのつもりだけど」
いったいなんの質問だ? と、思いつつそう返して、ハッとする。
そうか。俺が、身に着けるものを贈る、ということは。現在この4人にとっては、大きな意味を生みかねない。
なぜか始まってしまった、衣服争奪戦によって。
「まあ、これに関してはそういう意味合いで作ってない。ということは、改めて宣言しておく」
そもそも、そういう意味合いであれば茉莉にもシュシュなんかならプレゼントしたことがあるし。
……もしかして、そういう意味合いで喜ばれていたのであれば、申し訳ないことをした気がするのだが。
俺がふと、絢香さんに視線を送ると。俺のその不安を読み取ったのか、一瞬慌てた素振りを見せてから、
「えっ……と、もちろんそうだったら嬉しいな、という気持ちがなかったわけではないですが。でも、頂けたことに対して純粋に嬉しかったのはそのとおりです」
と、いうか。涼香に言われるまで、私も失念していたというか。と、彼女はそう言ってくれた。
それならばよかった、と。ほっとひと息ついたところで。
丁度、よいタイミングだろうかと。俺は改めて4人のことを見て、
「ついでに。そのことについて話しておきたいことがある」
その言葉に、全員の視線がこちらに向く。普段から過ごしているとはいえ、こうして集中して注目されると、未だに緊張するものがある。
「衣服争奪戦みたいなものに巻き込まれた立場として、誰かの衣服を作って、と言われたけど。……正直、作る気はなかった」
「えっ」
美琴さんが、驚いたような声を出していた。
いや、今までの俺が衣服作るのに乗り気じゃなかったのは美琴さんが1番知ってるよね? 1番長い間断られてきたのに。
コホン、と。ひとつ咳払いをしてから、気を取り直して話を続ける。
「ただ、少し心境の変化、というか。……いや、正しく言うならば、向けられた想いには、正しく向き合わないといけないな、と。そう思って」
美琴さんから、受け取って。
絢香さんから、伝えられて。
それらを向けられる立場として、その想いに向き合うことが。俺のすべき義務だと思うから。
だから、
「改めて、伝えておこうと思う」
そう言うと、その場の空気がスッと静まる。
感じる緊張に身体が少し強張るけれど、不思議なことに、嫌じゃない。
「俺は、この中の誰かのために、衣服を作ろう。……だから、その時は、受け取ってくれると、嬉しい」
誰に作るか、誰に贈るか。どんなものを作るか、どんな雰囲気に仕上げるか。そんなことは、まだ微塵も考えていないけれど。
たったひとつ、ほんの小さな進歩として。
作ること。それだけは、この場にいる全員に対して、約束をした。
一旦、荷物の整理をするために自室籠もった後。リビングに戻ってくると、キッチンで昼食の準備をしている絢香さん、相変わらず、私服で座っている茉莉の姿があった。
ただ、私服ではあるものの、キチンと家事は行ってくれているようで、最近では主に洗濯は茉莉がやってくれている。料理もたまに絢香さんの手伝いをしてくれていて、しばしば楽しそうにふたりで作っている。
以前、他の3人に言われたように茉莉に「メイド服を着てくれないか」と頼んでみたが……やっぱり来てくれそうになかった。
……のだが、最近「ねぇ、やっぱり着てほしいの?」と、聞かれるようになってきた。もしかしたら着てくれるのかもしれない。
ひとまず、今日はいろいろと家族への説明もあるから、と。美琴さんはとりあえず帰宅をしたから。家の中には俺と絢香さん、涼香ちゃん、茉莉がいる。……はずなのだが。
「……あれ。涼香ちゃんは?」
ひとり、姿が見えない。いつもなら茉莉とは対照的に、メイド服こそ着ているものの、大抵の時間はソファに寝転んだり、ゆるゆるとしている涼香ちゃんの姿がなかった。
「涼香ちゃんなら、自分の部屋に戻ったわよ」
俺の質問に答えてくれたのは茉莉だった。どうやらなにかやることがあると言って、そのまま戻っていったらしい。
「……涼香ちゃんが自室でやること、ねぇ。またメイド服作るとか?」
思い当たったことを口に出してみると、茉莉はギョッとした表情をしながら、こちらを見てくる。
「嘘でしょ!? まだ前のメイド服すら着る覚悟が整ってないのに、新しいのなんてまだ無理だからね!?」
「あっ、着る覚悟ってことは、やっぱり着ようとしてくれてたんだ」
俺がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして、声にならない叫びを出しながら悶ていた。
そして、その感情の向け先として。一発こちらに飛んできた。
「痛ってぇ!」
「やっぱり、ぜーったいに着てあげないんだから!」
見事にへそを曲げた茉莉は、フンと鼻を鳴らしながらそのまま部屋から出ていってしまった。
痛む場所をさすりながら、俺がぼやいていると。料理の盛られた皿を持った絢香さんがやってきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。これくらいならただのじゃれ合いみたいなものだから」
心配する絢香さんにそう言いつつ、配膳の手伝いを申し出る。
予想通り断ろうとしてきた彼女だったが、これくらいはと、なんとか押し通す。
「着けてくれたんだ、ヘアピン」
「もちろんです」
手で髪の毛を抑えながら、嬉しそうに見せてくれる、髪留めに、こちらもちょこっと嬉しくなる。
キッチンにつくと、それじゃあこれをお願いします、と。お皿を渡される。
「茉莉ちゃん、ああは言ってますけど、きっと着てくれますよ」
「どうだろうか。俺も最近はもしかしたら来てくれるんじゃね? って思ってたけど、さっきの態度見る限り、やっぱり嫌そうだし」
あんまり嫌がることを強制するのも、と。俺がそう言うと、絢香さんはフフッと、笑って。
「あれはただの照れ隠しですから、大丈夫ですよ」
「……うーむ、そうなんだろうか」
「ええ、だって茉莉ちゃん、自分の部屋でメイド服着てまし――」
「絢香ちゃん、ストップ、ストーップ!」
勢いよくドアが開け放たれ、茉莉が突入、会話を遮ってきた。
「……なんだ、思ったよりすぐ帰ってきたんだな」
「ま、まあ、ほら、もうすぐお昼ごはんだし、……ね?」
顔は真っ赤なままだったが、どうやらさっきまでの機嫌の悪さは残っていないようで、それについては安心する。
「って、そんなことよりも!」
ビシッ! と、俺に向けて指を差しながら、
「違うからね、違うんだからね!」
「……なにがだ?」
要領を掴めず、俺が首を傾げていると。顔を真っ赤にしたままで、今度は絢香さんの方を向いて、
「絢香ちゃんも! そういうことは知ってても言わないものなの! というか、いつ気づいたの!?」
「私は見てないのですが、涼香が茉莉ちゃんを呼びに行ったときに、呼んても来なかったから部屋に入ったら、嬉しそうに着ていたと」
「違うんだから! ほんっとうに違うんだから!」
「だからなぜ俺に言う」
突然こちらに向けて叫ばれ、やはりどういうことがわからずに首を傾げてしまう。
「ううっ、お嫁に行けない……」
「同級生のメイドやってる時点で相当手遅れな気がしないでもないが」
「……こういうときは、俺がもらってやるからって慰めるものでしょ」
理不尽な要求が茉莉から飛んでくる。簡単に言ってくれるが、立場が立場なだけに、下手にそういうこと言えないんだよ察してくれ。
「あっ、茉莉ちゃん。出たり入ったりで申し訳ないのですが、そろそろお昼ごはんなので、涼香のことを呼んできてくれませんか?」
すっかり配膳も終わって、あとは座れば食べるだけ。という状態だった。
茉莉は「私が?」と、言ったが、そのまますんなりと受け入れて、涼香ちゃんを呼びに行ってくれる。
「……その、裕太さん」
茉莉が部屋から出たのを確認して、絢香さんが声をかけてきた。
「どうしたの?」
「その、昨日、帰ってきた頃から、涼香の様子がどうもおかしい気がして。茉莉ちゃんはなんとも気づいてないみたいだったんですけど」
「それは……」
昨日、となると。海でのことか、あるいは誕生日パーティーでのことが原因なのだろうか。
「やっぱり、なんというか。……あのときのことを気にしてるのかなって」
「あのとき……ああ」
俺にも心当たりがあるだろうこととするなら、きっと海でのナンパとの一件だろう。
「そのことについて、裕太さんにも、もう一度涼香と話し合うほうがいいと言われたので、話そうとしたんですけど、その時は適当にはぐらかされて。それ以来どうにも避けられているような気がして」
なるほど、それで今回も茉莉に行かせたのだろう。
しかし、あの涼香ちゃんが絢香さんのことを避けるとは、相当なことだと思うのだが。それほどに、彼女にとって大きなことだったのだろうか。
「だからその、裕太さんからも少し、気にかけて貰えると」
「うん。わかった。俺からも気にしておくよ」
そんなことを話していると、丁度茉莉が帰ってきた。
――しかし、
「今は忙しいから、あとで部屋に持ってきて、だってさ」
「――ッ!」
その瞬間、絢香さんの顔色が、サッと青ざめる。
「ほら、本当に忙しいだけかもしれないからさ。……ね?」
「そう、ですね……」
そうフォローしてみるも、絢香さんにとってはショックだったのだろう。
小さく震える手に、なにもしてやれない自分を、俺は強く非難した。