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#46 既視感のある光景

 カタン、カタンカタン。


 帰りの電車の中では、意外にもお互いに口を開くことなく、静かに並んで座っていた。

 しかしそれが気まずいからなどでないことは、お互いにしっかりと理解していた。


 この電車を、ひとまずの区切りにしよう、と。乗る前に、彼女はそう言ってくれた。

 昨日にはいろいろあったけれども。この電車で自分たちの気持ちに、一旦の整理をつけて、降りる頃には元の関係性でいられるように、と。

 そのほうが、俺が他のみんなとの関係性を見つめ直しやすいだろうから、と。


 正直無理があるといえばそのとおりではある。しかし、そうあるほうがよい、というのは理解はできる。


 カタン、カタタン。

 不意に、電車が揺れた。それ自体は珍しいことでもなんでもないのだが、それに伴って、美琴さんの手が俺の手に触れる。

 そして。そのまま離れるものだと思っていたそれが、キュッと握られる。


「えっ……」


「い、まだけだから。今だけ……」


 そう言いながらそっぽを向く美琴さんは。耳まで茹で上がったように真っ赤にして。

 その姿がなんともいじらしく、かわいらしく。


 気持ちに整理をつけよう、と。お互いそれに同意したはずなのに。こんなことをしていては、どうしても意識をしてしまう。

 とはいえ、振り払うというのも憚られるもので。


 彼女が言った、今だけだらというその言葉に。

 降りるその時までは、まだ、向こうにいたときの関係性でいていいんだから、と。そんな言い訳みたいな免罪符を探してしまう。


 しかし、そんな時間も有限で。

 そのうちに、車内アナウンスされる駅名が見知ったものに切り替わっていく。


 あとみっつ、あとふたつ。


 ついにと近づいてきた刻限に、美琴さんの手がスッと離れた。

 それは、少しだけ寂しいような。しかし、これでよかったような。なんとも言い難い感情を残しながら。


 あと、ひとつ。


 最寄りの駅の名前がアナウンスされ始める。

 それを聞いた俺たちは荷物を手に取り、立ち上がって扉の前まで行く。


 次第にゆっくりと電車の速度が緩まっていき、完全に停車。プシューという音を立てて扉が開く。


 電車から降りるのに、これほどまで緊張したのは初めてだった。

 それこそ、子供の頃にひとりで初めて乗った電車のときよりも、ずっとずっと緊張していたように思う。


 俺がホームに降りるとほぼ同時に、「よっ、と」と、声を出しながら、軽快な足取りで降りる美琴さん。

 頭の上で指を組みながら、身体を伸ばして。それを開放しながら、息を漏らす。


「楽しかったね、裕太くん!」


「……ですね」


 なんだかんだいろいろ起こりはしたものの、それも含めて楽しかったのも事実。

 このあと、カンカンに怒っている茉莉からお叱りを受けることはほぼ確実なのだが。それも含めて、楽しめている自分も確かにいた。


「それじゃ、帰ろっか」


 くるりとこちらを振り返りながら、美琴さんがそう言ってくる。

 その様子は、まるで以前の彼女そのもので。彼女自身、キチンと、元の関係性に、ということを実施しようとしてくれていることがよくわかった。


 そうして前に進もうとした、美琴さんに。

 けれど、これだけは再度伝えておかない行けない気がして。一歩だけ、立ち止まって。


「必ず、答えは伝えますから」


「……うん」


 少し驚いたような表情をしてから。しかし彼女は、柔らかに微笑んで。

 そして、再び前へ向かって歩き始めた。


 俺も、同じように。前に。






 自宅のリビングで正座をさせられていると。ふと、なんとなく懐かしい気分になってくる。

 ちなみに今回は隣に美琴さんも正座している。


「そういえば、春にも同じようなことがあったな」


 春に続いて夏である。じゃあ、今度は秋だろうか、なんて。


「そんな減らず口を叩ける余裕がまだあったのね」


 しまった、藪蛇だったと。そう気づいたときには既に遅く。詰められていた茉莉にそのまま関節を決められる。


「痛い痛い痛い痛いっ!」


「全く。……それで? どういう了見なの?」


 ゆっくりと腕を開放しながら、茉莉はそう尋ねてくる。

 その質問の意味するところは当然ながら俺と美琴さんとのことで。俺は告白云々のところは伏せながら、起こったことを説明する。


「……ふーん。随分とお楽しみの様子で」


「ま、まあ。楽しくは、あったかな?」


 事実、なかなか行かないところに行って、更には線香花火とはいえ花火も行えたので楽しくはあった。

 俺がそう伝えると、疑心に満ちた瞳でこちらをにらみながら、彼女は口を開いた。


「やったの?」


「えっ、と……? おう、花火はしたぞ」


「違う違う、そうじゃなくって。……こう、男と女がって、私に言わせないでよ!」


 その茉莉の言葉に、数秒ほど理解が追いついていないと、少し遠くのソファから頭だけこちらに覗かせて、涼香ちゃんが。


「男と女、密室、一晩。なにも起きないはずがなく……?」


「……あっ。ああああああああっ!」


 言われて、察する。


「そんなに慌てるってことは、あったのね!?」


「いやいやいや、なかった! そういうことはしてない!」


 顔を真っ赤にしながらこちらに指を差してくる茉莉。慌てて立ち上がり両手を振りながら、俺はそれを否定する。

 そういうことはなかった! 断じて!

 一瞬起きかけたけども!


 隣にいた美琴さんはなんのことだかわかっていない様子で、ぎゃあぎゃあと騒いでいる俺と茉莉の様子を見ながら首を傾げ、フフッと笑っていた。

 あらぬ疑いをかけられようとしているというのに、呑気なものである。


 必死の説得によりなんとか身の潔白を証明して。とりあえずもう一度座りなさいと言われた俺は再び正座をする。


「わかってる? 裕太が予定をドタキャンしたせいで、こっちは結構いろいろと大変だったんだからね!?」


「……はい」


 それについては、察するにあまりある。

 なんなら届いていた大量のメッセージからもかなり伺えていた。

 いろいろとキャンセルしたのは美琴さんではあるのだが、そもそもの原因は俺が寝てしまったことでもあるので、ひとまずこれについてはおとなしくお叱りを受け入れておく。


「急遽裕太が来れなくなったからって、私が変わりに絢香ちゃんの誕生日パーティーに行ったんだからね!?」


 元々友達を連れて行くとしか伝えていなかったこともあってか、ひとまずは俺の代役さえ立てられれば絢香さんの誕生日パーティーについては問題なくなる、といったところで。

 その場にいたのが茉莉と直樹と雨森さん。おそらく全員誘えば来てくれるかもしれないが、俺が来ない変わりに、となるの、逆になぜ俺だけ元から招待されていたのか、となってしまうため。事情がわかっている茉莉が代理で出席することになった、とのことだった。


「なんだ。結構そっちも楽しそうではあったんだな」


「まあ、楽しかったけど。……って、それは今はどうでもいいの!」


 うまく誤魔化せるかと思ったが、どうやらそう簡単な話でもないらしかった。

 それからもしばらくの間、茉莉から説教という名の文句と愚痴をしばらく聞かされ続け。ひとしきり言い切って満足したのか、とりあえず私からは、これくらいにしてあげる、と。

 そう言う割には30分くらい言われていた気もするのだが。わざわざ蒸し返して長引くのもアレなので黙っていた。


 そうして茉莉の代わりにやってきたのは、絢香さん。

 当然だ。……今回1番被害に遭ったのは彼女だろう。


 いくらでも文句を受け付けるつもりで黙って座っていたのだが。彼女は、俺ではなく美琴さんの方を向いて。


「さっきの、裕太さんの話の中には入ってませんでしたが。伝えましたか?」


「……うん。伝えたよ」


「返事は、なんと?」


「保留にされた、というか、してもらった」


「なるほど」


 いったいなんの話をしているのか、隣で首を傾げながらに聞いていると、なにかを納得、理解した様子の絢香さんが、今度はこちらに向き直した。

 今度こそいろいろと言われるものだと思っていた俺は。……いや、確かに言われはしたのだが、その内容に、驚く。


「裕太さん」


「はい」


「改めて、口に出してこれをお伝えするのは……その、恥ずかしいものがあるんですけれど」


「はい?」


「…………私は、あなたのことが好きです」


 そういえば。こうして面と向かって、直接に伝えられたのは初めてだろうか。

 いちおう絢香さんの口から聞いたことはあるものの、アレは茉莉に向けての宣言のような形で成されたものであり、俺に向けてで言われたのはこれが初めてなような気がする。


 ……って、


「えっ、はいっ!?」


 ほぼ同時、俺と茉莉がそんな声をあげた。涼香ちゃんは「わお」と、驚きつつも楽しげにこちらを眺めていた。


「言葉のとおりです。私は、裕太さん。あなたのことが好きです」


 こうして改めて伝えられると、やはり恥ずかしさなどが先行するようで。おそらく顔が真っ赤になっていることだろう。ものすごく、熱い。

 併せて、それらに思考が邪魔をされて、うまく考えがまとまらない。


「そ、……れは知ってるというか。いや、そうじゃなくて、聞きたいのは、どうして今?」


 いくらなんでも話の脈絡的に突然すぎる。美琴さんとなにを話していたのかは知らないが、大枠の流れとしては昨晩のことに関しての説教であり、そして。

 ……ん? 美琴さんと話していたこと? つまりそれって、まさか、


 ふと隣を見てみると、申し訳なさそうな表情をした美琴さんが、両手を合わせて「ごめんね?」と、


「切り替えようって言ったけど、その必要、あんまりなかったかも……ね?」


 美琴さんの言うその言葉に、俺の認識が追いつくよりも早く、絢香さんにより、事の顛末。もとい事情が話される。


「美琴さんが、裕太さんに気持ちを伝えたと聞きました。……私も、負けたくはないんです」


 キチンと伝えるのは、これが初めてなので、と。彼女は改めて宣言をした。


 聞けば、美琴さんが昨晩のことを絢香さんに断りを入れる際、その理由として、美琴さんが俺のことを好きだということを伝え。そして、それについて伝える意志があるのかということを絢香さんに確認されたらしい。

 そのときには伝えるかどうかはわからなかったため、素直にわからない、と伝え。そして帰ってきた今さっきに、それについての確認をされていた、とのことだ。


「ちょっと待ってちょっと待って。……確認させて」


 そう言って近づいてきたのは、茉莉。眉間にシワを寄せながら指でこめかみをグリグリとイジりながら、難しい顔をしている。


「絢香さんは、裕太のことが好き」


「はい」


「そしてそれを、改めて今、ここで伝えた」


「はい」


「美琴さんも、裕太のことが好き」


「うん。そうだよ」


「……そしてそれを、昨晩の一件のときに伝えた」


「まあ、そうなるね」


 ひと通りの確認を終えた茉莉は、更に難しい顔になりながら、プルプルと震え始め。


「こんなことがあった上で、なにか起こらないわけがないじゃない! ほら、白状しなさい!」


 と。フシャーッと、威嚇をしながら襲いかかってくる。


「ほんとにっ、ほんとになにもなかったんだって!」


 慌てて逃げ出すも、すぐさま茉莉に捕まってしまい、そのまま組み伏せられる。

 痛みを我慢しながらなんとか説得しにかかるが、2度目とあってはこれがなかなか納得してくれない。


 そんなこんなで言い争いをしていると、いつの間にやら、とってってってっと、呑気な足取りで涼香ちゃんがやってきていた。

 この際誰でもいいから助けて欲しい。


 そんな希望を抱いていると、ニヤッと笑った涼香ちゃんが、口を開く。

 なぜだろうか。とてつもなく、嫌な予感がする。


「……ところで、茉莉は言わなくていいの?」


「私は……って!」


 瞬間、俺の腕にかけられていた力が一層増して。


「痛あっ!」


 関節が、ちょっと曲がってはいけない方向に曲がってしまったが。……とりあえず、大事には至らなかった。

 そして。ひとまずこの場は、俺の腕の損傷というアクシデントを理由にお開きとなった。

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