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#43 線香花火の明かりの中で

 近くの海岸。日も落ちきって、すっかりと暗くなってしまった浜辺。


 点火棒の先から出るぼんやりとした火に花火を近づけると、一瞬ぱああっと火花が広がったかと思えば、すぐに収まり、オレンジ色をした火の玉が、先端でゆらりと揺れた。


 ときおり、パチ、パチ、と。火花を散らして。その柔らかな光が、ほんのりとだけ、あたりを照らす。

 本当に、気持ち程度。はっきりとなにかが見えるようになるほどではないが。


「きれいだね……」


「そうですね」


 2つの火の玉が並んで、パチパチと音を立てる。

 しばらくふたりで静かに眺めていると「あっ」という声が聞こえた。美琴さんの方の火の玉が落ちてしまったようだった。


「俺の勝ちですかね?」


「えっ、そんな勝負してたの!? っていうか、裕太くんの方があとから始めたんだから、不公平だよ、不公平!」


「不公平って言っても、数秒程度の差ですよ。それで言うならもうそれくらい経ってますし……あ、落ちた」


 オレンジ色の火の玉が、一瞬勢いを増したかと思えば、そのままポトリ、と。地面に落ちて、一瞬で勢いを落としてしまった。


 俺たちはひとまず先程まで持っていた手持ち花火を水を汲んだ空き缶に突っ込んで、次、と。


「今度は裕太くんから先に火をつけてね!」


「ええ……まあいいですけど」


 さっき冗談半分で言った勝負に、やや本気になってしまった美琴さんがふんすふんすと息を巻き気味にそう言ってくる。

 ……その調子のままで線香花火したら、むしろ時間が短くなりそうだけど。

 やる気満々、ある意味では身体に力が入った様子で線香花火を持っている美琴さんを見ながら、とりあえずは自分のものに、そして美琴さんのものに火をつける。


 パチ、パチ。ゆっくりと、静かに。しかし、ときおり勢いを増しながら、線香花火は光を灯していた。

 案の定というべきか、気を張った状態のままで長くいるのは辛いもので、美琴さんの手がほんの少し震えていて。しかし、線香花火はその震えすらも大きく反映させてしまい、長くと時間を経たせずに、ポトリと下へと火の玉を投げてしまった。


「ああっ、そんなあ……」


 悲しげな声でそうつぶやく美琴さんに、なんとなく悪いことをしてしまったなあという気持ちを抱きながら、しかし一旦は自分の線香花火に集中する。

 パチ、パチ。静かに佇む火の玉。ときおり不意に火花の勢いを強め、すぐさま落ち着かせる。

 今回のものは思ったよりも長持ちしているようで、体感ではあるが、さっきよりも長い時間落ちずに保てているように思う。


 ふと、隣から注がれている視線に気づく。自分のものが終わってしまったこともあってか、美琴さんが俺のものを眺めていた。

 当然といえば当然のことではあるのだが、ふとそのことに気づいてしまったからか、線香花火がふらっと揺れてしまい、ちょうど大きくなりかけていた火の玉が、そのまま地面へと落ちてしまった。

 隣からは残念そうな声が聞こえる。どうしてか、線香花火を持っていた俺よりも残念そうだ。


「それじゃ、次の勝負を――」


「……勝負は、やめましょうか」


「ええっ、裕太くんの勝ち逃げになるじゃん!」


「なら、次の勝負は俺の負けでいいですから」


 先に後出しで仕掛けたのは俺だし、俺が悪いといえばそのとおりなのだが、このままやっていては美琴さんの線香花火がなかなか長持ちしなさそうなので。

 なんだかどこか不服そうな様子の美琴さんだったが、しかし「それならまあ」と、なんとか納得してくれたようだった。


 10本入りの線香花火、2回行ったから、残りは6本。

 お互いに1本ずつ持ち、火をつける。


「ねえ、裕太くん」


 線香花火を眺めていると、隣から話しかけられる。


「どうしました?」


「裕太くんはさ、今の状態……というか、今の関係性についてどう思ってるの?」


 今の関係性――というと。

 唯一の心当たりに気がついて、思わず身体が動いてしまい、火の玉が落ちてしまう。「あっ、ごめんね!」と言った美琴さんも、そのときに同じく身体を動かしてしまって、こちらも消える。

 今の一瞬で、ふたりの線香花火が消えてしまって、火をつけてから時間もそう経っておらず、もったいないという気持ちもありはしたが。


「あはははっ」


 ふたりして、会話に動揺して線香花火が無駄になってしまったというその滑稽な様子に、思わず笑ってしまっていた。

 ひとしきり笑ってしまってから、気持ちも落ち着いてきて。面白さよりも先程までの会話の内容が強まってきて。


「えっと――」


「あっ、ちょっと待って!」


 質問の内容に俺が答えようとして、美琴さんがそれを静止した。

 どうしてだろうと思いながら彼女の様子を見ていると、線香花火の袋をガサゴソと漁り、2本。

 そしてそのうち1本をこちらに渡してくる。


「その、線香花火をしながら、でもいいかな?」


「まあ、いいですけど」


 とにもかくにも線香花火に火をつけてから。

 火の玉が明るく広がり、落ち着き収まり。


 パチ、パチ。小さく、火花を散らす。


「それで、質問の内容なんですけど」


「うん」


「今の関係性って……その、メイド、のことですよね」


「……うん」


 正直これ以外だったらどうしようと思っていたが、どうやら合っていたようで安堵する。

 しかし、同時に問題も発生する。


「なんて、言えばいいんでしょうかね……」


 いつかは向き合わないといけない問題だとは思っていた。この関係性も、そして、なぜか俺が作ることになってしまった、4人のうちの誰かへの、衣服も。


「正直、狂ってるなあとは思ってます。絢香さんも涼香ちゃんも。それに触発されてやってきた茉莉も。……面と向かってそれを言うのは憚られますが、美琴さんも」


 字面だけ見ればひたすらにイカれてるとしか思えない、メイドになるというその言葉。

 実際にそれを実行され……いや、正しくメイドらしい行動をしているのかと言われれば疑問を感じてしまう人も多いが。とにかく、現実にそれが実現してしまったこの3ヶ月半。それを目の当たりにして感じたことは、イカれているという評価が更に強まっただけだった。


 しかしそれは、彼女たちだけではなく、


「もちろん、俺も。メイドになるというその行動ももちろん狂ってるとは思いますけど、それ以上にそのことを受け入れてしまって、一緒に生活してしまっていること自体が」


 最初の頃は、特に茉莉なんかは、お風呂がどうだの洗濯がどうだのと相当に文句を言われてしばしば会議になったりしていたものだったが、今となってはその会議で茉莉が決めたそのルールを、むしろ茉莉の方が守っていないという始末だ。

 ちなみに俺も最近では忘れてしまうことが多くなっていて。しかし、それについて誰も咎めようとはしなかった。


 良くも悪くも、俺も、みんなも。今の状態に慣れてきてしまっている。そんなように感じるようになってきていた。


 それを強く感じるようになったのは――試験のときだろう。

 テスト前ということもあってか、絢香さんと涼香ちゃんは一時帰宅。茉莉は昼間から夕方にかけて勉強を教わるために訪れることはあっても、夜には帰宅してしまう。


 結果、家には俺がひとりという状況になってしまい。……そして、それが寂しいと。つまりは、その状況がイレギュラーであり、絢香さんたちが家にいることが普通であると、そう感じるようになっていた。


 イカれたこの関係を。しかし、それを当たり前のことだと認識してしまっている、そんな自分が、たしかにそこにいた。


「私もね。正直どうかしているとは思ってるの」


「えっ、そうだったんですか?」


「逆に、私がなんとも思わずにメイドになってた思ってたの!? ……あっ」


 美琴さんの強い反論と同時、線香花火が落ちてしまう。

 少し残念そうにしながら、しかし、コホンと美琴さんが仕切り直して、話を続けた。


「私だって、恥ずかしいんだよ」


 ボヤッとした線香花火のその明かりに。たったそれだけしかまともな光源がない中で。

 しかし、そんな中で、ぼんやりと浮かび上がってきた美琴さんのその表情が。少し赤らんでいるような気がして。


 美琴さんのその発言には、少し驚いた。

 さすがになんとも思っていないとは考えていなかったが、しかし、恥ずかしいと思ってるとは。

 いや、恥ずかしいと言う感情がゼロだとは思っていなかったが、しかし、少なくとも茉莉よりかはノリノリでやっているような印象があったために、美琴さんが恥ずかしいと言ったことに、思わずびっくりしてしまった。


「私もね、何回か冷静になって、どうしてあんなことを言っちゃったんだろうって考えたことはあったの」


 そこまで言ってしまって。美琴さんは慌てた様子で、あっ、裕太くんのメイドになったことを後悔してるわけじゃないよ! と、慌てて訂正をしてきていた。……別にそう思ってもらっていても構わなかったんだけど。

 すう、はあ。と、大きく息を整えてから。美琴さんは再び口を開いた。


「でもね、そう考えるたびに、思うの。――私は、裕太くんのことが好きだって」


 ポトリ、と。線香花火の火が落ちた。

 同時、時間が止まったような、そんな気がして。


「……えっ?」


 やっと、動き出したかと思ったその瞬間。俺の口から出すことができた言葉は、それだった。


「うん。もう一度言うね。私は、裕太くん。君が好き」


 それは、二度目の告白。美琴さんから、二度目に行われたもので、人としても、絢香さんから伝えられた気持ちに続き、2つ目となる。

 はっきりと伝えられ、しっかり、内容を認識する。


「えっ……と」


「今は、いいよ。返事は大丈夫。……でも、あんまり待たせてほしくはないかな。待ってるのも、結構辛いし」


 少し、おどけた様子を見せながら、彼女は「あははー」と、言いながら。

 しかし、普段のその様子とは違うそれに、おそらくは彼女が無理して笑おうとしていることがわかる。


「そうだね。できれば、私が卒業するまでには答えがほしいかな。それまでなら、会おうと思えばいつだって会えるし」


 なんとか言葉を絞りだそうとしてみても、なにも出せなかった。

 その場を繋ごうと必死に話してくれている美琴さんだったが、しかし、そのうちにお互い会話が辛くなってきて。


 まだ、線香花火は2本残ったままで。

 一旦、宿に帰ることになった。






 結局、宿に帰ってからもお互い気まずくなったままで。

 夕食を食べながら多少は会話があったりはしたが、どうにも長くは続きそうになかった。


 入浴なども済ませてしまい、あとは寝るだけ、という状況で。


 布団が、2つ並んでいる。ピッタリと、横並びで。

 先程のこともあってか、とてつもなく、気になってしまう。


「えっと……できるだけ位置を離してしまいますか?」


 部屋はそこまで大きくはないとはいえ、ズラしてしまえばある程度は距離を保てそうではあった。

 個人的にはそっちのほうがいろいろと事情の都合がついてよいのだが。


「……いいんじゃないかな、このままで」


 少し、顔を赤らめたままで、美琴さんがそう言ってきた。


「いや、俺だって男ですし。その、なんというか……大丈夫なんです?」


「うん。だって裕太くんがなにかしてくるとも思ってないし」


 もしかして、なにかしてこようと思ったの? と、美琴さんが言ってくる。

 からかいのつもりで言っているのだろうが。やはり、いつもの調子ではない。


「それに……別に、私は構わないよ?」


「えっ――」


 美琴さんの、冗談かそうでないかがわからない、その言葉に。

 いったいどちらなのかと確認しようと思ったが、彼女はそのまま「おやすみ!」と、言うと。電気を消して布団にくるまってしまった。


「……くっそ」


 眠れるだろうか。悶々とした気持ちを抱えながら、俺も布団に入ることにした。

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