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#42 コンビニのおにぎり

 聞いたことがあるかすら怪しい駅名標に気が遠くなりつつも、幸いにもスマホという文明の利器があることに強く感謝をする。

 調べてみれば、ここから帰るには3、4時間ほどかかるようで、現在時刻から鑑みても、遅くはなるものの帰れなくはなさそうだった。


「……それで、どうしたいんですか」


 俺は、この状況を引き起こした張本人にそう尋ねる。

 彼女は「あはは……」と、やはり目をそらしつつも。希望を言っていいのなら、と、言葉を続けた。


「私は、今日は帰りたくないかな……って」


 泊まるところにアテはあるのかと聞いてみれば、返ってきたのはただただ素直な「無いよ!」という答え。無策にもほどがあると言いたいところだったが、正直予想はついていた。

 いちおう、電車の中で彼女が言っていたように筋は通しているようで、両親には外泊の許可をとったらしい。


「……俺と一緒なことは?」


「言ってないよ!」


 純粋な笑顔で伝えられるその言葉に、ひたすらに頭を抱えるしかできなかった。

 なんというか、俺の方はともかくとして、美琴さんの方には諸般の問題がありそうな気はするが、とはいえ、彼女としても相当な覚悟の上のようだった。


「だから、もう少しだけ、一緒に遊んでくれないかな?」


 この、申し出を断るというのは。美琴さんだけでなく、約束を取り消してくれた絢香さんにも不義理というものだろう。


「わかりました。……今晩だけですよ」


「――ッ! ありがとう!」


 パアアッと顔を明るくして、彼女は俺の手を取り、ブンブンと振り回す。

 ちょっと関節が痛い。


「鍵とかは茉莉にも渡してるから、そのあたりの心配はないにせよ。……怒ってるだろうなあ」


 リビングに俺と美琴さんとが正座をさせられて、説教される姿。うん、想像に難くない。

 なんて言い訳するつもりなんですか? と、そう聞いてみるが、当然考えているわけもなく。


「一緒に考えて!」


 と。どうやら、俺たちの運命は一蓮托生のようだった。

 ……まあ、結局のところ、うまい言い訳などあるわけがなかったのだが。


「……なにかあったときのために、と。多めに持ってきておいてよかったですよ」


 ICカードの不足分。それから帰りの足が無くなってしまえば元も子もないので帰りの電車の運賃。それらを一旦弾いておいた残金を見ながら、俺はそうつぶやいた。


 宿の価格帯にもよるだろうが、ふたり分の素泊まり程度なら、なんとか工面できそうなだけの金額はあった。

 隣では美琴さんが関心した様子で合計の残金を確認していたが。……美琴さん、本当に突発的にこれ考えたんですね。マジで土地勘どころか金銭面の懸念もしてなかったとは。

 これに関しては最悪その場で引返せばなんとかなったとはいえ。

 あと、この状況引き起こした張本人ってことは忘れないでくださいね?


 とにもかくにも残る問題は、泊まる場所があるのかという話だが。

 スマホで近隣の宿泊施設を検索してみる。ビジネスホテルなんかがあれば一番よかったのだが、さすがにそう都合よくあるわけもなく。

 しかし、幸いにも民宿はあるようだった。


「ここでいいですか?」


 彼女にスマホの画面を見せてみると、コクコクと元気よく頷いてくれる。

 了解を得られたところで改札から出て、地図アプリを頼りにしながら夜道を歩く。


 昼間にいたところからは離れてはいるものの、ここも海沿いの街なようで、その様子は、昼間とは大きく違った雰囲気を見せていた。

 ザザーン、と。波の音だけが聞こえてきて。形の歪んだ月の光だけが、水面に映り、光っている。

 静かで、神秘的で。しかし、少し怖い。


「……楽しそうですね」


「うん! 楽しいよ!」


 こちらとしては考えることが多いし、気が気でないことも多くてそれどこではないのだが、けれど彼女は今という時間をこの上なく楽しんでいるようだった。

 正直、かなり羨ましい。


 そんな羨望の視線を向けていると、美琴さんは少し困ったような表情をして。「えっと」と、口を開いた。


「もちろん、悪いことはしたなーって思ってるし、自分のやったことがとんでもないことだってこともわかってるよ」


 それはまあ、そうだろう。むしろそうじゃないのなら、俺としては反応に困る。


「裕太くんが心配していることもわかるし、私の無鉄砲の結果をほとんど裕太くんに任せちゃってるのは申し訳ないとは思ってるんだけどね」


 ……無鉄砲だと自覚はあったのか。それから、申し訳ないと思ってくれてるのはいいんだけど、それならちょっとは手伝ってほしかったかな。


「でもね、裕太くんと一緒なら大丈夫だろうって思うし。なにより、やっと回ってきた、掴むことのできた、そんなチャンスなんだから。……だから、後悔したくないの」


 月明かりに照らされた美琴さんのその顔は、柔らかに、優しく、ニッと笑っていて。

 その笑顔に、言い表しようのない恥ずかしさと、根拠もない安心とが湧いてくる。

 思わず彼女から顔背けていると「見て! あそこじゃない?」と。


 視線を正面に向けてみると、たしかにスマホで確認したとおりの写真の建物。

 入り口付近にはちょっとばかし風化した看板が立っており、しかししっかりと民宿であることがわかる。


「すみません」


 入り口を開け、中にはいる。

 俺の声に気づいたのか、のんびりとした声が建物の奥から聞こえてくる。


 落ち着いた様子のおばあさんがやってきて、深々と頭を下げてくれる。

 俺たちも同じように頭を下げてから、本題に入る。


「夜分遅くにすみません、素泊まりで、今晩部屋は空いてるでしょうか」


「大丈夫ですよぉ。ええっと、お部屋の方はどうしましょうかねぇ」


「できればふたつ――」


「ひとつで、大丈夫です! ふたり用の!」


 俺の声を遮るようにして美琴さんがそう言う。いやしかし、それは流石に、と。そう反論の言葉を出そうとする前に、美琴さんが「そっちのほうが安くなるから、ね?」と。

 しかし、と思う気持ちもありはしたのだが、おばあさんと美琴さんの間でトントンと話が進んでいってしまい、そのまま彼女に押し切られる形で部屋が決まってしまった。

 同じ部屋に。


「……いったいどういうつもりなんですか、本当に」


 借りた部屋に荷物を置きながら、俺は彼女にそう尋ねた。

 電車での一件から、今の部屋の話にあたるまで。どうにも、美琴さんの様子がおかしい。


 いや、様子がおかしいという話でいうのであれば、以前――勉強会のあとの、あの服のときからおかしいが。


「えっと、ね。……なんていうか、まだ、うまく説明ができないから。もう少しだけ、待ってもらっても、いいかな?」


「そういうのなら、無理にとは言いませんけど」


 もちろん、めちゃくちゃに気になりはするのだが、急かすような話ではないだろう。

 ある意味では被害が出はしているから、早めに原因と対策が知りたいところではあるが。


 会話が途切れる。気まずいような、恥ずかしいような、絶妙な空気感が漂う。

 美琴さんとふたりきりなど、部室でこれまで何十回と経験しているから、今更珍しいわけではないのだが。そこに、これから一緒に泊まるというその情報が加わるだけで、これほどまでに変わるものなのか。


 トットットットッ、心臓の鼓動が早まる。なんとか落ち着こうと、いろいろ考えてみても、どうしてもそばにいる美琴さんのことが頭に浮かんでしまう。


 なにか、なにか――、


 くうぅ、と。そんな、かわいらしい音がした。

 同時、顔を真っ赤にした美琴さんが「あ、あはは……」と。


「その、えっと……おなか、すいたね?」


「……そう、ですね」


 助かった、と。恥ずかしい思いをしてしまった美琴さんには悪いが、そんなことを思いながら。

 取り上げず、俺たちは夕飯をどうしようかと話し合うことにした。






 結果、選ばれたのはコンビニだった。

 宿泊費を除いても、多少の猶予はある。しかし、なにかしっかりと選んで食べられるほどはない。そもそも近隣の店があんまり開いていない、という状況をまとめた結果、コンビニで適当におにぎりあたりを買うのが無難だろうという話になった。


「コンビニ飯とか、久々だなあ……」


「私はほとんど食べたことないから楽しみ!」


 ウキウキ気分で冷蔵ケースに並んでいる商品を眺めている美琴さんを隣にしながら、俺はパッパッと、おにぎりをふたつ取った。


「えっ、もう決めたの?」


「もう決めた、というか、決まってた、というか」


 以前の俺はコンビニで適当に食事を済ませることが多かった都合、選ぶものはだいたい決まっていて、数種類あるお気に入りのセットをループしていた。

 かれこれ3ヶ月半ほど食べていなかったものだが、案外その時のことは覚えているもので、お気に入りのセットのうち、ツナマヨと紅鮭のおにぎりを手にとっていた。


「それが裕太くんのオススメなの?」


「オススメというか、頻繁に食べていたものですね。まあ、ある意味では好きだったとも言えるかも」


 正直あの頃はそこまで味に頓着をしていなかったのだが、それでもある程度気に入ってループに組み込んでいたのだから、好きだったのだろう。

 俺がそう言うと、彼女は「ふーん」と、面白そうな様子で言って、それなら、私も同じのにする! と。


「そういえば、おにぎりふたつで足りるの?」


「足り……るかは微妙ですね、たしかに」


 今思ってみれば、朝食か、あるいは昼食であればまだしも、夕食にこれだけしか食べていなかったというのはたしかに少ない気もする、

 しかし、当時の俺はそんなこと意にも介さずに、普通にこれで満足していたわけで。……満足していたのかなあ。

 今となってはそこそこ過去の記憶となってしまって、曖昧なその感覚に疑問符を抱いていると、どうしてか美琴さんが複雑そうな顔をしていた。


「えっ、と。やっぱり足りないですか?」


「ふぇっ!? いや、大丈夫だよ! うん!」


 いや、別にまだ多少買うくらいなら問題ないくらいの金額は残っているので構わないのだが。

 妙に慌てている美琴さんに違和感を覚えながら、適当にペットボトルのお茶もカゴに入れておく。


「あとは……」


 なにか必要だろうか、と。そらで物事を考えていると、裕太くん裕太くん! と、元気いっぱいな声で呼び出される。

 途中から腕を引っ張られながら彼女についていくと、


「……花火?」


「せっかくだし、やらない? 花火!」


 手持ち花火のアソートパック。そんなものがコンビニにも売ってるものなのだなあ、と。そんなことを考えながら、パッケージを確認する。

 ……買えないことは、ない。代わりに明日の朝食が犠牲になりそうな気はするが、無理な金額ではない。

 しかし、それはそれでどうなのだろうか、と思わなくもない。むむむ、と、考えていると。


「あっ」


 そのまま視点を下にずらすと、同じく手持ち花火があった。

 ただし、様々種類が入っていた上にあるものではなく、入っているものは1種類だけ。本数だって、当然少ない。

 だがしかし、


「……線香花火か」


 安い。値段の差は圧倒的と言っていい。アソートパックの方にはロウソクや火の始末用の簡易バケツなどがついての値段ではあるので単純に比較していいものではないのだが、それでも歴然の差があるといっていい。


「美琴さん、こっちじゃだめですか?」


 線香花火をひとつ手に取り、そう尋ねる。スパークなどの派手なものを想定していたのだろう、一瞬残念そうな顔をしていたが、すぐさま顔を明るくして「いいよ!」と。


 そうであれば、あとは、と。適当に必要なものを買い揃えてから、俺たちはコンビニを後にした。

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