#39 交友関係
「んー! おいしい! さほどうめえわけじゃないけど、おいしい!」
「おい直樹、身も蓋もないこと言うんじゃねえよ。そこは素直においしいって言っとけ」
実際、海の家で買ってきた料理たちは絶品というわけではないがそれなりにおいしくはあったし、直樹が言っているおいしさというものは、おそらくこの場この状況の空気感というものも加味してのものだろう。
ならばわざわざその空気感を乱す必要もなかろうて。
「そういえば絢香ちゃん。体調も戻ったみたいだし、午後からは一緒に遊ぼうよ」
「いいですよ、茉莉ちゃん。しかし、それならば代わりに誰かに荷物番をしていてもらわないと」
「ああ、それなら私が。……正直さっきまでので体力使い尽くしたといいますか、割とヘトヘトなんです」
ぷらぷらっと、腕を振ってみせる雨森さん。それならば、お願いします。と、絢香さんと茉莉がお願いをしていた。
「それじゃ、直樹も休憩だな」
「えっ、俺はまだ全然元気」
「直樹も、休憩だな」
「だから俺は――」
「直樹も、休憩だな?」
抵抗を続ける直樹に、普段よりも幾ばくか強めに圧をかけながらそう言うと、彼は「あっ、はい」とおとなしく従ってくれた。
さっきみたいな状況下で冷静に判断ができていた絢香さんでもやや危なかったというのに、知り合い相手でもしばしばテンパる雨森さんが、ナンパなんかに遭遇すればどうなるかわかったものではない。
直樹には、しっかりと男除けの役割を果たしてもらおう。
さて。さしあたって解決すべき問題もなんとかなったところで、俺は昼飯の続きを。
フランクフルトをひとつ手に取り、口へ運ぶ。市販品を焼いただけのものと対して味は変わりはしないのだが、しかしどうしておいしく感じるのだから不思議なものだ。
「そういえばよ」
食べていたフランクフルトが棒だけになった頃に、直樹が話しかけてした。
「前にも同じようなことを聞いたことある気がしたんだが、茉莉と新井さんって、仲がいいんじゃねえのか?」
「……ほう。どうしてそう思ったんだ?」
「たびたび仲良さそうに話してるし、なによりさっきから茉莉ちゃん、絢香ちゃんって呼び合ってるし」
なるほど。たしかにそう呼んでいたな。学校外ということもあって気が緩んでいたか。
まあ、ここまで気付かれてしまっては変に隠すほうが不自然か。
「まあ、仲はいいんだと思うぞ。校外レク以降もそれなりに交流があったわけだしな。だからこそ、俺も一緒に呼んでいいかなって思ったわけだし」
「そういえば、このメンツを集めたのは裕太だったな。なるほど」
彼はうんうんと頷いて、どうやら納得してくれたようだ。
まあ、実際問題として俺と仲のいい茉莉、絢香さんのふたりが仲がいいという状態はいろいろと都合がいいので、しっかりとした下地の上であれば「突然なんで?」となることもないだろうし、こちらのほうがよいだろう。
「まあ、美琴さんまで仲がいいのはビックリだったが」
「あの人はまあ、誰とでも仲良くできるだろう」
まさかそっちを攻められるとは、と、少し焦ったが。美琴さんだし、という謎の信頼感によって、とりあえずは納得してくれた。
「あ、それから。涼香ちゃん……絢香さんの妹さんが、手芸部に入ったから、その関連もあるのかもしれない」
結局部活云々については、涼香ちゃんが入部。そしてそれにかこつけた絢香さんが部室に入り浸る、と言う形式になっている。
そこまでいくならもう入部してしまえばいいのにと思わなくもないのだが、やはりそう簡単な問題ではないらしい。
「えっ、そうなんだ。なるほどなあ。……ってことは、お前の後輩でもあるわけだ」
「そういうわけだ。この人選も納得行ってくれたか?」
まあ、本当の人選の理由はもっと単純明快で、そして他人に言えたものじゃないんだがな。
なんだよ、メイドとして囲っている人物たちを連れてきましたってその言葉。あまりにもパワーワードがすぎる。
だがしかし、雨森さん以外についてはその言葉で正しいのだが。
「おう。仲がいいことは素晴らしいことだしな! 裕太の交友関係が広がってるようで安心だよ!」
「広がってるのか? 俺の交友関係」
個人的には狭まっているような気がしているんだが。
少なくとも、去年よりも関わる人物が圧倒的に減っている。なんだったら去年は普通に話していたはずの別のクラスのやつが、今年に入ってからすれ違うときに目をそらすなんてことも珍しくないし。
「広がってるさ! だってお前、去年で仲がいい人といえば俺と茉莉と美琴さんくらいなもんだっただろ?」
「いや、流石にそこまで狭くはなかったぞ? 他にも普通に話すやつはいたし」
「それは仲がいいというよりかはキチンと付き合いがあるってもんだろ?」
その言い方をするならば、今年の俺はキチンとした付き合いがほとんどないことになるんだが。
そんな俺の抗議を知らんふりしながら、直樹はそのまま言葉を続ける。
「けど、誰かとなにかして遊ぶとか、そういうようなことをする相手はその3人以外にはいなかったろ?」
「まあ、それはたしかにそうだが」
実際、メッセージアプリの連絡先を知っている、となれば一気に人数が欠落するし、さらに最低限以上のやり取りをする、となれば間違いなく3人以外に人が残らなくなる。
「そんな状況だったのに、今年の状況を見てみろよ! お前が誘って集まった人数が6人! 交友関係としては2倍だ!」
そんな単純な数え方でいいのか? と、思わなくもないのだが。それでも彼は感慨深く、しみじみとした様子でそう言う。
とはいえ、そういう数え方をするのであれば、たしかに広がってはいる、のか?
なんか、あまりよろしくない広がり方をしている気もしなくはないが。雨森さんはともかくとして、他は奇妙すぎる主従関係として関係が広がってるし。
「それも、女子ばっかりな! いやあ、俺の親友にもついに春が来たのかと」
「なんかそういう言い方をされると変な誤解が生まれそうだからやめてくれないか? あと、別に春が来たわけじゃないぞ」
……いや、絢香さんから好意を向けられているのはたしかだし、美琴さんからも正体の如何はともかく、なにかしらの感情を向けられているらしいことはわかるから、春といえなくもないかもしれないのだが。
とはいえ、今の状況を春と呼びたくない俺がいる。この状況を春だと捉えてしまうと、一生分の価値観が狂う気がする。
「と、に、か、く! この調子で交友関係を広げていってくれると、親友の俺としては安心なわけ。もしくは、今の関係をしっかりと掘り下げてくれてもいいがな」
「なーんで俺の交友関係云々がお前の安心につながるんだよ」
「そりゃまあ、ええっと。……やっぱり個人的には親友の友情如何や恋愛如何は気になるというか、しっかり見届けたいというか?」
「つまりは野次馬根性というやつか。……なんか、仮に発展したとしても教えたくなくなってきた」
「そんな殺生な! これを知りたがってるのは、俺だけじゃなくって茉莉もだぞ!? なんならむしろ、茉莉が――」
茉莉が? と、俺が聞き返すと。彼は「ヤベッ」と、明らかによろしくない反応をした。
……どうやら、なにやら言ってはいけないことに関して口を滑らせかけたらしい。
「とにかく、なにか進展があったらぜひとも教えてくれよな! 俺だってなにかしらのアドバイスができるかもだし!」
「アドバイスねぇ。彼女欲しい彼女欲しいって言いながら彼女作ってないやつがアドバイスねぇ」
作ろうと思えば作れるだろうに。そんな感情を込めながらそう言うと、直樹は動揺して目をそらし始めた。……わかりやすいなあほんと。
「俺だって、彼女は欲しいんだぞ。ホントに」
プイッと、そっぽを向きながら。そう言う直樹は。珍しく、冗談を言うでもなく、真面目そうな雰囲気であった。
「おお。これは楽。素晴らしい」
「いいねいいね裕太くん、もっとお願い!」
後ろから聞こえてくるそんな言葉に若干の怒りを感じながら。
「……随分といい御身分ですねぇ」
最上級の嫌味を込めて、そう返した。主に、美琴さん宛てに。
現在、立ち泳ぎをしながら浮き輪を引っ張っている。……それも2個。
片方は、涼香ちゃんのもの。泳ぎは苦手……厳密には運動全般苦手とのことで、浮き輪を持参していた彼女だったが。それならば、引っ張ってあげようか? と、そう言ったことが俺のミスだった。
それなら私も! と、いつの間にか膨らませた浮き輪を持った美琴さんが涼香ちゃんの隣に並んでいた。「いや、あなたは泳げるでしょう?」と、説得を試みるも、全く応じる様子を見せず、結局押し切られるような形で俺が引っ張ることになったのだ。
「いけいけー! ゴーゴー!」
楽しそうに浮き輪に捕まりながらこちらに声をかけてくる彼女に。……ここで放置して帰ってやろうかと思わないでもなかったが。まあ、さすがにそれはやめておこう。美琴さんなら問題なく帰ってこれるだろうけども。
「ちょっと、向こうの岩場の方に行きましょうか」
「えー! まだまだ大丈夫だよ?」
「そりゃ美琴さんは平気でしょうね! でも、俺はさすがに疲れてきたんですよ!」
ふたり分の浮き輪を引っ張っているのだから当然ではあるのだが、さすがにいったん休憩させてほしい。できることなら直樹と交代したいところだが、美琴さんはともかく、涼香ちゃんと慣れていない直樹と交代することには少し不安がある。
美琴さんのほうが慣れていないのであれば美琴さんは放置しておけばいい話なのだが、今回泳げないのが涼香ちゃんなので、本懐は彼女なのだ。
仕方ないなあ、と。なぜか上からな美琴さんに、適当に対応しながら、近くの岩場に向かって泳ぐ。
そうして、岩場にたどり着いたとほぼ同時。美琴さんが「うん!?」と、変な声をあげた。
「どうしました?」
「こっ、こっち向かないで!?」
心配に思って後ろを振り向こうとしたところ、なぜか海水を顔にかけられてしまった。目に入って痛い。
「ぐおあっ! な、なにするんですか」
「あ、ごめん。でも、ちょっと今は見てほしくなくって……」
状況が理解できていないでいると、一緒にいた涼香ちゃんがケラケラと笑い始めていた。
いったいなんなんだ、と。そんなことを思いながら、やっとまともになってきた目が捉えたものは、ズボッと頭だけを浮き輪から出した美琴さん。
どういう状況? ……見ても全くわからないのだが。
「とっ、とにかくいったん向こう向いて!」
「わかりました」
とりあえずで言われるがままに彼女から視線を外す。
「それで、いったいどうしたんですか」
「……脱げたの」
「えっ?」
「……脱げちゃったの、外れちゃったの! 水着!」
耳を疑ったが、どうやら正常だったらしい。
水着が脱げるなんて、そんなこと……、
「えっ!?」
「だから、こっち向かないでねって」
「わっ、わかりました。その、脱げたやつは」
「大丈夫、持ってる……」
俺と美琴さんが慌てていると、ケラケラと笑っている涼香ちゃん。
他人事とはいえ、さすがのマイペースというか、なんというか。
「いやあ、こんなことあるんだね。ご都合主義的というか。まさに漫画とかラノベとかのものだと思ってた」
「そんなこと言ってる暇あるなら、涼香ちゃんも手伝ってよー!」
普段の調子のことを思ってみれば、珍しく随分と弱っている彼女に。
ちょっとくらいこのままでいてもらったほうがバランスが取れるのではないか? と、そんなことを思いかけたが、さすがにかわいそうなので、涼香ちゃんに手伝ってあげるように声をかけてあげた。