if短編 九州旅行:人吉観光〜帰宅
本編の話の流れとは直接のリンクをもたないif短編です
筆者の実際の旅行(一人旅)をベースにしているので、いろいろと無理のある旅になってます
要するに「読まなくても大丈夫なやつ」です
「おっきー! 川!」
「そりゃまあ一級河川ですからね」
目の前を流れる、大きな川を見ながら、美琴さんは歓声をあげた。
「とにもかくにも、いい時刻なんで。旅館の方に向かいますか」
既に時刻は18時前。差し込む夕日に照らされてキラキラと輝く水面を見ていたい気持ちはあるが、一旦は今日泊まるところに向かうことにしよう、と。
なにせ――、
「おお、これは……」
仲居の方に案内された部屋に入り、荷物をおろす。
そして、カーテンを開けて窓の外を見てみると、目の前には先程見た雄大な球磨川が。
「……すげえ」
値段は張ったが、それだけの価値はある。
直樹の「せっかくなら!」という言葉で選んだ旅館で、その金額に一瞬二の足を踏みかけたが。これは、押し切ってくれた直樹に感謝したい。
まあ、その本人はここにはいないわけだが。
スマホのメッセージにて、直樹に写真を送ってやると、羨ましさ8割、行きたいという気持ち1.5割、怨嗟0.5割というような言葉が即座に返ってきた。
「ははっ、俺も行きたいー! か。まあ、来年は無理だろうから、次に行けるとしたら卒業してからかな?」
直樹からのメッセージを読み上げていると、別のメッセージが届く。
『すごいよ裕太くん! 部屋から川が見える!』
美琴さんだ。どうやら、彼女も部屋についた頃らしい。
『知ってますよ、俺の部屋からも見えるんで』
『むー……驚かせようと思ったのに』
そもそも、予約したのは俺なのだが。
ポチャン、と。ゆっくりと温泉に足を入れる。
「ふぅ……」
力を抜き、お湯に身体を任せる。
昨日今日と連続で温泉だが、普段のお風呂ではそこそこ早く出てしまうものだが、たまにこうしてゆっくりと浸かるのも気持ちが良くていいものだなと感じる。
露天風呂に、やや横になるようにして入る。
日も既に落ちたこともあり、空には星がポツポツと浮かび始めていた。
「今頃、他のみんなも入ってるのかなあ」
ふと、そんなことを思ってしまう。
昨日もそうだったが、日中はみんなで楽しく騒いでいるが、ホテルではどうしても別々になってしまう。
もちろん、それが当然だと思うし、だからといってなんだというわけではないのだが。少し、寂しく思ってしまう。
家だと、こうして風呂に入っていても、背中を流しに特攻しにこようとする絢香さんと、それを引き止める茉莉の声が外からして。ひとりで入っても、あまりひとりだとという気がしない。
もちろん、こんな出先でそんなことが起こるわけがないので。そういう意味ではゆっくりと入れて、落ち着けて。新鮮ではあるんだけれども。
「……ほんっと、みんなが来るようになってから、弱くなったなあ」
それまでは、当然風呂にはひとりで入っていたし、外で騒ぐ人間もいなかったはずなのに。
とはいえ、不思議とそれが嫌に思えない。弱くなっているように思えるが、同時に正しく自分らしくあれているようにも思う。
だからこそ、こうして感じるひとりの時間が、やけに寂しく感じてしまう。
「……いいや。明日になれば、どうせ会えるんだから。しっかりと今を楽しもう」
先程言ったように。こんなにも静かに落ち着いていられることなんて、そうそうないのだから。
そう思い直してみれば、この寂しさだって、悪いものじゃない。
改めて、ゆったりと湯船に身体を任せ、空を眺める。
うん。いいものだ。
――まさかこのとき。俺のスマホにメッセージが届いているなど、想像もしていなかったが。
「えーっと?」
温泉からあがり、スマホを確認してみると。なぜか4人から呼び出されていた。
「……なんで?」
その理由を探してみるが、心当たりが見当たらない。明日の予定の確認などをするにしても、それこそメッセージでやり取りすれば済む話で。
様々疑問は残るところだが、とりあえず呼ばれたとおりに彼女らの宿泊している部屋の前につく。
呼び鈴を鳴らすと、すぐに絢香さんの声がして。
「おかえりなさいませ、裕太さん!」
「えっと? ……ただいま?」
なにか違和感のあるような会話を交わしながら、俺は誘導されるがままに部屋に入っていく。
「おっ、やっときたわね!」
「連絡してから、結構かかった。遅かった」
「まあまあ、温泉入ってたらしいし、仕方ないって!」
ローテーブルを囲うようにして、茉莉、涼香ちゃん、美琴さんが迎え入れてくれた。
そのローテーブルの上には、散乱したトランプ。
「みんなでやろうと思って持ってきてたんだけどね、ほら、昨日はそんなに広いお部屋じゃなかったから、みんなで集まると狭かったでしょ?」
美琴さんは空のトランプケースを持ち上げる。
「ということで、裕太さんもやりましょう!」
「…………」
「裕太さん……?」
「あっ、ああ! うん。やろうか」
俺の反応が遅かったために、絢香さんが不安そうな表情を見せる。
大丈夫。やりたくないとか、そういう訳で反応が遅れたわけじゃないんだ。
その、なんだ。……弱くなったなあと、そう思って。
そして、その弱さも。いいものだなあと、そう思っただけだから。
「はい、あがり」
「嘘っ! また!?」
「そりゃ、お前の表情、すごいわかりやすいからな。……少しは絢香さんを見習ってみな? すごいポーカーフェイスだぞ」
俺がそういうと、絢香さんは「えっ?」と、首を傾げる。
「お姉ちゃんの、外行きモード。表情変わらない……ババ抜きでのチート……」
「まあまあ、そういう駆け引き含めの心理戦だし、ね?」
席順の都合、主に絢香さんから引いている涼香ちゃんが愚痴をこぼし、美琴さんが宥めていた。
再びカードが配り直され、ゲームが再開される。
「それにしても、すごい旅館ね、ここ。晩御飯もすごかった。……本当に良かったの? 絢香さん」
「ええ。むしろ父からは、お金なら出すからしっかりとしたところを選びなさいと言われたので」
そう。俺と直樹がこの旅館を選ぶとき、いろいろと度外視で選んでいた都合。なかなか値段が張ってしまっていて。
元よりこの旅館に行くつもりだった俺はともかくとして、茉莉や美琴さんにはなかなかな負担になりかねなかった。
そのため、最初は別の旅館に変えようかという案も出ていたのだが、絢香さんが多少援助するということで話がまとまった。
「本来、普段の私や涼香の食費として出ていく予定のお金だったらしいので、実質的な支払いは裕太さんですよ」
「……俺?」
それは違うくないか? と。そう思ったが、絢香さんが「そうですよ」と。
「だからこそ。裕太さんの選んでいた旅館、当初の予定通りに、と」
彼女はそういうと、持っていたカードからパッと手を離した。あがりです、と。
「絢香さん強すぎない!?」
「たまたまですよ、たまたま。配られた札が強かっただけです」
茉莉の言葉に美琴さんがそう返すが、これで俺が合流してから5回やって、1位抜け3回目、3位以下になったことは現在ない。
「……お姉ちゃんが抜けたから、私は裕太さんから引く。まだ表情が読める」
グッと、握りこぶしを作る涼香ちゃん。俺も表情は隠しているつもりなのだが、涼香ちゃんからすれば、読めているのか……?
「そういえば、みんなは晩御飯の中でどれが1番おいしかった?」
ふと、茉莉がそんな話題を振ってきた。
今日の晩御飯は、さすがにいい旅館のものということもあり、なかなかに豪勢なものだった。
「俺は……そうだな、鮎の洗いがうまかったかな」
鯉の洗いは知っていたが、鮎の洗いもあるとは思わなかった。
しっかりとした身質で、上品な味わいのある刺し身だった。酢味噌と醤油とをつけて食べたが、酢味噌のほうが個人的にはよく合っていておいしかった。、
「私はあの、名前が読めなかったけど、……ヒリュウアタマ? がおいしかったかな」
「飛龍頭か?」
「そうそうそれそれ、茄子の飛龍頭って書いてたやつ。なんなのかはよくわからなかったけど、おいしかった」
茉莉がウンウンと頷きながら、そう言った。がんもどきのようなものをくり抜かれた茄子に詰めて作り、餡がかけられたものだった。
味わいとしてはあっさりとしたものだったが、がんもどきの中に様々な食材が入っていたりしていた。
「私は天ぷらが美味しかったですね。鮎の身がふんわりとしていて」
「たしかに。鮎もよかったが、青唐辛子もおいしかったな」
絢香さんの言う鮎の天ぷらは、鮎の半身を贅沢に使ったもので、彼女の言うとおり、身がとてもふわふわしていた。
併せて出された塩にはあおさ海苔が混ぜられており、香りもとてもよかった。
「やっぱりお肉! お肉おいしかった!」
「うん。お肉は正義。異論は認めない」
そう言うは、美琴さんと涼香ちゃん。彼女たちが言っているのは、ヤキスキのことだろう。
卓上の鉄板の上でお肉と野菜とを焼いたのだが、このお肉がすごかった。鉄板に油なんかを敷いたわけではないのに、焼いている最中、なんなら焼いたあとにも鉄板の上には油が残っていた。
それほどまでに脂ののった、よいお肉だった。
「……あ。あがりだ」
そんなことを話していると、最後のひと組が揃った。これで、涼香ちゃんの引き先が茉莉になる。
「よし、茉莉なら表情で全部まるわかり、よゆー」
「あいっかわらず私のことを随分と舐めてるわね……」
挑発に、わかりやすく引っかかる茉莉だったが。しかし、ここまで全戦で最下位になっているだけあって、否定もしにくい。
「そういえば、飲み物のリストの中に、たくさん焼酎がありましたね」
「だな。ここ人吉は球磨焼酎っていって、焼酎が有名だからな」
既にあがった絢香さんと並んで、続きの戦況を眺めつつ、そんな言葉を交わす。
「そうなんですね。まあ、私たちは未成年だから飲めませんけど」
「ほら、たしかラウンジのところにもフリードリンクで試し飲みのやつが設置されてたはず。まあ、飲めないんだがな」
そこまで言って、俺と絢香さんは言葉に詰まる。
「……もしかして、来るタイミング間違ったのでは?」
「酒が飲めるようになってから来たら、また別の楽しみ方もあったのかもなあ」
存在を知ってはいたものの、飲めないし関係ないなと思って無視していた。が、そういう考え方をするのであれば、そういう年齢になってから来たほうがよかったのかもしれない。
「まあ、今は今、未来は未来だ。それならば、成人してからまた来たらいい」
「子供の頃と今とで感じ方が変わるように、今しか感じられないことがあるかもしれませんしね」
この中で最年少は涼香ちゃんだから。……5年後か。そのときには、ぜひとも直樹も一緒に来れているといいな。
まあ、そのときにはそれぞれ一緒に来る相手が別にできているかもしれないが。
ゲームの進行の方に視線を送ると、茉莉が目をまんまるにしながら、2枚のカードを見比べていて。
次の瞬間、「揃ったー!」と、両の手を挙げて喜んでいた。
どうやら、やっとあがることができたらしく、感極まって涙が少し溜まっていた。
最終日。今日、人吉市を観光してから、帰路につく。
「夜中に一瞬天気が崩れこそしていたが、曇りと晴れとの間……といったところだな」
よくぞ天気が持ち直してくれた、と。お天道様に感謝をする。
「それで、どこを見に行くの?」
茉莉の質問に、俺は少し考える。
「人吉駅か、青井阿蘇神社か。永国寺か、人吉城跡か……ってところかな」
「駅?」
「ああ、厳密には人吉駅周辺というべきか。石造の機関庫と、それからMOZOCAステーションっていう、鉄道ミュージアムがあるんだよ。子供向けの側面のほうが強いがな」
それから、シンプルに球磨川の近くを歩くでもいいが。時間都合で、今回は川下りはできないが。
俺がそう伝えると、「へえ!」と、先程の候補よりかは明らかによい反応を見せた。
「神社は一昨日に大宰府に行ったし、お城も昨日に熊本城に行ったからね。それなら私としてはそのMOZOCAってのが気になるかな」
「なら、人吉駅に行こうか。少し歩くが、平気か?」
俺がそう尋ねると、彼女はコクコクと大きく頷いていた。
「そういえば、さすがにメイド服じゃないんだな」
隣を歩いていた絢香さんに、ふと、気になったことを聞いた。
家では買い物に行く際に、ふと気を抜けばメイド服のままで行こうとするので「知り合いに合うかもしれないから!」と、なんとか引き止めていた。
ここでは、知り合いに出会うこともそうそうないだろうから、もしかしたら着てくるかと思っていたが、さすがに杞憂だったようだ。
なにせ、今彼女が身につけているのは真っ白なワンピース。腰あたりに茶色のベルトを巻いており、麦わら帽子を被っている。
「もしかして、メイド服のほうがよろしかったでしょうか?」
「……へっ?」
思わず、素っ頓狂な反応をしてしまう。俺が一瞬気を抜かれていると、その瞬間に、彼女はガサゴソとカバンを弄ったかと思えば、中から1枚の衣服を取り出す。
「いちおう、持ってきてはいますが。……いつも買い物に行かれるときと同様に嫌がられるかと思って控えていたんですが、そういうことであればどこかしらで着替えますが」
「いやいやいやいや、違う違う! その服装のままでいいから! うん! とっても似合ってるから! ほんとに!」
彼女の取り出したメイド服をそのままカバンへと押し戻すようにしながら、俺は慌てて自身の言葉に補足と訂正をした。
まさかこんな変なところで地雷を踏むとは思ってもみなかった。
「全く、なーにイチャイチャしてんのよ」
呆れた様子で、茉莉が振り向きながらため息をついていた。
……そういうつもりではないんだが。
「ちなみに、茉莉の分も持ってきてる。……着る?」
「はえっ、きっ、着ないわよっ!」
用意周到……なのか? 涼香ちゃんが先刻の絢香さんと同じように取り出そうとしていた。……いや、茉莉のメイド服はレアだから見たいといえば見たいんだけど。さすがに場所がなあ。
「ほらほら、みんな! 騒ぐのもいいけど、そろそろ駅が見えてきたよ!」
「……美琴さんがまともだ」
「裕太くんにとっての私の評価ひどくない!?」
思わず口をついて出てしまった言葉に、美琴さんがプンスコと怒りを顕にしていた。
いやまあ、俺含む他の4人がメイド服を着る着ない云々を外で話しているほうがおかしいのだが。
「……ちなみに、私も持ってきてるよ。いちおう」
「はい!?」
訂正。やっぱりこの人もまともではなかった。
人吉駅から少し先。MOZOCAの少し手前あたりにて。
「わあ、かわいい!」
茉莉が声をあげた。
彼女の視線の先にあったのは、真っ赤な小さな列車。MOZOCAにあるミニトレインだった。
蒸気機関車を模した先頭車両からはモクモクと煙が上がっており、客車部分には親子連れが乗車していた。
ミニトレインはそのまま出発をして、しばらく先にあるMOZOCA内へと走っていく。
「……乗りたいのか?」
「ふぇっ!?」
俺がそう声をかけると、彼女は顔を真っ赤にして、大きく驚いていた。
「その、別に乗れると思うぞ? そりゃ、料金はかかるが」
「なっ、なにを言ってるの!? べっ、別に乗りたいとかそういうわけじゃないけど!」
そう言う割には動揺してるし、興味津々にミニトレインを見ていたように思うのだが。
視線をあっちこっちへと動かしながら、茉莉は「いっ、行きましょうか!」と。明らかに慌てながらに先導しながら歩いていく。
「乗りたいのなら、乗ればいいのに」
そんな茉莉を憐れむような表情で、涼香ちゃんはつぶやいた。
「そう言う涼香ちゃんは乗らなくていいの?」
「……小学生の頃なら考えたかな」
その間は、一瞬考えたな?
「裕太さん、さては失礼なこと考えてる?」
「そんなことないぞ」
「今でも小学生みたいな見た目してるくせにとか思った?」
「そんなことないぞ!?」
いや、改めて言われてみると、たしかにそう思えなくはないが。
「ほっ、ほら! はやく!」
今にも目を回してしまいそうなほどにテンパっている茉莉が、完全に先走りながらMOZOCAの入り口にたどり着いていた。
苦笑いをしながら、彼女を追いかける。
MOZOCAの内部は、小洒落たカフェのような印象を受けるもので。しかし、棚などに並んでいるのは鉄道関連の書籍であるとか、あるいは蒸気機関車のナンバープレートであるとかが展示されていた。
奥の方では子供が遊ぶためのボールピットが設置されていて、念の為に「遊ぶか?」と茉莉に尋ねてみたが、食い気味に「遊ばない!」と言われてしまった。
「これは、橋でしょうか?」
踏切のある室内を歩いていると、首を傾げている絢香さんがいた。
どうやらそこにはジオラマが設置されており、たしかにそれは橋梁のようだった。
「説明を見る限りでは……そういえば、絢香さんはここに来るのに鉄道から来ることができなかったのは覚えてる?」
「はい。たしか肥薩線が大雨の影響で使えなくなったって」
「そう。そしてこれが、その影響の1つ……の、記憶ってところじゃないかな」
第二球磨川橋梁。大雨の影響で、橋桁ごと流されてしまった橋。
しかしたしかにそこにあり、そして鉄道が走っていたという、その記憶。
「こんなものが作られるだなんて。……きっと、親しまれていたんでしょうね」
「そうだな」
今は喪われてしまったその風景を。違う形でとはいえ、残しておこうというその意志に。
「絢香ちゃん、裕太くん! こっちにおもちゃいっぱいあるよ!」
そう叫ぶは、美琴さん。茉莉と涼香ちゃんの肩を掴みながら、こっちにおいでよ! と、ボールピットの方から呼んでくる。
いや、あんたは遊ぶんかい、と。思わツッコみそうになったが、ひとまずその言葉は飲み込んでおいた。
恥ずかしそうにしつつ、死んだ目でこちらに助けを求めているふたりに、追悼の意を向けながら。
MOZOCAを訪れたあと。帰りのバスの時間まではまだ時間がありそうだったので、どこへ行こうかという話になった。
先程あげた各地をきっちり見て回るには時間が足りないのだが、しかし、どこか一箇所をきっちり見て回るにしては時間が余りそうだった。
「なら、それぞれ訪れて簡単に見て回ってはどうでしょうか」
「……たしかに、それが無難かもしれないな」
移動距離を鑑みても、時間的には多少のバッファを持たせて十分といった感じになりそうだ。
青井阿蘇神社、永国寺、人吉城跡。それぞれ訪れ、そして簡単に見て回って。
「なんというか、絶妙に時間が余ったな」
腕時計で現在時刻を確認しながら、人吉城跡からすぐ隣にある橋を渡っていた。
どこかもうひとつ見て回るにしては地味に時間が足りない。しかし、じゃあ今からバス停に向かおうとするとかなりの時間が余る。
「きゃっ」
川の上で強い風が吹く。絢香さんが帽子が飛ばされないように両手で抑える。
「大丈夫か?」
「はい。それにしても大きな川ですね」
絢香さんが橋の外に視線を向けながら、そう言う。
「それでいて、きれいだ」
水の色も透き通っていて、川底も見えてきそうなほど。
川面は太陽の光照らされて、キラキラと反射している。
「あー、……せっかくだし、すこし川の近くを歩いてみるか?」
橋を渡りきった向こう岸の、堤防上くらいに人の歩ける道がありそうだった。
ちょうど、時間も絶妙に残っていることだし、都合がいいだろう。
地図を参照しながら、道を辿り、川沿いの道に辿り着く。
「先程までと違って、こちらから見る景色もよいですね」
川を挟んで街並みが広がっていた先刻と違い、今度は対岸には城跡の石垣と、自然とが見られる。
きれいな水面と相まって、とてもよい景色だ。
「ねーえー、景色もいいけどさー。私ちょっとお腹減ったなあ」
「お前は花より団子だな。しかし、食べ物といってもすぐには――」
「ふっふっふっー、それなら大丈夫!」
茉莉はそう笑ってみせると、じゃーんと、地図を俺に見せてきた。
「さっきこの道に来るときに地図見たでしょ? そのときにこの近くにカフェみたいなところがあるのを見つけたの!」
「……目ざといな」
とはいえ、それならばいいだろう。
そもそもこうして川岸を歩いているのもちょっとの時間を潰すためなので、そういう行きたいところがあるのであれば、それこそピッタリだろう。
「それじゃ、こっちこっち!」
茉莉の軽快な先導に従いながら進んでいくと、たしかにそれらしき店が見えてくる。
と、いうか。
「なるほど、ここか」
「えっ? 裕太、ここのこと知ってたの?」
「場所まではしっかり調べてなかったけどな。だが、予定に組み込もうかと思っていたから」
予定? カフェの? と、茉莉が首を傾げている。が、そうじゃない。
「ここ、カフェも併設されてるが、同時に発船場でもあるんだよ。球磨川くだりの」
店内に入り、カフェにて注文をする。
受け取り用の呼び出しの機械を受け取り、席に座る。
「ほんとだ。受付がある」
「むしろそれを知らずにここ選んだのか」
店からは球磨川を見ることができ、これがなかなかよい景色だ。
「そういえば、今回は球磨川くだりはしなかったんだね」
有名なアクティビティなんでしょ? と、美琴さんが尋ねてくる。
「まあ、いろいろと理由はありますけど、今回のなによりの理由は時間都合がつかなかったことですかね」
実際、なんとか組み込もうかと試してみたのだが、いろいろと観光することなどを加味すると、どうしても帰りの時間に干渉してしまいそうになり、今回は見送ることにしたのだった。
「とはいえ、今度訪れることがあれば、やってみたいですね」
「だねぇ。せっかくだし、やりたいねぇ」
のほほん、と。美琴さんがそんなことを言っていると、ちょうどと言わんばかりに料理が出来上がったらしかった。
待ちかねたという様子の茉莉が我先にと料理を受け取りに行く。
「みんなー! もらってきたよ!」
そうして彼女が受け取ってきたのは、パンケーキ。プレーン味のシンプルなものではあったが、その見た目からでもふわふわとしている様子が伺える。
ナイフで切り分けて、ひとくち。ほのかに甘く、小麦粉の風味がよく感じられる。それでいて、見た目に負けじ劣らじ、しっかりと食感もふわふわとしている。
「んー! 甘ーい!」
どうやら付属の蜂蜜をかけたようで、茉莉がとても幸せそうな表情でパンケーキを口に含んでいた。
それならば、と。俺も蜂蜜をかけようかと思ったが、ふとその手を止めて、隣にあるレモンを手に取る。
そちらを絞ってかけてみると、先程とは変わり、今度は爽やかな風味が強まる。
最後に、乗せられたバターを溶かして軽く塗り広げてみる。
濃厚なバターの味が、また別ベクトルでパンケーキの味に深みを与えてくれていて、定番ながらにやはりおいしい。
「満足か?」
「うん!」
尋ねた言葉に、茉莉が満面の笑みで答えてくれる。……それならば、よかった。
「さて。……そろそろ、ちょうどいい時間か」
食べ終わった頃には、今からバス停に向かって少し余裕があるかというような時刻になっていた。そろそろ、向かったほうがいいかもしれない。
「最後に、なにかやり残したことはないか?」
そう聞くと、みんな口々大丈夫、と言いかけて。
「あっ、と、トイレだけ先に行っておきたい!」
と。茉莉が言ったその言葉に。各自、私も行っておきたい、と。
……なんとも、拍子抜けをする、最後の予定になったものだ、と。そんなことを思いながら、ふふっと苦笑を漏らした。
2日ぶりの、博多駅。
「それじゃ、ラーメン食べる人!」
俺がそう呼びかけると、全員の手が挙がる。
まあ、そうだろうなとは思っていたし、そのために1度博多駅で降りるように行程を組んだのだから。
5人揃って、ラーメン屋の中に入る。
注文してからほどなく、ラーメンが運ばれてくる。
「けっこう大きいわね」
「まあ、少し早い晩御飯のつもりでいるといい。足りないと思うなら、駅弁を買えばいいしな」
ちょうどいつもの晩御飯の時間は新幹線での移動中なので、足りないか、あるいは時間経過で小腹がすくと思うなら軽くそちらで買っていけばよい。俺は買うつもりだし。
「それじゃ、いたただきます!」
箸で麺をすくい上げ、口に運ぶ。
そのままツルツルッと啜ってみれば、豚骨スープながらに、あっさりとした、特有の味わいが広がる。
「チャーシューもおいしいね」
「煮卵も、中がトロッとしていて、とてもおいしいです」
「キクラゲも、コリコリしてておいしい」
どうやら、このあっさりとした味が彼女らにはなかなか好評だったようで、最初こそ少し多いなと懸念していた茉莉ですら、気づいたときにはぺろっと一杯食べきって、スープまで飲み干していた。
「ごちそうさま!」
元気よく合掌する茉莉に、おいしかったかと聞いてみると、これまた元気よく肯定が返ってきた。
「それじゃあ、新幹線の時間までもう少しあるし、適当にお土産でも見に行くか」
おおまかな土産自体は熊本にいるときに買ってきたのだが、福岡でも少し見ておこう。
特に向こうにいるときは冷凍のものなどは買うのが憚られたので、そういったものを買うならばこちらのほうが良いだろう。
「明太子か、せっかくだし、買って帰ろうかな」
自分たちが食べる分と、それから、せっかくなので直樹への土産として。
前回一緒に訪れた際に随分と気に入っていたようだから、きっと喜ぶだろう。
「いや、直樹のことだから俺もまた行きたいっていうかな?」
「言うかもねぇ、あいつのことだし」
「うおっ、茉莉。いたのか」
いちゃ悪い? とでも言いたげな表情をしながら、彼女は、隣に並ぶ。
「それなら、今度は直樹とかなあ。みんなも来るなら、別に俺はそれでもいいが」
「あら。もしかしたら、直樹自身で行くかもよ?」
直樹ひとりで? と。少し想像しにくい様子に俺が首を傾げていると、彼女はフフッと小さく笑った。
「まさか。あの誰かと楽しむのが好きな人間がひとりで行くわけ無いでしょ」
「それもそうか。……ん? なら、誰と行くんだ」
「直樹が、しばしば言ってるでしょ? 欲しい欲しいって」
「ああ――」
なるほど。たしかにその可能性は失念していた。
彼女と、か。たしかに今はいないし、欲しいと言っているが。もしできたのなら、きっと一緒に行くことだろう。
アレであの男はなかなかモテる人間なのだが、欲しいと言う割にどうしてか彼女は作っていない。
本人の様子を見る限りでは、たしかに欲しいのは本音のように見えるのだが、意図して作っていないようにも見える。
「……いや、作るのか? アイツ、彼女」
「作るんじゃない? 特に、裕太が彼女でも作れば」
「はい? ……なんで俺?」
茉莉のその言葉の意味を図りかね、俺が首を傾げていると、彼女は手をフラフラと振りながら「私あんまり辛くないやつがいいから」と、どこかに行ってしまった。
明太子であんまり辛くないやつって。などと思いながら、俺はマイルドと書かれているものを購入する。
なお、これでもそこそこ辛味はあったため、後日食べた茉莉が「辛いじゃない!」と言っていのだが、ならばどれを買えばよかったんだ……?
そんな理不尽な怒りを買うことにはなったが、しかし明太子はとてもおいしかった。
「……寝ちゃいましたね」
「見事にな」
新幹線。3人と2人で分かれて着席していたのだが。その3人のシート、茉莉、涼香ちゃん、美琴さんの3人がそれはそれは爆睡をしている。
なんだかんだで、いがみ合ったり、いじり合ったりの多い3人ではあるが、こうして寝ている様子を見れば、とても仲が良いことがわかる。
「まあ、降りる少し前に起こせばいいだろう。3日間動き回って疲れていることだろうし」
「ですね。……なんなら私も少し、疲れていますし」
ふわあっと、絢香さんが大きくあくびをした。聞けば昨夜は話が盛り上がって、少し話し込んでしまったらしい。
「寝たかったら、寝てもいいぞ? 到着までは結構時間があるしな」
俺の方はひとりで寝ていた都合、そのあたりは万全ではあったので、まだ多少の余力はある。
疲れがないといえば嘘にはなるが、眠気はまだまだ程遠い。
「それでは、少しお言葉に甘えさせていただいてもいいでしょうか」
にへへっと、彼女は柔らかく笑った。……どうやらこの気の緩み様を見る限り、かなり疲れているようだ。
「それじゃ、おやすみ。絢香さん」
「おやすみなさい、裕太さん」
そう言いながら、目を閉じ、眠りにつこうかとしていた中で。「あっ」と、なにかを思い出したかのように目を見開く。
「とても、楽しかったですね!」
「……ああ、そうだな」
ニコッ、と。満面の笑みで。
わざわざそれを言うために、と思ったが。しかし、彼女にとってはそれが大切だったのだろう。
楽しかったということを、しっかりと、共有しておきたかった。
伝えることを伝えて、安心しきったのか。絢香さんはそのまま目を閉じると、ほどなくして小さな寝息を立て始めた。
トン、と。彼女の身体がこちらに寄りかかってくる。
「俺こそ、みんなと来ることができて。とても楽しかったよ」
きっと彼女らにその言葉が伝わることはないだろう。けれど、俺は小さくそうつぶやいた。
むしろ、恥ずかしくって面と向かっては伝えられないだろうから。卑怯かもしれないけれど、こうして聞こえないだろうときに、こっそりと。
ひとりでは、おそらく行かなかっただろう。実際、直樹から連絡をもらったときには、真っ先に思い浮かんだことがキャンセルだったように。
それを、茉莉が、絢香さんが引き止めてくれて。涼香ちゃんが、美琴さんがみんなで行こうと言ってくれて。
そうして、今回の旅行になって。
きっと、行かなかったとしても、なにも問題はなかったんだろうけど。
けれど、行ったからこそ、こうして楽しい思い出を作ることができた。
だからこそ。
「ありがとうね、一緒に行ってくれて」
スヤスヤと眠る絢香さんの寝顔を眺めながら、優しく髪を撫でる。
……こんな子たちが、一緒に行ってくれるだなんて。本当に、俺は幸せな人間だなあ、と。
できれば、また今度。どこかに行くときも。
一緒に行ってくれたらな、なんて。
そんなことを、願いながら。
ちなみに筆者は成人してるのでバッチリ焼酎飲みました
おいしかったです