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if短編 九州旅行:SL人吉〜熊本観光

本編の話の流れとは直接のリンクをもたないif短編です


筆者の実際の旅行(一人旅)をベースにしているので、いろいろと無理のある旅になってます


要するに「読まなくても大丈夫なやつ」です

「あっ、来ましたよ!」


 最初に気づいたのは絢香さんだった。その声を聞き、しっかりと目を凝らしてみると、遠くの方から黒い影が煙を吹きながら走ってくる。


「おお、ほんとに走ってる」

 

「映像とかでは見ることはあっても、実際に動いてるところを生でってなると、私も初めてだね」


 茉莉と美琴さんが感心した様子でそう言った。


「初めて見るどころか、今からそれに乗るんだけどね」


 SL人吉。現在鳥栖駅と熊本駅の間を走っている、蒸気機関車だ。






 SL人吉は、3両の客車をSL(蒸気機関車)DL(ディーゼル機関車)で挟んだ、全席指定の観光列車。しかし、ここでちょっとした問題が起こる。

 5人だと、中途半端なのだ。座席は2人掛けか4人掛け。つまりどう割り振ろうとひとり余る。

 まあ、コレばっかりは仕方がないので、4人掛けの席と、そのすぐ後ろの2人掛け席の片方を予約した。

 これで仮に隣に予約した人がいなければ、あまり気兼ねすることなく4人の方に関わりに行けるのだが……さすがにそう甘くはない。案の定、俺の隣にはひとりの男性が座っていた。


「隣、失礼しますね」


「こちらこそよろしくお願いします」


 丁寧な方で、少し安心する。


「裕太! そういえばお弁当があるんだっけ?」


「そうだよ。でも、客車の中なんだから、あんまり大きい声を出すなよ?」


「あっ」


 どうやら失念していたらしい彼女は、気まずそうに反応だけすると、そのまま黙ってしまった。

 別に喋るなとまでは言ってないんだが。……まあ、茉莉だしそのうちにまた喋り始めるだろう。


「お連れの方ですか?」


「はい。友人と一緒に来ていて。……都合人数が奇数だったので、少しややこしいことになってしまいましたが」


「それはそれは、しかし、いいですね。友達と一緒に旅行とは。しっかりと楽しんでくださいね」


 柔らかな笑みでそういった彼に、俺は軽く頭を下げた。

 そんな会話をしていると、ゆっくりと列車が動き出す。窓の外を見ると、駅員の人たちや見に来た人たちがこちらに向かって手を振ってくれている。


「さて、と」


 男性はカバンの中からカメラを取り出す。立派なレンズのついた一眼レフカメラだ。


「それでは私は写真を撮ってくるので、君も良い旅を」


「お兄さんこそ、良い旅を」


 そうとだけ言うと、男性は手をヒラヒラと振りながら車内を歩き、どこかへ行ってしまった。


「裕太、お弁当取りに行かなくていいの?」


「はいはい、今受け取りに行ってくるから」


 今度は音量抑えめに言ってきた茉莉の声に、俺は適当に返事をした。






「念の為にと、私もついていっておいて正解でしたね」


「……ああ、まさかここまでとは思わなかった」


 車販が実施されているビュッフェから予約していた弁当を受け取り、ついでに柚子のサイダーも購入して。それらを絢香さんと分担して待つ。

 そして、それらを持って帰り、茉莉から出た最初の言葉は、


「でっか」


 だった。

 うん。俺もそう思った。


 今回購入した弁当は2種類。86(ハチロク)弁当と、鳥栖SL弁当。そして、茉莉が声を上げたのは前者の方だった。

 鳥栖SL弁当は、まあ納得の行く大きさだった。だがしかし、この86弁当。横幅がめちゃくちゃある。

 ざっと見積もっても、30cmはおそらくあるはずだ。俺だって渡されたとき目を疑った。


「えー、そんなに違うのなら私もそっちにしておけばよかった。なんで教えてくれなかったのよ」


「俺だってこんなに大きいなんて知らなかったよ。写真からじゃ大きさって推測しにくいが、まさかこんなに想像と差があるとは思ってなかった」


 もちろん、よい意味で。


「そういえば、なんでハチロクなの?」


 俺から86弁当を受け取った美琴さんがそう尋ねてくる。


「このSL人吉の蒸気機関車の種類が8620形で、ハチロクっていう愛称があるんですよ」


「8620形? でも、たしかこの機関車には58654って書いてなかった?」


「よく見てますね。……そっちは番号です。語弊を含む言い方にはなりますが、区別のためにつけた通し番号みたいなものです」


「へぇ。……えっ、じゃあ5万両もあったの!?」


「語弊を含むといったでしょう。とはいえ、多かったは事実ではありますけど」


 実際、8620形は672両製造されている。

 番号については、86は動かさずに、下2桁を増やしていく。そして99までいったら5桁目を増やして、下2桁は20からスタート、という要領だ。


「まあ、難しいことは置いておいて、食べようよ!」


 よくわかんない、と言いたげな表情で訴えかけてくる茉莉に、俺は苦笑しつつ「わかった」と言う。

 とはいえ、俺は彼女らのひとつ後ろの席にはなるのだが。


「それじゃ、いただきます」


 各々、口々にそう言い、自身の弁当を開ける。

 大きさにも圧倒されていたが、その中身も相当なものだった。

 中身については写真から確認できていたものの、こうして実際に見てみると、圧倒されるものがある。

 弁当は3つに区切られていて、すぐに目に入るものだけでも、左にはおにぎりが3つ。うちひとつは玉子が被せられていて、オムライスのようになっている、

 真ん中には大きなハンバーグがどっしりと構えており、後にはスパゲティが見えている。そして右側にはこれまた大きな鮭があり、それ以外のものについてもなかなか食べごたえがありそうだ。

 正直、太宰府での飲食が若干足りてなかったから、個人的にはありがたい量だった。


「うん、美味しい」


 当然味も問題なく。なんならハンバーグの下からは唐揚げが出てきたし、鮭の下からはエビチリが出てきた。

 ……俺で満足な量なのだから、絢香さんと美琴さんは大丈夫だろうか。


 立ち上がって4人の様子を見てみると、こちらも美味しそうに食べていた。ただ、やはりというべきか。少し多いね、という旨の会話も出ていた。


 ついでに、茉莉と涼香ちゃんとが選んだ鳥栖SL弁当の中身を見てみる。海苔巻きのようなものがいくつがあり、具は鶏を揚げたもののように見える。

 それ以外にはおかずとして、焼売やウィンナー、串揚げや玉子焼きなんかが見受けられる。こちらもこちらで美味しそうだ。


 ただ、やっぱり太宰府で食べ過ぎたことが大なり小なり影響はしているみたいで。86弁当の大きさを見てそっちにしておけばよかったといっていた彼女だったが。ボソッと「こっちでよかったかも……」と呟いていた。






 全員が食べ終わり、俺も席を立ちながら彼女らと話していた。

 絢香さんと美琴さんは、やはり多かったようで、車販の最中アイスがあるけど食べるかという話題になったときに、いらない、と言っていた。


「それにしても、すごい車両ですね」


「だな」


 絢香さんが言ったのは、客車の車内のことだ。

 観光列車ということもあってか、中は全体的に高級感があり。また、機関車の模型なども飾られており、好きな人からすればたまらないものなのだろうということが伺える。

 また、席を立っているひともかなり見られ、1号車と3号車の、それぞれ端側にあるラウンジには、外の景色がよく見えるラウンジがある。

 外の景色も田園風景や街の風景など。ゆっくりと流れていくそれを見ているだけでも、これがなかなかにおもしろい。


 そんな談笑を交わしていると。添乗員の人がパネルを持ちながら歩いてきた。


「よければ、写真を取りませんか?」


 どうやら、今日の日付が入ったパネルを持って、写真を撮ってくれるサービスのようだった。どうする? と、彼女らに聞いてみると、是非にと言うのでお願いすることにした。


「……とはいえ、ちょっと5人は狭くない?」


 ボックス席に、やや無理やり気味に3人2人と俺を含めて並んだせいか、俺のいる側がかなり窮屈になっている。

 やはり立とうかとしたが、隣にいた茉莉に腕をぐっと引っ張られ、立たせてくれない。


「いいからいいから! あっ、パネルは絢香さんと裕太で持ってね!」


「それは、まあ1番手前だから持つが」


 添乗員の方から受け取ったパネルをふたりで持ち、スマホの側にそれを向ける。


「それじゃ、写真を撮りますね!」


 はい、チーズ。掛け声に合わせて、カシャリとシャッターが切られる。

 もう1枚撮りますね、と。再びシャッターが切られる。


 返却されたスマホを受け取り、ありがとうございますとお礼を言っていると、茉莉と美琴さんが「早く早く」とはやしたててくる。






 列車に乗り始めて約2時間半、そろそろ終点の熊本駅につく頃になってきた。


「そういえばSL人吉なのに、人吉ってとこには行かないんだね」


 SL人吉は鳥栖駅と熊本駅の間を走っており、また、その間にも人吉駅はない。そのため、茉莉のその疑問は当然といえる。


「まあ、それは数年前にあった大雨のせいだね」


「雨? どうして雨のせいでいかないの?」


「元々は熊本駅と人吉駅の間を走ってたんだけど、熊本駅と人吉駅の間、肥薩線という線路が雨の影響で使えなくなったんだよ」


 厳密な肥薩線の範囲とはズレているが、まあ説明のためならこれで構わないだろう。

 聞いた話によると、多くの橋梁なんかが流されて、未だに復旧の目処が立ってないらしい。


「まあ、人吉市には。せっかくだから明日に行くつもりだけどな」


「そうなんだ。……あれ? でも電車は止まってるんじゃ」


「それはそうだけど、なにも交通機関は電車だけじゃないからな。……とはいえ、止まっていることで選択肢が減ったのは事実だが」


 そう言うと、彼女は「あっ」と声をあげた。茉莉も察しがついたのだろう。

 そもそも、今回の旅行でも既に1回使っている。

 電車が無くてもバスが通っていれば、行くことはできる。


 そんなことを話していると、車内アナウンスが流れる。……そろそろ、このSLでの旅も終わりを迎える。

 そんなことを思っていると、隣の席の男性が帰ってきた。


「よい旅を送れましたか?」


「それは、おかげさまで。お兄さんもいい写真を取れましたか?」


「それはバッチリ!」


 男性はそう言うと、満足げにカメラを持ち上げてみせた。


「ありがとうございます、わざわざ気を使っていただいて」


「……なんのことかな?」


 俺の言葉に、男性は少し言葉を詰まらせながらそう返してきた。


「俺が彼女たちと接しやすいように、席を立ってくださっていたんでしょう?」


「ハハハ、まさか。俺はただ、写真を撮りたかっただけだよ。だから、偶然さ。きっと」


 男性はそう言うと、ササッと自身の荷物をまとめてしまい。また、ヒラヒラと手を振りながら行ってしまう。


「それじゃ、君たちの旅路がよいものであるように。ささやかながら願ってるよ」






「わあ! 路面電車!」


 そう声をあげたのは、美琴さんだった。

 熊本駅から出ると、そこには可愛らしい小さな車両があった。


「たしかに路面電車ってあんまり見ないわね」


「ねえ裕太くん、あれに乗るの、乗るの!?」


「まあ、そのつもりなんですけど」


 実際、今日泊まるホテルに行くにはこの路面電車を利用するのが1番わかりやすい、のだが。

 俺が口籠ったのには理由があった。まあ、至極単純な理由なのだが。


「……めちゃくちゃ混んでますね。路面電車」


「だね」


 絢香さんが言ったとおり、今来ている路面電車は満員なうえ、待機の列にもそこそこ人数がいる。

 これは……次の車両に乗れるかどうかすらも少し怪しい。


「正直、こんなに混んでいるとは思っていなかったので。歩いていってしまってもあまり時間が変わらないくらいにはなってくるんですが」


 俺がそう言うと、美琴さんが「あー……」といい、複雑そうな表情をする。


「乗ってみたい、とか。あるいはあんまり歩きたくない、というのであれば、待とうかなと思うんですけど、どうします?」


「……ううん、正直今はお腹いっぱいなこともあるし、腹ごなしに歩こう」


 路面電車は、珍しくはあるもののここだけのものじゃないし、と。……少し未練があるようにも思えたが、しかし美琴さん自身がそれなりに納得できているようなので。まあ、いいか。


 そうして俺たちは路面電車をあとにして、ホテルに向かって歩き始めた。






「おっふっろっだー!」


「美琴さん! 速攻で湯船に行こうとしないで! まずは掛け湯してください!」


 先行しようとする美琴さんの腕を茉莉ちゃんが掴み、なんとか暴走を食い止めていた。

 ホテルについて、荷物をおろしたあと。私たちの総意はすぐに決まった。


 お風呂に行こう。


 夏場の九州。天気に恵まれたことについてはよかったというところではあったけれど、問題ももちろんあって。

 めちゃくちゃに、暑かった。

 そうすれば自ずと発生する課題もあるわけで。


 ……つまるところ、私たちは相当に汗をかいていた。


 裕太さんが選んでくれていたホテルが温泉付きだったということもあり、私たちはホテルについてすぐ、温泉に入りに行くことにした。


 先に湯船に向かっていた茉莉ちゃんと美琴さんに倣って、私と涼香も掛け湯を行ってから湯船に入る。


 温かで、身体を包み込んでくれるような浮遊感を感じると。……どうやら自分が疲れていたことを自覚するともに、その疲れがお湯へと溶け出していくように感ぜられる。


「……気持ちいい」


 危ないからもちろん寝ることはしないけれど、このまま力を抜いてしまえば気持ちよく寝てしまえそうだ。


「ねえ茉莉ちゃん、露天風呂あるよ、露天風呂!」


「わかりましたから静かにしてください!」


「サウナもあるよ! すごいね!」


「わかりましたから!」


 ……どうやら茉莉ちゃんは美琴さんの対応でなかなかに四苦八苦している様子。手助けをしてあげたい気持ちがないわけじゃないけど、今はこのゆったりとした気持ちのいい感覚に浸っていたい。

 別に、茉莉ちゃんに美琴さんのことを押し付けようとしてるわけじゃないよ、ホントだよ?


 でもまあ、ごめんね?


 心の中で、そんなことを思っていると。スススッと、涼香が横に近づいてきた。


「どう? 涼香も気持ちいい?」


「……お湯は、気持ちがいい」


 なにか、それ以外な事でなら、というようにも読み取れそうな、含みのある言い方で。

 半目でジトーッと、涼香は私のことを。具体的には胸元を見つめていた。


「えーっと? あれ、もしかして日焼けしてる?」


 自分で先程確認したときはなかったと思うけど。胸元がほんの少し見えるような服を着ていたので、もしかしたら私の目から見えていないだけで日焼けしているのかも。

 日焼け止めは塗っていたけれど、相当に日差しは強かったし――と、そんなことを考えていたが、彼女はフリフリと首を横に振った。


「絢香ちゃんも、涼香ちゃんも、楽しんでる?」


「美琴さん、落ち着いて……1回ちゃんと座って浸かりましょ……」


 まだまだ元気という様子の美琴さんと、対照的に疲労困憊といった様子の茉莉ちゃん。まあ、茉莉ちゃんのそれは、体力的にというよりかは、気疲れな気はするけども。


「……むむむ、大きい」


「大きい?」


 涼香が溢した言葉に、美琴さんが首を傾げる。


「美琴さん、座って」


「う、うん?」


 言われるがままに美琴さんが座ると、涼香はスススッと、その後ろに回り込む。

 そして、次の瞬間。


「きゃっ、な、なにしてるの!?」


「おお、これはすごい。大きい……」


「なんか、私の嫌ーな記憶が掘り起こされるんだけど」


 ガバッと後ろから美琴さんに抱きつき、胸に腕を回した。……無論、回り切りはしていなかったけど。


「安心していい。これはただの採寸だから」


「いや、さすがに違うよね!? これで測るっての言い切るのは無理があるよ!? あと、せめてそういう言い訳をするなら胸を揉むのはやめない?」


「……それは、役得、的な?」


「役得って!?」


「美琴さん、私も通った道です。……我慢しましょう」


「茉莉ちゃん!?」


 ああ、なるほど。……茉莉ちゃんが涼香のことをときどき避けようとしてたのは、これが原因か。


「涼香、そのあたりにしておいたら?」


「むぅ。もう少し堪能しておきたいけど、仕方ない」


 私がそう言うと、彼女は少し不服そうにしながら美琴さんから離れる。美琴さんは少し恥ずかしそうにしながら「揉みたいなら揉みたいって言ってくれたらいいのに……」と。……えっ、いいの?


「大丈夫。私はお姉ちゃんの妹だから。まだ成長期来てないだけだから」


 まるで自分に言い聞かせるようにして涼香はそう言って。


「それに、小さいのも需要あるはずだし。茉莉もそんなに大きくないし」


「私は関係ないでしょ!?」


「あはは……」


 そんなやり取りをする彼女たちに、私は苦笑いしかできなかった。






「ん? 来たのは茉莉だけか」


 7時過ぎ。夕食を食べに行こうということでロビーに集合したのだが。やってきたのは茉莉だけだった。


「ほら。お弁当食べた時間も遅かったし、なにより結構量多かったでしょ? だから、みんなお腹いっぱいらしくって」


「なるほど、たしかにそれはそうかもしれない。……あれ、それなら涼香ちゃんは?」


 たしか、涼香ちゃんは茉莉と同じ弁当だったはずだが。


「涼香ちゃんは絢香ちゃんと2つのお弁当を分けながら食べたから、同じくそんなにお腹が減ってないみたい」


「了解。まあ、もしかしたら時間が経てば少し小腹が空くかもしれないから、帰りにコンビニがなにかで欲しいものがないか聞くか」


「そうだね。……それで、なにを食べに行くの?」


「馬刺しとかいろいろ迷いはしたんだが、今回はあか牛を食べようかなと」


 しばらく歩いて、店につく。

 選んだのは、あか牛の丼ぶりが提供されている店だった。


「それじゃ、この上あか牛丼ってのを」


「あっ、私もそれで!」


 小洒落た店内にふたりで座り、料理を待つ。


「茉莉は、今日どうだった?」


「そうねぇ。……正直、神社仏閣とかにはそんなに興味はなかったんだけど、太宰府は存外に面白かったかな。もちろん、参道沿いの店がいろいろあったからってのもあったとは思うけど」


 彼女は、指折りながら訪れた店舗のことを思い出しながら、楽しげに語る。

 それからそれから。あっそういえば、と。彼女の語るそれらはとても魅力的で。……どうやら、キチンと楽しんでくれているようです安心だった。


「それから、SL……蒸気機関車ね。あんなに間近で、それに走っているところを見たのは初めてだったし。まさかそれに乗る日が来るだなんて思ってもみなかった」


「そう言ってもらえるのなら、わざわざ段取りに組み込んでよかったよ」


「降りたあと、機関車の横を通ったとき。ものすごい熱気を感じたのよね。……そりゃ、当然っちゃ当然なんだろうけど、この中で石炭が焚かれ、水が熱され、動いてたんだって思うと。その一部、片鱗を肌で感じることができて、ちょっと、感慨深いものを感じたかな」


 うんうん、と。俺が頷きながら彼女の言葉を聞いていると、ちょうどその頃に注文していた料理が届いた。


 丼ぶりの蓋を取ってみると、そこには真っ赤なお肉が並んでいた。

 レアな焼き加減の肉がスライスられて、円を描くようにキレイに並べられており、中央には温泉卵がひとつ落とされている。

 わさびと刻み大葉も添えられており、緑色が赤の中でよく映えている。


「いただきます」


「いただきます」


 ふたりしてそう言ってから、ひとくち、食べてみる。


 柔らかな肉質、程よく乗った脂。なるほど、これはたしかにおいしい。

 大葉も少し併せてみる。特有の通りのいい風味も合わさって、これはなかなか食が進む。


「おいしい!」


 どうやら茉莉にも好評なようだった。その言葉には、頷きで返しつつ、俺は続けてわさびをつけて食べてみる。

 ツンと突き抜けるような香りが鼻から抜けていく。辛味はあるが、脂と合わさり、嫌な感じはしない。

 最後、温泉卵を割ってみる。トロリと、やや粘度のある黄身が割れ目から漏れ出してくる。

 ひと切れ、肉を黄身にくぐらせてみて食べてみる。温泉卵の濃厚な風味と合わさって、味わい深さを出していた。


「……なくなっちゃった」


「そりゃ、食べたらなくなるから」


「そういう意味じゃなくって! ……それほどおいしかったってこと」


 そういう言い方されると、まるで私が食いしん坊みたいじゃない、と。茉莉はフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


「えっと、……もう1杯食べたいってことか?」


「違うっ!」


 顔を真っ赤にして、そう否定されてしまった。

 ……ふむ、どうやら判断を間違えたらしい。






「ふぃー……暑い……階段辛い……」


「ほら、美琴さん。あともう少しですから」


「うー、裕太くん。おんぶしてー」


「ただでさえ暑いんですから、くっつかないでください!」


 背中にもたれかかってこようとする美琴さんを引き剥がしつつ、その手を引っ張りながら進んでいく。


 翌朝。この日もなかなか天気に恵まれ。……おかげさまでめちゃくちゃに暑かった。


「裕太さん、美琴さん。見えてきましたよ!」


「ん、早く来る」


 新井姉妹にそう急かされながら、進んでいく。

 (くらが)り通路と呼ばれる、床下の地下通路を通り抜け、しばらく進むと。


「これが、天守閣か」


 真っ黒な壁面に、真っ白な屋根。熊本城の天守閣だった。


「こうしてみてみるのは初めてだが、なかなかにカッコいいものだな」


 普段想像する城、天守閣というものが、白い壁に黒い屋根というものなのだが、全てではないものの、それが逆転しているその見た目は、不思議と落ち着いていて、しかしカッコよさを感じる。


「見てみて、ここすっごく高い! 街を一望できる!」


 さっきまでのグロッキーさはどこへやら。階段を登ってきただけあり、少し小高い位置にあるおかげか、設置されている柵付近からは、近隣の街並みを見渡すことができる。


「美琴さん、美琴さん。天守閣に登れば、おそらくはもっと高いところから見渡せますよ?」


「……ちなみに、登る方法って?」


「もちろん、階段ですけど」


 ニッコリと笑って、そう伝える。

 エレベーターも設置されてはいるが、おそらくは俺たちが使うべきではないだろう。


「あはは、ええっと、私少し疲れたかなーって、そのー」


「いやあ、それだけ元気そうなら登れますよね?」


「……はい」


 渋々という様子の美琴さんを連れながら、熊本城の天守閣へと入っていく。


 天守閣の中はエアコンが効いていることもあって、登ることは存外に辛くはなかった。

 各階にある熊本城の歴史を観覧しながらゆっくりと登っていく。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」


 ひとりほど。具体的には美琴さんが。かなり苦しそうにはしていたが。……まあ、エアコンがあるから涼しいとはいえ、6階まである上に、決して緩やかな階段ではないので、そうなるのもわからなくはないが。


「ほら、着きましたよ。最上階です」


 手を差し伸べ、お疲れ様です。と、そう伝えると、彼女は息を整えながら、顔を上げる。

 そして、


「――すごいっ!」


 そう、歓声をあげた。


 最上階は、全面が透明な窓になっていた。

 そこから見渡す景色は、先程までよりも幾ばくか高いところから。……頑張って登ってきたという付加価値もあるかと思うが。しかし、街並みに加え、熊本城の他の建物までもを階下に見渡すことができるその景色は、たしかに壮大で。おもわず、息を呑んでしまう。


「登って、よかったですか?」


「うん!」


 満足そうなそんな言葉を聞いて、俺はホッとする。


「それじゃ、降りましょうか」


「ちなみに聞くけど、エレベーター使ったりは」


「しないですよ」


 俺の言葉に、彼女はですよねぇ……と、そうつぶやいてから。


「裕太くんの鬼ーッ!」






「それじゃ、お昼ごはんはここで各自好きなものを買い食いするってことでいいか?」


 俺がそう尋ねると、全員がコクリと頷いてくれる。


「よし。それなら、解散!」


 熊本城の、すぐそば。城下町を模した街並みに、様々な店舗が並んでいた。

 時刻もちょうど昼頃ということもあってか、なかなかに人が混み合っていた。


「さて……なにを食べるか」


 とりあえずはひと通り見て回ろうかと思っていると、ある店先に立っていた店員の男性が、元気な声で呼び込みを始めた。


「メンチカツ、メンチカツ! ちょうど今、揚げたてですよ!」


 メンチカツか、と。一瞬スルーしかけたが、よく見てみると、(のぼり)には桜肉……つまるところ、馬肉のメンチカツであることが書かれていた。同じ店で、桜うまトロ寿司、と。こちらも桜肉で作られたネギトロ寿司が提供されている様子。

 ……少し、いや、結構気になる。せっかくだし、とりあえず揚げたてとのことらしいメンチカツから買ってみようか。


「すみません、メンチカツひとついただけますか?」


「いらっしゃい! そのまま食べるかい?」


「はい」


 気のいい店員から、ひとつメンチカツを購入する。揚げたてということもあって、包装紙越しだというのに持つのが難しいくらいに、熱い。

 一旦日陰に入ってから、メンチカツにかぶりつく。


 そこそこしっかりとスパイスが効いている中で、濃く、旨味のあり、しかし脂っこくない肉の味。

 ややジャンキーな味わいではあるが、おいしい。


「……もうひとつ食べようか」


 ふと、そんなことを思ってしまったが。そういえば、寿司があったことを思い出した。

 そっちにしよう。そう思い、ふたたび先程の店に向かった。


 どうやら寿司は店内の券売機を買えば良いらしかったので、チケットを1枚購入して、しばらく待つ。


 しばらくして、チケットに書いてある番号で呼び出され、紙皿に乗った2貫の寿司を受け取る。


「下に敷かれた海苔を持って食べればいいのかな?」


 正方形の海苔で寿司を挟み込むようにして持ち、口に運ぶ。

 桜肉の風味を感じつつ、ニンニクの入ったソースがよいアクセントになっている。


「……ただ、個人的にはメンチカツのほうが好きかなあ」


 いや、どちらもおいしいんだけどね? と。そんなことを思いながら、2つ目を口に入れ、紙皿をゴミ箱に入れた。


「ま、とりあえずは一旦別の店を見るか」


 まだ、全部の店を見てないしね? と。そう思いながら、再び歩き始めた。






「サラダちくわ……?」


 なんだそれは、と。店先に並べられているそれを見てみる。

 どうやら、ちくわの天ぷららしきものであはありそうだが。……しかし、なぜサラダなのだろうか。


「……すみません、サラダちくわ、ひとついただけますか?」


「はいよ!」


 おばちゃんにひとつ分のお金を渡し、紙で包まれたサラダちくわを受け取った。

 ……見た目の割に、かなり重い。


 店員にお礼を伝えてから、店から離れ、ひとくち食べてみる。


「なるほど。……ポテトサラダ入りのちくわ天ぷらってことか」


 重さの理由は、つまるところちくわの穴にポテトサラダが詰められているがゆえ。

 初めての食べ合わせではあったが、これがなかなかにおいしい。おいしいのだが、


「……重たいな、これ」


 持ったときの重さはもちろん、ポテトサラダ入りのちくわの天ぷらということは、お腹的にも結構くる。


「ふむ、割とお腹いっぱいになってしまった」


 メンチカツをもうひとつ食べようかと思っていたが、サラダちくわを食べてかなり満足してしまった。

 どちらかといえば、なにか軽く甘いものが食べたい気分だ。


 そんな気分でフラフラと歩いていると、絢香さんに遭遇する。

 なぜか、豆腐屋さんの前で座り込んでいる絢香さんに。


「……どうしたの?」


「あっ、裕太さん。いえ、少しこれが気になってまして」


 そう言われ、彼女が見ていたものを覗き込んでみると。


「豆腐アイス……か」


「はい。どんな味なのかな、と」


 ジッと見つめているその様子は、どうやらかなり気になっている模様。

 しかし、踏ん切りがなかなかついていないといったところだ。


「なら、食べるか?」


「……はい!」


 店内に入り、店員の方にアイスを2つ頼む。

 味は4種類あったが、俺も絢香さんも、ベーシックな豆腐ミルク味を選んでいた。

 しばらくして、カップ盛られたアイスクリームを受け取る。


「それじゃ、いただきます!」


 スプーンで少しすくい取り、口に入れる。

 口当たりはソフトクリームにしては少し固めだが、しかしすぐに溶けて口の中に広がる。


「豆腐の風味と、牛乳の風味とが広がって。……ちょっと不思議な感じがします」


「だな。けれど、おいしい」


 スプーンで、すくって口に運んで、と繰り返していると。途中、なにか薄茶色の小さな玉がついてきていた。


「これは?」


「そういえば、おこし種入り、と書かれていましたね。それでしょうか」


 そのまま口に運んでみると、パフのようなもののようで、サクサクとした食感で、その差もあって、なかなかに面白い。


「ごちそうさまでした」


「あら、裕太さん。口元にアイスがついてますよ」


 そう言われ、どこについてる? と、聞こうとしたその瞬間。

 絢香さんがスッと近づいてきて、ハンカチで口元を拭ってくれる。


「はい、取れましたよ」


「あ、ありがと……」


 思わず、顔をそむけてしまう。

 そんな俺の様子を不思議に思った絢香さんが首を傾げてくるか、……勘弁してくれ。


「じゃ、じゃあ別の店に行こうか」


 熱い顔を隠すようにして、俺は彼女に背中を向けた。






「おいしかったー! 満足!」


 美琴さんがニッコリと笑いながら、お腹をさすっていた。……また、随分と食べた様子だ。

 どうやら、美琴さんだけでなく他のみんなも同様なようで。とはいえ、こういう場に来るとたくさん食べてしまう気持ちはよくわかるが。


「まあ、今回は昨日みたいにこのあと弁当を食べるとかはないから、大丈夫ですけど」


「うんうん。それじゃあ、次の目的地に行こう!」


 おー! と、元気よく腕を上げていた美琴さん。……ところでそっちは逆方向です。


「それで、たしか昨日に行ってたとおり、人吉ってところに行くんだっけ」


 茉莉のその質問に、俺はコクリと頷いた。


「そう。人吉市。球磨川っていう有名な川が流れてるところだな」

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