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if短編 九州旅行:出発〜太宰府観光

本編の話の流れとは直接のリンクをもたないif短編です


筆者の実際の旅行(一人旅)をベースにしているので、いろいろと無理のある旅になってます


要するに「読まなくても大丈夫なやつ」です

「む」


「どうしたの?」


 直樹から届いたメッセージに俺が顔をしかめていると、茉莉が顔を覗き込んでくる。


「いいや、直樹から誘われていた旅行があったんだが、どうしても外せない用事ができてしまって、行けなくなったらしい」


「あー……それはまあ、仕方ないわね」


「めちゃくちゃ悔しがってるだろうなあ、と」


 すごく張り切って予定を組んでいたがために、彼が悔しがる姿は想像に難くない。元よりこの手の事柄が好きな人間なのもあるし。


「仕方ない。キャンセルしておくか」


「えっ、行ってきたらいいじゃない。ただでさえ裕太は旅行になんて、なにか理由でもなければいかないんだから」


「それはまあ、そうだが」


 今回のこの旅行だって、直樹が行きたい! と言ってきたからそれならばと計画したわけで。俺ひとりになると行く理由は無い、が。こういう機会でもなければ行かないというのも事実。

 しかし。ひとりで行くことに抵抗があるわけではないが、いささか行く気が起きないというのも実情で。


「全く、仕方ないわね。私が代わりに一緒に行ってあげるわよ。元々直樹が一緒に行く予定だったんでしょ? なら、その分の予約とかがあるんでしょう」


 そんな俺の思考を読んでか、ため息をつきながらに茉莉はそう提案してくる。


「あるにはあるが」


「なら丁度いいじゃない。キャンセル料とかがかかるのかは知らないけど、私がそのまま引き受ければそれも必要ないでしょ?」


「いや、その。元々直樹といく予定で組んでるから。部屋とか相部屋だが。……大丈夫か?」


「あっ」


 どうやら想定外だったというべきか、忘れていたとでも言うべきか。

 しまった、といった表情で。彼女はそのまま固まってしまう。


「な? だからまあ、無理に俺に合わせたりしなくても」


「ぐ、ぎぎ……いや、昔は一緒に寝たこともあるから……これくらいならへ、平気……」


「いや、無理しなくていいからな!?」


 昔ってそれ、いつの話をしてるんだよ。小学生とかそこらの話だろ。高校生になった今と混同してるんじゃねえよ。

 なにがそこまで彼女を追い立てるのか。はたまたそれほどまでに俺に旅行に行かせたいのか。難しい顔をしながら、ぐぬぬ、と唸っていると。

 ひょこっと、その後ろからひとつの顔が現れる。


「それなら、私が裕太さんと一緒に行きましょうか? 私なら、裕太さんと同じ部屋でも平気ですよ!」


「ダメに決まってるでしょ! むしろ裕太より絢香ちゃんのほうが危ない気までしてるんだから!」


 姿を見せるは、絢香さん。随分な評価にご不満な様子だが。しかし、こればっかりは俺も茉莉に意見を同じく。

 むう、と。彼女は頬を膨らませる。……ちょっとかわいいと思ってしまうが、とはいえそれとこれとは別。


「なになに、なんの話をしてるの!」


「……むぅ、ちょっとうるさい」


 ああだこうだと騒いでいると、いつの間にやら残りのふたりもやってきて。

 案の定というべきか、直樹よろしく、この手の話題が大好きな美琴さんはといえば、それはそれはとてもいい勢いで「行きたい!」と食いついてきた。


「あー……なら、俺抜きで美琴さんと、もうひとり誰かで行ってくるか? 茉莉とか」


「なんでよ。それじゃあ本末転倒じゃない」


 それは、たしかにそうか。そもそもこの話題自体が、俺がひとりだと旅行に行こうとしないというところから来ているのだから。

 しかしそれならばどうしたものか。俺と茉莉、絢香さん、美琴さんのどの組み合わせで行っても男女ペアで問題があるわけで。

 ふむ、と。俺が顎に手を当てて考え込んでいると。クイクイと、袖を引っ張られる。……涼香ちゃんだ。


「どうしたの?」


「……そんな難しい話じゃない。単純な解決方法」


 彼女は表情ひとつ変えることなく、真顔でサラリと答えてみせる。


「全員で行けばいい。二人部屋は私やお姉ちゃんで使って、裕太さんは新たに部屋を取り直す」


「あっ」


 たしかに、それならばなにも問題は起こらない。強いて言うなら、追加で予約を取る分お金はかかるが、人数も増えているため、特段大きく問題になるわけでもない。


「あー……なら。えっと、行く人?」


 予約やら計画やらをいろいろといじる必要があるため、改めて確認を取ると。

 ピッと、4つの腕が勢いよく挙がる。……全員参加、と。






「はっかった、だあああああああ!」


「美琴さん、ごめん。ツッコむ体力はない」


「別にツッコミ待ちじゃないからね!?」


 元々の予定が地味に過密なため、朝が相当に早く。新幹線の中で軽く休憩をしたものの、まだ少し眠気が残る。

 目を擦りながら駅の改札から出ると。……うん。久しぶりに見た景色だ。


「たしか、裕太は1回来たんだっけ」


「ああ。去年に直樹に連れられてな。そのときは福岡と、それから長崎の方に行った」


「確認がてら聞いておくんだけど、今回はどこに行くんだっけ」


「とりあえずこのあとは大宰府に向かう。そこで昼過ぎ頃まで過ごしたあと、熊本の方に行くって感じだな」


「そういえば、前回も大宰府に行ったって言ってなかったっけ。そんなによかったの?」


「まあ、よかった云々で言えば個人的には面白いところだとは思ったが、ちょっと理由が違うな」


 そう言うと、彼女は案の定首を傾げる。まあ、そこまで有名な話題でも無いし、実際俺も去年に直樹から行こうと言われるまで知らなかったんだが。


「太宰府天満宮がちょうど今年から御本殿の大改修をするらしくてな。その都合で去年に改修される前の姿を、そして今年は改修にあたって建てられた仮殿を見ようっていうことで」


「大改修……ああ、10年くらい前にあった伊勢神宮とかの式年遷宮みたいなもの?」


「そうそう。まあ、そっちと違って定期的に行われているわけじゃないがな。実際、今回の改修も124年ぶりとのことらしい」


 へぇ、と。茉莉の反応は簡素なもので。そんなに興味がない、ということが伺える。まあ、このスケジュール自体俺と直樹が組んだものなので、元々興味がなかった人からしたら、そんなものだろう。

 そんなことを話していると、見た目だけは平素のままではあったが、しかしその実、相当に興奮している様子の絢香さんがやってくる。


「裕太さん、茉莉ちゃん、早く行きましょう!」


 そう言うや否や、絢香さんは俺たちの手を引っ張って駅の外へと連れて行こうとする。


「そんな急がなくっても、大宰府は神社なんだから別に逃げないって」


 呆れた顔でそう窘めようとする茉莉だったが。しかし、


「いいや、たしかに逃げこそしないが急いだほうがいいのは事実かもしれない」


「えっ?」


 俺の言葉に、茉莉がどういうこと? と首を傾げる。

 まあ、これは実際に見てみたほうが早いだろう。前回来たときと絶対に同じとは言えないが、しかし、おそらくは。


 ちょうど、なんとなくではあったもののバスターミナルの場所は覚えていたので、俺が先導しながらスタスタと向かう。

 最初こそなんてそんなに急いでいるのかと茉莉は不思議がっていたが、バスターミナルの中に入って、彼女はその理由を察するとともに絶句をする。


「えっ、もしかしてこの列が」


「ご明察。太宰府行きのバスの待機列だ」


 バスターミナルの建物の入り口付近まで並んでいる列。懐かしい光景だ。前回直樹と来たときもこうだった。

 近くにあった券売機から手早く5人分の切符を買い、並ぶ。


「まあ、バスの出発する頻度は少なくはないからめちゃくちゃ待つということはないが、それでも早くても2、3本目だろうな」


「太宰府の後の予定が、たしか時間に遅れるわけにはいかないものなんだっけ」


「まあ、予定自体にはある程度バッファを持たせてはいるが、この待機列がどうなってるかがわからなかったからこそ、それなりに急いだほうが吉だったというわけだ」






 バスが終点にたどり着き、降りる。


「ここが太宰府天満宮?」


「の、少し手前だな。太宰府天満宮自体はそこの緩やかな坂になってる道を行った先だ」


 尋ねる茉莉にそう返しつつ、俺は店の立ち並ぶ通りを指差した。


「あ。とりあえず私はトイレ行ってくるわね」


「ん、私も行ってくる」


 そう言うと、ふたりで近くのトイレに向かっていった。


 とりあえず待つか、と。そう思っていたら、絢香さんは通りの一番最初の店にある看板を見ながら、首を傾げた。


「梅……何餅?」


梅ヶ枝餅(うめがえもち)だな。太宰府の名物というか、有名な菓子だ」


「そんなものがあるんですね。梅ということは、酸っぱいんでしょうか?」


 うん、そう思うよね。俺も最初に名前を聞いたときはそうなのかと思った。


「いいや、普通に餅の中に粒あんの入ったもので、味自体は梅とは関係ない」


「な、るほど? では、なぜ梅という名前になっているんでしょう」


「それは太宰府天満宮が関係して……まあ、行けばわかるさ。それよりも、とりあえず食べてみるかい?」


 どうせふたりを待っている間はここから動けないし、と。そう尋ねると、コクリと彼女は頷いた。後ろからは「私も私も!」と、元気いっぱいの美琴さんの声がする。

 苦笑いをしながら「はいはい」と言い、俺は売店のおばさんに梅ヶ枝餅を3つ注文する。

 少しして、焼き立ての梅ヶ枝餅を3個受け取ると、ひとつずつ、それぞれ絢香さんと美琴さんに渡す。

 焼きたてなこともあってか、そこそこ熱い。


「わあ、表面に梅の焼印が入ってますよ」


「太宰府天満宮の御神木が梅の木だからね。実際、この焼印も太宰府のマークだし」


「なるほど。だから梅ヶ枝餅なんですね」


「まあまあ、由来もいいけど、せっかくなんだから熱いうちに食べようよ」


 美琴さんの言葉に、それもそうかと会話を中断して、パクリとひとくち。

 表面はパリッとした食感だが、すぐさま柔らかな餅の感触がする。

 味は本当に餅の中にあんこが入ったもの、といった感じで。素朴ではあるものの、シンプルな美味しさがある。


「おお、これはなかなか」


「おいしいですね、これ」


「でしょう? 俺、結構これ好きなんですよ」


 饅頭の皮や大福の求肥とはまた違い、しっかりと餅の味がしていて。しかし、あんこ入りの餅では中々味わうことのできない、表面の食感。そしてしっかり中が柔らかいというその差。これがなかなかによい。


「あー! 3人でなにか食べてる!」


「む。私たちがいない間に」


 そんな声がして、しまった、と。そのときに気づいた。


「おかえり」


「おかえり、じゃないわよ! 全く。……それで、なに食べてるの?」


「梅ヶ枝餅だ。まあ、どうせ行き道に売ってる店はたくさんあるし、とりあえず向かって行こう」


 主に茉莉からものすごい圧を感じるが、しかし梅ヶ枝餅が道中たくさん売ってるのは事実。それにこの並び、結構食べ物売ってるので、他に食べたいものが出るかもしれない。

 どのみちこの通りは行って帰っての往復をするので、ゆっくりと見て回って、そのときに買えばいい。






「すごい、風鈴が並んでる!」


「夏って感じがしますね」


 茉莉と絢香さんが驚いたようにそう言った。その理由は、境内。

 歩くところの上に、風鈴が設置されており、風が吹くとチリンと、涼し気な音を奏でてくれている。


「こういうのがあると、気分だけでも涼しくなるよね!」


「気分、だけ。事実として暑いのには変わりない」


「そういうこと言うのはやめておこうよ涼香ちゃん……」


 それにしても結構な量があるため、見た目だけでも壮観ではある。


「ええっと、とりあえず神社ってどうすればよかったんだっけ?」


「どこかで手を洗うはずでしたけど……あっ、あそこでしょうか」


 手水舎(ちょうずや)に向かうと、そこでは竹に開けられた穴からチョロチョロと水が流れ出ている。これで手を清めてくれということだろう。


「なんか、思ってたのと違うね」


 茉莉がポロッとそうこぼした。だが、言わんとしていることはわかる。

 最近はこういう形式が増えたが、個人的には柄杓を使って手を清めるイメージのほうが強い。

 そういう意味では、たしかにイメージとは違う。


 スッと手を差し出して、水に触れると。思っていたより強たくて、気温が高いこともあってか、これがなかなかに気持ちが良い。

 参拝前のお清めであることを無視できるのであればしばらく続けていたいところだが、今回は本旨ではないので、ほどほどにしてハンカチで手を拭く。


「よし、それじゃあ行こうか」


 全員が手を清め終わったところで。門をくぐり、今回の目的地へ。


「おお、これは」


「屋根の上に草? 木? が生えてるんだけど」


「後ろの鉄骨は、御本殿を改修するためのものでしょうか」


「仮である、というイメージが全くないわけじゃない。けど」


「すごーい!」


 全員、口々に感想を言う。しかし、思ってたより、なんというかすごい。

 一番の驚きは、やはり茉莉の言ったように屋根の上に草木が生えていることだろう。

 随分と楽しみにしていた直樹曰く、今回の仮殿は飛梅伝説にあやかり、社の自然が御本殿の前に飛んで集まってきたというようなコンセプトだと聞いていたが、なるほど、こうなったか。


「とりあえず、参拝しよっか」


 美琴さんがそう言って、自分が呆然とその光景を眺めていたことに気づく。それほどまでに、純粋にすごいと感じていた。


 5人でそのまま仮殿の前まで行き、賽銭、二礼、二拍手、一礼、と。

 太宰府天満宮なので、願い事はとりあえず学業について願っておこうかな。あと、どうせそのうち直樹が来ると思うので、そのときには、彼のことをお願いします、と。







「飛梅?」


 参拝を済ませてから周辺を見物していると。美琴さんが首を傾げながらそう言った。


「そういえば、先程裕太さんが梅の木が太宰府天満宮の御神木だと仰ってましたが、これのことでしょうか?」


「そうだね。仮殿のモチーフともなった飛梅伝説の飛梅だ」


「飛梅伝説って?」


 今度は茉莉がそう尋ねてくる。


「太宰府天満宮に祀られている神様って知ってるか?」


「天満大自在天神、菅原道真公」


「よく知ってるね涼香ちゃん。まあ、今回の話ではそこまできっかり言わなくてもいいけど。とりあえず、菅原道真。歴史の教科書とかでもよく見る名前だ」


「それで? その道真さんがどう関連してるの?」


「その歴史でもならったと思うが、道真は京からここ大宰府へと左遷されてきたんだよ」


「それは知ってる。なんか嫉妬かなにかでって話でしょう?」


 茉莉の回答に俺はコクリと頷き、そして続ける。


「ところで、京の道真の家には3本の木がいたんだ。それが桜と松と梅」


「突然出てきたわね、桜と松」


「簡単に言ってしまうと、この3本は道真のことを尊敬していて、すごく好きだったんだよ。しかし、そんな道真がここ大宰府に左遷されてしまった」


「それは……悲しい話ですね」


 絢香さんのその感想に頷く。実際、悲しかったんだと思う。


「そして、道真のことを想う寂しさから桜は枯れた。しかし、松と梅は空を飛んで追いかけることにした」


「急に飛んだ。ファンタジー」


 うん。俺も涼香ちゃんと同意見。でも、そういう伝承なんだ。系統で言えば神話やらそういう類に近い話にはなるから、ファンタジー味があるのはご愛嬌。


「待って。でも飛梅しかなくない? その話なら松もいる気がするんだけど」


「うん。いるよ、兵庫に。……いや、いたのほうが正しいか。飛んでる途中で力尽きて、兵庫に降りたんだよ。そして梅は太宰府まで飛んできて、それがこの飛梅だ、という話だ。ちなみに伝承の松は大正の頃に落雷で枯れてしまったらしいが、株自体は残ってる」


「……なんか、すごくややこしいんだけど。結局簡潔にいうとどうなるの?」


 難しい顔でそういう茉莉に俺が答えようとするが、それより先に涼香ちゃんが口を開いた。


「道真大好き3人衆のうち、桜は寂しくて死んだ。松と梅は空を飛んで追いかけたけど、途中で松は力尽きた。梅は太宰府まで就いてこれた」


「なんて忠誠心の強い梅なんでしょう! 御神木になるだけはありますね!」


 そう感心するは、絢香さん。俺の隣で茉莉がボソリ、と。「見方によっては左遷先にまでついてきたストーカーにも見えなくはない……」とこぼしていたが。そういうことは思っても胸の中に押しとどめておこうな?


「あっ、裕太さん。安心してくださいね! もし裕太さんがどこか遠くに引っ越しされるようなことがあっても、私、ついていきますんで!」


「えっ!? あ、うん。ありが、とう?」


 これは、喜んでいい、のか? いや、引っ越す予定もつもりもないが。

 美琴さんが「いやあ、愛されてるねぇ、裕太くん」と、他人事見たく言ってくれる。まあ、事実他人事なんだろうけど。


「……飛梅伝説よろしく、どこに行ったとしても絢香さんなら本当についていけそうだから、怖いわね」


 茉莉、ちょっとマジになりそうだからそういうこと言うのやめてくれない……?






「裕太くん! おみくじだよ!」


「引きます?」


「うん! あっ、恋みくじなんてあるよ! こっちにしよう!」


 美琴さんはハイテンションなままに、そのまま恋みくじのところへと小走りで駆けていく。


「……太宰府で恋愛関係のなにかってあったっけ?」


「私に聞かれても困るわよ、知ってるわけないじゃない」


 そりゃそうか。まあ、別に恋がどうとか気にしてないから、俺は普通のおみくじでも――、


「ほら、皆さんも一緒に引きましょう!」


 いつの間にやら美琴さんの隣にいた絢香さん。

 あの、俺は普通のおみくじを。


「……引きたい人が勝手に引けばいい。所詮はただの運試し」


 どうやら涼香ちゃんは興味がない様子。うん、恋みくじを引きたい人がそっちで引いてくれればそれで。俺は普通のおみくじを。


「あら? そうは言ってるけど、実は自分の運に自信がないだけだったりして」


「む。その謂れについては聞き捨てらならないものがある。……私も引く」


 うん。じゃあ茉莉と涼香ちゃんも向こうに行って一緒に引いてきたらいいんじゃないかな? 俺は普通のおみくじを。


「ほらほら、裕太くんも!」


「えっ、俺も?」


 あの、俺は普通のおみくじを引きたいんですが。

 ……あっはいダメみたいですね。俺も恋みくじ引きます。


 全員がそれぞれ引き終わり、とりあえず自分の分を確認する。


 おお、大吉だ。なになに、星座、血液型、年齢差……って、もしかしてこれ、相手のタイプについて書いてるの!?

 想像してたものと思っていた以上に乖離していたおみくじに、少しびっくりしつつ、中身を見ていく。年齢差、4,5歳差がベストって書いてるけど、11〜12歳か20〜21歳ってことか? ……どっちにしても、ちょっと遠くないか? 下は完全に事案だし。

 そんなことを思っていると、どうやら茉莉と涼香ちゃんとが、お互いのおみくじを見せあっているようだった。


「嘘、涼香ちゃんも中吉なの!? 私も中吉だったから、勝ったと思ってたのに」


「……これで、別に私の運に自信がないわけじゃないってことがわかった?」


「ぐぬぬ……」


「あれ? ふたりとも中吉だったの? 私も中吉だよ!」


 悔しがる茉莉、そうはいいつつもホッとしている様子の涼香ちゃん。そんなふたりのもとへ、美琴さんが混ざっていった。


「わあ! 茉莉ちゃんのやつ、私のと書いてることすっごい似てる!」


「ホントだ、すごい似てる」


 見せられたおみくじを暫く見つめていた茉莉と涼香ちゃんだったが、なにか思い当たるところがあるのか、その表情はだんだんと疑問へと変わり、そして。


「似てるっていうか、全く同じでは?」


「えっ、嘘!?」


 しっかりと確認してみれば、歌の内容から運勢の内容まで。なんならおみくじに振られている番号もきっちり同じである。


「こんなことってあるんだね」


 まあ、5人で引いているのではない話ではないとは思うが。とはいえ、そうそう起こるものでもないだろう。


「裕太さん、どうでした?」


「俺か? 俺は大吉だったよ。絢香さんは?」


「私も大吉です」


 全員、けっこう良い結果だったようだ。……大吉?

 まさか、と思って確認してみるが、まあ、さすがにといったところか。別のものだった。


「ん?」


 軽く読んでいると、絢香さんのおみくじの、縁談、の欄。多く持ち込まれ、選択にこまります。と。

 この手のものは誰にでも当てはまるものが書かれているものだと思っていたが。ここまでまピタリと合うこともあるんだな。


 俺? 俺のものには、良縁の話が、身近な人から遠からずあります。だと。身近な人から、ねえ。






「それじゃあ、一旦解散!」


 太宰府天満宮を出たところで、それぞれ見たい店があるだろうということで自由行動することにした。

 絢香さんはついてこようとしたけど、ここは好きに動くほうが楽しめるんじゃないか? と言うと、5秒くらい悩んではいたが、とりあえず納得はしてくれたみたいだった。


「さて、それなら俺も好きに見て……」


「ぐぬぬぬ……」


 随分と早い合流なことで。店の前の看板ににらめっこをしている茉莉がそこにはいた。


「なにしてんだよ」


「ふぇっ、あっ、裕太か。驚かせないでよ」


「別にそういうわけじゃないんだが。……ほう、金糸モンブランか」


 彼女が見ていたのは、ものすごく細いモンブランの店。そこには堂々たる文字で賞味期限5分と書かれている。


「食べないのか?」


「食べようと思ってるんだけど、こういうところではベーシックなものを選びたいところなんだけど、この期間限定のマンゴーのものも気になってるのよ」


 茉莉の言うベーシックなものというのは栗味のもので。ほう、今の季節はマンゴー味があるのか。


「ならベーシックなやつを買えばいいだろう」


「えっ? でもマンゴーも気になってて」


「俺がマンゴー味を買うから。少し取って食べればいい」


 俺がそう言うと、彼女はポカンと口を開けて。いいの? と聞いてくる。


「構わないぞ。俺は前回普通のやつ食べてるからな。うまかったぞ」


「そうだった。コイツ1回来たことあるんだった。ぐぬぬ……」


 なぜか悶々とした様子で唸っている茉莉をよそに、俺は券売機でマンゴー味のものを購入する。

 買わないのか? と、そう尋ねてもどうやら聞こえていない様子。……仕方ない。とりあえずコイツの分も一緒に買っておくか。


「ほらよ」


「……ふぇ?」


 食券を差し出して、そこでやっと茉莉の様子が元に戻る。


「それじゃ、俺は先に渡してくるから」


 そのまま店内に入り、店員に食券を渡す。


「マンゴーですね! それではこちらでお作りします!」


 明るい表情で接客してくれた店員は、ソフトクリームの盛られた皿を準備して、機械の下にセットする。

 店員がレバーを引くと、黄色くて細いモンブランクリームがキレイに盛り付けられていく。

 最後、ソースと、マンゴーを数切れ乗せて。


「お待たせしました!」


「ありがとうございます」


 差し出されたモンブランを受け取る。

 隣では、茉莉が栗のモンブランを作ってもらっているところだった。


 店のイートスペースで、茉莉を待とうかと思ったが。そんなに時間もかからないだろうし、曲がりなりにも賞味期限5分を謳っている商品なので、先に手を付けておくことにした。


「あー! 先に食べてる!」


「別に構わないだろ。それよりもほら、食べてみたいんだろ?」


 隣に並んだ茉莉に、スッと皿を寄せてやると、彼女は少し遠慮がちに、スプーンで端っこを取った。気にせずしっかり取ればいいのに。


「ん! モンブランはモンブランなんだけど、ほんのりマンゴーの味もしてて美味しいねこれ」


「なかなかにいけてる。あと、夏場なこともあって中のアイスクリームがめちゃくちゃおいしい」


 俺の方のやつをひとしきり味わったのか。彼女は今度は自分のモンブランに手を付ける。


「こっちはしっかり栗って感じ。でも、下がソフトクリームだから、普段食べるモンブランとは違っててすごく新鮮」


 そう言いつつ、彼女は次々へと食べ進める。気に入ったようでなによりだ。

 そのまま食べていると、途中で茉莉が首を傾げる。


「あれ? なんか硬い」


「ああ、そういえばソフトクリームの下にメレンゲクッキーが入ってるんだよ。たぶんそれじゃないか?」


「あっ、ホントだ」


 茉莉はスプーンでメレンゲクッキーをすくい取り、そのまま口に運ぶ。


「んー! サクサクしててこれも美味しい!」


 そんな彼女を見ながら俺も食べ進めていると、ちょうど俺もメレンゲクッキーに当たる。

 うん。美味しい。


 それからというものは随分と早くて、気づいたときには皿の上は空になっていた。


「賞味期限、5分以内に食べ切れたね」


「まあ、あれはただの売り文句ではあるとは思うが。しかしまあ、たしかに5分もかからなかったな」


 それほどにおいしく、食べる手が進んだ。


 ふたりして店から出ると、彼女は「それじゃあ私は梅ヶ枝餅買ってくるから!」と。


「誰かさんのせいで食べ損ねた梅ヶ枝餅をね!」


「別にあとからでも食べられるって言っただけだろ」


「あはは! たしかにそうかもね!」






「あっ」


「おっ」


 適当に散策していると、涼香ちゃんに出会った。


「涼香ちゃんは、なにか食べた?」


「ううん。まだ。でも、気になるものはあった」


 気になるなら食べればいいじゃないか、と。そう言おうとした俺より先に、涼香ちゃんが言葉を続ける。


「そこの道の先に、生プリンアイスってのがあった。暑いこともあるし、生プリンアイスがどんなものなのか、気にはなる」


「まあ、それはそうかもね。なら、食べればいいじゃないか?」


「どんなものなのか、気にはなる」


「……」


 つまりこれは、強請られているのか? いやまあ、別に構いはしないが。


「あー……じゃあ、食べるか?」


「ん」


 素直に食べたいといえばいいのに。なんというか、変なところで不器用だなこの子。

 店の前まで一緒に行って、案の定彼女は自分から入る様子はなくて。まあ、俺としてもそのつもりでついてきたから構わないが。

 生プリンアイスを2つ購入してきて、片方を涼香ちゃんに渡す。


「アルミカップを手で温めて、周囲を溶かしてから棒を引っ張って外してください、とのことだ」


「ん。わかった」


 さすがは凍っているだけあって、アルミカップもとても冷たい。ときおり棒を触ってみていると、しばらくした頃にスッとプリンが抜けた。


「……マジで凍ったプリンって感じだな」


 見た目だけでいえば、凍ってることを抜きにするとスプーンに刺さったプリンといったところで、なかなかにシュールではある。

 同じ頃合い、隣で涼香ちゃんのものも抜けたようだった。


 ひとくち、齧ってみる。……硬い。結構硬い。

 凍ったプリンなのだから当然といえば当然なのだが、想像していたよりも硬い。

 少し力を入れると、シャリッという音を立てて、少し齧ることができる。


「おいしい、はおいしい。けど」


「うん、言いたいことはわかる」


 きっと、涼香ちゃんは俺と同じようなことを思っていたんだと思う。

 たぶん、プリン味のアイスクリームみたいなのを想像していたんだ。そして、これはどちらかというと。


「プリン味の、シャーベット」


「まあ、おいしいからいいんじゃない?」


「それは、そう」


 彼女はそう言って、またひとくち齧る。

 なかなか硬いので進みが遅く、それに伴って少しずつプリンアイスも溶けてきて。最後の方は口当たりはプリン、中はシャーベットというような要領になってきて、これはこれでなかなかにおもしろい。


「ん、満足」


「それはよかった」


 とってってってっ。おそらく次を探しに行こうと、小走りで駆けていく涼香ちゃん。しかし、途中で立ち止まると、くるりとコチラを振り返って。


「奢ってくれてありがとう、裕太さん」


「……どういたしまして」






「裕太くん裕太くん!」


 通りを歩いていると、後ろから声をかけられる。

 この声、そして呼び方は。うん、美琴さんだ。


「どうしたんですか、美琴さん」


「じゃじゃーん! これなーんだ!」


 そう言って彼女が差し出してきたのは、ご飯の入った透明なカップ。


「明太子茶漬けですか?」


「えっ、嘘なんでわかったの!?」


「いやまあ、前回来たときに見たことあったんで」


 しかし、俺が知ってるのとは少し違う。なにせ、俺が知っている明太子茶漬けは温かいもので、プラカップに入れるにはどうにも問題が発生しかねない。

 しかし、美琴さんが持っているのは透明なプラカップであり、当然湯気など出ていない。


「明太冷ジュレ茶漬け! 美味しそうだったからつい買っちゃった! ……まあ、もう混ぜちゃったあとだからジュレがジュレのテイをなしてないけどね」


 なるほど、夏場ということで冷たいバージョンを販売しているのか。

 スプーンですくって、パクリ、と。ひとくち口に含むと、美味しかったのだろう。「んんー!」と嬌声を挙げていた。


「裕太くんも食べたい?」


「えっ、まあ気にならなくはないですけど」


 ただ、既に梅ヶ枝餅、金糸モンブラン、生プリンアイスと食べていて、そこそこお腹に来ている。ので、正直今はいらない、が。


「んもう、しょうがないなあ! はい、ひとくち!」


 あーん、と。彼女は言いながら、スプーンを差し出してきた。

 ……ハッキリといらないというべきだったか。しかし、とはいえ好意を無碍にするのは違うか。

 言われるままに口を開けると、美琴さんはなぜか顔を真っ赤にして「えっ、えっ?」と困惑を顕にしていた。


「ゆ、裕太くん? 平気なの?」


「いやまあ、別に辛いのは平気ですけど」


「いや、そうじゃなくって……」


「ああ、別にめちゃくちゃ食べたいったわけじゃないから、分けたくないならそれでいいですよ?」


「んー! そうじゃなくって! もうっ、知らないっ! ほら、口開ける!」


 なぜか半ばヤケクソ気味になった美琴さんが、真っ赤な顔で再びスプーンを差し出してくる。

 意味不明になりながら、とはいえ言われたとおりに口を開ける。やや強めに突っ込まれたスプーンに、一瞬嗚咽が出そうになったが、なんとか堪える。


「そ、それで? どう?」


「うん、おいしいですね。出汁が効いてて、それでいてほんのり明太子の味がする」


「だよねっ! うん! それじゃあ私は次の食べるもの探してくるから!」


「あっ」


 ……どうしてか、逃げ出すようにそそくさと美琴さんが立ち去っていった。


「まだ分けてもらったことへのお礼言ってないんだけどな……」






「それで? 全員食べ過ぎてお昼ごはんはいらないかな、って?」


「はい……」


 しょぼん、と。揃って若干落ち込んでいる。どうやら全員、あのあと結構食べたらしかった。


「まあ、俺も正直お昼ごはんを食べられなくはないが、別になくてもいい、くらいではあるから。……まあ、いいか」


 ならばもう少し食べておけばよかったと思ったが。しかし、次の行き先がアソコなので、そこで食べられるだろう。

 ちょうど時間的にも半端なので、ある意味タイミングもいい、のか?


「それじゃあ、次の目的地に行こうか」

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