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#38 俺の友達になにかご用事で?

「ですから。私と妹は今休憩しているだけで、他の方もいまして」


「他の女の子たちも一緒でいいからさあ」


「男性の方もいらっしゃるのですが」


「いいじゃんいいじゃん、そんな男はほっといてさ! 俺たちとも遊ぼうぜ?」


「……いいからどっかいって」


「小さいのに頑張って、かわいいねえ」


「うるさい。小さいのは関係ない。……いい加減、お前らみたいな下賤な野郎にお姉ちゃんはもったいないってことを自覚しろ」


「おうおう、ちっこいのは見た目はかわいくても性格がかわいくないねえ。……ちょっとわからせてあげたほうがいいか?」


 ビーチテントの近くまで来ると。下卑た声でそんな会話をしているものが聞こえてきた。


 ……偶然とはいえ、あのとき転んでいてよかった。立ち上がろうと身体を捻ったときに、この様子に気づくことができたのだから。


 強めの外行きモードで冷静に対応しようとしていた絢香さんに対して、それでも一向に引き下がろうとしない男たちに痺れを切らした涼香ちゃんが、ややキレ気味で口を挟んでいた。

 涼香ちゃんは、男たちと絢香さんの間に入り、彼女を守ろうとしようとしていたのだが。どうにも体格差云々や、また、まだ冷静に対応できていた絢香さんと違い、涼香ちゃんはかなりイラつきのままに行動してしまっていたようで、その言動が男たちの怒りに触れかけていた。


 これは脅しだ、と言わんとする様子で。1番前にいた男がポキポキと指の骨を鳴らしていた。

 涼香ちゃんが気丈にそれに立ち向かおうとしていたが、どうにも足が震えかけている。


 かなりヤバい状況ではあったが。……とにかく、間に合ってよかった。


「すみません、お兄さん。……俺の友達になにかご用事でしょうか?」


「なっ。マジで男がいたのかよ……」


 グッと、絢香さんたちに1番近かった男の肩を掴み、そう声をかける。


「チッ、ズラかるぞテメーら」


 俺の存在を確認するや否や、彼らは悪態をつきながら、どこかへと歩き去っていった。


 男は金髪でかなりチャラチャラしている印象ではあったが、腕はそこそこに細腕で、あまり荒事が得意そうな印象は受けない。

 ……さては、涼香ちゃん相手くらいなら、多少脅せば怯んでなんとかなると思って粋がってたなコイツ。


 当然、俺がいたところで多勢に無勢なので俺たちの方が劣勢なのだが。大人しそうな女の子と小さな女の子。それと、プラスで男子がひとり。という状況では、抵抗される時間が増えるのが目に見えているし、そうなれば騒ぎになって面倒ごとになるのは明白だった。


 まだ、常識的な判断の通用する相手で良かったと安堵しつつ、俺はゆっくりと彼女らの横に腰を下ろした。


「すみません、裕太さん。迷惑をかけてしまって」


「大丈夫だよ。むしろこれに関しては、絢香さんや涼香ちゃんみたいな人たちを放置しておくことのリスクを考えてなかった俺や直樹の不始末だ」


 事実、絢香さんや涼香ちゃんは美人や美少女に分類される人間だ。そんな人たちをビーチに放置しておけば、さっきみたいな輩がやってくる可能性は当然あるわけで。

 俺のそんな言葉に、外行きモードが緩まった絢香さんは顔を赤くして照れていた。


「とはいえ、涼香ちゃん。今回は俺が間に合ったからどうにかなったけど、あんなふうに他人を挑発するようなことは言わないほうがいいよ」


「でも」


「でもじゃない。そのせいであの男が逆上して襲いかかってたらどうするつもりだったんだ?」


「それは……」


 彼女は、そう言うと言葉に詰まってしまった。返す言葉が見つからない様子で、悔しそうにする涼香ちゃんに、俺は諭すように言葉を続ける。


「もちろん、じゃあどうすればいいんだって言われると。正直ああいう事柄についてはケースバイケースとしかいえない。だからこそ、自分たちに危険が迫ったときには、自分の安全を確保するために動くんだ」


 たとえ、どれほど武術に精通した人間であろうとも、ナイフを持った相手と相対した場合、最善の手段は逃げることであり、そういった状況下で最も有利なのは逃げ足が早いことだ。

 これは、戦ったら勝てるかどうかということではない。自身に危険が迫ったときに取るべき行動は、危険の排除ではなく、自身の安全の確保だということだ。

 だからこそ、あの場においての絢香さんの判断は正しく、相手がしつこかったとはいえ、のらりくらりと相手の要求を躱していくことにより、なんとか俺たちか、あるいは周囲の誰かに気づいてもらえるまでの時間を稼いでいたとも言える。


「でも、裕太さんもお姉ちゃんを助けたときは」


「アレはよくない例だ。……俺も、なんであのときそんなことしたのかわからない」


 まさかそれを引き合いに出されるとは思わなかった。……というか、俺としても忘れてはいた。

 結果的に状況は好転したが、あのままふたりとも……なんてこともあり得たわけで。


 それはそれ、これはこれと。あまり良くない説明ではあったが。諭すように俺は彼女に説明をする。


「……私は、ただ。お姉ちゃんを守りたくて」


 涼香ちゃんは唇を噛みながら、目を伏せる。


「その気持ちは立派だけど。でも、涼香ちゃんが傷ついたら、きっと同じくらいに絢香さんも悲しむから」


「……っ」


 涼香ちゃんはまだ反論をしようとするが、今度は絢香さんにも止められる。絢香さんとしても、俺と同じ意見のようだった。


「……わかった。気をつける」


「よろしい」


 まだどこか不服という様子こそ抜けていないが、しかしキチンと納得はしてくれたようだった。


 それにしても、本当に不思議な子だ。……というか、掴みどころが難しいというべきか。


 ただ、一貫してわかることといえば。涼香ちゃんの行動は、原則的には絢香さんのためを思ってのことだということだ。はたしてそれが、正しく絢香さんのためになっているかは別として。

 ……実際、例えば絢香さんとしては自身の好意を俺に伝えられたことは尋常じゃなく恥ずかしいことだったとは思う。

 しかし、結果論的に話してしまえば涼香ちゃんによる暴露があったおかげで俺としても変な裏がないということがわかったし、個人的な感覚としても好意を寄せられているということに対して、それゆえの行為を無碍に扱うのもはばかられたということもある。

 そうして結局俺が彼女たちのことを受け入れてしまっているので、そういう意味ではただの暴露のように見えて、絢香さんのために行った行為と受け取れなくはない。


 ……まあ、とはいえ。彼女の行動の理由に、ただ面白そうだからという理由が見え隠れすることも多いのだが。


「ねえ涼香ちゃん」


「ん、どうしたの」


「絢香さんのこと、好き?」


「当然」


 俺の尋ねたその言葉に、涼香ちゃんは即座に反応する。

 近くで絢香さんが少し動揺している様子が見えるが、俺としては予想通りの反応ではあった。


「そっか」


「……もし、裕太さんがお姉ちゃんのことを好きになったとしても、お姉ちゃんをあげるのは私に勝ってからだから」


 それはまた、随分と大きな壁だことで。






「お腹減ったー!」


 そんなことを叫びながら、帰ってきた直樹はそのままパサリとレジャーシートの上に倒れ込んだ。


「……随分と疲れた様子だな」


「おう! 全力で遊びまくったからな!」


 満足そうにいう彼に苦笑いを向けつつ、時間を確認してみると。たしかにそろそろ11時半になろうという頃合いだった。

 お昼ごはんには少し早い気もしなくはないが、しかしジャスト昼時になってしまえば混み出すだろう。


「それじゃあ、海の家でお昼ごはんを買ってくるが、みんななにがいい?」


 そう尋ねると、それぞれ口々に「焼きそば!」「たこ焼き!」「フランクフルト!」などと言い始める。……聞き方が悪かったのもあるが、これではわからない。

 いったん全員に追いついてもらってから、改めてひとりずつに希望を聞く。


「……結構な量になるな」


「7人分ですものね。私もお供します」


「いいの? 絢香さん」


「はい。私はさっきまで休憩していたので、体力の方は万全なので」


 ナンパの一件のあと、荷物番は俺が変わるからと絢香さんと涼香ちゃんに混ざって遊んでくるように促したのだが、絢香さんは「私も残ります」と言って、結局今に至るまで一緒に休憩していた。

 ちなみに涼香ちゃんは「アレに混ざる気力はない」と言って、俺たちからそう離れない場所で砂をいじって遊んでいた。


「それじゃ、俺と絢香さんで行ってくるから。直樹、いろいろと頼むぞ?」


「お、おう?」


 わざわざ直樹を指名してそう言ったが。……どうやらなんのことだからあまり察しはついていない様子。とはいえ、直樹がいればナンパが寄りつくこともないだろう。俺よりもコイツの方が体格もいいし。

 絢香さんが買いに行く。状況のみを雑に言ってしまえば、パシリに行くというような状況に「そ、そんなことをしてもらうわけには!」と、雨森さんが代わりに行こうとしたが、直樹ですら疲れている状況にそれより体力のない雨森さんが疲れていないわけもなく。「午後からも楽しむために休んでいてください」という絢香さんの説得で納得してくれていた。


 ふたりして並んで海の家に買い出しに行く。スマホのメモに書いた内容を再度確認していると、隣から声をかけられる。


「……さっきは、本当にありがとうございました」


「ん? ああ、ナンパのこと? アレに関してはさっきも言ったけど、むしろ失念してた俺たちのほうが謝りたいくらいなんだが」


「いえ。もちろんそれに関しても感謝はしているんですが。……涼香のことで」


 涼香ちゃんのこと? と。俺が首を傾げていると、彼女はそのまま言葉を続ける。


「涼香は、自分で言うのも気恥ずかしい話ではあるんですが、私のことを随分と大切に思ってくれているみたいで」


「だね。それは俺の目から見てもよくわかる」


「しかし、それゆえに彼女自身のことを疎かにすることがしばしばあるんです。……今回のこともそうでした」


 それは……たしかにそうかもしれない。

 彼女の言うとおり、今回の事例は間違いなく絢香さんのためを思って起こした、己を犠牲にしかねないような行動と言えた。

 それ以外にも。……それこそ、涼香ちゃん自身がメイドになっていること。初めて会ったときのあの話。改めて振り返ってみると、涼香ちゃんがメイドにならないといけない理由がない。

 絢香さんにとっては、たしかに俺に取り入るためのうまい手段として考えることができるのだが、しかし涼香ちゃんから見て俺の存在は別にとうでもいいわけで、わざわざメイドになる必要なんてなかったわけだ。


 ――唯一、絢香さんのために、という理由さえ除いてしまえば。


「すごく、言いにくいことではあるんですが。その原因は私にあるんです」


 絢香さんのその表情は、悔しそうで、苦しそうで。……おそらくは、このことに対して罪悪感のようなものを感じているのだろう。


「原因が私にあるだけに、私から強く言うことができなくて。だからこそ、裕太さんに今日言っていただいて。……私の思っていることを、代わりに伝えてもらえて」


 なるほど。……きっとその原因は、彼女にとっての深いところなのだろう。郊外レクのときに触れた、アレと同じか、それ以上に深いところ。

 だからこそ、今はそれには触れない。触れるべきではないだろう。

 ……めちゃくちゃに気になりはするものな、俺は敢えてスルーしつつ、話を続ける。


「……でも、それならやっぱり俺はその感謝は受け取れないかな」


「えっ?」


 不思議そうに、目をまんまるにして彼女はこちらを見つめてくる。

 そんな彼女に、俺はゆっくりと微笑みを向けて、その理由を話す。


「あのとき俺が伝えられたのは俺の言葉だ。……残念ながら、絢香さんの気持ちまでを十二分に伝えられたとは俺は思えていない」


 納得はしていたようだったが、しかし不服といわんばかりの涼香ちゃんの表情が思い出される。

 ……アレは、俺の言葉からではダメだ。


「だからこそ、キチンと。絢香さんの言葉で、絢香さんの口から。改めて伝えてあげて?」


 そう、伝えると。彼女はしばらく考えたあと、「はい!」と。そんな素直な答えを返してくれた。

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