#37 相変わらず大きい直樹の荷物
「そういえば、以前のハイキングのときもそうだったが。遊びに行くときのお前のカバンはいつもデカイな」
「おお、やっとそこにツッコんでくれたか」
フッフッフッと、直樹がなぜか不敵に笑うと、持ってきたカバンをガサゴソと弄る。
「じゃじゃーん! スイカ! と、それからバット!」
そう言いながら直樹が取り出したのはなかなか立派なスイカと、金属バット。海水浴に来ているというのにやけにカバンがパンパンかと思えば、これらが相当に容積を奪っていたかららしかった。
「で? それでなにをするんだよ」
「スイカとバットといえば、もう決まってるだろ! スイカ割りだよスイカ割り! いやあ、去年はふたりだったからさすがに多いと思ってやめたが、今年は7人もいるからな! 食べきれるだろ!」
まあ、スイカとバットという組み合わせでそれ以外ないだろうと思っていたが。
「……直樹、悪いが却下だ」
俺がそう言うと。数秒、なにを言われているのか理解できていないといった様子でフリーズし、あんぐりと口を開けて「なんで!?」と叫んだ。
「これめっちゃ重かったんだぞ!?」
「だろうな」
金属バットだって軽くはないだろうし、なによりスイカがめちゃくちゃに重たい。おそらくコイツが彼の荷物の重さの過半数を占めていたといっても過言ではない。
直樹的には行きは重たくても帰りは食べて帰ってこれるから軽くなるだろうし、という考えもあったのだろうが。……しかし、ちょっと考えが甘い。
「じゃあ聞くが、直樹。レジャーシート……いやこの際普通のブルーシートみたいなのでもいい。そういうの、追加で持ってきてるか?」
「いや、持ってきてないぞ」
現在俺たちが持ってきているシートは、荷物や飲み物なんかを置いておくための1枚のみ。思ったよりも嵩張るため、今回はそれ以外に持ってきていない。
「なら別の質問だ。直樹、砂まみれのスイカを食いたいか?」
「あっ」
どうやら直樹は、夏、海水浴場、スイカ割り! という安直な発想からスイカ割りをやろう! とだけ考え、これらを用意してきたらしかった。
たしかにアニメや漫画なんかでもしばしば見られる光景だし、その中でも普通に砂地にスイカを置いて割っている作品もあったりするが。
もしかしなくても、砂地でそのままやれば砂がかかりかねない。
「スイカ割りって、半端な力じゃ思ったよりも割れないし、だからといって力いっぱい振り下ろすとめちゃくちゃに割れたりするから、基本的にはキレイに割れないんだよ」
「それを砂場でやったら……まあ、たしかに砂がつくな」
あらかじめ包丁などで切れ目を入れておけばキレイに割れやすいといった話もあるが、当然このスイカに切れ目など入っているわけもなく、現在切るための道具もない。
そもそも切れ目を入れていてもめちゃくちゃに割れるときはめちゃくちゃに割れる。
「あとは、後片付けの心配とかもあるしな。万が一にめちゃくちゃな割れ方をしたとき。ブルーシートとかの上でやれば、よっぽど吹き飛びでもしなけりゃそれを畳めば片付けが済むが、そのままやれば砂地からスイカのクズを探して拾うハメになる」
「わかったわかった。……たしかにこれについては俺の想定が甘かった」
そう言いながら、直樹は物悲しそうに持ってきたスイカを撫でていた。……少し言い過ぎたか。
「お前のことだから、用意してきた遊びはスイカ割りだけじゃないんだろ? ほら、他のことやって遊ぼうぜ?」
「よっ、と」
「それっ!」
「裕太、そっちに上げるわよ!」
「えっ、わかった!」
頭上を飛んできたボールを追って、砂地を駆ける。
思ったよりも砂に足を取られるため満足には動けないが、それでもなんとか追いかけて、ボールの着弾地点に入る。
「茉莉! いけっ!」
両の手のひらでボールに触れると、それを弾き返して空中に高く飛ばす。
茉莉はボールの近くで高く跳躍すると。
スパーンッ! と、気持ちのいい音を立てながら、ボールを手のひらで弾く。
ボールは直樹と美琴さんの間をバウンドして、そのまま彼らの後ろへと飛んでいく。
「おいおい、ビーチバレーでバッチリスパイク決めてくるやつがいるかよ」
「ついさっきほぼ同じことをしてきた直樹が言っても説得力ねえぞ」
「ははっ、俺はいつだって遊びに対して全力だからな!」
道理の通ってない直樹の主張を指摘すると、彼はいつものように豪快に笑って誤魔化す。……まあ、そのあたりあんまり考えてなさそうなのは直樹らしいが。
茉莉が全力で飛ばしたボールを、雨森さんが拾ってトコトコと歩いてきた。
「あの……これ……」
「拾ってきてくれたのか。サンキューな、雨森さん!」
「そ、それじゃっ!」
「あっ、ちょっと待って!」
ボールを渡すだけ渡して、そのままそそくさと離れていこうとした雨森さんのことを直樹が引き止める。
「せっかく一緒に来たんだしさ、雨森さんも一緒にしない?」
雨森さんも最初に一度気を失ってしまっていたが、現在休憩中の絢香さんとその付き添いの涼香ちゃんはともかく、彼女は随分と回復したようで、顔色も問題ないように思える。
そもそも気絶の原因が直樹による急接近諸々なので、通常の体調不良なんかとはワケが違うのだが。
「えっと……できれば遠慮したいかなあって」
「そっか。俺としては無理強いはするつもりはないが、もしよければ理由を聞いてもいいか?」
直樹の考えとしては、みんなで楽しくやりたい、というところなので。こうしてボール拾いをしているだけの雨森さんのことが気になっているのだろう。
もちろん、ボール拾いは俺たちの誰かが彼女に頼んだわけではなく、雨森さんが自主的に行っていることではあるのだが。とはいえ、普通に考えてやりたくてやる仕事ではないだろう。
「えっと、その……皆さんの動きがすごすぎて、ついていける自信がないので」
「あっ」
「うっ」
雨森さんのその言葉に、主に自覚がある人間。具体的にはスパイクをバッチリと決めていたおふたりがバツが悪そうに視線をそらす。
まあ、おそらく雨森さんが言っている皆さんの中には、俺や美琴さんも混ざっているんだろうけど。
「……よし、試合はここまでにしよう」
「えっ、いや、私が参加できないからってわざわざやめていただかなくても」
「いや、そもそもビーチバレーの性質上、4人以上でやるってことには向かないものだしな。そのうち新井さんたちが復帰したときに、どうせやめなきゃだったし」
そう言いながら、直樹は地面に描いていたコートもどきの線を足で消す。
「それに、いい加減暑くなってきたから海にも入りたかったしな。浅瀬でトス回しならみんなでもやりやすいんじゃないか?」
ニコッと笑ってそう提案する直樹。その提案に雨森さんも「それくらいなら……」と、肯定的な反応を示す。
でも、思ったんだが。ただの砂地でも足を取られて大変なのに、浅瀬とはいえ水があるぶん、今やってたやつより難しくなるんじゃないか?
ふたりに視線を向けてみるが、どうやらそのことには気づいていない様子。
教えてあげるほうが親切なような気もしたが、しかしせっかく参加する気になってくれた雨森さんに、参加を断念するようなことを言うのも気が引ける。
少し未来の雨森さんには悪いが、ここはなにも言わずに黙らせてもらうことにした。……ごめんね?
浅瀬でのトス回しは、案の定かなり難しいかった。
予想通り足が取られることに加え、ボールが軽いこともあって、トスが風によって流されて、落ちる場所がズレたりする。
スパイクなんかがないからそれについてはマシではあるが。結局のところ差し引きゼロか、あるいはマイナスというくらいには難しくなっていた。
「それっ」
茉莉の打ったボールを、
「いくよー!」
美琴さんが打ち返し、
「直樹、受け取れ!」
俺が直樹へ送って!
「よし、雨森さん。いくよ!」
直樹が雨森さんに送る。
しばらくトス回しをしていて、さっきまで試合をしていた4人はこの難易度を察してか、あるいは直感的に気づいてか。
運動が苦手だからと参加を敬遠していた彼女を余計に難しいことに誘ってしまったがために、雨森さんがこのままだと十分に楽しめないのではないかという共通認識が生まれたのだ。
そして。全員がそれを察したからか、謎の連携が生まれ。この中では1番トスのうまい直樹が、雨森さんに丁寧にボールを送ろう、という。そんな考えが暗黙のうちに4人に広がっていた。
「えっ、えーいっ!」
雨森さんが、精一杯にボールを弾き返す。向かうさきに近いのは……俺か。
2、3歩後ろへと動き、ボールの下に入る。が、その瞬間に、風が吹いて、予想よりもさらに後ろにズレる。
マズイと思って、さらに後ろに下がろうとしたとき、水に足を取られてしまう。
「しまっ――」
気づいたときには時既に遅し。俺の身体はそのまま後ろに引っ張られるようにして倒れていき、バシャーンという音を立てて水しぶきがあがる。
幸い、水のおかげで痛みなんかはほとんどなかったが、そんなヘマをした俺をみた、直樹の笑い声が聞こえてくる。
ポテン、と。オマケと言わんばかりにボールが俺の顔に落ちてきて。茉莉と美琴さんまで少し笑っていた。
「ごめんなさい、小川くん! 私が下手くそなばかりに」
「いや、雨森さんのせいじゃないよ。俺が普通にミスっただけだからね」
申し訳なさそうに駆け寄って来てくれた雨森さんにそう言いつつ、俺はボールを持ちながら上体を起こすと、未だ笑い続けている直樹の顔に向かって無言でボールを投げつける。
「あだっ」
全く気づいていない様子だった彼の顔にボールは見事クリーンヒット。直樹の顔で高くバウンドしたボールは、そのままポチャンと海面に落ちた。
とりあえず座りっぱなしのままでもいられないし、いったん立つ。
直樹はというと、俺の行動に文句を言いたげではあったが、しかしさすがに自分の態度が原因であるということは察しているらしく、複雑な心境が表情にまで現れていた。
「まあ、裕太も平気そうだし、それじゃあ続きをするか!」
直樹がそう言って、再びトス回しを始める。
高く上がったボールは茉莉、美琴さんと回り、俺のもとへと回ってきた。
それを打ち返そうとしたところで、視界の端にちょっとした光景が映った。
「あっ……」
それを見た俺は、思わず打ち返すのを忘れていて。ボールはそのまま俺の手の中にスポッと収まった。
「裕太?」
「あ、ああ。すまん」
俺の様子がおかしいことに気づいたのか、茉莉が心配そうに俺に声をかけてきた。
「あー、えっと。ちょっと疲れてきたから、いったん休憩してきてもいいか? さっき転んだところも気になるし」
俺がそう言うと、直樹だけ少し引っかかることがあるといった反応を見せたが、しかし誰も引き止めることはなく。そのままトス回しから離脱することができた。
持っていたボールは茉莉に渡して。そのままひとこと行ってから、彼女らに背を向ける。
相変わらず、直樹は変なところで勘がいい。その引っかかることというのは、正解だ。
今回理由にした、疲れたということ、転んだところが気になるということ。そのどちらも嘘ではあった。
だがしかし、今回ばかりはその勘をスルーしてくれて、本当に助かったというべきではあるが。
そんなことを思いながら。俺は急いで、休憩用のビーチテントへと駆けていった。