表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/131

#36 プレゼントとリップクリーム

 海水浴場、更衣室。私たちの他にも、既に結構な人数の人が先に着替えていた。


「さて、着替えますか!」


 茉莉ちゃんは周囲をぐるりと見回し、それなりに広いスペースがあるところを見つけると、そこに向かってスタスタと歩いていく。


「それじゃ、アイツらを待たせるのも仕方ないし……はい、これ」


 そう言うと茉莉ちゃんはカバンから水着を取り出した、のかと思えば。……なにか、包装紙で包まれたものを私に差し出してきた。

 続けて美琴さん、そして雨森さんが同じようにひとつずつ取り出して渡してくれる。


「これは?」


「誕生日なんでしょ? 今日」


「そう、ですけど。……えっ、用意してくれたんですか?」


「あたりまえでしょう。友達なんだから」


 そう言って、彼女はニッと笑う。

 ありがとうございますと、私はお礼を言いながら。3人からのプレゼントを受け取る。


「しかし、どうして? 私、誕生日を伝えた覚えはないんですけど」


 私がもしかして、と。涼香に視線を向けてみるが、彼女は首を横に振る。「なんなら伝え忘れてた」と、彼女は少し申し訳なさそうに言った。


「裕太が教えてくれたのよ。まあ、その裕太も雨森さんから教えてもらったらしいけど」


 その言葉のおかげで、なるほどといくらか合点がいく。そういえば、以前に裕太さんと雨森さんがショッピングモールで一緒に行動していたから、もしかしたらその時だろうか。

 茉莉ちゃんはその後で裕太さんのことを詰めてたし。そのときに聞いたか、あるいは普通に雑談として教えられたのだろう。


 あれ? でもそうだとすると、裕太さんも知ってるってことだよね?

 これといって声をかけられているわけでもないし、当然なにか貰ったわけでもない。そう、少し不安に思っていると、茉莉ちゃんが大丈夫だよ、と。そう声をかけてくれる。


「言い出しっぺはアイツだし、アレでも友達の誕生日とかはしっかり祝うタイプの人間だから、きっと帰ってから贈ってくれるわよ」


「ん。大丈夫。本人に確認とったわけじゃないけど、用意はしてるみたいだから。それに、お姉ちゃんたしかお父さんたちから言われて呼んだんでしょ? 今日」


 言われて、思い出す。そうだ、今日の私の誕生日パーティーに裕太さんを招待してるんだ。

 それを事前に言ったら裕太さんに変な気を使わせてしまうのではないかと思って言ってなかったが、しかしそれを察していたのであれば、そのときに渡そうとしてくれているのかもしれない。


「改めて、ありがとうございます。雨森さんは、たしか去年もくださいましたよね?」


「覚えててくれたんですか!? うへへへへへ」


 彼女は、顔をふにゃあと柔らかくして嬉しそうにしてくれる。こちらとしてはお礼を言っているだけなのだけれど、それでこんなに喜んでくれるなんて。


「これは、ここで開けても大丈夫なんでしょうか? それとも持ち帰ってから開けたほうがいいですか?」


「私はどっちでも大丈夫よ」


「私もー!」


 そう言うのは、茉莉ちゃんと美琴さん。


「えっと、私のものは今開けてもらえると、嬉しいかなあって」


 そして、雨森さん。


「でしたら、ここで開けさせてもらいますね」


 一度、棚に荷物を置き、ひとつずつ手に取る。

 まずは、茉莉ちゃんから貰ったもの。黄色の包装紙を丁寧に剥がし、中身を取り出す。

 プラスチック製の透明な箱。中に入っていたのは、造花のついた髪飾りだった。


「まあ、申し訳ないけど。ただの安物よ?」


「いいえ、とても嬉しいです」


 彼女は安物とは言っているが、そんなに質の悪いものには見えない。見た感じだけで言えば、高校生からしてみれば高い買い物に見える。


「そう。それならよかった」


 ふふん、と。茉莉ちゃんは素っ気ないふうに装いながら。しかしその実、嬉しそうに頬を緩めていた。


「次は私のやつ! シュシュだよ!」


 ……包を開けるより前に、中身がバレてしまっている。私は苦笑をしながら、美琴さんから貰ったものの封を開けると、中からはパステルカラーのシュシュがいくつか出てきた。

 

「絢香ちゃん、いつもはシンプルな髪留めばっかりだけど、そういうのでゆるっと纏めてみても可愛いかなーって思って!」


「ありがとうございます!」


 よく見ると、縫製のあとがある。おそらくは、手作りだろう。

 誕生日プレゼントとしていろいろな人から貰いはするが、高いものをと思ってプレゼントを選んでくる人はいても、こうして手作りのものを、とくれる人はいなかったので。貰ってみると、嬉しい。


「最後に、私のものですね! とりあえず開けてみてください!」


 急かされるようにして開いてみると、中からは化粧品のような箱。よく見ると、色付きのリップクリームのようだ。


「……よく私がこのメーカー使ってるって知ってたね?」


「それはもちろん! 新井さんの使っている化粧品は会話の端々や普段の行動もろもろからしっかりと抑えていますよ!」


 そっか。そっかぁ。……別に隠しているわけじゃないし、たしかにクラスメイトの人からなにを使っているのかと聞かれたときは答えたりしてるけども。ただ、雨森さんとはそういうこと話したことなかったから。驚いたというか、……ちょっと怖い。


「あっ、そうだ! この色なんですけどね」


 そう言うと、彼女はそっと私に近づいてきて、


「これ、裕太さんが新井さんに似合うと思うって言った色なんですよ!」


 と。そっと、耳元で囁いてくる。


「へ? ……ふぇっ!?」


「きっと喜んでくれるかなと思ったんですけど、いかがです?」


 ニヘヘっといたずらに笑ってくる彼女に、しかし私は気持ちの収まりがつかず、困惑が先行する。

 隣にいた茉莉ちゃんが「うわあ、顔真っ赤」と呟く。待って今私どんな顔してるの!?


「それはっ! その、うっ、嬉しいですけど。でも、どうして?」


「好きなんじゃないんですか? だっていつも一緒にいるでしょう?」


「――ッ!」


 嘘でしょ、と思って他の3人に視線を向けると。しかし彼女らは「そりゃまあ、そうでしょう」と。


「いや、逆にバレてないと思ってたの?」


 そう言うは、茉莉ちゃん。


「どうせお姉ちゃんだし」


 涼香も、そう言って続ける。


「クラスでの様子は知らないけど、まあバレてはいるんじゃない?」


 美琴さんまで。……いったい私の評価ってどんなものになってるんだ。


 雨森さんにバレているのであれば、きっとクラスメイトたちにもバレているんだろうか、と。そう思ってみると、恥ずかしさが胸の奥から溢れてくる。

 顔の熱さが強く感ぜられて、気持ちを抑えようと、顔を覆ってその場にうずくまる。


「もし、よければぜひとも使ってみてください」


 ――もしかしたら、気づいてくれるかもしれませんよ?






 ……つけてしまった。本当につけてしまった。

 それは、雨森さんに言われたように、気づいてくれるかも、という気持ちから来たものだった。

 それによって、彼が喜んでくれるだろうか。かわいいといってくれるだろうか。そんなように、はやる気持ちを巡らせる。


「ね、ねえ。裕太さん」


 そうっと声をかける。さっき言われた言葉たちが頭をぐるぐる駆け巡っていて、まだちょっと考えに整理がついていない。


「どうした? なにか用事か?」


 ……あっ、しまった。もしかたら気づいてくれるかも、おいうそんな気持ちばかりで声をかけたから、会話の内容なんか考えていなかった。


「えっと、な、なんでもない!」


「ん? そうか」


 首を傾げる彼に、心の中でごめんなさいと言いながら。……ちょっと残念に思う。

 正直なところでいえば、こんな小さな変化に。ワンポイントだけの変化に。気づけと言うのはかなり難しい話だと思う。それに気づかなかったからといって残念だというのはかなり理不尽な話だとは思うけれど。


 ――これ、裕太さんが新井さんに似合うと思うって言った色なんですよ!


 その、雨森さんの言葉に。どうしても期待してしまう私がいた。

 会話が続いていないのに顔を向け続けるのは不自然な行動かもしれないけれど。もしかしたら気づいてくれるかもと思って、顔を向けてしまう。

 その行動に、やっぱり彼も変に思ったのか「どうした?」と、声をかけてくる。


「な、なんでもないの!」


「それならいいんだが。……少し顔が赤い気がするが、絢香さんも少し日陰で休んだほうがいいんじゃないか?」


 顔が赤いのは、別の理由なんだけどな。……けれど、これ以上粘るのは変に裕太さんに心配をかけるだけだろうし、それに私の気持ちが抑えられなくなってしまいそうだった。

 ダメだったか、と。そんなことを思いながら、彼から視線をそらして、現在休憩をしている雨森さんの方に足を向けた。


「あ、そうそう」


 歩き始めたときに、忘れもの、とでも言わんばかりに彼はそう口を開いた。


「唇。その色、絢香さんによく似合ってるよ」


「――ッ!」


 声にならない叫びが、感情に押し流されるようにして口から溢れてくる。

 抑えられない気持ちに突き動かされるようにして、私はその場から逃げ出すようにして走り出す。


「あれ、あんまり言わないほうがいいことだった?」


 遠く後ろの方から、裕太さんのそんな声が聞こえてくる。


 そんなことない。そんなことない。そう言ってあげたいけど、そんなこと言っている余裕なんてない。

 気づいてくれた、褒めてくれた。たったそれだけに、しかし、それだけのことに。けれど、私の感情は有頂天にまで飛び上がる。


「……はぁ、ふぅ」


「えっと、新井さん、どうしたの?」


 ビーチテントの下で茉莉ちゃんにうちわで仰いでもらっていた雨森さんが、慌てて走ってきた私をみてそう声をかけてくれた。


「その、えっと……」


 なんて言おうか。言葉を少し選ぶ。

 彼女たちに限って、私の言ったことに対してからかってくるということはないかもしれないけど、けれどやっぱり、この気持ちをハッキリと伝えるのは恥ずかしい。


「……雨森さん。その、リップクリーム。ありがとうございます」


「もしかして気づいたんです!?」


 くわっ、と。彼女は身体を急に起こして。しかし「あうっ」と。急に動いたがために気分が悪くなったのか、頭を抱えながらそのまま再び横になる。


「その、はい。……気づいてくれました」


「すごいですね。いや、あんなことを言った手前、色付きリップクリーム程度の変化で本当に気づくのかな、なんて、ちょっと半信半疑だったんですけど」


 ……その半信半疑から来た発言で気持ちを大きく乱されていたがわからするとたまったものではないのだが。


「しかし、それでどうしてここに?」


「ええっと、嬉しくはあったんですが。その、気持ちの整理がつかなくて。それで」


「逃げてきちゃったのね。なるほど」


 茉莉ちゃんはそう言って、まあいいんじゃない? と。

 曰く、どうせ裕太のことだからなんの脈絡もなくしれっと言ったんだろう、と。それならアイツにも悪いところはあるから、気にしなくていい、と。


「そんなことよりも」


 パシッと。茉莉ちゃんが私の手首を掴んで。


「休憩、しにきたんでしょ? ゆっくりしていきなさいな?」


「ふぇっ!?」


 グイッと、ビーチテントの中に引き込まれる。そのまま茉莉ちゃんにキャッチされ、もとい、捕まって。


「その間、じっくりとお話を聞かせてもらうとして」


「そうですね。私も新井さんのお話を聞きたいです!」


 あれ? もしかして私。逃げてくる方向、間違った?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ