#34 予定の日取り
ひととおり昼飯を購入し、俺たち3人がトレイに料理を載せながらテーブルに戻ると、どうやらこちらは未だ話が進んでいないようだった。
「まあ、とりあえず食べたらどうだ?」
冷めてしまっても仕方がないし、と。俺がそう言って促すと、彼女らは一旦緊張感を解いて食べ始めてくれる。
そりゃあこっちも進んでくれていればそれに越したことはなかったが。しかし、絢香さんの誕生日プレゼントということを明かせる俺と、目の前に本人がいるために伏せざるを得ない雨森さんとでは説明の難易度に天地の差が出るだろう。
まあ、これに関しては少時間とはいえ雨森さんがふたりを引き受けてくれたおかげでこちらも状況の把握と説明がスムーズにいったので。残りふたり、絢香さんと茉莉への説得も俺が引き受けよう。
もちろんそれは後での話だが。とりあえずは、昼ご飯を楽しみたいので。
ポテトを少しトレイの上に出して、全員から摘みやすくする。ついでに、2、3本ほど摘んでおく。
……そうだ。せっかくなら、誘ってみようか。
「なあ、雨森さん。今、夏休みに海に行こうかという計画を立てているんだが、雨森さんも来るか?」
「海、ですか」
俺のその提案に驚いた様子を見せる雨森さん。そして、同様にびっくりした顔になった茉莉。
まるでまさか誘うとは思っていなかったと言わんばかりのその表情に。しかし、自分でも珍しいなと思ってしまっているので、それを否定もできない。
雨森さんの反応は思ったよりも芳しくなく。そもそも印象としてそこまでアウトドアな人ではないので、海水浴とかそういうことに興味がないのかもしれない。
「もちろん無理に誘おうとは思っていないが、しかしここにいる人たちと、それから直樹が行くからせっかくなら声だけでもかけてみようかな、と」
そう。いつもの俺なら絶対に誘っていなかった。しかし、今回についてはここのメンバーに加えて、直樹が参加者なのがあまりにも理由として大きかった。
つまるところが、校外レクのメンバーとして、せっかくなら誘ってみよう、というわけだった。まあ、プラスアルファで美琴さんと涼香ちゃんがいるが。
「ちなみに日程はいつなんです?」
「まだ確定はしてないけど、ただ候補は夏休み中で、7月の21かにじゅ――」
「7月21日!? 行く、行きます、行かせてください!」
うおう、と。思わず一瞬身を引いてしまう。まさかこんなに食いついてくるとは思わなかった。
バンッと、テーブルに手をついて身を乗り出して。少し息を巻きながらそう宣言した彼女は。しかし即座に自分の行動を顧みたのだろう。顔を真っ赤にしてしおしおとそのまま小さく元の席に座っていった。
「……とのことだが、他のみんなはどうだろうか?」
直樹のときと同じく、ほぼ俺の独断で誘ってしまったため。他の参加者にもキチンと話を通しておくべきだろう。もちろん、今回はその場にいるのであくまで確認を取るだけだが。
そして、全員から別にいいんじゃないかという意見を貰い。なんなら、まだ決めあぐねていた日程も決まったのでちょうどいいという話にもなった。
ついで、直樹にも同様の話をしたが、即座にOKとの返事が返ってきた。男女比がとんでもねえことになってるな! とも言われたが、それはまあ、たしかにそうかもしれない。
「まあ、その代わり。しっかりと今日の事情については裕太から聞かせてもらうからね?」
と。茉莉から釘を刺されたが。
とはいえ、それについては元より話すつもりだったのでさして問題ではない。
「7月の21日に、新井さんと……うへへ……」
言っちゃあ悪いが、雨森さんが少し気味の悪い笑い方をしていた。
……7月21日。なるほど。なにかを忘れていたような気がしていたが、そうかこれか。海に行く日の候補日と、絢香さんの誕生日とが被っていたのだ。
同じ家に住んでいるため、俺にとっては大きな差ではないが。しかし、雨森さんにとっては大きな差なのだろう。
聞いた話によれば、たしか当日に渡すことができないため、終業式にこぞって誕生日プレゼントを渡しに行くとのことなので。そこで当日に会うことができるというのは、おそらく彼女にとってはとても嬉しいことだったのだろう。
どうやら満足してくれていたようなのでよかった。と、俺がそう思っていると。少しだけ、絢香さんの表情が困ったような笑いを見せた。
「あの、裕太さん」
「どうしたの?」
「あの、後で少しだけ。いいでしょうか?」
後で、と。つまりは、ここでは言いにくいことなのだろう。
もちろんそれについては断る理由もないので、俺はわかったと返すと、彼女はありがとうございますといつもの表情でお礼を言ってくれた。
「それじゃ、雨森ちゃんの水着を見に、レッツゴー!」
「あっ、あのっ!」
「大丈夫。私たちがしっかり見繕う」
「えっと?」
「ごめんね雨森さん。……このふたり、こういうテンションの人たちなの」
昼食後。そもそも今回のショッピングモールの目的が水着だったのでそれを達成した午後からはどうしようかという話になっていたのだが。その話題になったときに、ちょうど雨森さんが「そういえば私も水着持ってないな」と、口にしたのだった。
そしてその言葉はある種のトリガーとなって主に美琴さんと涼香ちゃんのスイッチを起動してしまい、それならば皆で雨森さんの水着を選びに行こう! という話になったのだった。
ちなみに、もちろんだが俺は抜きで。
ハイテンションな美琴さんとローテンションな涼香ちゃん。しかし、そのいずれもとても乗り気という奇妙な組み合わせに両手を引かれながら連行されていく雨森さんに、茉莉がため息をつきながらついていっていた。
「絢香さんは行かなくていいの?」
「ええ。あんまり人が多くても仕方ないでしょうし。その、さっき言ったようにお話したいこともありますし」
なるほど、と。納得した俺は連れ去られていく雨森さん御一行を送り出し、十分に距離が取れたところで「それじゃあ」と。
「まあ、話したいということだけど。その前にそれ、貰っていい?」
「えっ?」
俺が指差したのは、絢香さんの持っていた紙袋。おそらくは、買ってきた水着の入っているものだ。
「あっ、もちろん中に入ってるのがどんなのかを知りたいとか、そういうわけじゃないよ?」
「それは、ええ。そうだと思うんですけど。でも、なぜ?」
「なぜって。……なんというか、俺個人の感覚として、女性に買い物の荷物を持たせっ放しというのがあんまり慣れなくて」
これがスーパーに行った帰りで、持っている時間がそこまで長くないというのならまだいいのだが、しかしショッピングモールでまだ行動するとなると、必然的に持ち歩く時間も長くなるわけで。
元々、茉莉なんかに同伴した際にはむしろ向こうから持たせようとしてきていたため、こうして女性に持たせ続けるというのが、具体的に言葉にするのは難しいが、違和感というか、むず痒さを感じる。
「絢香さんが言うように俺に持たせるのは、って遠慮する気持ちもわからなくはないんだけど。俺としては、持たせてくれたら嬉しいかなって」
俺がそう言うと、彼女はまだ少し納得しきってはいないという様子ではあったものの。しかし、そういうことならばと荷物を渡してくれる。
うん、こちらのほうが、なんとなくしっくりくる。
「それじゃあ、改めまして。適当にぶらつきながら話そうか」
「はい」
そう言って俺が歩き始めると、彼女は1歩引いた位置についてくる。俺が少し歩調を緩めると、同じく彼女も歩調を緩める。
……学校なんかでも同じように彼女はついてくるのだが。しかしこと今については、
「絢香さん」
「どうしました?」
「横に並んだら?」
斜め後ろにいられると、正直少し話しにくい。普段であれば別段会話をしなければならないわけではないのでこの位置関係でも問題はないのだが。しかし、今回は話したいことがあるとのことなので、これでは些かやりにくい。
俺の言葉に従って彼女が隣につく。手を繋ぐわけではないが、しかし対向から歩いてくる人たちもいるために、自然と少し距離が近くなる。
もっと近い距離に接近したことも。一緒に歩くことも。そのいずれも経験がありはしたのだが。しかし、初めてのこの距離感に、つかず離れずの絶妙な位置に。ドクリと心臓がひとつ跳ねる。
「それで、話って?」
聴きたかったということが半分。自分の意識に冷静さを取り戻したかったというのが半分で。俺は彼女にそう問いかけた。
「その、7月21日のことなんですけど」
話しにくそうに、彼女はそう切り出した。
「ええっと、どうしても外せない用事があって。夜には家に帰らないといけないんです」
「……ああ、なるほど。そういうことか」
ここでいう家は、間違いなく新井家だ。そしてどうしても外せない用事とは、おそらく誕生日関連のなにかだろう。
そりゃあそうだ。定期的に家に顔を出している絢香さんと涼香ちゃんだったが、その両親としてもやっぱりたまには子供と過ごしたいだろうし。なによりそれが子供の誕生日となれば、祝いたいのが当然だろう。
「それは構わないよ。元々日帰りのつもりだったし。それに、親としてもたまには帰ってきてほしいだろうしね」
それじゃあ、当日は現地解散でそのまま涼香ちゃんと家に帰る、という流れでいいだろうか? と。そう確認を取ると、彼女は「それでお願いします」と、頷いてくれた。
「すみません。決まってから、後出しでこんなことを言ってしまって」
「いいや、むしろ俺がなにも確認を取らずに決めてしまってすまない」
曰く、候補日が数日あったので。その中から選ぶ際にやんわりと別日を推奨しようとしていたらしいのだが。しかし、今日に急に決まってしまって。とのことだった。
もちろん、昼間については問題がなかったため。雨森さんがすごく乗り気だったこともあって、水を差さなかったらしいが。
むしろ、俺が気づくべきだった。あの雨森さんがいくらあんなに乗り気で食いついてきたからといって。いいやむしろ、そうだからこそ。そこでそれが誕生日だからということにすぐに気づくべきだった。
そうすればその場で絢香さんにキチンと確認を取れたというのに。
「ああ、あと。それからなんですけど」
またもや、絢香さんは少し口籠りながら。言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「この間、テスト週間のときに一度、家に帰ったじゃないですか?」
「ああ、そうだな」
「そのときに。……いや、それ以前からも言われてはいたんですけど。けれど、そのときに改めて言われたことではあるんですが」
その、ええっと、と。絢香さんにしては珍しく。かなり言葉に詰まっている。
家に帰って、なにを言われたのだろうか。ここまで切り出しにくくしているということは、相当に言いにくいことなのだろうが。
一瞬、メイドを続けられなくなったとかそういう話かとも思ったが、しかしそういう話ならもっと早くに言っているだろう。さすがにそういった急を要する話についての報連相ではないはずだ。
「私の両親が。一度、裕太さんに会いたいとのことで」
――できれば、日程はまだ未定ですが。もしかしたらその日にでも、一緒に来ていただければ。
それは、いつかは通らなければならないと思っていた道だった。
しかし、ついに来たか、と。改めてそう思うと。緊張、焦り、不安。様々な感情が湧き上がってくる。
ドクリ、と。心臓がひとつ跳ねる。
「わかった。日取りは一旦おいておいて。けれど、俺からも、会わせて欲しい」
いろいろと順序は逆になってしまったが。しかし、それが通すべき道理だろうから。