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#33 冗談なんだが

 俺と彼女らの間に、とてつもなく微妙な雰囲気が流れる。


 俺からしてみても、彼女らがどういう状況? という疑問が浮かぶ。

 彼女らからしても、俺がなんで雨森さんと? という疑問が浮かんでいることだろう。


 唯一、状況がうまく飲み込めていない雨森さんだけは、休日に奇跡的に絢香さんと出会えたことに対して大きな喜びと、しかし今現在彼女の誕生日プレゼントを持っているという焦りで、こちらはこちらで少しテンパっていた。


「あー、えっと、選び終わったのか?」


「うん、その、それで裕太のことを見かけたから」


「そうかそうか……」


 いや、そんなわけないだろう。声をかけに来たのであればわざわざ物陰から様子を伺う必要などあるわけもなく。

 手元にある紙袋を見る限りでは選び終わったというのは本当だろうが、その後については絶対になにかしら企んでいたに違いない。

 とはいえ、それについて詰めたところでなにか答えてくるわけもないだろうし。

 はあ、と。俺は小さくため息をつくと、とりあえず一旦仕切り直すことにした。


 ある意味、電話をかける手間が省けたので。それだけはいいことかもしれない。


「飯にしようか。いい時間だし」






 フードコートは、休日のお昼どきということもあって、結構な混みようだった。

 様々な組み合わせの人たちがいる場所ではあるものの、しかしそんな中でも男子ひとりに女子5人、なかなかに珍しいというか、奇っ怪な組み合わせではある。

 それに加えて、見た目的にも彼女たちは整っているので、これがなかなか目を引き。更には男子が俺ひとりということもあって、正負様々な視線を向けられる。主に俺に。自意識過剰なだけかもしれないが、しかしなかなかに痛く感じてしまう。


 6人掛けのテーブルとなると、この混み方では難しいかと思われたが。しかし偶然にも丁度退席したグループがあったようで、座ることができた。

 元々座っていた女子高生らしき人から、なんというか蔑むような視線を向けられたような気がしたが。きっと気のせい、俺の気にしすぎだろう。そうだと思いたい。


 ……うん。組み合わせだけ見ればただの修羅場だし、空気感も断じて良いものだとは言えないから。そういうふうに見えるというのは、否定はしない。


「あー、えーっと」


 お互い、聞きたいことがたくさんある、といった表情をしている。雨森さん以外。

 いやまあ、雨森さんもなにも聞きたいことがないというわけではなさそうだが、しかしこれは俺にもすぐに予想がつく。なんで絢香さんがここにいるのかということだろう。

 しかし、どうにも盤面が膠着している。お互いに牽制というわけではないが、しかし、相手の出方を伺い続けていて、話が動こうとしない。


 ここは、多少強引にでも状況を動かさないとどうにもならなさそうか。

 状況を確認する。俺側の事情を把握できているのは俺と雨森さんのふたり、逆にメイド側の事情を知っているのは4人。なら、ひとりとふたりに分けるのが賢明だろうか。


「とりあえず俺が昼飯買ってくるから、えっと……美琴さんと、涼香ちゃん。一緒についてきて手伝ってもらえます?」


 そう尋ねると、美琴さんは元気よく、涼香ちゃんは静かに肯定してくれる。なんとも対称的な反応だことで。

 俺がこのふたりを連れていけば、残るのは絢香さんと茉莉と雨森さん。あまり人付き合いが得意ではない雨森さんだが、しかし面識のあるこのふたりならなんとかなるだろう。

 ……雨森さんと絢香さんとを、いくら茉莉がいるとはいえ放置しておくことには少し不安が残らなくはないが。まあ、そのあたりはうまくやってくれると信じよう。


 残る側になった3人から俺は昼飯の希望を確認し、美琴さんと涼香ちゃんを連れて各店舗を巡っていく。雨森さんからは少し申し訳ないというような反応をされたが、しかし巻き込んだお詫びもあるからと、なんとか説得した。


「そっ、れっ、でっ!」


 3人から離れた途端。美琴さんが俺の背後から肩を掴んで、そう声をかけてきた。

 うん、予想はしていた。あの膠着した盤面においても美琴さんだけは今にも聞きたいと言わんばかりにウズウズしていたから。

 いっそあの場で聞いてくれたら楽だったのだが。しかし、それでも初対面の人物がいることもあってか、理性が勝っているようだったのでこうして連れ出すことにしたのだった。


「あの子はいったいどういう関係なの?」


 興味津々で聞いてくる美琴さん。隣にいた涼香ちゃんも、無表情ながらに首をガクガク振りながら頷いていたので、どうやらこちらもとても知りたがっている様子。


「ただのクラスメイトですよ。とはいえ、以前の校外レクの際に同じ班になったので、ただのクラスメイトの中では仲がいいほうだとは思いますが」


「少し不自然。たしか裕太さんには仲のいいクラスメイトがほとんどいない。ただのクラスメイトとして分類するのは無理がある」


「ひどい言われようだな。……いやまあ、否定はしないが」


 どこかの誰かさんが関連している諸般の事情により、現在俺のクラスでの扱いは腫れ物のようになっている。

 茉莉や直樹、それから元凶の人物をは除外して考えるとして、それ以外のクラスメイトからは敬遠されている。

 そういう現状があるから、実際問題として仲がいいクラスメイトとして挙げられる人物は雨森さんくらいしかいないというのが現実で。そんな雨森さんでさえ、普段から会話を交わすわけでもないのだから、……そう考えると少し虚しく思えてくるのだが、しかしながら学校生活に不満がないというのは不思議なものではある。


「まあまあ。とりあえず仲がいいクラスメイトとたまたま出会った、ということでいいのかな?」


「そうなりますね。これに関しては本当に偶然です」


「ん。それは信じる。普通にあり得る話」


 雨森さんの立ち位置についてで若干の悶着こそあったものの、しかしここまでは大きく問題なく説明ができている。


「それで? どうして一緒に行動していたの?」


 美琴さんが質問し、それに涼香ちゃんも同意する。やはり、1番聞きたいのはここだろう。

 しかし、これに関しては予想ができていただけにキチンと対策ができている。今は絢香さんが離れている状態なわけで。つまりは口止めは必要だろうが、理由の説明がつつがなく行える。


「絢香さんの誕生日プレゼント選びだよ。といっても、俺は絢香さんの誕生日を知らなかったから、たまたま出会った彼女からそれを教えてもらって、せっかくだからと選ぶを手伝ってもらってたんだ」


「あれ、そうなの? ねえ涼香ちゃん、絢香ちゃんの誕生日っていつ?」


「7月の21日。あと半月くらいあと」


「嘘っ! ヤバッ、私もなにも買えてない!」


「……私も告知するの忘れてた。失態」


 焦りと申し訳なさの混じったような表情をする彼女らだったが、しかしこれで理由の説明をすることができた。これで大方の誤解は解けたことだろう。

 俺がそう安心していると、しかし美琴さんは少し難しそうな顔をして、ううむと考え込んでいた。


「じゃあ、フリーってのはどういうこと?」


「フリー?」


「それから立候補がどうとか」


「立候補……あっ」


 なるほど。あの化粧品店のときには、既に近くにいたということか。

 あのときは雨森さんが絢香さんへの誕生日プレゼントを買っていたときだったので、勘付かれていないだろうかと少し不安を覚えたが、しかし誕生日を把握している涼香ちゃんが気づいていなかったのであれば、大丈夫。……だと信じたい。

 しかし、それと同レベルで。いや、むしろそれ以上に問題なのが。……面倒なシーンに遭遇されたなということだった。


 これに関しては、完全に想定外だった。いや、いつからついて来れられていたのかを把握できていない時点で想定しておくべきだったのだろうが。

 とはいえ、想定したくなかったというのも事実。なにせ、会話の把握具合では深刻な勘違いを引き起こしかねないほどの内容ではあったから。


「ち、ちなみにそれについては、どれくらい知って……?」


 その質問自体がなにか裏があるのだろうということを匂わせるものだということはわかっていた。しかし、これを把握しておかねば、誤魔化すなり弁明するなりの程度の見極めができない。

 その質問の答えとして返ってきたのは、思ったよりも断片的な情報しかないということ。しかし、そこそこに痛いところばかり、聞き取れていたということ。

 雨森さんが発した、フリー、立候補、小川くんのような彼氏という言葉。そしてそれに対して、俺が礼を言ったこと。

 これは、……ある程度正直に話してしまったほうが楽だろう。


「あのとき、ちょうど雨森さんが絢香さんに贈るものを選んでいたんです」


 そして、それを選ぶための参考として俺が手伝っていたこと。そして、その俺の対応について、彼女が俺のような彼氏がいたらよさそう的なことを言ったこと。


「それで、俺がフリーだったはずだから、なんなら私が立候補しましょうか? というような流れだ。あくまで冗談として話していただけだがな」


「冗……談?」


「ああ。話の流れ的にもそうだっただろうし、なにより本人も冗談だと言っていた」


 俺がそう言うが、しかし彼女らは互いに顔を見合わせて、そして首を傾げていた。

 そうして彼女らはスッと俺から少し距離を取り、ヒソヒソと話し始めてしまった。


「涼香ちゃん。冗談だと思う?」


「わからない。あの人について知らないから判断できない」


「それは同じく。でも、ひとつだけわかることがある」


「奇遇。私もひとつだけ確信を持って言えることがある」


「裕太くんの言う冗談はアテにならない」


「裕太さんの言う冗談は参考にならない」


「……だよね。あの鈍感な裕太くんだもの」


「うん。あの朴念仁で唐変木な裕太さんだもん」


「ひどい言い方だなあ。私もそう思うけど」


 ひとしきりなにかを話し終わったのだろう。喧騒もあって彼女らの話の内容については全く把握できていないが。


「とりあえず、冗談だということで」


「とりあえずもなにも冗談なんだが」


 俺がそう返すと、しかしふたりはため息をついてやれやれという雰囲気を出してくる。

 なんだ、これは俺のほうがおかしいのか。


「とりあえずそちら側の問題が解決したのなら、俺の方からも質問したいんだが」


「よーし、それじゃあみんなのお昼ごはんを買いに行こうか!」


「うん。行こう行こう」


「おい」


 自分たちの用事を済ませるだけ済ませて、こっちの都合を無視するんじゃねえ。

 とはいえ、さっきまでの会話の中でおおかた察しはついていたが。


 あの会話の流れを、断片的にとはいえ聞かれていたのであれば。それがもう答えだろう。

 冗談であったとはいえ、告白紛いな会話を一部分だけとは聞いてしまい。いやむしろ、一部分だけを聞いてしまったがゆえに、それにより俺と雨森さんとの間の関係について気になって決まった、ということだろう。

 であれば、おそらくはどこかしらで俺と彼女が歩いている様子を見かけて、それで尾行を始める。そして化粧品店での件のやり取りがあり、さらなる情報を求めて尾行を続行していたところ、俺に見つかった、と。

 答え合わせをしておきたい気持ちがないわけではないが、しかし、彼女らとしてもあんまりそういう事情に突っ込まれたくないのだろう。


 随分とため息の多い日だ。俺はそう思いながら、しかし漏れるため息を控えようとはせずに、ひとつ、つく。


「それじゃ、3人を待たせないためにも手っ取り早く買いに行きましょうか」

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