#32 尾行をしよう!
ううむ、なにか忘れているような気がする。
「そういえば、小川くんはたしか友達の付き添いできてたんですよね? その人たちの方に行かなくて大丈夫なんです?」
「それはたぶん大丈夫。ひとしきり終わったら連絡よこすとのことだったけど、今のところなにも来てないし」
彼女には伝えていないが、その友人というのは女性連中なわけで。そういう言い方で括ってしまうのはいささか乱雑ではあるが、しかし女性の買い物が長い傾向にあるというのも否定しにくい事実ではあった。
とはいえ、いくらなんでも少し長い気がしなくもないが。しかし、4人での初めての買い物でワイワイと盛り上がってしまって、それで時間がかかっているように解釈できなくもない。
これが仮にナンパにひっかかったなどのトラブルが起こっているのであれば、4人の誰かからなにがしかの連絡が飛んできていることだろうが、それもないのでその線も薄い。
と考えると、やはり時間がかかっていると見るのが妥当な筋だろう。
そう思いつつ、俺は再びなにか思い出しそうなことについて思案する。なにか、なにか直接なにかがどうこうというわけではないのだが、ひとつの案として特に雨森さんにとっても利のある話があったはずなんだが。
ふむ、と。ゆっくり目を伏せながら、いろいろと思考を巡らせる。見回す視線は途中でフードコートに向かう家族連れを捉え、そういえば昼ごはんはまだだったなと、お腹を軽く鳴らした。
まだ選んでいるのだろうか。どちらにせよ時間もいい頃合いなので一度合流して昼ごはんを食べてから。そんなことを思い、彼女たちに電話をしようかとした、その時
「あっ」
「あっ」
目が、合った。
なぜか物陰に隠れながらこちらの様子をうかがっている4人組と。
「なんとなく来るもんだと思ってた、って理由で裕太のこと連れてきたけどさ」
裕太が渋々とひとりの散策に向かって行ったのを見て、茉莉が口を開いた。
「本当に予定もなにもなさそうだから、連れてきちゃったことにはなんか罪悪感あるよね」
当初、茉莉は普通に裕太に着いてきてもらうつもりだった。なんなら、どちらのほうがいいか、であるとか、それから荷物持ちである、といったものを裕太に任せるつもりだった。
と、いうか。実際のところを言ってしまえば美琴や涼香も同じくそのつもりではあったし、涼香に至ってはなんなら奢ってもらおうかという魂胆まであった。
しかし、結局は絢香ちゃんのひとことにより、全員の水着の初お披露目はちゃんと海でしよう、ということになり、この時点で裕太に水着についての意見を仰ぐという選択肢が無くなった。
そして、続いて彼女が言った従者が主人に荷物をもたせるだなんて、という言葉。これがなかなか彼女たちに重くのしかかり、裕太に荷物を持ってもらおうという考えがこれで消え去ることになった。当然ながら、奢ってもらおうかという目論見も。
しかしその結果、出来上がった状況は裕太が完全に不要になった状況なわけで。
どのみちこのあたりをうろつかれてしまっても、水着のお披露目を海でというその考えが破綻してしまうこともあり、半ば強引にこの近くから離れてもらうことにしたのであった。
なんとなくで連れてきて、改めて考え直すとやっぱり来なくてよくて、なんならちょっと邪魔だから一旦離れておいて、と。起こっていることだけを掻い摘んで言うなればそういうことになる。
うん、最低だな? 私たち。……あとでなにか詫びを入れようか。
しかしまあ、少なくとも今からでも私たちにできることはひとつある。
「あんまり待たせてもそれこそ裕太に悪いですし、できるだけ早く選んでしまいましょうか」
「はい、そうしましょう!」
しっかりと返事をしてくれたのは絢香ちゃん。残りたふたりも声にこそ出さなかったが、同じように頷いてくれる。
そう決めてからというものは、存外すぐに進行した。
手早く進めていくと決めたのだから、当然といえば当然なのだが。しかし、ここまでとは思わなかった。
そもそもいくらショッピングモールとはいえ、水着を取り扱っている店となるとそこそこに絞られてくるし、そもそも店ごとにある程度傾向というものも絞れるので、なんとなくで品定めしながら商品を見ていく、という作業がカットされ、目的のものをひたすら探した結果、想像以上にスピード速く、決着がついた。
お互いに見繕ったいくつかの候補を見せ合い、やれかわいいだの、やれ落ち着いた雰囲気だの。そう意見を交わしていきます、試着をして、そして最終的に決めていく。
途中、美琴さんが「こんなのどう?」と茉莉に差し出してきたものがあったが、よくよく見るとかなり際どい水着で思わず大きな声をあげて付き返してしまった。あのときの美琴さんのとても良い笑顔を思うと、少し殴りたくなってくる。
しかしこうやって見ていると、なかなかに格差を感じるというか。
年下の涼香ちゃんと比べるのはさすがにいろいろとあれだからやめておくが。しかし先輩の美琴さんは言わずもがなめちゃくちゃに大きい。ちょっと1回どんなものなのか揉んでみたさがあるくらいには大きい。
同級生の絢香ちゃんだって、私よりもいくらか大きいように見える。……そりゃ、さっき言ったように年下の涼香ちゃんよりかは私だって大きいけど。それと比べてしまっている時点で、なんというか底しれぬ物悲しさと敗北感とがこみ上げてくる。
私は上下組の水着と一緒に、なぜかとは言わないがその隣あたりにあった長袖のラッシュガードとを手にとって。うん、本当に特に理由とかはないのだけれども、ラッシュガードをカゴに入れてそのまま精算する。本当に、なにか、理由があるわけじゃないけど!
私が購入したのに続いて、他の3人も同様にそれぞれ各々が選んだ水着を購入していく。
時計を確認すると、裕太と別れてから1時間と少しが経った頃。人ひとりを待たせていると考えればそこそこに長いように思えなくもないが、しかし4人分の水着を購入するということを鑑みると、これくらいならそこそこに早かったと言ってもいいように思える。
「それじゃ、裕太に連絡を――」
「そんなことしなくても、あそこにいるよ! おーい!」
スマホを取り出しかけた茉莉の動きは、その美琴さんの声で止まる。
手を振る彼女の視線の先を見てみると、たしかに裕太の姿があった。なるほど、たしかにこれならば連絡の手間は省ける。
しかし彼はこちらに気づくことなく、なんならそっぽを向かれてしまう。聞こえているのか、いないのか。いるのであればその行為はなかなかに失礼なものにも思えるが、まあ裕太のことなので本当にただ聞こえていないだけなのだろうが。
しかし、歩いているだけならまっすぐ前を見ていればいいものの。店を見るならときおり横を振り向けばいいだけなのに、しかし今の彼は横を向いてしばらくそのままの状態で。少し、違和感があった。
「あっ、あれ」
絢香ちゃんが、そう言って。私も同じくその視線の方向を確認する。
裕太の姿の、そのさらに奥。しばらくぶりに見る、知り合いの後ろ姿。
「雨森さん!」
なるほど、おそらくはショッピングモール内を適当に歩いていたところ、同じくひとりで来ていた彼女と出会って、せっかくだからと談笑していたのだろう。
裕太らしいといえば裕太らしいが。そういうやり方をしていると、いつか勘違いをさせてしまって刺されてしまいそうではある。
「まあ、そういうことならせっかくだし、雨森さんとも合流しましょうか」
まあ、そのあたりは都合のいいことに。ここにいる4人は裕太の性格についてはよく理解のある人たちなので。これくらいのことならばいつものこと、として処理ができる。
そう思って彼に近づいていこうとした、そのとき。
「でも、ねえ。あそこ」
美琴さんが指差したのは、店の中に入っていく裕太と雨森さんの姿。裕太が雨森さんに誘導されるようにしては入っていったそこは化粧品店。店舗の名前を見てみると、そこそこに有名な化粧品メーカーの店だ。
「えっ?」
その場にいた、全員が。そんな素っ頓狂な声を出した。なんでそんな店に入るんだ? なにを買いにそこに行ったんだ? どうして裕太まで連れて行く必要があるんだ? おそらくは、全員がそんなことを思ったのだろう。
お互いがお互いの顔を見合わせ、そしてなにも言わずに、しかし頷きあう。
考えていることは、4人とも同じなようだった。
――尾行しよう。なにをしようとしているのか、こっそり確認してみよう、と。言葉に出さず、しかし全員でそう確認し合った。
「………………」
店の中に入って行ったのは確認できたので、追いつくのは簡単だった。ショッピングモールの構造上、中の様子を伺うのも、同様に簡単で。
見れば、雨森さんがなにかふたつのものを裕太に向けてみせ、おそらくはどちらがいいかというように尋ねているのだろう。そんな様子が見て取れた。
あいにく距離があるため、会話の内容については聞き取ることができなかったが。
裕太は少し考えてから、そのうち片方を指し示す。雨森さんは再びなにかを言うと、彼はまた考え込んでから、今度は逆側を指し示した。
ものすごく、なにを話しているのか気になる。
しかし隠れてこっそり覗き見して聞き耳を立ててとしている以上、あまり近づきすぎてバレてしまっては元も子もない。
どうやらあとから選ばれたほうを買ってきたらしかった雨森さんがこちらへとやってくる。それに付き従って歩いてくる裕太。
私たちは慌ててその場から少し離れる。彼らの通る道のすぐ隣の列に身を潜めて。
すれ違う形になったからだろうか。一瞬だけ、キチンと彼らの会話を聞き取ることができた。もちろん、一瞬だけ。前後の会話の内容など、わかりもしないのだが。
しかし、たしかにはっきりと聞こえたことがあった。
ふたりが完全に店を出ていったのを確認して、私たちは合流して。少し距離を離して彼らの後をついていった。
「ねえ、あのさ」
最初に口を開いたのは美琴さんだった。
「あのふたりが近くを通ったときに、ほんのちょっとだけ話してることが聞こえたんだけどさ」
どうやら聞こえたのは私だけではないようで。なんなら全員、少しづつ聞こえていたらしかった。
私が聞いた内容は「フリーでしたよね?」という雨森さんの言葉、
美琴さんが聞いた内容は「私が立候補」という雨森さんの言葉、
絢香ちゃんが聞いた内容は「そう言ってもらえるなら」という裕太の言葉、
涼香ちゃんが聞いた内容は「小川くんのような彼氏」という雨森さんの言葉。
各々聞き取った内容を共有し合い、その内容を繋ぎ合わせてなんとなくの会話の筋道を考える。
そうして行き着いた大まかな終着点は。きっと、4人で大きく差はつかなっただろう。少なくとも、私はそうだと確信している。
だってそのときの全員の表情が、顔面蒼白もいいところだったから。
なんなら、外行きモードの絢香ちゃんの表情が変わってしまうほどに。
こうなってしまえば、私たちがすることはただひとつ。
先程のようにお互いがお互いの顔を見合わせ、そして頷きあう。
尾行を続行して、そして真相を探る。
本当に、あのふたりの間になにか起こってしまったのか。それとも、ただの勘違いなのか。
そう、思っていたのに。
「あっ」
「あっ」
思っていたより早く、私たちの尾行は見つかった。