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#31 思いがけない遭遇

 休日のショッピングモール。家族連れであったり、友達同士、カップルであったり。様々な組み合わせの人たちが並んで歩いていた。

 みんなでワイワイと楽しげに話し合っている姿が伺え、むしろだからこそ。


「やっぱり俺の来た意味あるのか……?」


 仮にも、俺も友達と来たはずなんだが。死んだ目で周囲を眺めながら、改めて自分の状況を整理する。

 ひとり。ショッピングモールにやってくるや否や、別にこれと言って買いに来たものがあるわけでもないのに単独行動を命じられた。……なんで?


「暇だ」


 ついさっき自販機から購入したジュースを一口飲む。冷たい。

 これなら無理やりにでも彼女たちについていけばよかったかと後悔するが、しかし思ったよりも強く拒否をされてしまった。

 曰く、水着はキチンと海で見せるのを最初にしたいとのことで、だからついてこなくていい、と。

 ならば荷物持ちだけでもと外で待とうとしたら、従者が主人に荷物をもたせるだなんてと絢香さんが強く断ってきた。

 絢香さんがそう宣言するので、茉莉も同じく同意するしかなく。……あのときの顔は、たぶんいつもみたいに俺に荷物持ちさせるつもりだったんだろうが。しかし、一度そう言ってしまえば彼女としても引き下がることができなかったのだろう。意地になって荷物持ちを断ってきた。


 そして現在、買い物が終わったら連絡をするからと。それまでは自分の買い物を勧められ、状況だけを拾って言うならば追い出されるような形になった。

 まあ、全員による「なんとなく来るものだと思っていた」という意見で連れてこられた身なので、こうなるのではないかという予想がなかったわけではないが。

 しかし、元よりなにかを買いに来たとかそういうわけではないので、こうしてひとり置いていかれると思った以上になにもやることがない。


「適当にぶらついてみるかなあ」


 彼女らのいるエリアから外して。……できればレジャーグッズなんかがある方へ。

 結局直樹も誘ったので、どうせあいつがいろいろと持ってくるだろうが。しかし今回はこちらからも誘っているような形なので、なにかいいものがあれば持っていくのもいいだろう。

 とりあえず構内地図から、それっぽい店を探すか。


 近場にあるエスカレーターの近くまで来て、ちょうどそこにある構内地図を確認しようとする。

 ……見覚えのある姿があった。


「雨森さんか」


「ふぇっ!? ……ああ、小川くんですか。もう、脅かさないでくださいよ」


「えっ、ああ、すまない」


 脅かしたつもりはないのだが。しかし、そういえば彼女はそういう性格だったか。

 雨森さんは髪型こそいつものだったが、ノースリーブの青色のワンピースで、落ち着いた雰囲気ながらに夏らしく涼し気な印象を受ける。絢香さんが関わらないときの彼女の性格とよく似合っている。


「それで、小川くんも買い物ですか?」


「ああ、友達に連れてこられたんだが。自分たちの買い物が終わるまで好きに回ってこいと言われてしまってな」


「それはまあ、ご愁傷さまです」


「雨森さんもなにか買いに来たんだよね?」


「はい。新井さんへのプレゼントを買いに来たんですよ!…私はてっきり、小川くんもそうだとばかり思ってたんですが」


 おっと、地雷踏んだか?

 雨森さんは超やらドやらがつくレベルの絢香さんのファンで、そちら方面の話を振ってしまうと、おそらくしばらく止まらない。

 やらしたか? という考えが起こる一方で、少し気になる発言があった。

 この際メチャクチャに語られることは覚悟の上で、彼女の話に乗る。


「プレゼント、って?」


 俺は、彼女にそう尋ねた。


 雨森さん自体、校外レクを通じて絢香さんと関わり合いができた、はずではあるのだが。しかし茉莉とは違って、教室内で彼女と話している様子を見かけたことは今のところない。

 以前、不思議に思ってしばらく観察していたことがあったのだが。基本的にはときおり絢香さんの様子を伺ってはなにかメモを取るだけで、これといって接触を図ろうとする様子などは見受けられなかった。

 しかし、そんな彼女がプレゼントを絢香さんに、となると些か違和感がある。周囲の取り巻きの人たちならまだわからなくもないが、基本的に接触しないようにしている雨森さんがとなると。

 それに、彼女の認識では俺も用意するものだと思っている様子で。たしかに普段からの感謝の気持ちを込めてなにかを贈るということ自体は吝かではないのだが。そもそも雨森さんは絢香さんがメイドなことを知らないわけで。


 そんな俺の疑問は。しかし彼女のひとことですべて氷解する。


「それはもちろん、新井さんの誕生日プレゼントですよ!」


 雨森さんはそう言うと、ああどうしましょうか、なにを贈りましょうかと、身体をくねつかせながら、それはそれは楽しそうに語り始めていた。

 なるほど。それならばたしかに納得がいく。……ん?


「誕生日?」


「そうですよ。新井さんの誕生日です」


 マズい。以前も思ったことではあったのだが、俺はあまりにも彼女のことを知らなさすぎる。しかし、意識がなかったとはいえ、誕生日について失念しているとは。

 ここは、恥を忍んで聞いておこう。


「ちなみに、いつだ?」


「7月21日、だいたい半月後ですね。ただ、既に夏休みに入っちゃってるので、みんな終業式に渡してますが」


 7月21日か。あとでリマインダーに登録しておかないと。

 俺からの質問を答えてくれたあと、元の調子に戻ってなにを贈ろうかと楽しそうに思案する雨森さん。しかしその話を聞いていると、本当に彼女が絢香さんのことが好きなのだということがわかる。彼女の好きなものであるとか、似合うものなんかをしっかりと考察して、選定しようとしている。

 それに対して俺は彼女のことを知らない。で、あるならば。


「なあ、雨森さん」


「どうかしましたか?」


「俺もそのプレゼント選び、一緒についていっていいかな?」


「これはもちろん! 私としても小川くんが来てくれるのであればとても心強いです!」






「まず贈り物ですが、基本的には消え物がいいでしょう」


「ほう、消えものというと食べ物とかそういう消費するやつか」


「はい。まあ、例えばアクセサリーなんかを貰ったところで、好みに合えばまだいいですけど、めちゃくちゃ仲がいいわけでもないのに普段使いするのは重たいし、だからといってタンスの肥やしにしてしまうのはなんとなく申し訳ない気が……」


 彼女はそこまで説明してから、しかしそこで「あっ」と声をあげる。


「でも小川くんからのプレゼントなら大丈夫なのかも」


「いや、でもめちゃくちゃ仲がいい相手でもないと微妙なんだろ?」


「でも実際仲がいいでしょう? 小川くんと新井さん」


 否定は、しない。事実、傍から見れば凄く仲がいいように見えているというのは俺自身そうだと思ってるし。


「でも、やっぱり消え物にしておきましょう。こと異性からプレゼントされたものを身に着けるというのは結構そういう視点を交えて見られることもありますし。もし、そういうのをお望みでしたら、話は別ですが」


「いや、消え物にしておこう。そっちのほうが無難だ」


 俺が慌ててそう答えると、彼女は少し笑って「ではそのように」と言ってくれる。

 たしかに、間違いなく喜んでくれるだろうが。しかし間違いなく勘違いされかねない。他人からそう見られるというのもそうだが、それ以上に本人から。

 そうなってくると、また茉莉あたりからお叱りが飛んできそうなものでもあるし。


「同じ理由で化粧品なんかもやめておきましょう。こちらは消え物ではあるものの、さっき言ったように異性からもらうことに意味を持たれかねないということと、それ以外に肌に合う合わないという事情もあります。あと、そもそも気に入る色だとかもありますし」


「たしかにそれは、よくないな。俺自身化粧についての知識は人並み以下しかない自信しかない」


「でしたらなおのことやめておきましょう。と、なるとやはり無難なのはお菓子でしょうか」


 なるほど。たしかにそれが1番収まりのいいところだろう。

 絢香さんは結構お菓子が好きだ。買い物に行ったときもよくカゴにお菓子を入れている。


「お菓子でいうと、たしかチョコレートやクッキーが好きなんだったか?」


「ええ。それ以外にもキャンディーも好きだと聞いています」


 それは初めて聞いた。やっぱり雨森さんに着いてきてもらって正解だった。

 ならばそのあたりから適当なものを見繕うかということになり、ショッピングモールの中から選ぶとなると、クッキーが無難で良いものが手に入りそうということになった。


「本当はチョコレートのほうが好みなようなんですけど、季節柄、気温の関係もありますしね」


「そうなんだ。……というか、雨森さんはどうするんだ? 俺は雨森さんのアドバイスを受けてこれを買えたが」


 雨森さんは、俺が買った店ではなにも買っていなかった。まあ、同じものを避けたというように考えることはできるが、しかしそうすると彼女は別のものを買うことになるわけで。


「私は少し別なものにします。で、そのためにも小川くんに手伝ってもらいたくて」


「俺の方にもすごく手伝ってもらったわけだから、それはもちろん」


「ありがとうございます。では、行きましょうか」


 そう言われ、彼女の進むとおりについていく。

 しばらく進み、辿り着いたのは化粧品を売っている店。俺は詳しくないからなんとも言い難いが、しかし昔に両親が話していた覚えのある名前だ。そこそこに有名なのだろうと推察できる。


「化粧品を買うのか? さっきはできるなら避けるべきだと言っていたが」


「まあ、本来ならそうなんですが。しかし、今の私には秘策があるので!」


「なるほど。つまりはさっき言っていた問題をクリアできる見立てがあると」


 俺がそう言うと、彼女はコクリと頷いていた。聞けば、元々はさっき俺が買ったクッキーが当初の筆頭候補だったのだが、しかしこちらでいい考えが浮かんだため、クッキーを俺に譲り、彼女はこちらにしたということだった。

 それは、たまたまなことだとはいえ、随分と俺個人からするとありがたいことではある。おかげで自分の分を見繕うことができたわけだし。


「……しかし、俺が手伝えるとはどういうことだ? さっきも言ったが俺の両親ならともかく、俺はそういう知識がないぞ」


「大丈夫です。今欲しいのは、男性の意見なので!」


「男性の意見? 送る相手は絢香さん、女性だろ?」


「まあ、めちゃくちゃに朴念仁なのは今はいいとして。とにかく意見をください!」


 ……なんか地味にバカにされた気がしないでもないが。しかし、手伝ってもらった上に手伝うと宣言したので、当然断るわけもない。


「ええっと、たしか新井さんの好みと、それから使ってるものからするとこの辺の……」


 どうやら彼女はいつものとおり、どこからか仕入れているらしい絢香さんの情報から照らし合わせて化粧品を選定しているらしかった。

 それにしてもこういう店は初めて入ったが、なかなかに独特の香りがするものだな。なんというか、落ち着かない。


「小川くん、小川くん!」


「おっと、どうした雨森さん」


「ですから、この色とこの色。どっちのほうが好きです?」


 そう言って彼女が差し出してきたのは、2本の口紅、というよりかは、色付きのリップクリームか。箱の外に貼られたシールから、おそらくどんな色なのかが判断できるのだろう。

 片方は、ワインレッドに親しいような、ほんの少し紫色に寄ったような落ち着いた色。もう片方は、わかりやすく赤、あるいは紅、というような、鮮やかな色。

 大きな差のあるふたつではない、大きな区別とすればどちらも赤と言えるのだろうが。


「個人的には、こっちの赤……ええっと、ワインレッドっぽいほうが好きかな。落ち着いた感じがしていて」


「ほうほうなるほど。ちなみについでに聞いておくと、どちらのほうが新井さんに似合いそうですか?」


「絢香さんに?」


 まあ、送る相手なのだからそれを聞くのは当然だろうが。

 ふむ。少し彼女の顔を思い浮かべてみる。おそらくこれは強く色が出るものではなく、ほんのりと唇に乗る程度のものだ。その上で彼女の雰囲気を照らし合わせてみると。


「もうひとつのほうが、よく似合うと思う」


 容姿を評価するならば、全体的に白と黒で落ち着いた雰囲気のある絢香さんだから。きっとワンポイント鮮やかな色があればよく映えることだろう。


「なるほどなるほど、貴重なご意見をありがとうございます。あとは、少しこちらで考えてみますね」


 彼女はそう言うと、しばらくそのふたつを見比べながら考え。そして最終的には後者、鮮やかな方のリップクリームを購入してきていた。


「ありがとうございます。これでよいプレゼントが用意できました」


「それはこっちのセリフだよ。おかげで絢香さんの誕生日にプレゼントを用意できないなんて事態を回避できた」


「しかし、小川くんはすごいですね。どちらがいいかと聞かれたときに、しっかりと決めて発言できるとは」


 それは、普通のことなのではないだろうか。一瞬そう思ったが、しかし、たしかにデートでどちらがいいかと聞かれた男性がどちらでもいいと答える、なんて話を聞いたことがある。


「まあ、この手のどっちがいい、という質問はその実結構理不尽だったりするんですけど、それでもしっかりと決めて発言できるのはすごいです」


「そう言ってもらえるなら、嬉しいかな」


「小川くんのような彼氏がいれば、買い物も楽しくなるのでしょうか。……たしかフリーでしたよね? 私が立候補しましょうか?」


「やめてくれ。いろいろと面倒くさそうなことになる」


「もちろん冗談です。私も大好きな新井さんに睨まれたくはないので」


 そう言うと、彼女はフフフと笑っていた。

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