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#30 夏といえば海!

 87点。上々といったところか。


 最後の数学のテストが返却され、とりあえずそこそこの点数が確保できていることに安堵する。

 隣に目をやると、こちらを見つめている絢香さんの姿があり、俺の視線に気づいてか、彼女はこちらに自身の解答用紙を見せてきた。


 98点、か。すげえ。


 元々彼女が頭がいいことは知っていたが、まさかケアレスミスでひとつ落としているだけで、ほか全てが正答だった。

 それでいて運動もできて、人望もある。……ある? のだから、それはたしかに人気が出るというのも頷ける。


 さて。気にはなっていたものの、俺や絢香さんの点数は極端に悪いということはないと思っていたので、そんなに心配はしていなかった。

 心配事があるとするならば、と。俺が視線を送ってみると、


 そこには、机に突っ伏して撃沈している直樹の姿があった。


 休み時間になって。彼の様子を見に行く。


「なんだ、裕太。お前も俺を笑いに来たのか」


「ということはすでに何人かには笑われたのか」


 未だに落ち込んだ様子の直樹は、普段の彼からは想像もできないくらいに暗い声で「そうだよ」と言っていた。なんか、その、すまん。


「でも、あとは自信があるやつしか残ってないから大丈夫! って言ってなかったか?」


「ああ。不安だったやつは全部なんとか赤点回避できた。マジでありがとう」


「でも、それなら自信があるやつが実は全然解けてなかったとか?」


「いいや、ちゃんと解けてた。教えてくれてありがとう。特に公式を真っ先に書いたおかげで公式で解けるやつは全部解けてた」


 感謝を述べられるのには悪い気はしないが、しかしそうだとするとこうして彼が落ち込んでいる理由がわからない。


「でもな。公式を真っ先に書いて、それで俺、問題を解き始めたんだよ」


「ああ」


「名前を、書かずに解き始めたんだよ」


「ん?」


「名前、書き忘れで。0点だとよ」


「…………なあ、直樹」


「なんだ?」


「笑っていいか?」


 俺がそう確認を取ると、彼はウガーッと威嚇してきたが、しかしどうしても笑いを堪えることができなかった。


 けれど、まさかそんなお決まりみたいなことをやらかすとは思ってもみなかったし、先生も先生できっちり0点にしてくるのだなと思うと、面白くて仕方がなかった。


「俺以外に名前を書き忘れているやつがいなかったらしいから、これが俺のやつだということはわかったらしいんだが。しかし名前を書いてないのは事実だからって」


「そいつはまあ、ご愁傷さまだな」


 そうして彼が見せてきた解答用紙には「58点、ただし名前書き忘れなので0点」と、律儀に2つの点数が記入されていた。


「それで? 一応本来の点数的には赤点ではないが、補講はあるのか?」


 俺はそう尋ねた。むしろ直樹にとってはそれが一番大切なことだろう。一番夏休みになにをやろうかと楽しみにしていた人間なのだから。


「いや、一応点数は取れてるから補講は無しでもいいって。ただ、補講組に出す課題を夏休みの宿題と別で渡すから、それをやってこいって」


 そんなのってねえよ、と。直樹は机にダラリと倒れ込み、うー、と唸り始める。

 しかし聞けば、その課題さえやってこれば成績処理で58点として扱ってくれるらしいので、実際のことを考えれば個人的には随分と優しい待遇のようにも思える。


 まあ、成績云々というよりも遊べるか遊べないかということを重視している直樹からすれば、宿題が増えるということがこの上なく嫌だということなのだろうが。


「なあ、裕太。この追加の課題、すっぽかしちゃダメかな」


「ダメだ。せっかくの先生の温情を無碍にするな」


「裕太の鬼! 悪魔!」


「直接手伝いはしないが、教えるくらいならしてやるから」


「裕太の神! 仏!」


 どっちだよ。手のひらがくるっくる回っている彼の態度に俺は苦笑する。


 まあ、悲惨な結果にならなかっただけよかっただろう。






「夏休み! みんなはなにをしたいっ?」


 そんな、まるで直樹のようなことを言っている人がいた。


 帰宅後。テスト期間も終了したため、絢香さんたちがまた泊まるようになり、以前の日常が戻ってきていた。

 そんな中、意気揚々とそんなことを質問してきている人がひとり。美琴さんだった。


「なにをしたいもなにも、美琴さん受験生でしょ。いつも言ってることではありますが勉強しないでいいんですか」


「いいのっ! 私はたぶん大丈夫だから!」


 たぶんって。と、そんなことを思いつつも。しかし相変わらず俺の家に通っているところを見ると、今回の成績も良好だったのだろう。

 そのため、おそらくは推薦がほぼ確実なものになっていることもあり、だから遊べる! という思考なのだろう。

 仮にそうだとしてもいちおうは勉強しておいたほうがいいのでは? と思わなくもないが、そのあたりは美琴さんなので、まあ、うん。


「ちなみにね、私は海に行きたい! 海! みんなの水着が見たい!」


 水着、というその言葉に。俺は思わず顔をそらしてしまう。

 思い出される美琴さんの格好に。そういう不純な理由で彼女は言っているわけではないとわかっていても、しかし意識をしてしまう。


「海かあ、久しく行ってないから水着買わないとだなあ」


「私と涼香もですね。裕太さんは?」


「俺は去年に直樹に連れて行かれたから、その時のやつが入ればというところだな」


「ちなみに私も持ってないよ!」


 おい言い出しっぺ。


「でもまあ、これだけ持ってない人がいるんなら今度の日曜日あたりにみんなで買いに行ったらいいんじゃないかしら」


 茉莉がそんな提案をする。誰かにその様子を見られてしまう可能性を少し考えたが、しかし美琴さんはともかくとして、茉莉と絢香さんは前の校外レク以降は公の場でもそれなりに交流があるため、そこまで問題はないか。

 この中では一番の懸念事項の美琴さんが一番乗り気で賛成しているが、まあ美琴さんだけならいくらでも言い訳ができるだろう。


「いいじゃないか。行ってくるといい」


 俺がそう言うと、しかしなぜか4人が同じように首を傾げる。

 どういうことかわけがわからずにいると、さも当然とばかりに茉莉が言い放つ。


「なに他人事みたいに言ってるのよ。裕太も行くのよ?」


「……なんで?」


「なんでって、ねえ」


 茉莉がそう言うと、俺以外の全員が、それとなく同意の返事をする。が、その中にひとつとしてハッキリとした肯定の返事はない。


 おそらくは全員が、特に根拠や理由なんかはなく、ただなんとなく俺も来るものだと思っていて、そして同意を要求されたから頷きはした、という感じだ。


「いやでも俺が行くと変に勘繰られたりしないか?」


「こうなってくるともはや今更でしょう。特に絢香ちゃん」


 急に名指しでそう言われて首を傾げる絢香さん。しかしまあ、茉莉の言わんとしていることはわかる。

 校外レクの一件以降も絢香さんはそれまでどおり、いやむしろ少し勢いを増した様子で俺についてきていた。

 周囲からの視線が痛いことこの上ないが、しかし最近では「まあいつものふたりがいつもどおりやってる」というものも多少増えてきていた。……それと同時に、恨みのこもった視線も増えている気がするが。


「むしろ私たちが4人、裕太はひとりだから、知り合いたちに呼び出されて荷物持ちにされてるように見えなくもないから大丈夫よ」


 なんなら、

 俺と絢香さん。それから涼香ちゃんは、なぜか仲がいいふたりとその妹で。

 俺と茉莉は幼馴染で。

 俺と美琴さんは同じ部活の先輩後輩で。


 この4人に表立った関連性を要求するよりかは、俺がそれぞれに荷物持ちとして呼ばれて、相変わらずの性格からトリプルブッキングしたとしたほうが自然まである、と。


 なるほど、たしかにそれはそうかも……、


「いや待て、相変わらずの性格ってなんだ」


「それはもちろん、いつものあんたの押し切られ易――」


 ヴー、ヴー、ヴー。俺の太ももあたりから、そんな音と振動とが発生する。

 なんとも間の悪いことに、俺のスマホに着信が入った。

 気まずさを覚えながら彼女の顔を伺うと、仕方ないわねと言いたげな表情で、先に出なさいと言われる。


 廊下に出てスマホを取り出すと、そこには直樹の名前。

 いったいなんの用だと思いながら応答ボタンを押して、スマホを耳に当てる。


『よう、俺だ。直樹だ!』


「わかってる。それで急に電話なんて寄越してどうした?」


『いやあ、そういえば聞こうと思って忘れてたなって思って。ほら、テスト期間中に聞いただろ? 夏休みになにをやりたいかって』


 ああ、たしかにそんなことを言われていたな。

 曰く、とりあえず夏休みの補講は回避できたので改めて予定を決めるために俺の意見を聞きたかったとのことだった。

 いやしかし、それであれば。


「別に明日聞けばよかっただろ。なんでいま急に聞いてきたんだよ」


『そりゃまあ、今朝は聞こうと思ってたんだが昼間に聞くの忘れちまってよ。これ、明日も同じになっちまうかもしれねえって思ったから、思い出した今に電話したってわけだ。ほら、なんかあったろ? 思い立ったがナントカっていうことわざ』


 吉日、な。俺がそう返すと、彼はそうそうそれそれ、と言いながら、いい言葉だよなあと言っていた。、

 たしかに、直樹の性格からしてみればお似合いの言葉ではある。


『ちなみに俺は海に行きたい! 去年も行ったが、やっぱり夏といったら海じゃん!』


 海か、と。直樹のその言葉に、少しばかりの既視感を覚える。


「いいな、海。たしかにいいかもしれない」


『だろ! まあ、細かい予定とかはまだ先になるとは思うが、とりあえずはそういう感じっていうことで!』


 直樹はそう言うと、そのまま電話を切ってしまう。

 まあ、昼間のあの落ち込みようが消え、随分と元気そうにしていたのでとりあえずはよかった。


 スマホをポケットにしまい、リビングへと戻る。絢香さんが、おかえりなさいませ、と言ってくれる。


 ふむ、なるほど海か。たしかに丁度いいかもしれない。


「なあ、いま直樹から電話があって、あいつからも海に行かないかと言われたんだが」


 直樹だし、この場にいる涼香ちゃん以外とは接点がある。で、あるならばわざわざ2回に分けて誘う必要もそんなにないだろう。

 せっかくなら直樹も誘っていくか? と。俺に対しての認識が先程茉莉から聞いたものなのであれば、直樹を誘うことにはそんなにそんなに問題がないように思える。

 そう思って、聞いてみたのだが。直樹を知らない涼香ちゃんはともかくとして、他3人までもが思っていたよりもビックリした様子だった。


「……さっき、私が言った相変わらずの性格って言葉に、どういう性格だよって聞いてきたわよね?」


 口を開いたのは、茉莉だった。

 たしかにそのとおりだったので、俺は頷いておく。


「裕太。今の状況を鑑みてみなさい? ひとつ目にわたしたちとの約束があって、ふたつ目に直樹との約束ができて。で、このふたつの約束が、どうやら同時に行っても問題なさそうだ、と判断したわけよね?」


 そのとおりだ。再び俺は頷く。

 しかしいったいこれはなんの確認なのだろうか、と。俺がそう思っていると、要領を得ていない俺に痺れを切らしたようで、茉莉は大きめの声で言ってくる。


「そういう性格だって言ってるの!」


 そう言われて、なるほどと納得する。たしかによく似た状況だ。

 まったくもう、と。呆れた様子の茉莉を、絢香さんが宥めていた。


 ちなみに、直樹を誘うのはOKとのことだった。

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