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#25 ひとまずのめでたしめでたし

「さて、それじゃあなにがあったのか。しっかり説明をしてもらおうかしら?」


 自宅のリビング。既視感のある構図で茉莉に詰められている内容は、当然ながら校外レクでのこと。


「絢香ちゃんのことを探しに行って、帰ってくるなりずっと手を繋いでる……って、いったいなにがあったらそんなことになるんですかねえ!」


 怒り半分、興味半分というところだろうか。たしかに怒りがそこにありはするものの、しかし完全に怒っているわけではなさそうだった。


「なになにー! なにか面白そうなことしてるねー!」


「……南無」


 事情を知らない美琴さんと、事情をある程度知っている涼香ちゃんがギャラリーにやってくる。


「その、なんだ。想像以上に大胆な行動に出てしまったことは、反省している」


 今思い返しても、さすがにやりすぎだろうと思ってしまう。いくら離してくれなかったからとはいえ、ずっと手をつなぎ続けているのは他人からすればいくらなんでも不自然すぎる。

 ……とはいえ、絢香さんの心細さをカバーするためには、ああして手を繋いであげる他なかったのも事実で。


「私たちの関係がバレないようにするっていうルールがあるんだから、気をつけなさいよ? ……まあ、裕太と絢香ちゃんに関しては周囲からの認識がもうアレだから、多少は大丈夫だと思うけど」


「ああ、気をつける」


「それで、いったいなにがあったの?」


 チッ、誤魔化せなかったか。

 うまいこと話題を俺と絢香さんが手を繋ぎ続けていたことへとすり替えたつもりだったが、そこは抜かりなく、しっかりと聞いてくる。


 チラリと絢香さんの方を見る。できれば言わないで欲しいという表情だ。

 併せて涼香ちゃんの方も見る。こちらも同じといったところだろうか。


 で、あるならば俺も口を割るわけにはいかない。


「別に、足を挫いた絢香さんをエスコートするために俺が手を差し出しただけだよ」


「もうあらかた回復したって言ってたのに?」


「直樹やお前だって、帰り道でちゃんと繋いでおいてやれと言っていただろう。それと同じで、念の為だ」


 正直苦しい言い訳だとは思っている。なにより、帰り道では気にかけていなかったことをそのときに気にかけていたという矛盾もあるし、仮にそうだとしても、ずっと手を繋いでいる必要はないから、適宜離す方が自然だ。

 もちろん、あの様子的に絢香さんが手を離そうとしなかったことは茉莉の目からも明白だったので彼女が繋ぎたがったという理由で通せなくもないが、その場合は俺が無理やり振り払わなかった理由と、そしてそこまでして絢香さんが俺と手を繋ぐことに固執していた理由が必要になる。


 当然、茉莉は直樹ほど単純でもないので、この程度の誤魔化しが聞くとも思えないが。


「ふーん、まあ、とりあえずそういうことにしておいてあげる」


 しかし、空気を読んでくれる人間ではあった。

 俺が隠そうとしていることに、おそらくはなんらかの理由があるのだろうと察してくれて、それ以上の追求はしないでくれたようだった。

 彼女はそう言うと、くるりと踵を返して、今度は絢香さんの方に顔を向ける。


「大丈夫? 裕太になにかされなかった?」


「なにもしてねーっつってんだろ」


「なにかした人間がわざわざ自分の罪を自白するわけ無いでしょーが」


 む。たしかにそれは道理だ。なにかした前提で話されてるのは少し不服だが、しかし状況を鑑みればそうなるのも仕方ない……のか?

 とはいえ俺はなにか彼女にひどいことをしたわけではないので、別段萎縮などせず、胸を張っていられる。せいぜい、彼女の望みを聞き入れず、ひたすら隣にいて、気障ったらしい言葉を吐いたくらいだ。

 おっと、待て。なにもしてないわけじゃないな? ……あれ、もしかしてまずい?


 今になって、少し焦りが出始めてきたが、しかし時すでに遅し。茉莉の問いかけに対して絢香さんは口を開きかけていた。


「その、本当に裕太さんはなにもしてないですよ。安心してください」


 俺を庇っての発言か、あるいは今日あった出来事くらいならなんてことないという判断か。……それとも、絢香さんとしてもあの出来事を話すのは恥ずかしいのか。いずれにせよ、とにかく助かったことに変わりはない。

 俺が、安堵の息を漏らそうとした、そのとき。


「ええ、本当に。全く。なにも手を出されませんでした、ええ」


 まるで死んだ魚の目のように生気を喪った様子で、彼女はガクッとその場に崩れ落ちた。

 その言葉に、茉莉がクワッとこちらを睨んでくる。


「なんだよっ! 俺は手を出してないんだから問題ないだろ!」


「手を出すのも問題だけど、出されないのは出されないので、女子として思うところはあるもんなの!」


「じゃあなんだよ! 俺が手を出せばよかったのかよ!」


「そんなことしたら殺すに決まってるでしょう!」


「理不尽!」


 ガルルル、と。こちらを見つめながら犬のように唸ってくる茉莉。しかし、致し方ないこととはいえどうやら多少は勘違いがありそうだ。

 俺と、それから絢香さんか言っている手を出す云々は本当に文字通り手を出す、暴力のそれだ。

 一方で茉莉が言っている手を出すというのは、男女のそれである。

 そこに語弊があるというのはもちろんなのだが、しかしその誤解を解いてやる手段が無いのも事実。


 フシャーッ、と。今度は猫のように叫びながら飛びかかってきて、教育という名の羽交い締めを受け、そのまま流れで関節技で組み敷かれる。


「痛い痛い痛いッ!」


「全く、バカ裕太ッ!」


 ……もしも神様がいるのなら教えてほしい。

 俺は、どうするのが正解だったのかを。






 ひとしきり、茉莉からの説教、もとい体罰を終え。絢香さん、茉莉、美琴さんの3人でガールズトークに花を咲かせていた。今日のお弁当がどうとか、私も食べたかっただとか、随分と楽しそうで。……絢香さんも笑っているようで、よかった。


 そんな横から、騒がしい、面倒くさい、というような言葉を顔面に貼り付けたように、苦い顔をした涼香ちゃんがトボトボとこちらに向かって歩いてきた。


「アレに混じらなくていいのか?」


「裕太さんのイジワル。わかってて言ってる」


「まあ、俺は善人でもなんでもないからな」


 いつもイジられている立場なので、たまには軽く返す程度許されるだろう。俺はケラケラと小さく笑いながら、仏頂面でやってきた涼香ちゃんを迎える。


「それで? わざわざ自室に戻るでもなく俺のところに来たってことはなにかあるんだろ?」


「ん、よくわかってる」


「まあ、かれこれ1ヶ月半くらいの付き合いになるしな」


 なんならもうすぐ6月である。更に1ヶ月もすれば7月。考えたくもないが、ジリジリと定期テストが近づいているのがわかる。


「まずは、お礼。お姉ちゃんを助けてくれて、ありがとう。それから、諦めないでくれて、ありがとう」


「まあ、我慢だけは人並み以上には得意な自信があるからな」


「……人並みどころじゃないと思うけど。まあ、それはいいか」


 涼香ちゃんは、視線をそらしてポロリとそんなことを呟いた。

 果たしてこれは褒めの言葉と受け取っていいのだろうか。純粋に聞けば我慢上手と言われているようなものだが、なにか含みがあるように聞こえる。

 まあ、今、それは本題ではない。


「そういえば、俺は手を出さないことを選択したが、本当にそれでよかったのか?」


「ん、どういうこと?」


「いや、ほら?」


 そう言って、俺は先刻の絢香さんの様子を思い出す。

 まるで、暴力を振るわれなかったことを悔やむかのように、崩れ落ち、言い放った言葉。おかげさまで茉莉から関節技を食らう羽目になったアレである。

 俺がそう説明すると、涼香ちゃんはなるほどと合点したようで、安心してと言い、説明してくれる。


「アレは、なんというか私も誤算だった」


「誤算?」


「男性に手を出してもらえなかったときの定型文(テンプレート)。それがまさか変な感じに暴発するとは思わなかった」


「つまり?」


「茉莉に手を出されなかった? という質問をされたことに対して、お姉ちゃんが反射的にやった演技。仕込んだのは私」


 素晴らしい出来だったでしょう? と、涼香ちゃんはドヤ顔をする。うん、本当に勘違いしちゃいそうになったくらいにはすごい出来だったよ。出来はね。


「そーゆーのは心臓に悪いからやめてくれませんかねえ」


 俺は笑顔を顔に貼り付けて。しかしおそらくは隠しきれていない怒りに涼香ちゃんが表情を引つらせながら。


「あ、安心して。私もアレは想定外だったから。……ちゃんと、使いどころを教え直すから」


「そっちじゃなくて、そういう仕込みがいらないって話をしてるんだけどさあ」


「……? 仕込みは必要。そっちのが面白い」


 首を傾げながら、さも当然とばかり彼女はそう言い放つ。

 こんの愉快犯め。俺が怒りを募らせていることに気づいた彼女は、しかし今度は面白そうにケラケラと笑ってくる。


「まあ、すごいでしょ? お姉ちゃん」


「なにがだ?」


「演技力」


「それはさっきも褒めただろう。俺だけじゃない、茉莉や美琴さんだって演技だなんて思っても見なかったと思うぞ」


 再度そうやって俺が褒めるが、しかしどうしてか涼香ちゃんは首を横に振る。

 そうして彼女が言った言葉は、俺に驚きと。そして、いくらかの納得を与えた。


「お姉ちゃんの、演技。とっても嫌な人間だったでしょう? 醜くて、おぞましくて、遠ざけたくて、気持ち悪くて。――そして、殴りたくなる」


 言われて、あのときに感じた嫌悪感がフラッシュバックする。こみ上げてくる嗚咽をすんでで飲み込み、涼香ちゃんの言葉に向かい合う。


「アレも演技と言うならば、それも涼香ちゃんが指導したのかい?」


「ううん。アレは私もやってない。完全に、お姉ちゃんが自力で習得したもの」


 涼香ちゃんが指導したと言われても困りはしたが、しかし自分で身につけたものだと言われてもそれはそれで複雑な気持ちではある。


「アレを耐え抜いた裕太さんには、多少なりとも知る権利がある。けれど、全部はダメ。それはお姉ちゃんから、直接」


「ああ、元よりそのつもりだ」


「そう言ってくれて安心」


 涼香ちゃんは柔らかに微笑むと、少しだけ真剣な面持ちになって言葉を紡ぐ。


「お姉ちゃんは、演技が得意。ううん、もっと正確に言うなら、望まれた姿になるのか得意」


 ただし、その演技にも限界はあるとのことだった。例えば他人との適切な距離の取り方がわからない彼女は、フレンドリーな人間を演じることはできない。彼女にできるのは、彼女自身のスキルの範囲内でではある。

 しかし、その範囲内であれば、できる。その一環として副次的に扱えるのが、先程のような仕込みの演技。

 そして、本質的に扱えるのが、言ってしまえばキャラづくり。


 学校で使っている、氷の女王様。

 今日に見せた、いじめられたがり。


 必要に応じて、彼女はそれらを使い分ける。その場で、望まれる姿を再現するために。


 なぜそんなことを、とは聞かなかった。涼香ちゃんが言わなかったから。

 つまるところは、それは絢香さんから直接聞けとのことだろう。


「なるほど、わかった。だが、ひとつだけ聞いていいか?」


「私に答えられることなら」


「……今の彼女も、演技か?」


 茉莉と美琴さんと、3人で楽しげに談笑しているその姿。もとい、俺たちの前で見せる、いつもの絢香さん。

 もしかしたら、それらも――、と。そんなことを思いはしたが、どうやら杞憂のようだった。


 涼香ちゃんはフルフルと首を横に振り、真っ直ぐな瞳で答えてくれる。


「アレは、素だよ。仮面をかぶってない、本当のお姉ちゃん。安心して、ここにいることができてるってことだと思う」


「そうか」


 その言葉に、少しだけ嬉しくなる。

 同時、心に決める。


「おーい、おさんかた。それから涼香ちゃん」


 俺がそう声をかけると、一斉にこちらを向く。茉莉だけ会話を中断されて少し不服そうだが、まあ、少しくらい許してくれ。


「お金を渡すから、スーパーにでも行って好きなお菓子でも買ってきてくれ」


 その言葉に、面々喜びの声をあげる。……ちなみに1番喜んでいるのは美琴さんだった。


「いいんですか? その、特に私はそろそろ晩御飯の準備をしないといけないと思うんですが」


「ああ、それも同時に話そうと思っていたんだが、今日は俺に作らせてくれ」


 そう言うと、彼女は少し不安そうな顔をして。しまったと思い、慌てて訂正をする。


「別に絢香さんの料理が食べたくないとかそういうわけじゃなくってだな! ほら、言ったじゃないか。俺が絢香さんに気づかせてもらったように、絢香さんにも同じ気持ちになってほしい、と」


 今日の晩御飯はなんだろう、と。そんな気持ちを。

 俺が彼女に迎えてもらい、安心しているという気持ちを。

 彼女を俺が迎え入れることで、同じく感じてほしい。


「だから、今日は作らせてほしい」


 そして、今日の晩御飯はなにかと思案してくれると、嬉しい。

 俺がそう言うと、彼女はフフッと小さく笑い。そして了承してくれる。


 その反応に、俺は安心してホッとひと息をつく。


 ところで。しまったと思うのは、いつもやらかしたあとなもので。


「あー! やっぱりなにかはあったんじゃないの!」


 ……あとで少し、面倒なことになりそうだった。

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