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#18 作れないと作らないは別

「すみません、動転してしまって。もう、落ち着きました」


 すう、はあ、と。大きく深呼吸しながら、彼女はそう言った。


「改めまして、雨森といいます。よろしくお願いします」


「うん、よろしくね」


 ペコリ、と雨森さんが一礼する。

 顔を上げた彼女は、俺、直樹、茉莉、そして絢香さんの順で顔を見ていき、最後に口角が緩んでいた。……ほんとに大丈夫? 落ち着いた?

 しかし、そうして見回している彼女だったが、ちゃんと周りが見えているのか少し不安になる。

 いや、見えてはいるのだろうが、しかし後ろで大きくみつ編みを作っている他に手を加えていない髪は、本来はキレイな黒髪だろうに、ややボサついていて、なにより前髪が顔にかかっている。

 それは、さっきこの距離で顔を合わせて初めて彼女が丸眼鏡をしていることに気づいたほどで、それを逆側から見ているはずの彼女は、果たしてちゃんと前が見えているのかと気になった。


「とりあえず、なにをするか考えようぜ!」


 直樹がウキウキしながらそう言うと、既に楽しみでたくさん考えてきていたのだろう、さまざまな案を出していた。

 楽しそうだなと思えるものから、そんなこと本当にできるのか? と思うような無茶苦茶なものまで。しかし案を出してくれるだけありがたいもので、とりあえずはその中からよさげなものを選ぼうということになった。


 バドミントン、テニス、フリスビー。幸い、今回行く自然公園は球技が禁止されていないので、そのあたりの遊びをしても問題ない。


「とりあえずはこんなもんかな?」


 その他いくつかの遊びを書き留め、途中でやっぱりそれは無し、となったものを斜線で消して。候補のリストが完成した。


「そうね。まあ、これでもまだ多い気はするから実際はもう少し減らすことになると思うけど」


「えー、いいじゃねえかとりあえず持っていって向こうでやりたいやつやりゃあさ!」


 今回のハイキングを最も楽しみにしていたであろう直樹がそんなことを言う。しかし、茉莉が言っているように多いというのは俺も同意見。


「それじゃ、直樹が今回の遊び道具、準備して、それから持ってきてくれるの?」


「ぐっ……」


 茉莉にそう言われ、直樹が苦い顔をする。

 そう。最大の問題は遊ぶための道具の準備。もちろん、元々持ってるよというものもなくはないのだが、しかしその大半はその中の誰もが未所持である。

 そうなると購入が必要になるわけで。もちろん遊ぶ用の安いものであればひとつひとつはそんなに高くないのだが、それも積もればかなりの値段になる。

 さらには荷物。ただでさえハイキングが事前にあるのだ。そこに大荷物を持ち込みたいという酔狂なやつはそうそういない。


「そういうことだから、この中から……」


「わかった。俺が準備する。それから、俺が持っていく」


 だがしかし、直樹という人間は、バカであった。

 しかしそれはただのバカではなく、自分のしたいことに対して全力を賭ける、バカであった。

 その宣言に、俺も、茉莉も。その場にいた全員が唖然として。それなら文句ねえだろ! と言い切る直樹に、半分呆れながら俺は口を開いた。


「わかった。それなら、いいだろう」


 俺がそう言うと、彼はパアアッと顔を明るくさせたと同時に、少しだけ泣きそうになっていた。これから必要になる出費を思って、悲しくなったのだろう。

 仕方ない。ちょっとくらいは労ってやるか。


「その代わりと言ってはなんだが、よければ俺が全員分の昼飯を用意しよう。他人の作った飯が嫌だと言うなら強制はしないが」


「マジ? やりぃ! 裕太の作る飯は美味えんだよな!」


「いつの話をしてやがる。最近はもっぱら作ってねえぞ」


 変にハードルを上げるマネはやめてくれ。そんなことを言いながら俺が直樹を小突いていると、絢香さんがスッと手を挙げた。


「それなら、私も手伝――」


「私が! 裕太の手伝いをするわ!」


 絢香さんの言葉を遮ったのは、茉莉。語気の強い言い方に驚き、茉莉に視線が集まる。


「えっと、その。私の家が裕太の家の隣だから、一緒に作れば量の調節とかしやすいし」


「隣もなにも、私も茉莉ちゃんも同じ」


()()()()、安心して? 私の家、隣だから」


 わざとらしく、言葉を強調させて。さすがにそこまで言われて自身のしかけた失言に気づいたのだろう。


「まあ、そういうわけだから特に問題なければ俺たちで全員分の弁当を作ってくるが、なにか不都合があったりするか?」


 確認を取るが、誰にもなんとも言われない。

 つまりは、肯定と言うわけで。


「それじゃ、これで決まりってことでいいかな」


 ちょうど、授業時間の終了を告げるチャイムが鳴って。

 とりあえず、いちおうはこれで決定となった。






 その後、「私はなにもやること無いんですけど」と不安がった雨森さんがなにかするべきかと尋ねてきたが、直樹のそれは自業自得の結果だし、俺と茉莉の弁当はそんな直樹を憐れんだついでの産物なので気にすることないよ、と伝えた。

 そうして、今日も今日とて俺について帰ってきている絢香さんと美琴さんの二人が視線を集めながら、俺たちは帰路についた。慣れはしないが、もはや少し割り切れてしまっている自分がどこかにいた。

 ちなみに涼香ちゃんと茉莉は先に帰っている。


「そういえば、裕太さんって料理作れたんですね」


 初めて知りました、と。そう言いたげな表情で絢香さんがそう言ってくる。その瞳には、まるで裏切りだとでも抗議したげな意志が宿っているようにも見える。

 抗議される筋合いがあるかは別として、俺が料理できなさそうに見えていたというのはそのとおりだろう。なによりその根拠となりうる最大の事例、空っぽの冷蔵庫を彼女は見ている。


「まあ、うん。作れるよ。最近は作ってなかったけどね」


 材料なんかは入ってなかったけど、道具は一通り揃ってたでしょ? そんなことを絢香さんに聞いてみると、たしかにと納得してくれた。

 なんでもあの日、いちおうは料理道具まで持ってきてくれていたらしいが、そちらに関してはちゃんとあったので俺の家のやつを使っていたとのことだった。

 まあ、家族、特に母親が使っていたものだと解釈もできるので、それだけで俺が料理できるできないを判断するのは無理があるのだが。


 そう。作っていなかっただけ。作れないことと作らないこととは違う。ただ単にひとり分の料理を作るのが手間で、面倒で。作ったところでそれを食べるのが自分しかいないしかなあと、その手間が億劫になり、作らなくなったというだけの話である。

 それこそ昔はきちんと作っていたため、基本家にいなかった両親という環境も相まって、それなりのものを、それなりのクオリティで作れる自信はある。


「うん、美味しいよね。裕太くんの料理」


「食べたことあるんですかっ!?」


 しれっと話に混ざってきた美琴さんが、そんなことを言った。直樹といい、わざわざそんなことを言って期待を上げないでいただきたい。作る側の身になってほしい。


「まあ、なんだかんだでねだったら作ってくれたんだよね。()()は」


「まあ、適当にさっと作ったものですけどね」


 やや強調気味に言われる料理という言葉に、服は作ってくれなかったのにという感情が見て取れる。

 それなりのものでよければ事前にそんなに準備の必要ない上に、消えものである料理と。さすがになにもかも適当に仕立てるわけには行かない服とを単純に比べないで欲しい。

 視線を絢香さんに向けてみると、どこか不満そうな顔がみてとれる。……ちなみに、当然ながら茉莉も食べたことがあるわけで。きっとこれは、その表情だろう。


「絢香さん、その、今日の夕飯なんだけどさ」


「は、はい」


 俺が振った話題に、普段ではあまり見られないたぐいの緊張をした様子で絢香さんが反応する。


「その、俺が作ってもいいかな? 直樹にも言ったとおり久しく作ってはいないから、肩慣らし的な意味合いでも」


「もちろんです! あっ、ええっと、その……」


 やや食い気味に反応して、思わず慌ててしまっている絢香さんに、俺は小さく笑い、対応する。


「直樹や美琴さんがああは言っていたけど、ただの素人が作るものだからね。そんなに期待せず、それでいて忌憚のない意見が欲しい」


「そんなことないぞー! 裕太くんの料理は美味しいぞー! 絢香ちゃんもしっかり期待しておいたほうがいいぞー!」


「み、こ、と、さ、ん?」


「あっ、はいごめんなさい」


 詰めるような俺の言葉にシュンとした彼女だったが、おいしいのはホントなんだけどなあ、とちょっと不服そうにつぶやいていた。

 別においしいと言ってもらえるのはいいし、むしろ嬉しくはある。けれど、まだ食べたことない人の期待を変に煽るのをやめていただきたい。

 未知のものへの関心は、煽れば煽るほど加速度的に増していくものだから。

 そうして現実にそれに触れ合って、なんだそんなものかとなっては絢香さんにとっても俺にとっても得がない。


「それじゃあ、今日の夕飯は俺が作るね」


「すみません、その仕事をするための(メイド)なのに」


 そう言い、申し訳なさそうにしている彼女に。大丈夫だよ、と俺は伝える。

 そう。大丈夫。なにも気にすることはない。少なくとも絢香さんは。なぜなら、


「俺が自分で作りたいだけだし、むしろそれを食べて評価してくれることだって、俺が頼んでいる仕事だから、問題ないんじゃないかな。それに」


「それに?」


 俺が付け加えるために最後に言った言葉に、絢香さんは首を傾げて続きを待つ。俺は彼女ににこやかに笑いかけた後に、サッと視線を外して、もうひとりのメイドにそれを向けた。


「ここに、いるからね。食べたがってる人間がもうひとり」


 俺がそう言うと、美琴さんは「お? バレた?」と言ってペロッと舌を出す。

 そのまま彼女はスマホの画面をこちらに向ける。


「と、いうわけで。お母さんにも今日の晩ごはんいらないって言っちゃったから、よろしくっ!」


「……はあ、わかりましたよ。どうせこの話を聞かれた時点でねだられるとは思ってましたし」


「やった!」


 美琴さんはそう言うと、早く早くと言わんばかりに俺たちの腕を掴んで走り出した。

 突然のことに、彼女のこの暴走に慣れている俺はともかく、絢香さんが驚いて足をもつれかけさせている。


「美琴さん、危ないですって!」


「ほらほら、急いで帰らなきゃ!」


「急がなくたって、別に夕飯は逃げませんから!」


「朝になっちゃったら朝ごはんになっちゃうでしょ?」


「どんだけ俺が夕飯作りに時間かける前提なんですかそれ! そんなに時間かけないし、仮にそうなら今急いだところで変わんないっすよ!」


「それもそっか」


 と。そう言って美琴さんは急に足を止める。

 それもそれで危ないんですけどね! もはや慣れきった俺はなんとかそれに対応し、絢香さんも美琴さんに激突するだけで転ぶなどなく、大事には至らなかった。

 大丈夫? と声をかける美琴さん。優しく対応してみせているようだが、そもそもの原因が彼女なのでひどいマッチポンプである。


「全く、帰ってくるだけで随分と騒がしいわね」


「お姉ちゃん、お腹空いた」


 やや疲れ気味に美琴さんと絢香さんの様子を見守っていると、後ろからそんな声をかけられた。

 茉莉と涼香ちゃん。どうやら、疾走する美琴さんについていっているうちに、いつの間にか家の近くまでついていたようだった。

 自身の姉が帰ってくるなり即夕飯を要求する涼香ちゃんだったが、残念ながら今日はねだる相手が違う。


「ただいま」


「ん、おかえりなさい」


 無愛想ながらにそう言って迎え入れられることには、まだ慣れずむず痒いところはあるが、しかし嬉しさが大きい。


「お腹減ってるところ悪いけど、今から作るからちょっと待っててね?」


「うん? 裕太さん、どういうこと?」


 まだこのふたりには言っていないため、わからないのが道理ではある。とはいえ、茉莉は昼のこともあったから、今のやり取りからなんとなく察しているかもしれないが。


「ああ、今日の夕飯は俺が作るから。出来上がるまでちょっと待っててね」

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