#17 残り物が一等クジだったらしい
周辺にいた人物の視線が、もっぱら茉莉へと注がれる。
そうして茉莉は「どういうこと?」と、訴えかけるような視線を俺、直樹、そして絢香さんへと順番に向けて、そして叫ぶ。
「……えっ、私!?」
その言葉に、なるほどうまくやったなと感心する。茉莉を経由することで俺から誘われた状況でも、俺を誘った状況でもなくすることができ、その上で茉莉が俺と幼馴染という糸口から、無理なく同じ班になることができる。
とはいえ、これ自体が土壇場で思いついたものだったのだろう。相方となる茉莉には全く持ってその場でいきなり巻き込む形になってしまっているよつだった。
これに関しては驚いてしまって唖然としている茉莉を見れば一目瞭然。……しかし、これはよくない。
せっかく絢香さんが無理なく同じ班に慣れる状況を作ってくれたのに、あんまりにも驚いたりしていると不審がられてしまいかねない。
現状呆けてしまっている茉莉にだけ聞こえるように、小さな声で耳打ちをする。
「元からそういう約束だったというふうなテイを装うんだ。驚いたのは、みんなが急にこっちを向くからビックリしたってことで誤魔化せばいい」
そう伝えると、彼女はハッと正気に戻り、くるりと周囲の確認をする。視線の多さに再び萎縮しかけるが、茉莉は小さく首を振り、息を吸った。
「そ、そうなんだ! あっ、新井さん。残りのふたりなんだけど、ちょうど私の友達がふたり組になってて、あとふたりを探してて都合が良かったから、そのふたりでもいいかな?」
「ええ。大丈夫です。よろしくお願いしますね」
そう言い、絢香さんはこちらへと視線を送ってくれる。ニコリとも表情が動かないそれに、直樹は身震いをしながら喜んでいた。
そのひとことにより、ほとんどの人たちは諦めつつあった。しかし、全員が全員そうというわけではない。
「で、でもどうして宮野さんと?」
諦めきれなかったのだろう。そもそもこれまで関わりのなかった絢香さんと茉莉とが組んでいることに疑問を抱き、それについて尋ねてきた女子がひとり。
ワンチャンそれで切り崩して、自分がくい込めやしないだろうかと、そういう魂胆なのかもしれない。しかし、さすがというべきか、絢香さんは存外こういうときの押しは強いというのを俺は知っている。事実、俺自身が押し切られた側の人間なので。
「この校外レクの名目としてはクラスメイトとの仲の向上というものがあるかと思います。つまりは、あまり話したことのない宮野さんと組み、仲を紡いでいくということにとても良い機会かと思いまして、お誘いさせていただきました」
淡々と、つらつらと。とても流暢に口からでまかせを言う絢香さんに、思わず拍手を送りたくなる。もちろん、そんなことをしては不審がられるので実際にすることはないが。
もしかしたらを狙っていた女子は、その絢香さんの言葉に引き下がり、しかし今度は別の男子がそれならば、と手を挙げた。
「班って4人から5人だろ? で、今4人なのなら、あとひとりは入れるっつーことだよな!?」
そう。小野ちゃんが言ったのは4人から5人の班を作れということ。つまり、現状4人班の俺たちの班はもうひとりなら班員を抱えることができる。
それはすなわち、あとひとりは絢香さんと同じ班になる権利が与えられるということであり、それをかけて戦おうと、その男子は言っているのだ。
もちろん班としては4人でも構わないはずだが、先刻茉莉と組んだ理由として新たに仲を良くするためにということを言ったため、下手に5人目を断るのは不自然だろう。だからこそ、この5人目の志願者を止めることはできない、そう思っていた。
「その申し出は、とてもありがたいことなんですけれど」
絢香さんが、そう口を開く。その言葉に沸き立ってきた男子たち、静かに闘志を燃やしていた女子たちが、諦めのない瞳で絢香さんの方を向く。
「私が誰かと組む、となったときに今のように私こそが、となってしまうのだろうと、そう思っていました」
つまりは、この状況は想定内だったと、絢香さんはそう言っている。……まあ、去年1年でこういうことが多くあったのだろう。それ自体は想像に難くない。
「ですので、私は宮野さんと組んだ方と組もうと。私と組むと知らなかった相手と組もうと、そう思ったのです。そちらのほうが円滑に話が進みますし」
俺が茉莉の方を向いてみると、彼女はそんなこと知らないとでも言いたげに、首をブンブンと横に振っていた。つまりはやはりこれも口からでまかせか。よくもまあ、適当なことを並べて、ここまでそれっぽく話を仕上げられるものだ。
そうして彼女はチラと教室に掛かっている時計を確認する。
コホン、と。軽く咳払いをして、そして。
「なにより、そろそろ10分を迎える頃ですが、ここにいらっしゃる、ええと、十数人の方々は、自分の班を決めなくてよろしいのですか?」
そのひとことに、全員の顔からサッと血の気が引く。
話題のそらしまで上手いと来た。小野ちゃん、もとい小野先生は滅多なことでは怒りはしないし、怒ったところで怖くはない。
しかし、それよりも厄介なのはこういった決め事とかであまりにも時間をオーバーすると、地味に拗ねるのだ。そしてその拗ねモードに入ると、まさしく面倒くさい人間と化する。
それをこの場の全員がわかっているからこそ、時間制限のことを伝えると、絢香さんを誘おうと必死になって、他のメンバーをどうするか疎かにしていた人物たちが焦り始めた。
結果として、周りにいた人々は全員捌けることになり、俺たちは4人班で話がまとまることになった。
「……これが、絢香ちゃん」
小さな声で、茉莉が漏らすようにそう言っていた。
ただ、俺も同じくしてそう思っていたところだった。
新井 絢香という人物。そのカリスマ性というものを目の当たりにして、抱いた感情は驚き以外のなにものでもなかった。
「これがあのポンコツの絢香さんと同一人物ってんだからすげえよな」
俺がそう言うと「ポンコツって……」と茉莉が小さくツッコんでくるが、やはり彼女もそれ自体は否定してこなかった。実際家ではポンコツなとこれが前面に出てきているし。
「それよりも驚きなのは、そんな彼女が誰かさんのメイドだってことよ。ねぇ?」
ヒソヒソと。しかし、ちょっと威圧的な言い方で、わざとらしく彼女はそう言ってくる。
「……ほんと、なんでこんなことになったんだろうな」
ハハッと、俺が力なく笑いながらそう言うと、茉莉はポンポンと優しく肩を叩いてくれる。
親友と、メイドふたりと、校外レクでハイキング。ほんとうに、なんでこうなったんだろう。
遠くを見つめ、今にも意識を手放したく思う俺を見ながら、唯一なんのことかさっぱりわかっていない直樹だけは、首を傾げて疑問符を携えていた。
「さて、みんな大方決まったかしら」
十分を少し過ぎた頃、小野ちゃんがそう声をかけた。
一部の生徒から元気の良い返事があったことに機嫌を良くした小野ちゃんは、そのままの調子で生徒たちに黒板に班メンバーを書くように指示する。
俺たちの中からは直樹がいの1番に「俺が行ってくる!」と率先して書きに行ってくれた。
「うんうん、ちゃんと問題なく決まってそうで先生嬉しいよ」
擬音を振るならばルンルンと、そんな音が聞こえてきそうな先生の様子を視界の端に収めながら周囲を確認してみる。どうやら都合よく4人班と5人班で作れたようで、軽く見回している範囲では変に3人班ができちゃった、というようなことは無いように見える。
そうして見回しているうちに、ふと、ひとり。未だにキョロキョロと周囲を見回している女子。
絡んだこともないし、申し訳ないが名前と顔がすぐに一致しない。ええと……、
「あれ? 雨森さんはどこの班に入ってるのかな?」
そうだ。雨森さん。本当に申し訳ないが、言われてやっと思い出せた。
しかし、言っちゃ悪いがそれくらいに印象が薄い。俺の隣がめちゃくちゃに目立っているというのはそのとおりではあるのだが、それにしてもある程度のクラスメイトはそこそこに存在感があるものだが、彼女に関しては教室でよく本を読んでる子以上の印象がない。
まあ、早い話が他のクラスメイトと話している様子を見かけることがほとんどない。と、いうことは。
「雨森さん。どこかの班に入れて貰おうとしてたけど、話しかける勇気が出なくて。それで今に至る、という感じかな」
ボソリ、と。俺がそんなことをつぶやいた。ちょうど黒板に班メンバーを書いてきた直樹が、チョークの粉をパンパンと払いながら帰ってきた。
「雨森さん、入るとこなくて困ってるのか」
直樹はそう言うと、俺、茉莉、絢香さんと3人の顔を順に見回す。
「……あー、俺は構わんぞ。好きにして」
「同感」
最初に俺と茉莉が、任せると言わんばかりに直樹にそう伝える。
それを見た絢香さんも「私も同意見です」と、併せて言う。
まあ、ちょうど4人班だし、ね?
俺たちからの承認を得られたことに満足そうな表情をした直樹は「せんせー!」と、とても元気よく、再び黒板の方へと駆けていった。
「すんませんっ、俺がふっつーに、書き忘れてましたっ!」
そう言って、直樹は雨森さんの氏名を俺たちの名前の下に連ねる。
つまりは、俺たちと同じ、絢香さんと同じ班として、彼女の名前を記した。
その事実に教室内が一瞬どよめくが、しかし小野ちゃんは満足そうに「うんっ、これで全員いるわね!」と笑っていた。
その一方で、なにが起こったのか、どうなっているのか全く理解していないだろうに。雨森さんはしどろもどろ、あたふたしていた。
「それじゃ、班も決まったことだし、残りの時間は軽くどんなことをしたいかみたいな話し合いの時間にするね! とはいえ、はしゃぎ過ぎないように!」
小野ちゃんのその言葉に、生徒たちが声を合わせて返事をする。
そうして各々話し合いが始まっても、雨森さんはどう身の振ればよいのかと困っている様子で、フラフラとその場で足を進めようとして、戻ってを繰り返していた。
「あー……私連れてくるね?」
「頼む」
茉莉が、そう率先して行ってくれる。彼女は雨森さんと顔を合わせると、なにか軽く話したようだった。
すると雨森さんはピンと背筋を伸ばしたあとに、そのままの姿勢で倒れかける。慌てて茉莉がそれを支え、またなにかを話しかけていた。
……いったいなんの話をしてるんだ。教室内が騒がしい上に距離があるので聞こえないが。どうして雨森さんがあんな反応をしたのかはとても気になる。
そうして雨森さんは茉莉に身体を支えられながらこちらへとやってくる。
「ど、どうみょはじみぇましてっ! あみゃみょりでしゅ!」
……わお、めっちゃ噛んでる。
「あー、えっと、俺は裕太だ。そしてこっちが」
「直樹っていうんだ! 勝手に入れちまって悪かったな!」
「いいえ、しょんなことは! 私も入るとこなくて困ってたのでありがたかったです……」
そう言ってくれると嬉しい、と。直樹はいい笑顔で、そして豪快な笑い声で迎える。一瞬雨森さんがビクッとしていたが、その大きさにビックリしただけのようで、すぐに平静に戻る。
「こんにちは、雨森さん。私は新井 絢香です。よろしくお願いしますね」
「ぞぞぞっ、存じ上げておりましゅっ! みぎゃっ」
また噛んだ。……と、なるほど。この様子で納得した。
カアアっと真っ赤になっていくその表情は、果たして噛んだことへの恥ずかしさからくるものか。はたまた――、
「ううう……」
顔を手で抑え、うずくまる彼女に声をかけようとした絢香さんを、俺はジェスチャーで制止する。雨森さんはたぶん大丈夫だから、この状態からとどめを刺すのはやめてやってくれ。
しかしまあ、この反応を見る限りでは間違いないだろう。
さては雨森さん、絢香さんの大ファンだな?