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#14 歪な形のお返しの機会

 しばらくすると茉莉が私服に着替えたようで、ガチャリと扉を開けてリビングにやってきた。白色のブラウスに、スキニーパンツ。シンプルながらにカッコよさの見える服装だ。茉莉らしいといえば茉莉らしい。


「……えっ?」


 開くや否や、彼女は硬直し、目を丸くした。

 茉莉はまるで脳が理解を拒んでいるかのように、俺たちの顔と、その元凶とに交互に視線を送っていたが、すまない、これが現実なんだ。


「おっ、さっきみたいなかわいいのもいいけど、茉莉ちゃんはそういうカッコいいのも似合うね! あっでも裕太くんはかわいいのも……もごごばっ!」


「はいはい先輩はややこしいので一度黙っておいてください」


 俺はそう言いながら、彼女の混乱の元凶の口を手で塞ぐ。

 この状況でその説得しても、茉莉が受け入れるとは思えないし、更に言うならただでさえ理解の追いついていない茉莉のことを更に追いやらないであげてほしい。


 茉莉が現在混乱しているその最大の原因は、間違いなく美琴さんのメイド服だろう。美琴さんが部屋を着替えに出たのは茉莉が逃げ出したあとなので、もちろん状況を把握できているわけもなく。

 ついでにいうなら部屋の中の人物5人のうち……いいや、女子でいうなら4人のうち、自身を除く3人全員がメイド服だという異常事態もそれに拍車をかけているのだろう。俺だって状況に納得はしているが理解はしていない。


「…………」


 まさしく唖然、開いた口が塞がらないとはこのことだろうか。ただただひたすらに驚きが溢れているということだけは見て取れる。

 そうして彼女は目を丸めつつもひとしきりこちらの状況を確認して、


 そっと。ついさっき開いたドアを閉じた。


「いやいやいやいや、ドアをそっ閉じしないで!? 意味わかんなくて現実から目を背けたいのはわかるけど、ここは逃げないでしっかりと向き合って!?」


 俺が慌ててドアを開けに行くと、3歩ほど後退った状態の茉莉が怪訝な視線でこちらを見つめてくる。


「説明、してくれるんでしょうね?」


「もちろん。その責任はあると思うから」


 俺が真剣な面持ちでそう言うと、彼女はため息をついてから「わかった」といい、リビングへと入ってくる。


 机には最大の元凶である美琴さん、そして不本意ながらにいちおう片棒を担いでいる状態の俺。状況をある程度把握している絢香さんが並び、対面には涼香ちゃんと茉莉が並んだ。

 茉莉が「なんで涼香ちゃんがこっちなの?」と尋ねたが、涼香ちゃんは「茉莉と同じで私もあんまり状況を理解できてない」と答えていた。

 その答えに「あっそ」と、言葉ではあまり興味なさげな反応をしていたが、その実自分と同じ状況の人がいることに安心したのか、頬が少しばかり緩んでいた。


「それじゃあ、なにがどうなってるのか教えてもらおうかしら?」


 普段よりもやや高圧的な雰囲気を携えながら、改まって茉莉はそう尋ねてきた。


「まあ、ものすごく単刀直入に言うと、美琴さんがメイドになりたいって言ってきた」


「はいっ!? えっ、私それ聞いてないんだけどっ! そんな大切なことをなんで情報共有してなかったのよ!」


 いやまあ、うん。情報共有をしていなかったのは俺の責だが、その点については少しばかり弁解をさせて欲しい。

 正直確定したことでもないことを。それも、結構なゴタゴタが起こりそうなことを、わざわざ報告するまでもないかな、と思ったから。

 もちろんそうあってほしいという俺個人の希望的な視点もあったが、美琴さんなあの日のあの空気にあてられて、勢いでそんなことを言ってしまった可能性だってあったわけで。

 そしてなにより、美琴さんなわけで。

 そういったことを鑑みた結果、わざわざ不確定な面倒ごとについてを報告する必要もないかな、と。


「冷静になってからも、まだメイドになりたいみたいな狂ったことを言ってきたら、そのときに再度報告すればいいかなって、そう思ってたんだよ」


「ねえ裕太くん、なんかちょっと私に対する扱いが雑じゃない? ねえねえ」


「それがどうしたことか、まさかメイド服を持って特攻してくるとか思わなかったんだよ。それも来るって連絡を入れてから数分とせずにインターホン鳴ったからな」


「やっぱり雑だよね? さっきも美琴さんなわけでって、謎の根拠のない理由付けをされ――」


「とかく、そういう理由で報告が遅れてしまったのは、すまないとはおもってる」


 抗議を入れてくる美琴さんの声をやや無理矢理に遮りながら、俺はそう言い切る。

 チラと横を見てみると、雑な扱いに対して雑な対応をされてしまった美琴さんがそこそこに不満そうな顔をしていた。

 申し訳なさを感じないわけではないが、話の本筋から離れたツッコミをされて、なおかつそれに乗っからなかったことへの抗議なので、謝る気は毛頭も起こらない。


 ちなみに、自分自身も情報共有をしてもらえなくてびっくりした被害者側です、みたいな顔をしている涼香ちゃん? あなたはある意味ではさらなる元凶だからね?

 そもそも美琴さんがこうして謎にメイドになると言い出したきっかけともいえるのは涼香ちゃんが衣服争奪戦とかいう謎の競争を始めたからだからね?


「とりあえず、状況はわかった。なんで美琴さんがいるのか、それからなんでメイド服なのか。理解はできない、したくもないけど納得はした」


 茉莉はうんうんと頷きながらにそう言った。

 ついでに、俺に対して「不確定なことでもあんまり大きなことについては報告すること」と言付けてきた。まあ、こんなイレギュラーなことを引き起こすのは美琴さんくらいなものだと信じたいが。

 そうして俺に向けられていた視線はそのまま横にずらされ、美琴さんへと注がれる。


「それで、美琴さんはどうするつもりなの?」


「どうするって、なにを?」


「話の流れ的にひとつしか無いでしょう。本当にメイドになるの?」


 その言葉に、全員の意識が変わった。……いや、正しく言うなら美琴さんだけは変わらず比較的のほほんとした様子ではあった。

 しかし、それ以外の全員が全員、真剣な表情で美琴さんの答えを待った。急に様子が変わり、なおかつ視線が一気に集まったからか、びっくりして少し慌てていた。


 とはいえ、それほどに彼女がメイドになるかどうかという事柄は重大なことだった。

 すなわちそれは、俺にとっては心労の要因が増えるかどうかということに直結するし、彼女らにとっては良くも悪くも、一緒に仕事をする人が増えることと同義ではある。

 また、それ以外にも学校での立ち回りについてもいろいろと気をつけないことが出てくるわけであって。

 正直、この話題になったのにもかかわらず、特に様子を変えるわけでもなくいつもどおりの緩い美琴さんのままであったことの方がどうかしてるかとは思う。美琴さん自身が一番状況や環境が変わるだろうに。


 だがしかし、彼女の答えはひどくあっけらかんとしたもので。


「うん、なるつもりだよ。もちろん裕太くんがダメって言うなら、ちょっと考えるけど」


「ここは素直に引き下がってくださいよ。なんでちょっと粘ろうとしてるんですか」


「えっ、ダメなの? もう既に3人も囲ってるのに?」


 そういう言い方をされるとイケないことをしているように聞こえてしまうからやめてほしい。いや、イケないことではないけど、とんでもないことはしてるんだけど。……イケないことでは、ないよな? うん。


「というか、御両親には反対されなかったんです?」


「ふぇっ? ああ、うん。大丈夫だったよ」


「なんでだよ」


 思わず、そうツッコんでしまった。……いや、心からそう思ったことには違いないのだが。


「あなただって今年受験生でしょう? それなのになんて許可が出たんだよ」


「おっと他の3人は知らないからともかく、裕太くんは忘れちゃったかな? これでも私、頭はいいんだよ?」


 ……そういえばそうだった。正直部活ではトンデモなことばかりしているヤベー人だけど、勉強は学年でもトップクラスらしく、たしかまだ確定はしていないものの、ほぼ推薦が確実だとかなんとか。


「親はそのあたりの信頼はしてくれてるみたいで、普通に許可もらえちゃいましたっ!」


 ぶいっ、と。ピースサインを堂々と見せつけながら彼女は胸を張る。

 いやしかし、とはいえそれだけで許可が出るようなものなのだろうか? メイドだぞ? 意味わかんないぞ?


「あっ、でも細かなところは伏せてるよ? メイドになる、とか。あくまで裁縫を一緒にするためにお邪魔しに行ってるっていうテイで説得したから、他の3人みたいにお泊まりはちょっと厳しいかな?」


 頻繁にでなければいいかもしれないけど、と。彼女はそう言った。

 ……とはいえ、まあ、それならばまだギリギリ納得の行く範囲。そもそも娘がメイドになるだとか、息子に同級生との同居を認めるだとか、そんなことを許可する親のほうがどうかしているだけだから。

 そんなことを考えながら、無理矢理に自身に納得させようとしていると、少し気になることが思い浮かぶ。


「というとこは、俺のところに来ているということも伏せてるのでは? ……バレたときが面倒くさそうなんですけど」


「いや、それは言ったよ?」


「言ったの!?」


 これでも美琴さんとは一年来の付き合いなので、部活の関連で美琴さんの親御さんとは顔を合わせたことがある。

 とても真面目そうなおふたりで、正直例えそれが後輩の家であったとはいえ、頻繁に通うような形になることを許すとは思えないんだけど。


「しっかりといろいろ教えてもらってきなさい、って、そう言われたよ?」


「ええ……」


 そこは異性の家に、とかで止めるところじゃないんですか親御さん。……なんでもあとから聞いた話にはなるが、今回の事例以前から美琴さんにより日々から俺についてのプレゼンが常習化してたらしいし、実際に直接会った際などに俺の作った物を見たことがあったらしく、ある意味では「兼ねてからの娘の希望が叶ういい条件」のように捉えられたようだった。

 そんなことある?


「そういうわけで、ちょっと誤魔化した部分はあるとはいえ、ちゃんと許可もあるし、あとは裕太くんだけなんだけども」


 ジッと、美琴さんがこちらを見つめてくる。

 絢香さんや涼香ちゃん、茉莉にも意見を求めようと視線を向けてみるが、1番の反対意見をあげそうな茉莉ですら「勝手にすれば?」とでも言いたげに、フンと視線をそらすだけだった。


「もちろん、涼香ちゃんが言い出した衣服争奪戦、それが理由の一端にあるというのはそのとおりだし、それがあっていろいろ考えたってのは、そうなんだけど」


 少しバツが悪そうに、美琴さんはうつむく。

 下心があるかないかでいえば、ある。めちゃくちゃにある。と、彼女はそう言い。しかし、今度はしっかりと前を見つめて。


「裕太くんにはたくさんお世話になってるから、そのお返しをしたいっていうのも本当なんだ」


 そう言って、ニコッと柔らかな笑みを向けてくる。


「なんというか、ちょこっと? ……かなり、歪な形にはなるんだけど、私に君へのお返しの機会をくれないかな?」


 真っ直ぐで。どこまでも真っ直ぐで。そんな瞳を向けられて、そんなお願いをされて。


「わかりました。……こちらこそ、よろしくお願いします、美琴さん」


「やったあっ! ありがとう裕太くんっ!」


「だあっ! いきなり抱きつかないでください! 近い、近いっ!」


 飛びつくように抱きついてきた美琴さんを必死に剥がす。前もそうだっが、地味に美琴さん、力強いんだよな。


 しかしまあ、押しに弱いというのはこういうところなのだろうなあ。真っ直ぐな瞳でお願いをされて。

 それを拒むという選択肢が、微塵も出てこなかったのだから。

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