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if短編 ハロウィンデート

本編終了後、高校3年生の10月末日のお話を書いたif短編です


要するに「読まなくても大丈夫なやつ」です

「大丈夫、だよな?」


「ええ、よくお似合いですよ」


 俺の質問に対して、絢香さんはそう返してくる。

 聞きたいのはそういうことではないのだけれども。そんなことを思いながら、俺はちらりと彼女の姿を視界に入れる。


 ピナフォアドレスにホワイトブリム。見紛うはずもない、俺が送ったメイド服を身に着けた絢香さんがそこにいる。

 いや、絢香さんが俺の送ったメイド服を着ていること自体は、特段驚くべきことではない。なんなら、普段からよく見ているため、正直奇妙な話ではあるが、親しみのある見目ですらある。


 ……の、だが。問題なのは、場所。

 現在地は俺の家の中でなければ、絢香さんの家でもなく。というか、なんならそんなレベルなんかではなく、思いっきり屋外であった。


「おーい! 待たせたな!」


「すみません、少し手間取ってしまって」


 遠巻きから、直樹と雨森さんの声がする。

 無論、ふたりには未だ絢香さんとの詳しい関係については伝えていない。

 冬休み明けになって交際がバレてからは、そのあたりについては周囲の人が知っているか少し踏み込んだ程度には伝えているが、絢香さんが……というか、涼香ちゃんや美琴さん、そして茉莉に至るまでもがメイドをしていることは伝えていない。


 だから、本来であれば彼女たちに絢香さんのメイド姿を見られるのはよろしくない、のだけれども。


「裕太さん、大丈夫ですよ。今日、この場では」


 そっと耳元で、彼女はそう言ってくれる。


 メイド服を身に着けている絢香さんの隣では、俺が黒色で内が赤いマントを身に着けていた。

 振り返った先にいた直樹は、なにやら怪物の様相をしているし。その隣の雨森さんはというと、なにやら白衣を身に着けている様子だった。


 そう。10月の末日。ハロウィンのイベントで、俺たちは仮装をしていた。






 そもそもなぜこんなことになったのかといえば、発端は雨森さんが俺に相談を持ちかけてきたことが最初だった。


「えっと、その。……直樹くんに息抜きをしてもらいたいんですけど。いい方法が、思いつかなくって」


 高校3年生。その秋頃ともなれば、それぞれ受験を控えてくることもあり、皆それぞれピリピリとしたり、根を詰めたりしていた。

 そしてそれは、直樹についても同じくな様子で。……正直、俺個人の感覚としてはまさかあの直樹が、と思わないでもなかったが。最近のあいつの頑張りを見ていると、だいたいの事情は察する。


 おそらくは、誰かさんと同じ大学に行きたいとか、そういう事情だろう。


 だがしかし、相手に自分と同じレベルまで引き下げてもらうわけにもいかない。ならば、やらなければいけないことはというと、直樹自身がめちゃくちゃに勉強を頑張る、という結論。


 なんだかんだで直樹はやるときはやる人間なので、この調子が続けば直樹が雨森さんと同じ大学に合格すること自体は不可能じゃない。

 それこそ、彼は勉強でわからないことがあったら俺を頼ってくることがあったりするが、最初でこそ、そもそもなにがわからないかかわからない、というからっきしな様子だったのに。今では自分でもそれなりに考えられるようになった上で、それでもわからないところの質問をしに来る。というように変化していた。


 返して言えば、彼はそうなるほどに根を詰めて勉強をしてきた、ということになる。

 それこそ、雨森さんが心配に思うほどに。


「でも、俺が休めって言うよりも雨森さんが休めって言う方が今のアイツは言うことを聞くと思うぞ?」


 それこそ、直樹が雨森さんと付き合う前であれば俺が言うのが最適解であっただろうが。しかし、今のふたりの関係性を鑑みるなら、間違いなく効果的なのは俺よりも雨森さんだ。

 俺のその指摘に彼女は満更でもないような様子で少し恥ずかしそうにしながら。けれど「でも」とそう切り出して。


「お恥ずかしい話が。私、直樹くんと交際し始めてからすぐに受験期に入ってしまったこともあって。あんまり彼がどういうところを好むのか、ということを知らなくて」


「……ああ、なるほど」


 ふたりが付き合い始めたのは高校2年生の冬。そこからとなると、たしかにあまりふたりで出掛ける機会というのも作れていないのだろう。

 特に、直樹の様子があの感じであるのも相まって。


 ふむ、なるほど。それは直樹が悪いな、うん。

 彼女のことを大切にしたいからという行動なのだろうが、それで相手を不安にさせてしまっては本末転倒だろう。


 ……まあ、俺が言えたタチではなかったりするのだけれども。


「なら、気分転換にどこか連れ出すのがいいと思う。正直どこでもいいっちゃいいんだけど、一番いいのはお祭り騒ぎをしてるようなところだな」


 なにせアイツは屋台の料理に対して「味はそんなにだけど空気感込みでうまい」とか言い始める輩である。

 そういう雰囲気であるとか空気感であるとか、そういうのを込みで楽しむタイプの人間なので、そういう場に連れ出してやるととても喜ぶ。


 問題はというと、直近でそんな都合よくお祭りをしているようなところがあるのか、という話だが。


 近辺のイベント事情をさらっと思い起こしてみるが、俺の記憶の範疇ではノーヒット。雨森さんも軽く調べたようだが、直近では無さそうだった。


「まあ、普通にボウリングとかカラオケでも十二分に楽しむやつだが」


「でも、頑張ってる直樹くんの邪魔もしたくないから、一回でパーッと楽しめれば一番いいなって、思うんです」


 雨森さんのその言葉は、たしかにそうだと思う。

 せっかく躍起になっているあのやる気を落とすわけには行かない。

 だからこそ、今思い詰めてしまっている彼の状態を、一回でなんとかしてあげられれば最適なのだが。


 しかし、直近でうまい手立てがなく、ううむ、と。そう悩んでいると。ちょうどその時、絢香さんが教室に戻って来た。


「雨森さん、こんにちは」


「あっ! 絢香さん!」


 雨森さんは絢香さんの登場にパアと顔を明るくさせる。

 直樹と付き合ってからも、雨森さんの絢香さんへの尊敬の念は相変わらずな様子で。強いて変化を挙げるならば、付き合いも長くなってきたということもあって、下の名前で呼ぶようになったということ。

 以前までは嬉しさ半分畏敬半分というところだったが、現在ではその距離も縮まっていた。


「おふたりでなんの話をしていたのですか?」


 地味に絢香さんから圧を感じる。無論、絢香さんとて雨森さんにそういう気がないのは理解してるし、これくらいは日常会話の範疇だとは理解してくれているのだが。しかしそれはそれとして、嫉妬するかしないかといえば別なのだろう。

 ……キチンと絢香さんと付き合うようになって、ちょっとだけ俺もその気持ちを理解できるようになってきたから、わかる。


 とはいえ、全く持って後ろめたいことはないので、ここまでの話の流れを絢香さんに説明する。

 そして、ちょうどいいお祭りなんかがあればいいんだけれども、ということも。


「それならば、ちょうどいいものがありますよ」


「えっ、マジ?」


 突然に提示された解決策に、俺も雨森さんも拍子抜けする。


「はい。ここから少し離れた場所にはなってしまいますが、ちょうど私の知り合いの方から、ちょうどハロウィンのイベントを開催するから来ないか、と。招待を受けていまして」


「へえ。ハロウィンか。たしかにそろそろ時期だな……うん?」


 なんか、今しれっと開催という言葉が聞こえた気がする。


 ああ、でもそうか。しばしば忘れがちになるが、絢香さんは財閥の令嬢だった。そういう繋がりがあっても不思議ではない。


 絢香さんの説明曰く、どうやら移動費や宿泊場所なども先方が負担してくれるらしい。


「でも、俺たちまで行っても大丈夫なのか?」


「はい。元々裕太さんは一緒に行く予定でしたし。涼香や茉莉ちゃんのも行く可能性を込みで4人か5人になるかもしれないと伝えていたので」


「待って。俺まだそんな話聞いてないけど?」


「はい。まだ言ってませんもの」


 絢香さんは、真っ直ぐにこちらを向きながらそう言い放つ。外行きモードなこともあって表情をピクリとも動かさずに言い放つその様は、まさしく有無を言わせぬという雰囲気だった。


「でも、裕太さんならば行ってくださいと言えば行ってくださるでしょう?」


「まあ、行くけど」


 俺たちも受験生ではあるが、正直そこまで切羽詰まっているわけではないし。絢香さんからの頼みともあれば、特段断る理由もない。


「で、でも。絢香さんの話だと私や直樹くんを茉莉ちゃんや涼香ちゃんの枠に入れるってことになるけど、ふたりは行かなくて大丈夫なの?」


「茉莉ちゃんにはまだ聞いてませんが、涼香は行かないともう言っていましたし」


「へえ、それまた意外。涼香ちゃん、こういう場面だと割と出てきそうなイメージなんだけど」


 直樹なんかとは違ってイベントごとが好きというわけではないのだが、その一方でトラブルが発生しそうな場面では嬉々としてその様子を見たがるし、なんなら自分から起こしにかかる。

 だから、ハロウィンイベントなんかなら喜んで参加しそうだと思っていたのだけれども。


「その、実は今回誘ってくださってる令嬢の方が涼香と同年齢なんですけど。どうやら涼香はちょっと苦手らしくて」


 なんでも、人として無理とかそういうわけではないのだけれども。その人が目的に向かって一直線! 壁があるならぶち破る! という性格らしく。どうにも涼香ちゃんからしてみれば苦手なのだという。


「あー……美琴さんみたいな性格か」


「美琴さんを数割増しした感じですね。……神宮寺さん自身は涼香のことがかわいらしくて好き、とのことなんですけど」


 そこまで美琴さんと同じであれば、たしかに嫌いというわけではないにせよ、行くのが億劫だと言う涼香ちゃんの姿が容易に想像できる。


「茉莉ちゃんにはまた後で話をしてみます。茉莉ちゃんも一緒に行ったとしても5人なので問題ないですし」


 そういえば、4人か5人かと言っていたか。ならば、問題ないだろう。


「ちなみに、ハロウィンイベントということで向こうでは仮装での参加だそうですよ」


 ……はい?






 というわけで、現在絢香さんの知り合いが開催しているというハロウィンイベントに参加していて。

 そのための仮装として、俺は吸血鬼の装いをしていた。……というか、させられていた。


 曰く、絢香さんが俺に対して秘密にしていたその理由は、衣装を用意してから提案してしまえば、なんだかんだと文句は言われるかもしれないが、着てはくれるだろうから、と。そういう理由だった。

 ……いやまあ、着るし。というか、今着てるし。


 そんなこんなで、現在涼香ちゃんお手製の吸血鬼の仮装をしているわけで。

 ちなみに、涼香ちゃんからは参加しない代わりに、と。俺以外にも、直樹と雨森さんの仮装も作ってくれていた。ちょこっと聞いた話では、美琴さんも手伝ってくれていたらしい。


 ちなみに茉莉にも行くかと聞いたのだが、断られてしまった。曰く、カップル2組に孤独に挟まれるって、どんな罰ゲーム? と。

 ……たしかにそれはそうかもしれない。


「それで、直樹の仮装はあれか? フランケンシュタインってやつか?」


 ややボロ切れのような服装に、血色が悪く見えるような化粧。頭には大きな釘が刺さっていた。

 元々直樹は結構体格もいいほうなので、それも相まってかなり迫力がある。


「おう! ただ、涼香ちゃん曰くフランケンシュタインの怪物、らしいぜ!」


「それ、一緒じゃないのか?」


「それが違うらしいんだよ。なんだったっけ、雨森」


 どうやら違うということだけ覚えていて、他は全くだったらしい直樹が、そのまま雨森さんに会話を振る。

 突然のことに彼女は一瞬動揺したが、なんとか持ち直してから、ええっと、と。


「フランケンシュタインという名前は、怪物を作った科学者の名前で。怪物自体に明確な名前はないんです」


「だ、そうだ!」


 雨森さんの説明になぜかドヤ顔で胸を張る直樹。

 お前の手柄ではないだろう。


「そうなると、雨森さんはその科学者ですか?」


「はい、そうなんです。……もっとも、本来なら性別は違うんですけども」


 絢香さんの質問に、雨森さんがそう答える。

 たしかに性別は違うのかもしれないが、合わせとしては良い組み合わせだろうと思える。


 直樹の体格云々についてもそうなのだが、雨森さんの、やや猫背気味で、前髪が重たくかかっている様相は。やや分厚い丸眼鏡や縒れた白衣などと相まって、マッドサイエンティスト味を醸し出している。


「それでもって、ふたりの方は……」


「吸血鬼のその従者――メイドです」


 直樹の言葉に、絢香さんがやや食い気味にそう答える。


「ふたりの服も涼香ちゃんが作ってくれたのか?」


「いえ、裕太さんの分は涼香が作りましたが、私の分は裕太さんが」


 厳密に言えば、今から半年以上前に作った、が正しいが。無論、そんな誤解を生みかねないことは言えない。

 ただ、茉莉と同じく、俺の事情を知っている直樹はというと、俺が作ったというその言葉に対して、へぇ、と。意味有りげな笑みを浮かべていた。


 傍らでは、表情には出さないものの自慢したいという気持ちが前面に現れている絢香さんが、くるりと一回転しながら雨森さんに見せていた。


「茉莉から裕太が新井さんに服を作ったとは聞いていたが。こんなのも作れるようには乗り越えられたんだな。……いや、それくらいに絢香さんが大切な存在なのか?」


「うるせえよ。ったく」


 ……まさか、これが一着目など、言えるはずもない。


 だがしかし、この絢香さんの様子を。表情には出していないが、嬉しそうに雨森さんに見せている姿を見て確信した。


 たぶん、俺の作ったメイド服を自慢したかったんだな。

 都合、普段は外じゃメイド服を着れないから、直樹や雨森さんの目に触れることはないし。


 それを、仮装という場であれば。それほど不自然ではなく、着れるだろうから。


 そんな彼女のちょっとした気持ちを察知して。嬉しいような、どこか恥ずかしいような。そんな気持ちが湧き上がってくる。


「ちなみに、ちゃんと首元に噛み痕があるんですよ。吸血鬼の従者なので」


 そう言いながら、絢香さんは少し屈んで、俺たちに首筋を見せる。

 たしかに首筋には赤くて小さな痕が4個ついていて。


「裕太、お前……」


「噛んだんですか!? はわわわわっ」


「噛んでねえよ!? ただの化粧だから!?」


「裕太さんだったら、いつでも構いませんよ?」


「絢香さんも紛らわしい発言しないで!?」






「それでは、私は主催者の方に挨拶に行ってきますので」


「俺も行ってくるから。ふたりは自由に回ってくれてていいよ」


 そう言って、絢香さんと小川くんは、私と直樹くんに向けて小さく手を振りながら、イベント会場の本部らしきところに向けて歩いていく。


 ……というのは、半分本当で、半分建前。おそらく、気を利かせて私と直樹くんがふたりになるように仕向けてくれている。

 まあ、それと同時に絢香さんと小川くんもふたりになれるし、都合がいいのだろう。


「それにしても、結構賑わってるんだな」


「ですね。聞いた話では今年初めて企画されたイベント、とのことらしいですが」


 騒ぎたい盛りの高校生や大学生といった見目の人が結構いる。仮装している人もいれば、普通の服で来ている人もいる。……これなら別に仮装しなくてもよかったんじゃないかとも思うけど、一応は招待された立場だし、それに直樹くんは仮装が楽しそうだし。いいか。


 ただ、仮装の有無はともかくとして。こういった人が多いところ、というものに関しては。正直、個人的にはちょっとだけ苦手。


「それにしても、雨森からこういうことを誘ってくれるとは思わなかったよ」


「えっと、それは。……あはは」


 それを理解しているから、直樹くんも少し心配してくれているようだった。


 なんだかんだと正反対なことが多い私と直樹くんだから、こういうところの好みはかなり反対向きになる。

 ……でも、今日は直樹くんの気晴らしのために来てるんだから。私はキュッと、小さく拳を握る。


「とりあえず、色々見て回ろうよ! ほら、いろいろ出店があるみたいだし」


 心配する直樹くんの手を取って、誤魔化すようにその腕を引く。

 小さい子が楽しむ用のゲームコーナーがあったり、食べ物を提供している屋台があったり。


「……カブ、だな?」


「なんで、カブ?」


 なぜかカブをメインにしているお店に、ふたり揃って首を傾げたり。


 そうして歩いていると、なにやら仮設のステージの前までやってきた。


「ここは、なにをするんだ?」


「直樹くん、こっちに説明の紙があるよ!」


 私が壁に貼られた紙へと彼を手招きしする。


「へえ、仮装コンテスト」


「仮装してきた人たちのその出来栄えとかで競い合うみたいだね。何人かで一緒に出ることもできるみたい」


「ありがちといえばありがちなイベントだなー」


「そういうのは思っても言わないものだよ?」


 なんの気無しにサラッと思ったことを言う直樹くんに私がそう咎める。彼はカラカラと笑いながらに悪い悪いとそう頭を掻く。


「で、どうする? 雨森も出るのか?」


「えっ、私!? 私はその、いいかなって……」


 たしかに涼香ちゃんが作ってくれた仮装はしっかりしているし、私と直樹くんはセットでコンセプトにもなってるから、そういう意味で言うなら出ることはできるだろうけど。

 ただ、私なんかが出て持って思っちゃうし。やっぱり人前で目立つのは怖いものがある。


「そっか。なら俺らはパスだな」


「でも、直樹くんこういうの好きなんじゃない?」


 私は単独はわかりにくいけど、フランケンシュタインの怪物は怪物のほうが有名だから、単独でも成立する。


「でも――」


「大丈夫大丈夫! 今日は直樹くんに楽しんでもらいたいから!」


 私がそう言うと、彼はそうかと納得する。

 せっかくふたりきりにしてくれて、向こうもふたりきりになったところではあるのだけれども。まあ、私はふたりと合流して直樹くんの姿を一緒に見ていればいいだろう。


 そんなことを考えていると、メッセージのグループチャットに絢香さんからの連絡が来る。

 どうやら、主催者の方からお願いされたということもあって、絢香さんと小川くんのふたりもこの仮装コンテストに出ることになったらしい。

 まあ、招待を受けている立場だし、これに関しては断るわけにもというところだろう。

 あのふたりも衣装はしっかりしているし、それでいてお似合いだから、とても盛り上がるだろう。


「なあ、大丈夫か? やっぱり俺は出なくても」


「大丈夫だよ! ほら、受付はあっちだってさ!」


 大丈夫、大丈夫。人混みは苦手だけど、ちょっと離れたところから会場を見てればいいだけだし。

 それだけなら問題ないだろう。


 不安そうにしている直樹くんだったが、私はその背を押して受付へと一緒に向かった。






 その後、一度絢香さんたちと合流してから、そろそろコンテストの時間だということもあって、3人は会場の裏手へ。

 その直前で、絢香さんと小川くんにも大丈夫かと心配されたが、これくらいなら大丈夫だと、そう伝えた。


 そのうちに、会場内にスピーカーで仮装コンテストの案内がされる。


 前の方は混んでいるから、少し離れた位置から。

 ちょっと小高くなっているところに立ってみれば、小さいけれどちゃんとステージの上を見ることができる。


「皆様! お集まりいただきありがとうございます! それでは! これから仮装コンテストを始めさせていただきたいと思います!」


 ステージの上では、魔女の仮装だろうか。真っ黒いワンピースドレスにツバの広いとんがりぼうしを被った女の子が出てきて司会をしていた。

 遠目ではあるものの、パッと見では私たちとそう変わらなさそうな年齢なのに、あんなにしっかりしていてすごいなあ、と思う。

 まあ、それで言うなら絢香さんや小川くんもすごくしっかりしてるんだけど。


「それでは、エントリーナンバー1番! 狼男の仮装です!」


 司会の進行に合わせて、1組ずつがステージの上に出てくる。

 人がたくさんいる場所の中でひとりなのはちょっと怖いけど、ただ、現在コンテストが進行しているということもあって、ほとんどの人の視線はステージの方を向いている。

 だから、これくらいなら大丈夫。


 どんどんと人が出てきては、戻っていってが繰り返される。

 ときおり、なんだそれは、という感じの仮装なんかもあって、どっと笑いが沸き起こったり。私も、少し離れたところからではあるが、ちょこっと笑ってしまったり。


「続きましては、吸血鬼とメイドです!」


 そんなこんなで、ついに絢香さんと小川くんのペアが出てくる。

 絢香さんは、いつにもまして丁寧な所作で。まるで本物のメイドかと見紛うくらいには板についていた。

 小川くんも、一瞬ぎこちなさこそ見えたものの。鷹揚としていて、それでいながらどこか高慢なような振る舞いをしていた。


「すごいなあ……」


 私もあそこにああして混ざれたら、楽しかったのかもしれないけれど。でも、私には勇気が出ないや。


「それでは、次はフランケンシュタインの怪物です!」


 そして、今度は直樹くんの出番。待ちに待っていた彼が出てくる、と。そう思っていた、そのとき。


「あれ? おねーさん、ひとり?」


「はへ?」


 突然にかけられたその声に、私は間の抜けた声を出してしまう。


 振り返ってみれば、そこには男性が3人。茶髪の人がふたりと、金髪の人がひとり。体格は私よりもずっと大きくて、正直、怖い。


「あの、えっと……」


「よかったらさ、俺らと一緒に遊ばね?」


「あの、私、ひとりじゃなくって。だから――」


「それならその友達も一緒でいいからさー! ちなみにその子もかわいい? それならなおさら歓迎なんだけど」


 まさか、これはナンパというやつだろうか。

 困った、対処法なんてわかったものではないし、なにより恐怖が先行するせいで、うまく考えがまとまらない。


「その、みんなコンテストに出てて。だから私はそれを見てて、暇じゃないっていうか」


「なら俺らと一緒に見よーよ。で、どの子なの?」


「いえ、ひっ、一人で見てるので」


 なんとか、今の自分に出せる最大限の大きな声を出してそう断る。これで、引き下がってくれ。


 そんな願いは、


「いーじゃんいーじゃん。一緒に見たほうが楽しいって。ほら!」


 意図も容易く、打ち破られる。


 男のひとりが私に向けて手を伸ばしてきて、腕を掴もうとする。


「いっ、嫌! やめてっ!」


 抵抗するようにして私がかがむも、それでもなお男は近づいてきて。

 思わず、目を背けるようにして下を向く。


「大丈夫大丈夫。俺ら見た目はこんなんだけど、全然怖くないから――」


 そうして、男の手が私の腕にかかる、その直前。


「おい、俺の彼女になにか用か?」


 そんな、声がした。


 気づけば、いつの間にやらステージのほうが随分と騒がしくなっていて。どうしたのだろうと顔を上げてみると、ステージを見ていたはずの人たちが、こちらを注視していて。


 そして、壇上にいるはずの直樹くんが、男たちのすぐ後ろに立っていた。


 声をかけられたことで振り向いた男たちは、その血相を青くする。

 直樹くんは、初めて見るくらいに怖い顔をしていて。それが仮装も相まって、とてつもなく恐怖心を煽るものになっている。


「あの、えっと。そのー……」


「おっ、おい。逃げるぞ!」


 衆目もあり、分が悪いと判断した男たちは、そのまま一目散に逃げていく。


「……すまん、雨森。やっぱり出なかったほうが良かったな」


「ううん。それよりも、ごめんね? 私の見通しが甘かったから」


 お互いに、そう謝り合って。そして、ふと、気づく。

 そういえば、人たちの視線が未だこちらを向き続けてる。


「あっ、えと。その……」


 私は思わずパニックになりかける。ど、どうすればいいの、これ!?


「っと、悪いな雨森。ちょっと失礼するぞ」


 そんな私を見た直樹くんは、私にそう断って。

 いったいなにをするのか、と。そう思っていると、突然彼は私のことをお姫様だっこで抱え上げる。


「なっ、なにを!?」


「このままステージに行く」


「なんで!?」


 余計に目立つじゃないか、と。私がそう抗議する。


「だが、このまんまでも目立ったままだし。それに、ステージの上なら、そのまま裏手に捌けられる」


「……あっ」


 なるほど。たしかにそうすれば、確実に一度は人の視線が断ち切られる。


「でも、いいの? そんな勝手なことして」


「……まあ、裕太がいるし。なんとかしてくれるだろ」


 そんな適当でいいのだろうか。というか、小川くんはいつもこの適当さをなんとかしてきたのか。


「それじゃ、少しの辛抱だから」


「う、うん!」


 直樹くんは私の返答を聞くと、そのまま人々の間を通り抜けて、ステージへと戻る。

 周りの人たちの視線が多くて、ちょっと怖い。けど、直樹くんと一緒だから。


 そのまま彼はステージの上にひょいと飛び乗る。


「すみません、突然飛び出してしまって」


 直樹くんが司会の人にそう謝罪すると、彼女は笑顔で大丈夫ですよ! と。そう言ってから。


「では、気を取り直しまして。ついでに、アナウンスに間違いがあったので、改めまして! フランケンシュタインの怪物と、科学者です!」


「えっ?」


 司会のその発言に、私も直樹くんも驚く。

 が、舞台袖を見てみると、呆れた様子の小川くんと、その隣に控えている絢香さんとがこちらを見つめていた。

 どうやら、本当に今の一瞬でなんとかしてくれたらしい。


 ありがたい気持ちもありつつも。とはいえ、こうなってしまうと。先程の流れなんかもあって。


「うおおおおおおお!」


 会場から、歓声が湧き上がる。そのあまりの大きさに、思わずビクリと跳ね上がりそうになる。


「えっと、ごめんな? 雨森」


「……ううん、直樹くんのせいじゃ、ないから」


 でも、やっぱり恥ずかしい。


 ついでに、コンテスト投票ではぶっちぎりの1位になってしまって。そうしてまた前に出ていかなくてはいけなくなって。

 泡を吐きそうになりながら、再びステージに立つことになった。


 ……インタビューでは、噛んだ。






「どうだ? 楽しかったか、直樹」


「おう! なんか、商品まで貰っちまったがめちゃくちゃ楽しかった!」


「……そのせいで私は、すごく恥ずかしかったけどね」


 ぷしゅー、と。今にも湯気が湧き上がりそうなほどに顔を真っ赤にしながら、雨森さんがそう言う。


 会場から、今日泊まるホテルまで戻りつつ。俺たちはそんな会話をしていた。


 まあ、直樹のあの行動があれば、コンテストの結果はああなるだろう。

 主催者が絢香さんの知り合いで、ついでに今回の司会もしていたために、飛び出した直樹の意図を察知して、すぐさま雨森さんのことをねじ込んでもらった。


 まあ、おかげさまで盛り上がったので、主催者からは感謝されていたが。


「にしても、直樹くんもあんな顔するんだね」


「……あー、やっぱり怖かったか?」


 雨森さんのその言葉に、直樹が苦い顔をしながらそう言う。


 なんだかんだと人懐っこい顔を見せる直樹だが、それは相手がこちらに無害なときだけだ。

 自身や友人に害をなすと判断したときは、途端牙を剥く。


 そして、その時の顔を雨森さんに見られてしまったことを気にしているのだろう。怖がられやしていないかと。


「怖くはあったけど。でも、とっても安心した」


「そう、なのか?」


「うん。だって私のために怒ってくれたものだって、わかるから。守るためのものだって」


 雨森さんがそう言って。拍子抜けな表情をした直樹は、少しして、柔らかな笑みを浮かべながら。そうか、と。


 ……どうやら、一件落着のようだった。


「さて。息抜きもできたことだし、切り替えてしっかり勉強していくぞ、直樹」


「えっ、その。えーっと」


「安心しろ。勉強道具なら持ってきてるから、ホテルでしっかり教えてやる」


 俺がニッコリと笑いながらそう言うと、直樹はあはは、と。力なく笑っていた。


「頑張って、目指すんだろ?」


「……ああ、そうだな」


 直樹はぎゅっと拳を握りしめると、それを天に向かって突き上げる。


「あと2ヶ月ちょい、追い込み頑張るぞー!」


「お、おー! ……って、小川くんも絢香さんはやらないの?」


「頑張るは頑張るぞ。もちろん」


「ふふふ、直樹くんも雨森さんも、仲がいいですね」


 直樹に倣って拳を突き上げた雨森さんが、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして。


 それに思わず、笑ってしまって。それにつられて、結局雨森さんも、ちょっぴり怒りながらに笑って。


 4人揃ってで、ホテルに向けて歩いていくのだった。

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