if短編 あり得たかもしれない未来
本編の123話の後の展開としての分岐的なif短編です
もしも裕太がもう少し強欲だったら、という前提のもとでもしかしたらあり得たかもしれない未来について書いたものになります
要するに「読まなくても大丈夫なやつ」です
「ねえ、絢香さん」
少し、このことについては話すかどうか迷った。
それは、たしかに通すべき筋ではあるだろう。そういう今ではしっかりと話しておくべきことなのだけれども。
それと同時に、とてつもなく不誠実と取られかねない話だったからだ。
「どうしました? 裕太さん」
彼女に貸した上着。その下からは贈ったメイド服がちらりと見える。
助けに来てくれた彼女は、俺の手を優しく握りながらにそう聞き返してくれる。
「もしも今から俺の言うことがどうかしてると思うのならぶん殴ってくれていい。……でも、それでもなおやっぱり、これは話しておくべきだと、そう思うから」
俺がゆっくりとそう伝えると。彼女はただ、はい、とだけ答えてこちらに耳を傾けてくれる。
「どうやら俺という人物は、随分と強欲なタチらしい――」
なにひとつ、諦めたくないほどに。
家に帰ってから、茉莉をはじめとする3人に随分と絞られて。しかしそれと同時に、みんなから優しく迎え入れてもらって。
そして。俺は「ちょっと話したいことがある」と、そう伝えた。
真剣な意図が伝わったのだろう。3人ともにしっかりとこちらに意識を向けてくれる。
とてもありがたいのだが、こうして対面してみると妙に緊張してしまうものがある。
事情と話の内容を把握している絢香さんは、俺の後ろに控えてくれて。小さく、大丈夫ですよ、と。
「それで、話ってなに?」
少しぶっきらぼうに言うのは茉莉。まるで、これ以上なにか真剣な話があるのだろうか、と。そう言いたげだ。
俺が絢香さんと付き合ったのだから、それでハッピーエンドだろう、と。そこでめでたしめでたしだろうと、そう言いたげな。
俺だってそう思う。そうは、思う。これ以上を望むのは高望みだ。
だがしかし、俺はどうやら諦めたくないらしい。手に入れたものを、手放したくないと、そう願ってしまっているらしい。
「とりあえず、ちょっとこれを見てほしい」
そう言いながら、俺は後ろにおいておいた袋を持ってくる。帰ってきてから、一度中座したときに持ってきておいたものだ。
疑問符を浮かべながら、コテンと首を傾げる茉莉。同じ様子の美琴さんも「なにこれ?」とそう尋ねて。
この中ではおそらく一番察しがいいであろう涼香ちゃんだけが、まさかというような表情をしていた。
そんな彼女たちの前に、俺は袋の中身を取り出してみせる。
中から出てきたのは、3組の衣服。
それぞれ系統も違えば、デザインの方向性もサイズだって全く違う。……ちなみにメイド服ではない。
しかし、共通していることといえば、それらがすべて女性物であるということ。そして、
「ねえ、裕太くん。これって――」
そんな美琴さんの声に、俺はコクリと頷いてから。
「はい。俺が作ったものになります。それも、茉莉、涼香ちゃん、美琴さんのために」
俺のその言葉に、全員の表情が驚きに包まれる。
まるでそんなもの、想定していなかった、と。そう言いたげな3人の表情に。
俺だって、ついさっきまでは。こうしているだなんて思ってもみなかった。と。
「てっきり、俺はこの服を作っているとき、迷っている、のだと思っていた」
絢香さんのメイド服だけを作るつもりだったのに、どうしてだか他の3人の服も作らなければいけないような、そんな気がしていて。
気づいたときにはスケジュールを無理やりに押してでも、4人分、なんとか仕立てることになって。
「誰の気持ちに応えるのか。その感情について、ずっと決めあぐねているから。迷わないように全員分作っているのだとばかり、そう思っていて」
だからこそ、決めてからもなお。これらは行き場を失ってしまって。……まあ、そのうちに適当なタイミングを見計らって普通のプレゼントとして贈るつもりだった。
だがしかし、絢香さんに告白して、付き合って。それでもなおそこにあった想いに気づいたとき。どうやらそういう生易しいものではない、と。
俺の感情は、どうやらもっと、もっと強欲なのだということに気づいて。
「今から言うことについては、とてつもなく不誠実だということはわかってる。でも、俺なりに真剣に考えて、その上で出した結論だということも、事実だ」
だからこそ、気に入らないのならこの申し出は蹴り飛ばしてくれて構わない。
殴られたりすることだって、十分に覚悟している。それだけのことを今から言うのだから。
「この服の意味を。この服を受け取るということの意味を、3人ともが知っているという、その前提で、この言葉を言わせてほしい。……どうか、この服を受け取ってくれないだろうか」
すなわちそれは、俺の感情を受け取ってほしい、ということで。
つまるところが、告白そのものだった。
絢香さんと付き合って、満足しなかったわけではない。俺個人の感情としては十二分に満たされた。そこについては、間違いない。
だがしかし、それと同時に。諦めてしまうことが、とてつもなく惜しく感じて。
そうして、今の俺が抱えている感情に気づいた。
誰一人として、諦めたくない、と。
目の前の3人は、ポカンとしていた。
それはそうだろう。なにせ、先程絢香さんと付き合ったばかりの人物から、あろうことか告白を受けているのである。
どんな言葉でもどんな行為でも受け入れるつもりで、覚悟を持ちながら待っていると。
最初に動いたのは、涼香ちゃんだった。
ふふっ、と。そう笑いながらに、どこか納得したような表情の彼女は。
「そういうことなら、話は早い。……もちろん、受け取る」
そう言いながら、1番小さな服を手に取った。
「えっ、ちょっと!?」
「涼香ちゃん!?」
そんな彼女の様子に、茉莉と美琴さんとが驚きの声をあげる。
正直、俺も小言のひとつは言われると思っていただけに、目をまんまるに丸めていた。
ただひとり、絢香さんだけは。「ね? 言ったとおりでしょう?」と、自慢げにそう言っていた。
「ん。受け取らない理由がない」
「でも、涼香ちゃん、言ってる意味わかってる!? 裕太のそれは、二股でもいいですかってことなのよ!?」
「わかってる。それに、オスがメスのハレムを形成すること自体は、生殖の理屈的には理にかなってる」
「それとこれとはまた話が別でしょうが!」
シャーッと、茉莉が戸惑いと怒りとを顕にしながら涼香ちゃんへと威嚇をする。
……てっきり、俺がめちゃくちゃに非難される流れだと思っていたのに、なぜか流れが変な方向に向かっている。
「そもそも私がここに来たのはお姉ちゃんの恋路を成就させるため。それが叶った上で、諦めなければいけないかと思っていた自分の想いまで捨てなくて済むのなら、それに越したことはない」
「それはっ! ……そうだけどさ」
そこで納得しちゃだめだろ、と。心の中で茉莉にツッコミを入れる。
ふー、ふー、と。息を切らしながらに涼香ちゃんのことを睨みつけている茉莉。その隣にいた美琴さんは、少し考えてから。
そっと、服へと手を伸ばす。
「……私も、受けとるよ。裕太くん」
「美琴さんまで!? 正気ですか!?」
俺が彼女に返事をするよりも早く、茉莉がそう反応する。
まあ、茉莉の言わんとすることもわからないでもないが。
「だって、ある意味では今までどおりみんな一緒ってことでしょ? そんな楽しそうなこと、他にないじゃん。……それに、私だって気持ちを諦めなくていいのなら、諦めたくないもん」
「ん、そのとおり。最低保証であってもないよりはあるほうが絶対にいい」
「なんかそういう言い方をされるとちょっとあれな感じはするんだけど。……いやまあ、状況的に間違ってはないからなにも言い返せないんだけど」
涼香ちゃんの発言により、どこか戸惑ったような表情を見せた美琴さんだったが。俺の方を向き直して、パッと表情を元に戻して。
「裕太くん。これが君の答え、気持ちなのなら。私はしっかりと、受け取るよ!」
「ん、私も同じ。これからも、お姉ちゃんと一緒によろしくお願いします」
こうなると思っていなかった、というと嘘にはなるが。とはいえ、こうも話がすんなりと進むとは思っていなかった俺は、一瞬だけたじろいでしまったものの。
ふたりに向けて、こちらこそお願いするよ、と。そう答えた。
その答えに満足そうな表情をしたふたり。
そんな中で、少し企みを含んだような、ニヤリとした笑みを浮かべた涼香ちゃんは。そのままの表情でくるりと振り返り、茉莉へと顔を向ける。
「それで? 茉莉はどうするの?」
「……えっ」
現状、俺の告白に対して涼香ちゃんと美琴さんは答えた。あと、答えを返していないのは茉莉だけになる。
「もし服がいらないのなら。……茉莉が告白をいらないっていうのなら、私がもらうけど」
「だっ、だめっ!」
涼香ちゃんの言ったその言葉に、茉莉は慌てて、まるで宝物を守るかのようにして服を抱き込む。
「……私だって、私だってっ!」
そうして、彼女はなにかに葛藤するような様子を見せながら。ウギギ、と。悩み抜いてから。
「私だって、裕太のことが好きなんだから! この気持ちを、諦めたくなんてないんだから!」
と、そう大きく叫んだ。
「いいわよ。乗ってやろうじゃない、その提案に。裕太はまだ正確に把握しきってないだろうから先に言っておいてあげるけど、私の想いの重さ、舐めないでよね? かれこれ十年以上、漬け続けた想いなんだから! 今更返品なんて受け付けないから!」
ひと息でそう言い切った彼女は、追ってやってきた恥ずかしさからだろうか、顔を真っ赤にしてそのまま両手で伏せてしまう。
「想いの強さなら、私だって負けませんよ?」
そう、ひょっこりと出てきたのは、俺の後ろにいた絢香さん。
「それなら、私も負けてない」
「絢香ちゃんも、涼香ちゃんもすごいね。でも、私も負けてないよ!」
遂には美琴さんまで乗ってきて。
「……この、全員の重い想いを、全員分受け止める覚悟があるんでしょうね?」
伏せていた顔をゆっくりと上げながら、茉莉がそう尋ねてくる。
それに対する俺の答えは、ひとつしかない。
「もちろん。その覚悟がなくって、こんなことを、言うわけもないだろう?」
「そう。……それなら、いい」
茉莉は、どこか満足げにそう言っていた。
「そういえば、気になることが」
ふと、涼香ちゃんがそんなことを呟いた。
「裕太さんが全員と付き合って四股状態、ここまでは全員の総意の上だし問題ない」
「うん、なんかモロに言葉にされるといかに自分がヤバいことをしたのかを痛感させられるね」
「けど、これから先のことについては、事実上は赦されても、体裁上は赦されないこともある。……たとえば、婚姻とか」
「まあ、それはたしかに。国によっては一夫多妻が認められてるところもあるけど、アレも実際にはちゃんとした社会的な理由があったりしてのやつだしね」
つまるところが、余程のことがない限り。……いや、ほぼ確実に日本でそういうことが認められることはないわけで。
「ということは、裕太さんの体裁上の妻、本妻はひとりということになる」
「うん、そう……だね?」
おや、なにか嫌な予感がしてきたぞ。
具体的には、まとまりかけていた空気が、一気に変化したというか。
「一番最初に彼女になったのは私だし、本妻も私だよね?」
「幼馴染の私が裕太のこと一番わかってるんだから、私が一番いいに決まってるでしょ?」
「あの、えっと、えっと! 私も裕太くんの本妻になりたいかなーって!」
さっきまで仲良くゴールでよかったね、という雰囲気だったはずなのに。一転、我先にという競い合いが始まってしまっていた。
「……涼香ちゃん?」
「まだまだ、楽しいことは残ってる、よ?」
ニヤッと笑った彼女に。どうやらこの先も楽しまれ続けるのだろうと、そう強く感じた。
けれども、このドタバタさえもまた。楽しいのだろうと。
俺は確信を持って、そう言える。