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#13 ざこざこのチョロインなツンデレって……

 見た目だけでは、逃げていった茉莉を追いかけるようにして美琴さんが外へと出ていった。……ホントに追いかけてないだろうな、もうちょっとしっかり見せて! とか言いながら迫ってないだろうな。俺だってもうちょっとしっかり見たいのに。

 俺がそんなことを考えていると、涼香ちゃんは首を傾げながらトテトテと部屋に入ってくる。さっきまで俺と一緒に美琴さんの話を聞いていた絢香さんと違って、涼香ちゃんには今起きていることがよくわかっていない様子だった。


「あー、とりあえず直近の話だけをしておくと、美琴さんが服を作ってきたから、それをお披露目したいんだと。……それより深いところの話はちょっと面倒くさいことになってるから、茉莉もいるときに一緒に話す」


「ん、わかった」


 とってってってっ。軽い足取りで俺と絢香さんに近づいてきた彼女は、そのまま隣のスツールに腰をかける。

 彼女の身体からすると若干大きなこともあってか、涼香ちゃんはプラプラと脚を振りながら、ジッとこちらを見つめてくる。


「それで、どうだった?」


「どう、とは?」


「メイド服の、感想」


 なるほど。たしかに俺は茉莉には「似合っている」と「かわいい」の2つを伝えたが、メイド服に対して、そしてそれを製作した涼香ちゃんに対してはまだなにも言っていなかったか。


「よくできていると感じた」


 俺はそう始めると、そのまま感想を続ける。


 まず、なによりも衣服としての作りがよくできていること。茉莉がすぐに逃げていってしまったためパッと見でしか判断はできていないが、それでもその作りの良さは見て伺えた。絢香さんや涼香ちゃんが身につけているものと同レベルのものだと仮定すると、オーダーメイドのものと遜色ないと言って差し支えないだろう。それを数日で仕立てているのだから、手放しで凄いと言える。

 続けて伝えたのはメイド服のかわいさ。どちらかというと男勝りでありながら、その上恥ずかしがり屋という性格なためか、似合わないと言って茉莉はあまりかわいい服を着ようとしない。たしかにボーイッシュな服装も似合うには似合うのだが、やはり今回のメイド服がそうであったように、フリルといった装飾をふんだんにつけたかわいらしい服もよく似合う。また、茉莉に似合うように、デザインもよく考えられている。


 そんな調子で俺が涼香ちゃんに伝えると、彼女はフフンと鼻を鳴らして、自慢げに、嬉しそうに胸を張った。


「あの……ちなみに私のは……?」


 不安げな声で聞いてきたのは絢香さんだった。おそらくは俺が茉莉のメイド服の褒め言葉ばかりを言うから、自分のは似合っているのかということを聞きたいのだろう。


「もちろん似合ってるぞ。すごくかわいい」


「えへへ……って、すごくあっさりしてる!」


「いやまあ、もちろん絢香さんのやつ……それから涼香ちゃんのものについても、茉莉のときみたいにしっかりと語ってもいいんだが」


 俺は人差し指で頬をポリポリと書きながら、少し目をそらす。

 絢香さんの。それからついでに涼香ちゃんの視線が痛いほどに注がれる。ちゃんと、ちゃんと理由を説明するから落ち着いてくれ。


「ほら、前に美琴さんが来たときにふたりのメイド服についてはあの人が語ってただろ?」


「そうですね。でも、裕太さんからは聞いてないです」


「……そういう期待を持たれてるとわかった上でこれを言うのは心苦しいんだが、正直俺もあの人と同意見だったんだよ。だから、わざわざ俺から再度伝えることもないかな、と」


 だから落ち着いてくれ、な? と、とてつもなく不満そうな視線を向けてくる彼女を、なんとか宥めようとする。

 あ、頬を膨らませた。かわいい……じゃなくって、意味なかった。なんなら逆効果だったか。


「それでもいいから! 美琴さんのと同じのでもいいですから! 私は! 裕太さんの口から! 聞きたいんです!」


 同じ言葉でも美琴さんから聞くのと裕太さんから聞くのでは全然違う、と。どう違うのかということも含めて、3分ほど、とても強く語られてしまった。

 そうして、それならわかった、と。俺は彼女らに詳細な感想……やはり内容はほぼ美琴さんが言っていたものと同様なものではあったが、それを伝えたのだった。

 涼香ちゃんの反応はそれなりだったが、絢香さんはとても嬉しそうにしていたので、まあそれだけ喜んでくれるのであればよかったかと思う。


 ふたりのメイド姿を見ながら、再度先程の茉莉の姿を思い返す。

 うん、絢香さんと涼香ちゃんももちろんかわいいが、やっぱり茉莉のメイド服もよく似合っていた。

 そうして思い返していると、最後に逃げられてしまったことを併せて思い出す。


「しかしまあ、茉莉があの調子なのなら、あのメイド服はなかなか着てくれそうになさそうだよなあ」


 その理由の一端になっている自覚はあるが、とはいえ残念という気持ちはどうしても浮かんでしまう。少しの間しか見れていなかったとはいえ、たしかにあの学校は似合っていたし、かわいかった。

 ちょっとしたぼやきとも取れる俺のつぶやきを聞いた涼香ちゃんは首を傾げると、まるで俺の発言が不思議だとでも言いたげに口を開いた。


「なにを言ってるの? 仮にもあれは仕事着。着てもらわないと困る。ほら、私やお姉ちゃんも着てる」


 そう言うと、彼女は見せつけるように両腕をバッと広げてこちらを向く。うん、かわいい。ってそうじゃない。


「仕事着って、いやまあたしかにメイドならメイド服を着るのが普通……なのか?」


 メイドというコンセプトやメイド服というもの自体は好きだが、それについて詳しいわけではないから、ちょっとした疑問が浮かんでしまう。


「うん、普通。そういうもの」


 果たしてそれが事実として言っているのか、それとも彼女自身の希望としてそういうようにしてくれという理由で言っているのが、ちょっと定かではない。

 ここまでの言動があってか、絶妙に涼香ちゃんに対する信頼度が下がってしまっている。


「とはいえ、茉莉の気持ちもあるからなあ」


 ものすごい勢いであの場から立ち去っていった彼女のことを考えると、茉莉は相当に恥ずかしかったのだろうと思う。

 それを普段から身に着けてこいというのは、いくらなんでも少し気が引けてしまう。

 いやまあ、ついさっき恥ずかしがってるのを知りながら、見てみたいという欲求に逆らえずに「見たい」と言った人間が言えることではないのだが。


「それをなんとかするのが裕太さんの仕事」


「俺の仕事、ねえ」


「大丈夫。褒めに褒めちぎって、その上で着てほしいって言ったら茉莉はざこざこのチョロインなツンデレだから着てくれる」


「ざこざこのチョロインなツンデレって」


 言い方ひどいし、めちゃくちゃ属性ついてるな。……わからなくもないと思ってしまったことは胸の奥にしまっておくが。


「ちなみに、裕太さんは茉莉のメイド姿、また見たいと思った?」


「おう」


「思ってたよりも食い気味。びっくりした」


「ああ、悪い。ただまあ、さっきも言ったと思うが、茉莉はかわいい服も似合うんだが、いくら薦めてもあいつ自身が着ようとしないんだよ。だから、どんな形であれ、あいつがそういう格好をしてくれるっていうのは、ちょっと嬉しいというか」


 せっかくかわいいんだから、と。何度説得しようとしても頑として断られた記憶を思い返していると、涼香ちゃんが口を開く。


「……裕太さんが仕立てて贈れば、たぶん着てくれる」


「まさか。俺がいくら服屋で薦めても着なかったんだぞ? それにやっと着てくれたメイド服で、あんな大慌てで逃げられたのに、それが俺が作ったからって着るわけがないだろう」


 ハッハッハッと、軽く笑いながらそう言うと、しかしどうして絢香さんと涼香ちゃんは互いに顔を見合わせて、大きくため息をついた。……えっ、なにか俺、変なこと言ったか?


「これが、クソボケ朴念仁の天然人たらし……おお恐ろしや恐ろしや」


「えっ、今なんて言った?」


「なんでもない。それは大変そうって言っただけ」


 涼香ちゃんの声は、ボソボソっと本当に小さな声で行っていたため、内容は聞き取れなかったが、間違いなく大変そうと言ったというのが嘘ということだけはわかる。

 とはいえ、わざわざ嘘をついたということはそれなりの理由があるのだろう、と。とりあえず詮索はしないことにした。


「とにかく、裕太さんが言えばたぶん着てくれる。だから裕太さんが説得して」


「……まあ、いちおう言ってはみるが、着てくれる保証はないぞ?」


 ついさっき褒めた際に、即座に逃げられたという前科もあるし。

 絢香さんが「大丈夫です、きっとなんとかなります!」と、根拠はないものの、そんな応援をしてくれる。自信の足しにはならないものの、ちょっぴり嬉しい。


「俺としても、あの服を着てくれると嬉しいのは間違いないしな」


 そう言ってから、内容だけを取り上げてみるととんでもないことだなと思う。しかしそもそも今の状況がとんでもないので、事なきを得たことにしておこう。うん。

 だって、幼馴染の同級生に、メイド服を着てくれと頼むんだろう? イカれている以外にどう評価したものだろうか。


 なお、このときほんの少し開いていた廊下の扉が静かに閉じたのだが、俺たちの誰ひとりとしてそれに気づいた人はいなかった。

 当然ながら、いつから開いていたのかということを知っている人もいなかった。






「お待たせっ!」


 扉越しに、宣言するようなそんな声が聞こえる。

 姿こそ見えないが、たしかにそこにいるのだろう。気配は感じる。


「待ってないです」


「そこは楽しみにしながら待っててよ!」


 まあ、当然ながらあの出て行き方をされて待ってなかったわけがないし、楽しみでなかったかというと、結構楽しみではあったが、それを言うと美琴さんがとにかく調子に乗ってしまうので、適当に流す。

 コホン、と。彼女は軽く咳払いをしてから再び口を開く。


「それじゃ、入るね?」


「……どうぞ」


 絢香さんと涼香ちゃんのときは突然の来訪だったし、茉莉のときはその前に結構な騒ぎがあった。しかし、こうして改まった雰囲気で迎え入れるとなると、少し緊張する。


 ガチャリ、と。ゆったりと扉が開かれる。


「わあっ!」


 最初に声をあげたのは絢香さん。だがしかし、気持ちはわかる。

 急いで作ったのだろう。少々縫製の甘いところがあるとはいえしっかりとしたメイド服であり、なにより涼香ちゃんのものとは意匠が違うこともあって、新鮮な感じがする。

 茉莉のメイド服こそミニスカートではあったが、全体としてクラシカルなメイド服という印象の強かった涼香ちゃん作に対して、美琴さんのものはどちらかというと「コスプレ用に作りました!」というような印象を受ける。

 露出こそ多くはないのだが、裾であるとか、エプロンであるとか。とにかくフリルを誂えてあり、胸元につけられているリボンにも目を引かれる。

 そういえば美琴さんのメイドに対するイメージで最初に出てきたのがメイド喫茶だったか。少し納得する。

 とはいえ、それが似合わないというわけではないし、むしろとても似合っている。良くも悪くも子供っぽい美琴さんが作った、というところがよく出ている。装飾をたくさんつけたらかわいいというのは、もちろん程度があるとはいえ、理解できない考え方ではない。

 それに、美琴さんはそういう単純なところはあるとはいえセンスがとてもいいところがあり、そうやって安直に作ったほうが、むしろちょうどいいところで止めるので却っていい仕上がりになる。今回もその例から外れていない。

 だが、気になるところがないわけではない。というか、むしろそこが1番気になる。


「あの、いやすごく可愛いんですけど……ちょっとサイズ小さくないです? それ」


 俺がそう尋ねると、美琴さんは「あ、バレた?」と舌をちょこっと出して、苦笑いをする。

 そう。サイズが少し小さい。腰から下はスカートだからそんなに気にならないし、腕についてもそんなに目を見張るほど不自然というわけではないのだが。詳しくどこがとは言わないが、やや窮屈そうに見える。なにがとは言わないが。

 ……そこを見つめている涼香ちゃんの視線が鋭い気がするが、きっと気のせいだ。舌打ちが聞こえた気がするが、たぶん聞き間違いだ。そうであってくれ。


「実はこれ、ちょっと前に思いつきで型紙まで作って、そこで作るのを中止してたやつだったんだよね」


 やっぱりしっかり作り直すべきだったな、と。笑いながらに美琴さんはそう言った。……型紙を作ったときがいつなのかはわからないが、それから成長したということだろう。どこがとは言わないが。うん。


 視線だけスッと向けてみると、ペタペタと自身の胸に手をあてながら「まだ成長期だもん……これからだもん……」と。ブツブツと呟いている涼香ちゃんがそこにはいたが。

 とはいえ、はたしてどう声をかけたらいいのか俺にはよくわからず、ただただ彼女の願いが叶うことを祈るしかできなかった。

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