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#125 ハッピーエンドのその先の話

 それからというもの、今までと同じく。いや、今まで以上にいろいろなことが起こっては、それに巻き込まれたり、逆に俺が引き起こす側になっていたりと様々ではあったが。


 まず、最初にあったことといえば、俺と絢香さんとの関係の報告におけることだろう。






 基本的には隠していこうという判断を取った俺たちだったが、それでもお互いの両親には報告は必要だろうということになった。

 なにせ、こうして改めて言葉にしてみるととてつもなく奇妙な話ではあるが、両家の両親全員が、絢香さんがメイドをしていて、その主人が俺である、ということを知っているのだ。

 言葉だけ取るとおかしな話ではあるが、特に絢香さんの両親については、彼女がどうしてそういうことをしていたのか、ということも知っているため。報告はしておくべきだろう、というのが俺たちふたりの出した結論だった。


 そして、いつぞやの夏場のように緊張しまくる俺に、大丈夫ですよ、と言ってくれる絢香さんがいて。

 いつかと違うことといえば、緊張する俺の手を、彼女が握ってくれるということ。


 そうして絢香さんに少し手を引かれるような形で彼女の家を訪れて。


 結論から言うと、絢香さんの言うとおりだったのだけれども。

 あまりにも問題なさすぎて、手際が良すぎるほどに話が進んで。

 緊張して身構えていたこちらがむしろ、拍子抜けしてしまうほどに。


 いちおう、事前に挨拶に来ていたことはあったし。その時点で俺と絢香さんとの関係が同じ家に住んでいるというものだったため、そういう意味では話の進みが早いことに頷けないわけではないが。

 それはそれとして、当時からすれば立場は大きく変わって、俺と絢香さんとが交際している、という報告なのだ。てっきり、もっといろいろと言われると思っていたのだが。

 しかし実際に起こった会話の要約としては。「わかった」「こちらこそ、よろしくお願いしたい」「今夜は泊まっていくといい」というものだった。


 思わず、絢香さんに視線を送って。事前になにかしていた? と。そう尋ねたのだが、どうやらそういうことでもないらしい。もちろん、涼香ちゃんについても同じく。

 曰く、これに関しては俺自身が絢香さんの両親に、すでに勝ち取っていた信頼に依るもの、とのことだった。

 なんとなくそう言われるとむず痒いものがなくはないけれど、それと同時に、少し嬉しくも思える。


 加えて、絢香さんには好きに生きて欲しい、というのが両親揃っての願いだったとのことで。

 そういう意味合いでも、絢香さんの望んだこの関係を応援したいということだった。


「なら、私。裕太さんのメイドでありたいです!」


「話がややこしくなるから、今はそれは引っ込めてて!?」


 ある意味でいつもの調子な絢香さんに少し戸惑いながらも、真一さんたちは柔らかに笑っていた。


 とはいえ、絢香さんは財閥の令嬢なわけで。そういったところに関してのなにがしかは大丈夫なのだろうかと思ったのだが、それについても心配はない、とのことだった。

 もちろん、後継を誰にという話はありはするのだが。それは別に絢香さんでなければいけない、という話ではなくって。


「お姉ちゃんは、とても優秀。そこは間違いない」


「うん。それはそうだね」


「あの、ふたりとも? その、平然とそういう話をされると、恥ずかしいんだけど」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがる絢香さんをよそに、涼香ちゃんはそのまま話を続ける。


「でも、お姉ちゃんは人の上に立つには優しすぎる。優しさは、美徳にもなるけど弱点にもなる」


「なるほどね」


「ちなみに裕太さんを後継に、という案もあったけど。こっちもおんなじ理由であんまり進んでない」


 なんだその突然に落とされた爆弾は。

 とはいえ、聞く限りでは俺や絢香さんが望むのなら、という程度には話は残っているとのことだった。

 絢香さんの方はわかるにしても、なんで俺の話が残ってるんだ? いやまあ、絢香さんと付き合っている以上、結婚をしたら縁がある人間にはなるんだけども。


「ともかく、そういうことだからお姉ちゃんと裕太さんの身の振り方については心配しなくっていい。そもそも、そういう立場になるなら私のほうが適役」


 ぶい、と。指でピースサインを見せてみせる涼香ちゃん。

 まあ、そのことについてはわからなくもない。一緒に暮らしている中でも、俺も絢香さんも涼香ちゃんにはずっとペースを奪われ続けていた。俺たちの中なら、涼香ちゃんが一番そういうことに向いているだろう。


 ひとしきり話すことも話しきってから、一度退室を、というタイミングで。真一さんから話しかけられた。


「随分と、目が変わったな。なにか、考え直すことでもあったか?」


 彼からのその質問に、以前の俺であれば返答に迷ったかもしれない。けれど、今はハッキリと、答えることができる。


「大切な人たちに、前を向かせて貰ったので」


「そうか。……うん、いい目をしている」


 ふふっ、と。落ち着いた声色でそう笑う彼の様子を見て。十分な回答ができたのだと、そう安心をする。


 そのまま絢香さんと一緒に退室してから、今度は俺の両親への報告。

 相変わらず日本にはいないふたりなので、報告は電話で行うことにした。改めての挨拶は、ふたりがまた日本に帰ってきたときに、ということで。

 時差がいくらあるかを把握できていないため、いきなり電話をかけては迷惑かもしれないと。ひとまずはメッセージを送ったら。

 すぐさまあちらから電話がかけられてきた。


『裕太の方から電話をかけてくるなんて、珍しいじゃないか』


「結局電話自体をかけきたのは父さんの方だけどね」


『まあ、細かいことはいいじゃないか。それよりも、こうしてお前の方から連絡を寄越して来た、ということはなにか要件があるのだろう?』


 俺は、事の経緯と。話すべきことを話して。途中から向こうの電話の前に母さんも合流して。そして、絢香さんと交代。

 彼女はしばらく真剣な表情で電話をして。そして、こちらこそよろしくお願いします、と。そう言っていた。


 絢香さんから返されたスマホを耳に当てて。


『よかったな、裕太』


 父さんが、短くそう言った。


「……ああ、そうだな」


 噛みしめるようにして、俺はそう答えた。


『今回電話をしてきたのはこれが理由か? それとも、祝儀としていくらか送っておこうか?』


「いらねえよ、そんなもん。今の生活費でも十分足りてるから」


 冗談めいた両親の声に、俺が苦笑しながら答える。


『そうか。それならこれで――』


「あ、最後にさ」


 電話が切られようとしたその直前で、俺はそれを引き止める。

 どうした? と。スピーカー越しにそう尋ねられて。俺は、大きく深呼吸をしてから。


「なにも、要件がなくても。連絡をしてもいいか? その、もちろん父さんたちの時間の都合のつくときでいいんだが――」


『当たり前だろう。いつでも……というわけにはいかないが、好きなときに連絡をしてくるといい』


「……そっか。ありがとう」


 結局は、俺が考え過ぎていた側面もあったのだろう。

 ふたりはさすがにそろそろ時間が、ということで、そのあたりで電話は終了して。ツー、ツー、という電子音が最後に残った。

 けれど、どこか。抱えていた塊が、解けたような。そんな感じがした。


 まあ、そういった事情。両親への報告自体にはとにもかくにも特段これといって大きく問題が起こることもなく。……強いて言うなれば、変に気を使ってくれた真一さんたちによって泊まる部屋が絢香さんとの同室にされたりと、そっち方面で事が起こりはしたものの、ドタバタとしたことが起こることはなかった。


 むしろ、そういうことが起こったのは学校での方だろう。






 まあ、なにがあったのかというと。早い話が隠し通すのは無理だったというか。

 年明けの、学校再開早々にバレたというか。


「いやほんと、ごめん。マジでごめん」


「怒ってないから安心しろ」


「怒ってるやつじゃんそれ!?」


 俺の前で、申し訳なさそうに謝っている直樹にバラされたというか。


 もちろん、直樹に絢香さんとの関係を共有したわけではない。

 ただ、直樹と俺の付き合い自体が長いということもあり。また、クリスマス前に彼と話していた内容のこともあり、彼と会って早々にバレた。


 俺の顔つきがちょっと変わってた、というのと。絢香さんの様子がいつもと違う気がした、と。

 そうしてバレるまではともかくとして。そのまま彼が嬉しそうに声に出してしまったのだから、そこからが大惨事。


 俺が絢香さんと付き合ったという話が、一気に広まった。


 そういう都合で、今日が始業式で早々に学校が終わったはずだというのに、解放されるまでめちゃくちゃに時間がかかった。

 祝福の声も届いたが、まあ、そうでない声も同じくらいか、それ以上に届いた。

 それほどに絢香さんが人気の人物なんだな、と。そう確認できる機会ではあったのだが。個人的にはそれ以上に、彼女がふつふつと怒りを溜めていることに気づいて、そちらのほうが気になっていた。


 というのも、俺の方に届く言葉といえば。男子からの恨み言……というか、もはや捨て台詞に近いもので。これに関しては妥当なものだと思えるし、そのまま彼らは意気消沈していくか、これは夢だとか催眠術かなにかが起こったんだとか、そういう世迷言を言うに留まったりだったのだが。

 どちらかというと、問題だったのは絢香さんの方。祝いの言葉は俺よりも多く届いていた一方で、特に彼女のことを尊敬していたであろう層から、どうして俺みたいなやつと、というような言葉をかけられていた。

 俺としては周囲からの評価なんてそんなものだろう、と。そう納得できるところではあったのだけど。絢香さんにはそうではないらしく。


 帰ったら、あとでケアをしてあげないと。

 そう思うほどに、随分とお怒りの様子だった。


 ちなみに、直樹についてだが。こちらもバッチリ成就した、という報告を貰った。

 絢香さんの方にも雨森さんがあのねあのねと少し嬉しそうに話しに来ていて。その時の彼女の表情は、とても穏やかなものだった。


 ……まあ、このあとに先程のことがあったので、大変なことになっているのだけれども。






「それじゃ、かんぱーい!」


 楽しそうに音頭をとるのは、いつものごとく美琴さん。

 学校も半日だし、お昼はみんなで食べようよという彼女の意見によって集まることになったのだが。俺と絢香さんのひと悶着があったこともあって、少し遅くなってしまった。

 絢香さんはというと、茉莉に今日あったこと――主には俺に関する周囲の発言のことを愚痴っていた。


 あれ以来、絢香さん以外の3人の立場としては、美琴さんのものが近くなった。

 ときおりやってきて、いろいろ話したり、手伝ってくれたり。そして、食事なんかを一緒に摂ってから帰る。

 なんだかんだでいろいろと気を使ってくれているみたいだった。


 そうしたときもバラバラに訪れることが多いので、実はクリスマスから今までの間でこうして5人揃うのは、正月に一緒に初詣に行ったときだけだった。


 食卓を囲みながら、遅めの昼ごはんを食べている最中。

 あっ、と。美琴さんが口を開いた。


「そうそう、卒業旅行に行きたいなーって思ってたんだけどさ」


「あの、美琴さん? 今年度に卒業するのは美琴さんだけですよ?」


「……あっ」


 そういえばそうだったね、と。美琴さんは手をぽんと打つ。


「で、でも一緒についてきてくれたりは――」


「不可能ではないですけど、いちおう俺たちの立場、受験生ですからね?」


 絢香さん、茉莉。そして俺は来年に受験を控えている。

 俺や絢香さんはともかくとして、特に茉莉に関しては、現在そのあたりがとてつもなく耳の痛い話になっている。


「じゃ、じゃあ来年なら」


「今度は私が受験生」


 そう告げるのは涼香ちゃん。

 全員、学年がバラバラで同じ高校に所属しているということは、すなわち3年連続で受験生がいるということで。

 というか、この中では美琴さんが自由に動けているのがイレギュラー過ぎただけで、普通はこうなるはずなのだ。


「ううん、そうなるの2年後……なのかな?」


「まあ、そのときにまだ行きたいってなるのなら、一緒に行きましょう」


「言ったね!? 裕太くん、今、言質取ったからね!」


 嬉しそうにそう言う美琴さん。

 まあ、俺に関しては別にいいのだけれども、そこは他の3人にもちゃんと許可をとってくれ。


 ……まあ、言うまでもなく。


「裕太さんが行くのであれば」


「まあ、別に私はどっちでもいいですけど」


「ん、そのタイミングなら私の卒業旅行だから行かない理由がない」


 全員が、肯定の返事を返してくるのは想像に難くなかった。


 わいわい、ガヤガヤと進んでいく会話と食事。


 決断をしたとき、不安に思ったこともあった。

 けれど、こうして今でも全員で仲良くしつつ、それでいてそれぞれが自分の道を進めている今の状況を見ると。


「裕太さん、どこか嬉しそうですね。なにかありました?」


 隣にいた絢香さんが、どうやら俺の変化に気づいたらしく、そう声をかけてくれる。

 俺は、どう答えるべきかと。少し考えてから。


「……まあ、それなりにな」


 と、そう答えた。






「不思議なものだな」


 ふと、リビングでそうつぶやいてしまった。

 今、ここにいるのは俺と絢香さんのふたりっきり。彼女はというと、俺が贈ったメイド服に身を包んでいた。


「なにがですか?」


「いや、まあ。なんというかさ」


 去年の今頃は、この家に独りぼっちで。それが当たり前で。

 むしろ他人がいるということのほうがイレギュラー、という生活を長く続けてきたくせに。

 今では、こうして絢香さんが一緒にいるのがいつもどおりで。そして、メイド服を着ているというのといつもどおり、と。そう感じるようになってしまった。


「はじめの頃なんて、メイド服の人がいるってのもかなり緊張する要素だったんだけど」


「ふむ、これが涼香に聞いていたマンネリというものでしょうか」


 たぶん違うと思う。

 そんなことを、お互いに言い合って。少し笑ってから。


「本当に、ありがとうね」


 俺は、彼女にそう伝える。


 料理をしてくれて、掃除をしてくれて。

 おはようって言ってくれて、おかえりって言ってくれて。

 俺に、今のいつもどおりをくれて。


 隣にいてくれて、俺のことを、好きでいてくれて。


 ありがとう、と。


「好きだよ、絢香さん」


「私も好きです、裕太さん!」


 この、暖かな場所を守るために。

 この、柔らかな笑顔を守るために。


 これからも、ずっと一緒に。

 生きていくために。

 これにて本作は完結となります。

 期間にして約11ヶ月半。全5章、125話。長い間、お付き合いいただきありがとうございました。


 評価ポイントやブックマーク。TwitterなどでTLやDMを通じていただいた感想はもちろん、PVなどの反応さえも、執筆を続ける活力となり。もともと週1ペースで2年くらいかけて完結させるつもりだった本作が1年と経たずに完結しました。

 これは間違いなく読者の皆様がいて、はじめて成し得たことだと、そう思っています。


 最大級の感謝を、面白い作品を作り上げることで表現できていたら幸いです。


 改めまして、ここまでお付き合いいただいて、本当にありがとうございました!

 また、どこかでお会いできましたら、そのときもどうかよろしくお願いします。

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