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#124 これからのこと

 自分の家だというのに、玄関のドアにかける手が重い。

 ゴクリ、と。緊張から唾を飲み込み。強張る腕を無理に動かそうとしたとき。

 そっと、暖かな手が、優しく重なる。


 誰ものか、確認せずともわかる。

 おかげさまで、いくらか緊張が和らいだ気がした。

 そのままドアノブを捻り。そして、ドアを引く。


 帰りを待っていた、と。そう言いたげな瞳が6つ。

 心配や、怒りや。様々な感情が伝わってくるそれらだったが。なによりもハッキリと受け取れるのは、安堵と喜び。

 ……本当に、いい人たちに恵まれた。そう、感じられる。


「ただいま」


 返ってくる言葉は、口々で、バラバラで。こういうときくらい揃うものじゃないのか、なんてそんなことを思ったりしたけども。

 でも、そっちのほうがみんならしいな、なんて。そんなふうにも思ったりして。


「おかえりなさい、裕太さん」


 後ろにいた。一緒に帰ってきた絢香さんも、そう言ってくれる。


「……ああ、ただいま。絢香さん」






 それから、まず起こったことについては、言うまでもない。

 リビングに連れられて、ド真ん中で正座をさせられた俺は。茉莉を筆頭として涼香ちゃん、そして美琴さんから説教を食らった。

 茉莉が「絢香ちゃんは言わなくっていいの?」とそう尋ねたが、彼女は先程言いたいことは伝えたので、と。そう言っていた。


 なんでもひとりで抱えこもうとしないこと。キチンと相談をすること。そして、ちゃんと頼ること。

 そういったことを、何度も何度も、彼女たちから言われた。

 きっと、特に茉莉なんかは、ずっと抱えてきたことだったのだろう。三人の中でも強く、何度もそれらを主張され。いい、わかった? と、何度も確認を取られた。


「私たちだって、裕太のメイドなんだから」


 そう、冗談っぽく言って。そして、最後に漏らしたのは、よかった、という言葉だった。


 きっと大丈夫、というそういう確信はありはしたものの、やっぱり待っている間は不安だったらしく。

 俺が無事に戻ってきたこと、そして伝えたいことを伝えきったこと。やるべきことをやりきったからか、緊張の糸が切れたようで、パタリとその場に座り込んでしまっていた。


 ふう、と。ひとつ大きく息をついた茉莉は、ああ、そういえば。と、なにかを思い出した様子を見せてから。


「おめでとう、絢香ちゃん。それから、裕太」


「あっ、そうだった! おめでとう! ふたりとも!」


「ん、おめでとう。お姉ちゃん。それから、裕太さん……お兄ちゃん?」


 3人から、それぞれそんな祝辞が送られる。

 涼香ちゃんは俺の呼び方についてどうするべきか首をコテンと傾けていた。

 まだ結婚などをしたわけではないので早い気もするが、呼びたいように好きに呼んでいいよ、とそう伝えると。わかった、面白そうな方で呼ぶ、と。……なんというか、また彼女にイタズラの機会を与えてしまったような気がする。


 そんな談笑をしている中で、ふと、美琴さんがつぶやいた。


「そういえば、裕太くんと絢香ちゃんはいいとして。私たちは、どうしよっか」


「……あっ」


 なんのことかと少し考えて。すぐに理解する。

 実際には各々それぞれに思惑などがありつつではあったものの、そもそもの事情という話で言うなれば俺の作った服が欲しい、という衣服争奪戦。もとい、それを建前にした恋愛戦争。

 それが、ここにいる全員がメイドになっていた事情だった。


 そうしてそれに決着がついたということならば、極端な話で言うならその必要性はなくなったわけで。


「私は、来年度からは大学生だから生活が一変するだろうし。これる頻度がかなり落ちちゃうかなって。絢香ちゃんとイチャイチャしたいだろうし、それを邪魔するのもあれだろうし」


「そうですね。というか、今年度も受験で忙しかったでしょうに、ありがとうございました」


「大丈夫大丈夫! もう推薦で受かってるし! ……というか、裕太くん思ったよりあっさりしてない!? 軽くない!?」


 もー! と、笑顔でちょこっと怒りながら美琴さんはそう言っていた。

 トラブルは引き起こすけど、それ以上にムードメーカーで。なにかあったときに頼れたのも事実だ。


「私も、一旦は家に帰ろうかなって思ってる。気持ちの整理もつけたいしね」


「茉莉も、いろいろとありがとうな」


「隣の家なんだから、絢香ちゃんを泣かせるようなことをしたらすっ飛んでくるからね?」


 もちろん、肝に銘じておくよ。

 俺がそう答えると、彼女は満足そうに頷いてから、そのまま俺の隣にいた絢香さんの方へと視線をズラす。

 ふたりはお互いに視線を交わすと、そのままコクリと頷きあっていた。

 本当に、このふたりが仲良くなってくれてよかったと思う。


「私も基本的には茉莉と一緒。一旦は家に帰って、ふたりのイチャイチャタイムをご提供」


「……そりゃ気遣ってくれてどうも」


 なんというか、相も変わらず、涼香ちゃんという様子だった。

 どこまでも、いつまでもこの子はマイペースというかなんというか、自分のやり方に引き込んでくる。

 まあ、そこが涼香ちゃんのいいところなんだけども。


「ところでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 先程までの、3人の発言について。

 少し、というか。かなり気になった点。

 共通して、予想と外れた言葉が混じっていたような気がするのだけれども。


「美琴さんの、頻度が減る、は。まあ、遊びに来てくれるのはいいので、そこまだ納得できるんですけど」


 特に、疑問にも思ったのは、茉莉と涼香ちゃんの発言。


「一旦は帰る、みたいなニュアンスに聞こえたんだけど。俺の聞き間違い?」


「そのとおりだけど?」


「聞き間違いじゃ、ない」


 俺の問に、茉莉と涼香ちゃんが、さも当然と言わんばかりにそう言ってくる。

 隣では、美琴さんもうんうんと頷いていて。


 ちらと絢香さんの方を見ると、彼女は首を傾げていて。

 どうやら、状況を把握できていないのは俺と絢香さんのふたりのようだった。


「衣服争奪戦は、お姉ちゃんの勝利。それは、間違いない」


 涼香ちゃんのその言葉に、俺はコクリと頷く。


「裕太の彼女の座も、絢香ちゃんのもの。それは私たちも同意見」


 今度は茉莉がそう続ける。

 そうして、次に美琴さんが口を開いて。


「でも、それはそれとして裕太くんの服が欲しいってのは相変わらずなわけで」


「……はい?」


 俺と、絢香さんとが素っ頓狂な声を出して。

 唖然としているその前で。茉莉が堂々と宣言をする。


「裕太のメイド、まだやめるつもりはないわよ?」


「…………マジ?」


「ええ、本気よ。……ああ、安心して。全員、受け取ることの意味は理解してるから」


 ニッコリと笑って、茉莉がそう言う。

 うん、そうだろうね。今日のことがあったから全員に周知されてるだろうねチクショウ。


「まあ、さすがに絢香ちゃん悪いから、頻繁には来ないつもりだよ! でも、裕太くんのメイド服が欲しいのも事実だから、ゴメンね?」


「ん。勝負は継続中。誰が二番目にメイド服もらえるかの争奪戦が開始されたようなもの」


 美琴さんと涼香ちゃんの言葉に、オロオロと一番慌てているのは誰よりも絢香さんだった。


「まあ、そういうわけだから。裕太からメイド服を貰えるまで、メイドをやめるつもりはないわよ?」


「あのなあ。……うん? ちょっと待て」


 なんか、さっきから聞き間違いだと願いたい言葉が聞こえた気がするんだけども。


「ええっと、服、じゃなかったか?」


「ええ、服よ。メイド服だって服でしょう?」


 コクコクと頷き合っている3人。絢香さんが完全に蚊帳の外でなにが起こったのかさっぱりという様子を見るあたり、俺と絢香さんの帰りを待っている間に、3人で話し合っていたのだろう。

 と、いうか。


「俺からメイド服を貰ってどうするんだよ! どこで着るつもりだよ!?」


「そりゃあ、ここでしょ?」


「要するにそれって、貰ったあともメイドやるつもりって意味じゃねえか!」


「あ、そうそう。たぶん直樹も服を欲しがると思うわよ?」


 付け加えるようにして、茉莉がそんなことを言う。

 言っていた。たしかに直樹もそんなことを言っていた覚えがある。ある、のだが。

 圧倒的にタイミングが悪い。いや、俺は状況を把握できるからまだいい。美琴さんや涼香ちゃんもだいたい察しているから問題ない。

 だがしかし、現在ここにはすでに混乱状態で、なおかつ状況がハッキリ見えていない人物が、ひとり。


「直樹くんもメイドになるんですか!?」


「それはないからっ! ついでにあいつの沽券に関わるからやめてあげて!?」


 すでに1回メイド服を着てるけども。文化祭のときに無理やり着させられて、写真まで残されてるけど。

 それでもなお、あいつには雨森さんっていう大切な人がいるんだからやめてあげて。


「まあ、半分は冗談だとして」


 つまり残りの半分は本気なんじゃねえか。俺がそうツッコむと、まあまあと適当に誤魔化される。


「私たち3人は、それくらいのつもりでいてあげるわよって話よ。だから、必要なときはこれからも遠慮なく頼ってくれていいんだからね」


 だって、私たちはメイドなんだから、と。

 まるで誇るべき称号であるかのように、彼女は胸を張って、そう言った。






 二次会、というには場所も人も変わっていないが。その後、散々5人で騒いでから。充電が切れたかのようにして、それぞれが部屋に帰って。


 ただ、俺はなんとなく眠れないままで。キッチンに来て、少し水を飲んでいた。


 ひんやりとした水が、高揚して熱を持った身体を、ほんの少しだけ落ち着けてくれるような気がする。


 半分ほどまで水の入ったコップを置いて、ふと外を眺める。月が、柔らかに朧気に光を放っていた。


 ガチャリとリビングのドアが開く音がして。静かな足音が入ってくる。

 足音の主はどうやらこちらに気づいたらしく、ゆっくりとこちらに歩いてきながら。


「裕太さんも、眠れませんでしたか?」


 やってきた絢香さんが、そう尋ねてくる。


「そうだな。まだ、少し実感がないというか。眠ったら、泡みたいに弾けて消えちゃうんじゃないかって」


「私も、そんな感じです」


 新しいコップをひとつ取り出して、水を注いで彼女に渡す。

 ありがとうございます、とそう言って絢香さんは受け取って。隣に並んで、同じく外を眺める。


「でも、本当なんだよな」


「はい。本当のことです」


 今日のこと。よかったことも、悪かったことも。全て、本当に起こったこと。


「付き合って、るんだよな」


「ふふっ、不安にならないでくださいよ。自信を持って、俺の彼女だって言ってください」


 それはそれでちょっと難易度が高い気がするのだけれども。

 なにせ、いろいろとイメージが変わったり、身近に感じることが多くなってきたとはいえ、絢香さんは絢香さんなわけで。凄い人には変わりないわけで。

 ――いや、そういったことを全て捨て去ろうと。そうして、一緒に死んだんだな、と。

 まだ、少し慣れない感覚に。小さく首を振りながら。


「わかった。できる限り、そうするようにするよ。……まあ、しばらくは外では隠したままにすると思うけど」


「公表してしまっていいと思いますけどね?」


 いや、それはそれで面倒な要素が多そうだから、できれば勘弁願いたい。隠し通せるかどうかということについては、別として。

 とはいえ、少なくともこちらから開示するのはやめておきたい。


「なら、そうしましょう。ふふっ、隠れて、というのもなんだかそれはそれで楽しい気もしますしね」


「……そうだな」


 この状況も、ある意味では隠れてふたりで会っているとも解釈できるわけで。……そう考えてしまうと、なんだか少し、変に感じてしまうところもなくはない。


「ねえ、絢香さん」


「どうしました? 裕太さん」


 こちらを向いた彼女の顔が、柔らかな月の光に包まれている。

 この笑顔を、守るのが。これからの俺がやるべきことだ。


「何度も言ってきたけど。でも、たぶんこれからも言い続けると思うけど」


 だから。


「ありがとう。そして、これからもよろしく」


「はい! こちらこそ、よろしくお願――」


 バタバタバタッ! と、なにかが倒れ込む大きな音がして。

 同時、うめき声のようなものがいくつかあがる。


 なにごとかと、俺と絢香さんとが音のした方へと駆け寄ると。

 リビングの入り口で、積み重なるようにして倒れ込んだ涼香ちゃん、茉莉、そして美琴さんの姿。


「ええっと、なにをしてるのかな?」


 なんとなく、察するものはあるが。もしかしたら俺の勘違い、考え過ぎかもしれないから、一応聞いておく。


「ええっと、その。私たちも喉が渇いたから水でも飲も――」


「お姉ちゃんが部屋から出たから、逢引かと思って、ふたりに声をかけて覗いてた」


 茉莉がしようとした言い訳を、涼香ちゃんが上から言葉をかぶせて止める。

 サーッと顔色を青くした茉莉は、あはは、と力なく笑って。


「てっきり、キスくらいまですると思ってた。……あっ、もしかして邪魔した? 私たちはいないものとして続けてくれて大丈夫」


「仮にやろうとしていたとして、それを言われてやると思う?」


「私ならしない」


 よくぞおわかりで。


「それじゃ、よい子は寝なきゃな時間なので。おやすみなさい」


「あっ、ちょっと! 元凶のくせに先に逃げるんじゃないわよ!」


「まあ、涼香ちゃんの誘いに乗った私や茉莉ちゃんも悪いんだけどね?」


 そう言いながらピューっと逃げていく3人を、追いかけようとも考えたけど。……まあ、どうせ明日も会うのだから、いいや。


「ほんっと、騒ぎには事足らないな。まあ、楽しくもあるんだけど」


 くるりと振り返って、絢香さんにそう同意を求めようとして。


「えっと、その。……しないんですか?」


 唇に、そっと指を当てながら。こちらを見つめている絢香さん。


「あの、ええっと。絢香、さん?」


「私は、大丈夫ですよ?」


 ここまでされて、やらないのはそれはそれで、という話か。

 ひとつ、覚悟を決めて。絢香さんに向き合って。


 そして、段々とその距離が近づいて――、






「わーお」


「寝に行ったんじゃなかったのかよ!?」


 いつの間にか背後に回られていた涼香ちゃんのその言葉に気づいて。思わず、そう叫んだ。


「ふふっ、本当に、楽しいですね」


 俺の隣にいた絢香さんは、そう笑いながら。

 満足そうに、唇を人差し指でなぞっていた。

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