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#123 メイド、いりませんかっ?

「ねえ、裕太さん。今から、私と一緒に死にませんか?」


「へっ?」


 私のその提案に、彼は間の抜けたような返事をして。


「絢香さんっ!?」


 そうして、彼は慌てた様子で駆け寄ってくると、私の身体を抱き寄せた。

 突然のことに私が戸惑っていると、彼はなにを考えているんだ! と、そう声荒らげた。


 ……あっ、そういえば。私の背後、柵だったな、と。

 どうやら、私の言動のせいで裕太さんに誤解を与えてしまったようだった。


「ごめんなさい、裕太さん。……その、それはそういう意味ではない、といいますか」


「そういう意味じゃなかったら、どういう意味なんだっていうんだ」


 焦りが未だ見える裕太さんのその表情に、申し訳なくも少し嬉しさを覚えながら。

 私は、彼に提案を続ける。


「……今、ここで。新井 絢香という人物は死にました」


 そう、淡々と。私は彼に言葉を続ける。


「小川 裕太という人物も、同じく、死にました」


 私は彼の背中に手を回して。そして、


「ここにいるのは、ただのあなたと、私です。それ以上でも、それ以下でもありません」


 だから。だからこそ、


「ここから、全てを捨て去って。生まれ直して、やり直してみませんか」


 もちろん、そんな単純な話ではないということはわかっている。

 これまでの生があっての私たちであって、そうしたしがらみからは逃れられないということはわかっている。

 けれど、あくまで気持ちの問題として。やり直していこう、と。


 もし、彼が望むのであれば、本当になにもかもを捨て去って死んでしまうために、駆け落ちだって構わない。……もちろん、そんなことを彼自身がやりたがらないということは、わかっているが。


 やっと言葉の意味を理解したのだろう。裕太さんが大きく息をついて、安堵の声をもらす。

 ……まあ、これに関しては発言の意味がややこしかった私の方が悪いのだけれど。


「絢香さんは、それでいいの?」


 裕太さんは、いつもの優しい声でそう尋ねてくる。

 本当に、どこまでも優しい人だ。こんなときでも、私のことを気にかけてくれている。

 私はコクリと頷くと、もちろん、と。そう答える。


「そっか」


 小さく告げた、彼のその言葉は。長さ以上の意味と、重たさとを孕んでいた。

 ぎゅううっと、裕太さんの腕の力が強まる。


「少しだけ、こうさせてくれ」


「……はい」


 距離のないふたりの位置が、お互いの心音を伝え合う。

 その音が、その体温が。広がって、混ざり合って。


「その、なんていうか。こんな言葉を伝えるのも、変な気はするんだけど」


 一緒に死んでくれるか? と。裕太さんは、そう言って。

 私は、はい、と。満面の笑みで答えた。






 公園のベンチに、裕太さんと並んて腰を掛けて。

 街並みの、その光を眺めていた。


「さすがは茉莉だな。……あいつにここのことを教えた覚えはないんだが、それでも知ってたか」


 私がこの場所に来ることができたその経緯を伝えると、裕太さんは苦笑しながらにそう言う。

 茉莉ちゃんの、裕太さんに関することの知見は本当にすごい。それこそ、ちょっとだけ妬いてしまいそうになるほどに。

 というか、本人にすらビックリされるって。


 そうして、裕太さんは少しだけ遠くの方に視線をやって。ぽつりと言葉を漏らす。


「ここは、たしかに俺が過去に縋るために来てたんだと思う」


 それについては間違いない、と。裕太さんはそう言った。

 彼の両親との思い出の残る場所。だからこそ、なにかがあったときにここに訪れると、安心するようなそんな気がする。そう、彼は語った。

 しかし、それと同時に。でも、と。


「ここは、俺にとって。思い出とかを抜きにしても、好きな場所だったのかもしれない」


 そう言うと、彼はスッと立ち上がり。柵の方へと歩いていく。

 私もそんな彼についていく。


 眼下に広がる、夜景。とても、キレイだ。


「さっき思い出したよ。この景色が好きだったんだって」


 悩み事をしたとき、こうしてここに訪れて、この景色を見る。

 ちょっと高いところに来ただけなのに、少し視点を変えただけなのに。街がこんなにも小さく見えて。自分の存在や、そして悩んでいたことも同じように見えてきて。

 そうしているうちに冷静になることができて、悩み事が解決しやすくなっていたり。

 裕太さんはそう言いながら。


「どうにも、追い詰められていると視野が狭くなって、悪いことばかり考えてしまって。……ついさっきまで、そんなことにも気づけないでいたよ」


 でも、これからは。この場所をハッキリと好きと言えそうだ、と。


「私も、この場所が好きです。……好きになりました」


「そうなの?」


「はい。だって、初めて裕太さんが本音を。弱みを見せてくれた場所ですから」


「……なんか、そう言われると少し複雑にも思えるな」


 苦笑いをする彼に、私はフフッと笑って冗談ですよと伝える。

 まあ、そういう気持ちがないといえば嘘にはなるので、あながちただの冗談というわけではないのだけれども。


 そうやって、お互いに笑い合いながら。しばらく。


 よし、と。ひとことそう言った彼は、しゃんと立ってから。


「そろそろ、帰ろうか。みんな、心配してるだろうし」


 どうやら、裕太さん自身の気持ちの整理もついたらしい。最近の彼の表情にどこかしら見え隠れしていたような迷いであるとかが無く、しっかりと、真っ直ぐな視線だった。


「帰ったら、茉莉からめちゃくちゃに怒られるだろうなあ……」


「あはは。たぶん今回は茉莉ちゃんだけじゃないと思いますよ。涼香や、美琴さんも心配してたので」


「わかってる。わかってるから、追い打ちやめてくれ……」


 苦虫をかみ潰したような顔をしながら、裕太さんがゆっくりと歩き始める。

 私は、そっと彼の隣について、同じ歩調で歩き進める。


「まあ、こればっかりは俺の自業自得だから。しっかりと怒られるとするよ。……怒ってくれる人がいるってだけ、恵まれてることだろうしな」


「はい、しっかりと怒られてきてくださいね」


 私が満面の笑みでそう告げると、案の定の苦笑いを浮かべた裕太さん。しかし、その表情にはどこか嬉しさのようなものも混じってるような。そんな気がした。


 公園から出ようか、というくらいのところで。裕太さんがなにかを思い出したかのように声を上げると、私の方を向いて。

 ガサゴソ、と。服を脱ぎ始める。


「どうしたんですか?」


「その、とりあえずこれを羽織ってくれ。で、ブリムは外して」


「……ああ、なるほど」


 言われて、理解する。裕太さんが気にしているのは私のこの格好のことなのだろう。

 思いっきり、メイド服である。今までも、家の中だけならいいけど、外に買い物に行くときなんかは別の服を着ていってね、と言われていたように、裕太さんは私がメイド服で外を歩くのをとても嫌がる。


「大丈夫ですよ、私なら寒くないですから」


「そうじゃないんだけど!?」


「それに、裕太さんが脱いでしまうと今度は裕太さんが寒くなるのでは?」


「いいから、ほら、着て!」


 そう言いながら裕太さんはやや強引気味に私に上着を着せる。彼の匂いが感ぜれて、少し心地良い。

 とはいえ、彼自身慌てて外に出てきているということもあって、1枚脱いだあとはそこまで厚手ではないTシャツで、少し寒そうに身体を震わせていた。


「ほら、風邪。引いちゃいますよ?」


「それよりも、今は絢香さんの身の上のほうが大事だから。というか、来るときもその格好だったんだよね?」


「はい、そうですよ」


「……誰かに見つかってなければいいけど」


 頭を抱えながらに裕太さんはそう言う。

 来るときには誰ともすれ違っていない、はず。少なくとも知り合いの顔は見かけていない。

 もしかすると遠巻きからなら見つかっているかもしれないが、そうだとすると今度は距離と時間帯の都合などもあり、私の顔がハッキリと確認できていないことだろう。


 まあ、正直。ここまで来たのだから、もうバレてもいいとは思っているけど。

 私にとっての、怖いものは。もう、ないから。

 それでも、裕太さんはバレたくないらしいので、できる限りは彼の希望に答えることにしよう。


 ……まあ、


「私としては、裕太さんが作ってくれたこの服。自慢したいところですけれどね?」


「やめて?」


「なんでですか? とっても素晴らしい服じゃないですか」


「ありがとう。でも、絶対にやめてね?」


 ちょっとくらいは、からかいに使ってもいいかな、なんて。

 ふふっ、と。そう笑って。そしてはっきりとは答えず、ごまかしておく。

 もちろん、裕太さんが嫌がるので実際にはやるつもりはないけれど、こうして慌てている彼の様子は、普段のかっこいい姿とはうって変わって、少しかわいらしく見える。

 たぶん、それを直接伝えたら怒られるだろうけれども。


 ふたりで、家までの道を歩きながら。彼はそっと指を絡ませてくれる。

 私はそれに答えるようにして、優しく握り返す。

 ほんのりと熱が伝わってきて。隣へと視線を向けると、裕太さんと目があって。お互いに慌ててそらしてしまう。


「……その、なんだ」


 毛恥ずかしそうな声で、裕太さんはそう切り出した。


「通すべき筋とか、順番とか。いろいろとぐちゃぐちゃになってしまったけどさ」


「はい」


「生まれ直しても。やっぱり、俺は絢香さんのことが好きだ」


「……私も、裕太さんのことが好きです」


 そっか。ええ。と、そんな短い言葉を交わして。

 それが、この上なく暖かで、心地よくて。


「こんな俺で良ければ、これからも一緒にいてくれると、嬉しい」


「裕太さんだからこそ、私はいいんです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 やっと、聞くことができた。言うことができた。

 今度こそは、聞き逃すことも、言いそびれることもなく。間違いなく、確実に。


 横並びで、顔は見えない。……見たい気持ちもあるけれど、そうすると、裕太さんからも私の顔が見えてしまう。

 それはちょっと、恥ずかしい。それくらいに自分の顔が熱いのがわかるから。

 冬の寒さなんて、溶けて消えてしまいそうになるほどに。


 そうして、お互いになんとも会話を切り出せないままに歩いているうちにも時間は過ぎ去っていってしまうもので。いつの間にやら、家についてしまっていた。


 すう、はあ、と。少し緊張しているらしい裕太さん。中で待っている3人のことを考えているのだろう。

 その様子に小さく笑いながらも。

 そういえば、私も。この扉の前で緊張していたなあ、なんて。ずうっと前の、そんなことを思い出す。


「ああ、そうだ。裕太さん」


 全てを捨て去って、初めからやり直すのだから、ここからやり直すべきだろう。

 私はそう思い、裕太さんの方に向かい直す。


 都合のいいことに、今の私の服装は、このセリフを言うにピッタリだった。

 当時と一番違うことは、これが裕太さんから贈られた気持ちだということ。


 それが、私に勇気をくれる。


 くるりと周囲を見回して、近くに誰もいないことを確認する。

 せっかく貸してもらった上着だけれども、これを言うのだから、今はふさわしくない。

 裕太さんは慌てるけれど、どうせ家の中では着る必要もないのだから大丈夫だろう。と、そう言って返してしまう。

 ……貰っていいのなら、ちょっと欲しくもあるけど。今、それは本質ではないから、いいや。


 あれから、いろいろなことがあった。長いような、短いような、そんな時間だった。

 その、全ての始まりの言葉を。


「メイド、いりませんかっ?」

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