#118 服に乗せられた想い
終業式も終わって。ついに冬休みに入った。
クリスマスが間近に迫ってきていることもあり、たぶん今頃駅前なんかに買い物に行けば、キラキラとしたイルミネーションで色めき立っていて、それはそれはムードのいい風景を見られるのだろう。
実際、先程部活帰りの茉莉から送られてきた写真は、きらびやかでとても楽しそうなものだった。
……まあ、今の俺には全く持って縁のない話ではあるのだけれども。
クリスマスが近づいてきている、ということは即ち今仕立てている服を完成させなければいけない期限が近づいているということで。
スケジュール自体はそんなに切羽詰まったようなものにした覚えはないし、なんならある程度のバッファを持たせたつもりだったのだけれども。現実は悲しいかな、ちょっとしたことが気になって、そこを直すと次はそれに関連する別なところが気になって、と。
そんな要領で芋づる式に気になるところが現れては膨らんで、現れては膨らんで、と。冬休みの宿題を放り出して、とにかく製作に集中していた。
直樹なんかに見られたら、文句のひとつでも言われそうなものだ。いつも長期休暇では先に宿題をしておけと言うくせに、と。
だがしかし、そんな余裕がないというのも事実で。
「……うん、いい感じ、かな?」
ひとまず、一度広げてみて、全体を確認してみる。途中途中でも確認はしていたが、大きな歪みなどはないし、デザインもシンプルながらにいい感じだ。
大まかなところは問題ないだろうし、あとは細やかなところに――、
コンコンコン、と。扉がノックされる。俺は服を一旦クローゼットの中に隠してから、どうぞと返事をする。
ガチャリと開かれた扉の奥からは、どうやらついさっき部活から帰ってきたのであろう、制服姿の茉莉がそこにいた。
「どうしたんだ? なにか急な用事か?」
「……まあ、別に緊急ってわけでもないけど、ちょっと確かめておきたいことがあってさ」
茉莉はそう言うと、ぐるりと部屋の中を一瞥する。
作っていた服本体はクローゼットの中にあるので、今のところはなにかしら見られて困るものはない、はず。
けれどもこうしてじっくりと観察されていると妙に緊張してしまうから不思議なものだ。
「服、やっぱり作ってたんだね」
「えっ? ああ、まあな」
「クリスマスに合わせて作るつもり?」
「……そうする、つもりだ」
別に特に嘘をつく理由もないので、俺は正直にそう答える。
茉莉はそっか、と。小さくそう納得すると。目を伏せて、呼吸を整えてから、
「告白の、返事をくれるの?」
「いちおう、そのつもりではいる。今年中って約束だしな」
「クリスマスにプレゼントを以て告白の返事を、ねえ。なんというか、裕太もそういう気障ったらしいことするのね」
「言うな、俺だってちょっと恥ずかしいんだから」
ふふっと、からかい混じりの笑い声をもらす茉莉に、俺はため息をひとつつく。
「まあ、裕太が誰のことを選ぶかは裕太の自由だろうし、そこにとやかく言うつもりとかはないけどさ。……ちゃんと、後悔の無いようにしなさいよ」
「ああ、わかってる」
俺のその返答に、茉莉は少し満足げにすると。確認したいことをし終えたのか、ひらひらっと手を振りながら退室していく。
「あ、そうだ。最後に」
「うん? どうした?」
「服、しっかりと全部を、受け取ってもらえるといいわね。まあ、誰に贈るかは知らないけど。……あっ、私はちゃんと受け取ってあげるから、そこは安心してくれていいわよ?」
「全部? いや、ひとりにしか贈らないつもりだけど」
「合ってるわよ? ただ、全部は全部、だから」
どこか掴みどころのない回答を言うだけ言って、茉莉はじゃあねと扉を閉めていった。
なんともまあ、ちょっとした嵐がやってきたかのような時間だった。
「受け取ってくれない可能性、か」
正直、あまり考えていなかった。元々が彼女らから希望して作ることになったものだ。その受け取りを拒否されるというのは、想定していないというかなんというか。
だがしかし、決してゼロな可能性とも言い難い。なんらかの理由でダメになる可能性だってないわけではないだろうし。ついでに、この間手芸屋で言われた「あんたの服は重い」という言葉も気にならないでもない。
たしかに軽装などと比べれば質量はある服だが。素材自体にそんな重たいものは使っていないし、相応のものと比べてもそんな重量のある仕上がりになってはいないとおもうのだけれど。
「……うーん、わからん」
わからないものは、どうしようもない。
そして、タイムリミットが刻一刻と近づいている今現在において、そんなことをゆっくりと考えているのはシンプルなタイムロスだ。
ひとまず、作業を再開するためにもクローゼットにしまっておいた服を取り出して、そして改めて観察する。
気になったところを少しずつ修正しながら、細やかな装飾なども施していく。
時間猶予があまりないというのも事実ではあるもののここで仕事を乱雑にしては元も子もない。、一針一針、しっかりと、丁寧に。
結局、服が完成したのはクリスマスパーティの前日だった。
その都合、パーティの準備などは絢香さんを中心に、茉莉と涼香ちゃんたちも合わせた3人にほぼ全てを行ってもらうことになり、申し訳なさを感じたりはしたのだが。絢香さんからは、
「むしろ私たちにおまかせください!」
と、そう言われてしまった。
快く引き受けてくれたのは正直とてもありがたかった。
「うん、時間はかかっちゃったけど、いい仕上がり……だと思う」
正直こういうのは自画自賛のようでどこかむず痒いような恥ずかしいような感じがするのだけれども。しかし、自分が作ったという贔屓目を抜きにしても、いいものができたと思う。
少なくとも、プレゼントとして。そして告白への返事として渡すものとして、十二分にその役目を果たせるものになっただろう。
「まあ、仮にその目的で渡すのだとしたら、どういうデザインを選んだんだって言われそうな気もしなくはないけれど」
けれど。最も似合うもの。……そして、俺自身が彼女に抱いているイメージなどを照らし合わせたとき、これが一番いいと、そう感じたのも事実だった。
「喜んでくれるといいな」
彼女の笑顔を思い浮かべると、ドクンとひとつ、心臓が跳ねるような気がする。
「どんな反応をするだろうか」
もしかしたら、驚くかもしれない。様々な表情を想定するのは、とても楽しい。
「この服を贈れば、きっと――」
きっと――、
……なんだ?
待て。今、俺はどんな感情を抱いた?
今回のこの服を贈ることは、ただのプレゼント以上の意味合いを持つ。それは、わかっている。
なにせ、告白の返事という意味合いを持っているのだ。
だが、今俺が抱いた感情は、到底その意味合いとは不適格な、ズレたところにある感情。
だがしかし、自覚してしまったその感情は、はっきりと俺に向けて告げている。
お前は、彼女に。その感情を向けようとしているのだ、と。
ただただそのことに、ゾワリとした悪寒を感じる。
同時、手芸屋で言われた「あんたの服は重い」というその言葉の真の意味をはっきりと自覚する。
ああ、たしかに重い。めちゃくちゃに重い。
……もしかしたら、茉莉や直樹もこのことに気づいていたのだろうか。
そうだとすると、少し納得の行くところもある。それに、ふたりも同じく、俺が過去に作った両親への服を知っているから、それについて気付く機会もあり得たのだろう。
「――ッ」
ギリッと歯を食いしばる。自分自身への自己嫌悪がわいてきて、嫌で嫌で仕方なくなる。
俺自身に振りかかってくる悍しい感情は。おそらく、ツケなのだろう。
今まで知らないふりをして、見ないふりをして。勝手に自分で解決できたと、そう思い込んできた。
自分が大人になれたとでも勘違い来てきた俺自身に対するツケなのだ。
目の前にあるこの服には、たくさんの想いが乗せられている。
例えば恋であるとか、例えば愛であるとか。そういったものも込められていて。そういう意味でも、たしかに重い。
が、問題なのはそこじゃあない。正直、そういったものであれば手作りのものが、大小の差はあれど元来持っているものだろう。
だがしかし、込められた気持ちは、それに留まらない。
俺がこの服に乗せてしまった感情は、ずっと俺が願って、望んできたもの。
しかしそれが叶うことはなく、歪にねじ曲がってしまったもの。
今思えば、両親に服を作ろうとしてきたことも。
そして、両親以外に服を作ろうとしてこなかったことも。
その、どちらにおいても。これが理由だったのだろう。
褒めてほしい、甘えたい、認められたい。
俺のことを見ていてほしい、離れてほしくない。
俺は、自分で作った服に。そんな返報性を期待していたのだ。
それらは、俺が子供の頃に、ずっとずっと、両親にぶつけたかった想いであり。
そして、現在は彼女に向けてしまっている感情そのものなのだ。
こうして振り返ってみると、この服のデザインも。その感情の表れなのかもしれない。
自覚してしまった感情は、目を逸らそうとしても、考えないようにしようとしても、まるで瞼の裏に焼き付いてでもしているかのようにつきまとってくる。
さっきまでは紛うこと無き自信作に見えていたはずの服。……いや、出来に関しての評価は、相変わらず変わってはいない。
だけれども、それが今ではとてつもなく悍しいものに見えてしまう。
息が荒くなってくる。心拍が、加速している。
そんな悍しいものを彼女に贈るのか、と。そんな感情が湧き上がってくるその傍らで。自覚したそれらに嬉しさを覚えている自分がいた。……正直、理性では信じられない。
けれど、なんとなく理解できるものもある。根拠などがあるわけじゃない。けれども、漠然と。湧き上がってきたそれらの感情は、間違いなく俺がずっと望んできたものなのだという確信が、これを肯定しようとしてくる。
ただの、俺の。あまりにも身勝手なエゴだというのに。
ゴクリ、と。唾を飲み込む。
喉を伝って降りていくその感覚に、湧き上がっていたそれらが少しだけ落ち着くのを感じられた。
ほんの、少しだけ。それこそ、少し経てば復活してくるくらいには、ほんの少し。
けれど、その差がとてつもなく大きかった。
先程までは地面に足が縛り付けられたかのように動けなかったのが、なんとか、動けそうであった。
「……今のうちに、とりあえずこれをしまっておこう」
一旦、自分の目からも遠ざかるような場所に。
もはや手遅れではあるものの、俺の中の感情の原因でもあるそれは、ひとまずは引き離しておくべきだ。
「それから、みんなにも連絡しないと」
俺が手伝えない分、頑張ってやってくれている3人に。……元々は作り終えたら手伝いに参加するつもりだったというのに、こうなっては手伝いどころではない。
疲れたので、明日に引きずらないように先に休んでしまうという旨。夕食は不要だということ。この2点を、絢香さんたちに送っておく。
あと、それから。部屋の鍵も施錠しておかないと。
絢香さんたちには悪いけれど、心配してやって来てこられると今は一番困る。
下手に中に入ってこられようものなら、今の俺では気を確かに持てるかわからない。
それくらいに、混乱、そして動揺しているのが自分でもわかる。
自覚してしまった、その感情に。
「明日までに、なんとか気持ちを落ち着けておかないと」
心臓が締め付けられるような、そんな痛みを感じる。
果たして俺は、彼女たちからの恋情を、受け取ってもいいのだろうか。
そんな不安を抱えながら、ばさり、と。倒れ込むように布団に横たわった。