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#116 作らなかった理由

 また絢香さんや茉莉に見つかったらいろいろと言われそうだけど、と。そんなことを思いながら、今日も少し夜更しをしていた。

 日中から夕方にかけてはできる限りみんなとの交流に時間を充てたいと考えていた都合、こうした私的な作業が自然と夜中に倒れ込んできてしまう。


 カタカタカタ、と。ミシンが小気味の良い音を立てて針を進める。


 年末は学期末と被ることもあり、試験とクリスマスが同時期にやってきてしまう。テストが終わってから作ろう、だなんて考えていると絶対に間に合わない。

 とはいえ、服を仕立てていたから成績がよくありませんでした、なんてそんなこと絶対に通用にしないわけで。

 ふたりには悪いけど、少し無理をしつつで作業を進めていかないといろいろと間に合わないだろう。


 縫い終わりの処理をして、今行っていた縫製の出来をチェックする。


「……うん、こういう大きいのは久しぶりだからちょっと心配だったけど、比較的キチンと作れてるな」


 もちろん、気になるところが全くないかというとそうではないのだけれども。しかし、仕上がり自体は悪くない出来だと思える。

 手芸屋でも言われたが。こうして誰かのために服を仕立てるというのは、本当に久しぶりの経験だった。

 服の仕立てということだけなら、習作をたまに作ってはいたものの。誰かの身体に合わせて、その人に似合うようにデザインをして、というのは。それこそ、数年来というレベルだ。


 手元にある、4人の体型に関するメモ書きを見て。ちょっとだけ複雑な気持ちになってしまう。たしかに作るのに必要だから、これがないと困るのはそうなんだけれども。とはいえこれを持っていていいのだろうかという、そんな不安も感じてしまう。

 だって、比較的デリケートな個人情報なんじゃないのか? これ。

 ……まあ、それを預けてくれるくらいには信頼してもらえていると、そう解釈することもできるけど。


「さて、今日はそろそろこのあたりにしておこうかな」


 勉強の方もある程度はやっておかないといけないし、それもやるとなるとキリのいいところで引き上げないと、本当に時刻が遅くなりかねない。

 これを贈ったらどんなふうに思ってくれるだろうか、と。そう思いながらに進める作業の手はとても軽やかで。そして、楽しい。

 けれど、だからといってそれを理由に作業を続けていては、おそらくそのうちに空が白んでくるだろう。


 あれ以来というもの、絢香さんと茉莉がしばしば顔を覗き込んできたりして、俺が寝不足でないかの確認をしてくることがある。

 万が一にも夜更ししていることがバレようものなら、以前のアレが再来しかねない。


 それだけは回避しないと。そう思いながら、ひとまずは机の上の裁縫道具を片付け始めた。






 服の製作に取り掛かり始めてから、数日のうちにテスト前週間になった。

 例によってこの期間は絢香さんたちも自宅に帰るため、久しぶりにひとりきりの自宅――とはならなかったようで。


「頼む、裕太! 助けてくれ!」


 こちらも何度目かの光景である、直樹の姿がそこにはあった。


「なんとなく察するものはあるけど、いちおう事情は聞いてやる」


「今回のテスト、赤点だったらクリスマスの日に追試があるってことをすっかり忘れてた!」


 そういえば、今日の終礼で担任の小野ちゃんが追試がどうとか言っていたな。関係ない話だと思って半分以上聞き流していたので、詳しいことは知らないが。

 けれど、直樹の話聞く限りではどうやらクリスマスに行われるらしい。学校としても、なかなかいやらしい日に設定したものだ。……まあ、それが嫌なのなら、いい成績を取れよということなのだろうけど。


 ひーん、と泣きついてきた友人に。まあ、だいたいそんなところだろうとは思っていたけど、と。小さくため息をつく。

 全ての原因がそうではないにせよ、普段からきちんとやっていなかったことのツケが回ってきている側面もあるだろう。あんまり甘やかすのもよくないのだろうけれども。しかし、ここで突き放すというのもアレではあるだろう。

 俺は彼に、少しここで待ってろ、とだけ伝えると。ひとまずリビングに向かう。


 卓上に広げていた裁縫道具やら布やらを片付けて自室に戻して、代わりに勉強道具一式を持ってくる。

 その様子を見ていた直樹からは、なにか作っていたのか? と、そう尋ねられる。

 特段これといって隠す必要性もなかったので「ちょっと服をな」と伝える。


「へぇ、いいじゃねえか。……まあ、テスト前週間にやることではない気もするけど」


 苦笑いをしながらそういう直樹に、なにも言い返せない。まあ、そのとおりだからだ。

 とはいえ、家に絢香さんたちがいないこの期間が都合がいいというのも事実で。こうして先程までのようにリビングを使ったりもできる。

 もちろん自室でやれなくもないのだけれども、やはりこの手の作業をするには広いに越したことはない。実際、作業時間が増えた他に作業効率も上がっている都合、進捗はかなりいい感じになってきていた。


 直樹がリビングに入ってきて、ふたりでそれぞれ勉強道具を机の上に広げる。

 向かい合う形で座り。それじゃあ宿題から手をつけようか、と。そう言おうとしたところで。


「それで、誰の服を作ってるんだ?」


「誰のだっていいだろ。言うと思ったか?」


「いいや、絶対に言わないと思ってた。でも、誰かの服を作ってるってことはわかった」


「…………」


 最近、こういう失言が多いような気がする。致命的なことは言っていないので今のところは大丈夫なのだけれども。……気が抜けているのだろうか、少し、気をつけないといけない。


「しかし、裕太が服を誰かのために作るなんてめちゃくちゃに久しぶりじゃないか?」


「まあ、そうだな」


 俺はそこまで答えて、少し疑問に思う。

 そういえば、こんなやり取りを少し前にしたばかりだな、と。

 少し記憶を掘り返してみると、そうだ、手芸屋で材料を買ったときに言われたのだ、と。


 だがしかし、改めてこのことについて考えてみると不思議なことがある。

 どうして、店主や直樹は俺が服を作るということに関して、誰かのために、というところに注視したのだろう、と。


 たしかに、ここ数年は誰のためではなく練習や思いついたアイデアを形にする、という目的でしか服は仕立てていなかった。

 誰かに合わせて作る、となるとその人の体型や雰囲気などに合わせて作っていく必要があるので違いが出てくるというのは間違いないが。しかし、ふたりがそこまで気にするようなことだろうか。


 まあ、純粋に俺が誰かに贈り物をするということに興味を持っているだとか、そういう可能性もなくはないだろうが。


「……なあ、俺が誰かに服を仕立てるって、なにか気になることがあるか?」


「いや? 別にそんなことはないぞ。ただ、珍しいな、とは」


「珍しい?」


「だって、裕太って両親以外のために服作らないし、作りたがらないだろ? それなのに、って思うと」


 直樹に言われて、たしかにとハッとする。

 実際、美琴さんに作ってとねだられてもなんだかんだでのらりくらりとかわしていたように、基本的には誰かの服を作ろうとはしてこなかった。

 もちろん、店主や直樹もそういった事情を知っているため。そんな彼らからしてみれば俺が誰かのために服を仕立てているということは珍しく思えるのだろう。


「それで? 誰に渡すんだ?」


 だからこそ、彼がこうして興味を持つ理由にも、意欲的に知りたがることにも納得がいく。……もちろん、野次馬根性に近しいものもそこにはあるのだろうけど。

 だがしかし、だからといってじゃあ教えてやるかというと、それとこれは話が別なわけで。


「なあ、直樹。俺は別に今日はこれで解散にしてもいいんだけどさ」


「えっ? ……あっ、ゴメンナサイなんでもないです」


 俺の言葉、もとい脅しの意味を察した彼は大人しく引き下がる。

 彼自身、この勉強会が必要になった理由が自分の今までの怠慢が原因だという自覚があるのだろう。


「まあ、冗談はさておき、勉強会始めていくか」


「おう、今回ばっかりは絶対に欠点は取れないからな!」


 随分と強い意気込みだった。まあ、夏前のときも夏期講習を嫌がって頑張ってはいたけれども。しかし、それにしてはかなりやる気に満ち溢れている。

 冬休み自体が短いため、赤点の場合でも冬季講習はないため、今回は冬休みが十分に遊べなくなるなんてことはない。

 その代わりに先程言っていた追試が課されることになっているが。……そうか、追試か。


「直樹。お前、クリスマスの予定が決まったのか」


「ふおあっ!? い、いきなりなにを言い出すんだよ」


 大きな声で驚いた直樹は、目を白黒させながらこちらを見つめてくる。


「いや、どうしてそこまでして赤点を嫌がるのかなって考えてて」


「いや、元々嫌なものだろ赤点は」


 それはそうなのだけども。

 それにしては、熱の入り方が違うというか。


「それで。そういえばこの間、お前からクリスマスの予定について聞かれたなって」


「……お、おう」


「そのときに、いろいろと話したなって」


「…………」


 ついに黙り込んでしまった。これは、正解と見ていいだろう。


 それで。おそらくウキウキ気分であったであろう直樹は、小野ちゃんの言葉で追試のことを思い出して。ふと。日程がクリスマスの予定とピッタリ重なっていることに気づいて。

 そして、こうして大慌てで頼りに来たのだろう。


 まあ、なんというかこの上なく自業自得なのだけれども。しかしながら、これで直樹が追試になった場合、一番かわいそうなのは雨森さんだろう。


 彼女はなにも悪くないのに、この阿呆のせいで振り回されるというのはしのびない。


「……ったく。とりあえず宿題を進めながら、わからないことがあったらすぐに聞け」


「ありがとう裕太! 恩に切る!」


「わかってると思うが、変なこと言ったりしたらそこで打ち切るからな!」


 あはは、と。直樹はそう笑いながらに宿題に取り掛かり始める。わかっているのか、どうなのか。

 しかし、ちゃんとやる気があっただけはあって、そこからの進みは早いものだった。

 順調に宿題を進めつつ、わからないことをすぐに聞いてくれるので、こちらとしてもやりやすい。


 ちょうど、直樹がある程度理解している範囲に差し掛かったのだろう、しばらくの間、彼からの質問が途切れる。

 悩みながらに、ときどき詰まりこそするものの。頑張って問題に向き合っていた。


 そういえば、と。彼と同じく宿題を進めながらに、ふと。

 どうして俺は両親以外にこれまで服を仕立ててこようとしてこなかったのだろうか、と。


 なんとなく、するべきではないと、そんなことを漠然と考えていたのだけれども。改めて考えてみるとこれは正確な理由とは言えないだろう。

 美琴さんから頼みこまれていたときには、上手く作れるかわからない、というような理由をつけていたが。あれは断るための理由であって、こちらも本質ではない。


 じゃあ、なんで?

 自分のことだというのに、どうして全く見当がつかない。


 ううむと俺が考え込んでいると。

 正面に座っていた直樹も同じくそう唸っていた。


「なあ裕太、ここなんだけど」


 どうやら、なんとか頑張っていたらしい直樹だったが、限界が来たようだった。


 ひとまず、これは後回しにしておこう。

 頭の片隅に置いておきながら。机に身を乗り出して、直樹が指し示しているところを確認した。

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