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#113 わーお

 ここまで来ておいて、今更それを言うというのも違うというのはわかって入るのだけれども。

 だがしかし、言わせてほしい。


「いくらなんでも、さすがに無理があるんじゃないかな?」


 なんとか帰ってきた愛しの自室。そのベッドの目の前で、俺はそうつぶやく。

 なんてことはない毎晩慣れ親しんだシングルベッド。……そう、シングルベッド。

 正直ふたりで寝るにもかなーり厳しいであろうそのベッド。

 で、あるというのに。


「いけます、たぶん」


「いやいや、無理があるって」


 ぐっと拳を握りしめながらこちらを向く絢香さんに、少し呆れ顔で俺はそういう。


 シングルベッドに3人並んで寝ようというのだ。

 人の身体の大きさの都合、横にふたりが仰向けになった時点で厳しいであろうシングルベッドに、3人である。

 ……うん、無理だって。


「こう、身体を横向きにして入れば、なんとか」


「たしかにそれならばベッドの上に身体は乗らなくはないだろうけども」


 理屈の上では可能でも、それを実践するかとなると話が大きく変わってくる。

 壁側の人は、まだいい。狭いくらいで済むだろう。真ん中もそこまで大きな問題はない、寝返りがうてないくらいだろう。

 一番の問題は残りのひとりが常にベッドから落ちる危険性にさらされるということだ。


「じゃあどうするのよ。また裕太はリビングのソファで寝るっていうの?」


「いや、それはできれば勘弁願いたいが」


 そもそも各自、自分の部屋で寝ればいいんじゃないか? と、そう提案をしてみせるも。それはふたりから即座に却下される。

 うーん、これは。深夜であるということと、先程一度パニックになったということで、全員頭の中の考えがちゃんとまとまってないな? たぶん、俺含めて。

 じゃあ、仕方ない。一緒に寝るしかないか、なんて。俺もそんなことを一瞬でも思ってしまってる時点で。


「……わかったよ。それじゃあ、一緒に寝るってことでいいんだよな?」


 だめだろうとか、無理だろうとか、そういうことほ理解しているのだけども。それ以上に頭が回っていない。

 俺の言葉にぱああっと顔を明るくしたふたりを見て。じゃあ、とりあえず俺は寝転ぶから、と。布団に入ろうとしたところで、引き止められる。


「どうしたんだ?」


「いや、裕太さんはまだです」


「……えっ」


 俺がキョトンとしながら引き止めてきた絢香さんのことを眺めていると、彼女はもぞもぞと布団の中に潜り込んでいく。

 できれば壁側が良かったのだが、どうやら絢香さんがそこを希望していたらしい。……部屋主に優先権がないのはどうかと思うけれど、それにツッコむだけの思考が現在十分に回っていない。

 絢香さんは、少し掛け布団を持ち上げると、どうぞ、と。こちらを向いてそう言う。


「ほら、茉莉。呼ばれてるぞ」


「いや、なんで私なのよ。呼ばれてるのは裕太よ?」


 なんではこっちのセリフなんだが。

 端っこであればベッドの外側を向いていればふたりのどちらにも顔を向けずに眠ることができるが、真ん中に入ってしまえばどちらを向いてもどちらかの顔があることになる。

 先程も言ったようにベッドはシングルベッドなわけで。そこに3人が並ぶ都合、つまるところがめちゃくちゃに狭いわけで。そうなると、顔と顔の距離も尋常じゃないほどに近づくことになる。


 いやあ、ダメだろ。


「俺が外側に行くべきじゃないか?」


「なんでよ。裕太が端っこになると、私たちのどちらかが裕太の隣じゃなくなって不公平でしょ?」


 なる、ほど?

 言われてみればたしかにそんな感じがしなくもな……いや、一瞬納得しかけたけど、そういう問題でもないような気がするんだが。


「ほら、さっさと入る! 私も寒いんだから」


 後ろから茉莉にせっつかれて、ベッドの上に。

 絢香さんの身体がグッと近づいてきて。緊張で身体がピシャリと固まる。


「ほら、裕太さん。もっとこっちに来ないと茉莉ちゃんが入るスペースがありませんよ?」


「そ、それはわかってるけど」


 これ以上近づくとなると、密着する距離なわけで。いや、たしかに密着でもしないとシングルベッドで3人とか不可能なんだけれども。

 俺がそう戸惑っていると、絢香さんに引っ張られ、茉莉に押し込まれ、無理やりベッドの中央へと動かされる。

 絢香さんの身体が左腕くっついて。その柔らかな感触が――だめだ、考えるべきじゃない。


「……なんとかこれだけあれば、裕太が仰向けのままでもギリギリ私が入れそうね」


 茉莉はそんなことを言いながら、やはりベッドに入ってくる。

 そして当然、残っているスペース的に彼女もピッタリとくっついてくるわけで。

 絢香さんのふんわりとした感触とは少し違った、多少しっかりしつつもやはり柔らかさのある……って、考えるな考えるな。


「それじゃあ、電気を消しますね」


「……ちょっと布団の幅が足りてないわね。まあ、仕方ないか」


 絢香さんがリモコンで電気を消しながら、茉莉はちょこっとだけ文句を言う。そもそも3人どころかふたりすら覆うことを想定していない掛け布団なんだから仕方ないだろう。

 それよりも俺は両側からの感触から必死に意識をそらしながら自制心を保とうとすることで精一杯なのだけれども。


 こんな状況に、それもふたりの側からの提案でなっているのだから、ちょっとくらいいいんじゃないか、なんて。そんなことを思ってしまいそうになって、なんとか踏みとどまる。


 両の耳から、ふたりの呼吸が聞こえてくる。

 心臓が、早鐘を打つ。……嫌なことに、密着しているのだから、きっとふたりにも伝わってしまっているのだろう。


 なんとか意識を落ち着ける方法はないだろうかと、そんなことを思案していると、小さな声で茉莉が話しかけてくる。


「ドキドキ、しちゃってるんだ」


「……うるせえ」


「まあ、仕方ないか。こんな状況だもんね」


 茉莉はふふっと、そう笑って。……その声ですら、耳をくすぐってくる。


「よかったね。男子にとって、夢のような状況なんじゃない?」


 からかってくる茉莉の言葉に、俺は否定はしなかった。……悔しいから、肯定もしなかったけど。

 仰向けなので、彼女の顔を確認はできないけれど、だいたい察しがつく。おそらくは、悪い顔で笑っているのだろう。

 だから、ちょっとお返しをしてやろうとそう思って。


「そんな茉莉はどうなんだよ」


「えっ、私!? わ、私はなんともないよ?」


 明らかに上擦った声で反応する茉莉。


「そ、そもそも裕太と一緒に寝るなんて、初めてじゃないし。小学生の頃に一緒に泊まって寝たことあるし」


 小学生の頃って。そんな昔のことを引き合いに出してくるんじゃねえよ。それにあのときは同じ部屋だけど別の布団だったし。強がるにしても、もう少し別な理由を用意しろよ。


 茉莉のこれが強がりだということ――彼女自身もドキドキして緊張しているということははっきりわかっていた。

 先程の声もそうだし、なにより質問を投げかけた直後から俺の右腕を掴む彼女の身体に力が加わった。動揺したのだろう。


「そ、それにそういうことなら絢香ちゃんだってドキドキしてるんじゃないの!?」


 茉莉は自分自身が不利と判断すると、話を一気に転換させた。

 だが、不運というか、判断ミスというか。その、話を切り替えた先が悪かった。


「……あれ、絢香ちゃん?」


 答えが帰ってこないことに不思議に思った茉莉は、そう言って。しかし、絢香さんはやはり、なにも言わない。というか、言えない。


「あの、茉莉。絢香さんはちょっと前から、既に寝てるぞ」


「……えっ」


 数分ほど前から、俺の左腕……絢香さんのいる側に、ずっしりとした感覚がのしかかっているのがわかっていた。

 そのあたりから、すう、すう、と。規則的で、小さな寝息も耳で確認できている。


 俺や茉莉が緊張しまくっているその隣で、絢香さんは真っ先にリラックスして、そして寝落ちていた。


 同衾の経験があったからだろうか。あるいは、彼女の性格上、誰かがそばにいてくれたということがなによりも優先して安心できたからだろうか。

 ……今は、絢香さんが既に眠れたというその事実がとても羨ましい。正直、このまま行くと俺の眠りがめちゃくちゃに浅くなりそうだった。


「…………ね、寝る!」


 ぎゅううっと、茉莉が右腕を強く抱き込んで、そして顔を肩に擦りつけてくる。ちょっと痛い。

 しかし、その痛みもしばらく我慢していたら、そのうちに緩んでくる。その代わりにやってくるのは、左側よろしく、右側からの重み。きっと、茉莉も意識を手放したのだろう。


「わかっちゃいたが、取り残されたのは俺かあ……」


 予想どおりというか、なんというか。このまま眠れるのだろうか、というそんな不安を覚えつつも。

 ひとまず目を閉じて、必死で自制心を抱えながら、とりあえず羊でも数えることにした。






「ん、トイレ……」


 小水の気配で、私は夢から叩き起こされる。

 冬の寒さは、布団の魔力を強めて私を逃がそうとしない。

 もぞもぞと、なんとか我慢ができないかと粘ってみるが。そもそもそれなら現在起きていない。


 なんとも鬱陶しい生理現象に理不尽な怒りをぶつけながら私は身体を起こす。


「あれ、お姉ちゃんがいない」


 隣のベッドの中にいるはずの姉、絢香の姿がそこにない。


 なんとか気持ちを持ち直したとはいえ、つい数時間前までは不安定な精神状態だったお姉ちゃんである。

 大丈夫だとは思うのだけれども、いざこうして突然姿が見えなくなると、どうにも不安を感じてしまう。

 こんな時間にどこに行ったのだろうか。そんな疑問が私の頭の中に浮かびかけて。


「……今は、それどころじゃない」


 そもそもこうして叩き起こされたその原因を思い出し。嫌々ながらに布団から出る。

 寒さか、あるいは尿意か。ブルッとひとつ震える。


 心配事はありはするけど、ひとまずは。


「早く行こう」


 万が一にも決壊して、事故をするわけにはいかない。

 私はまだ少し重たい瞼を擦りながら、さっさと歩き始めた。


 トイレにて火急の要件を済ませてから。私は改めて先程の不安感に立ち返った。

 お姉ちゃんが、ベッドにいなかった。


 どこかふらりと行ってしまったのではないだろうかと、そんなことを思って玄関へと向かうが、そこにはちゃんと靴がある。

 リビングには、なぜかソファの上に毛布があるけどお姉ちゃんはいない。


「あと、候補があるとするなら」


 ちょっと、まさかなあとは思いつつ。しかし、可能性を拭えず、私は裕太さんの部屋のドアの前までやってくる。

 コンコンコンと、そうノックをしてみるが、返事はない。

 そっとドアノブに手をかけてひねってみると、不用心なことに鍵はかかっていないようで、そのまま押し開けることができる。


 おそるおそる、中を覗き込んでみる。


「わーお」


 そこにあったのは、目を疑う光景。

 正直、お姉ちゃんがそこにいて、なおかつ同衾しているくらいなら予想はしていた。

 けれど、現実はそれを軽く越え。そこにあったのはお姉ちゃんと茉莉にサンドイッチされる形で眠っている裕太さんの姿だった。

 幸せそうに眠っているお姉ちゃんと茉莉に対して、裕太さんはというと随分と寝苦しそうにしている。左右から、なにかに押しつぶされる夢でも見ているのだろうか。


 目の前に広がっている光景に、驚きと同時ちょっとした羨ましさも感じた。

 左右は埋まっているから、空いているとするなら上だろうか。

 自分も混ざってやろうかと。左右に関してはシングルベッドに無理やり3人並んでいる都合、もう無理どころか既に定員オーバーな状況だが。私は身体が小さいので、裕太さんの上であればおそらくなんとか潜り込める。

 そこまで考えかけたが。いいや、やめておこう。と、ふるふると頭を振り思いとどまる。


 それは、ずっとそうしたかったであろうお姉ちゃんの気持ちを汲んだであるとか、こっちはこっちで不安を抱えていたであろう茉莉の気持ちを察したであるとか。

 あるいは、既に苦しそうにしている裕太さんにさらなる追い打ちはかわいそうかなと情けをかけたであるとか。そういう意図もないではないが。


 なによりも、どんなことよりも。


「ここで私が混ざったら、この話を脅しに使えなくなる」


 こんなうまいネタが転がっているのに、それをみすみす捨てるのはもったいないだろう。

 ここであの布団の中に混ざってしまってはお姉ちゃんと茉莉と同じ立場になってしまい、ふたりを糾弾する権利を失う。


 ちょっと名残惜しいけど。

 私は室内の3人を起こさないように、そっとドアを閉じる。

 そうして自室へと足を向けて。


「ふんふふんふふーん」


 思わぬ収穫があったことに上機嫌な足取りで、自分のベッドへと戻り始めた。

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