#112 どこからどう見てもアウト
夜間に幼馴染の部屋の扉を開いたら、そこにはベッドに座る幼馴染、パジャマ姿で枕を胸に抱えて立ち尽くしている友達がそこにいた。
茉莉から見えた視点としては、こんな感じだろうか。
夜中に、男女が、寝間着で、ふたりきり。
更にはその片方は、相手に好意を抱いていると公表している。
うん、間違いなくスリーアウトだな。というか、スリーアウトじゃ収まらないだろ。
現に茉莉はわなわなとした様子で狼狽えながら、俺と絢香さんとの顔を交互に見ていた。
「ゆっ、ゆっ、裕太がっ!?」
「しーっ!」
思わず叫び声を挙げそうになった茉莉に対して、俺は慌てて彼女の口を塞ぐ。
もごもごっと少し苦しそうにした彼女だったが。すぐさま俺が手を離すと、少しだけ落ち着いた様子になっていた。
「と、とりあえず落ち着いてくれ。なにがあってこうなったかの説明ならするから」
ここで騒がれるのは、まずい。時刻的に近所迷惑というのはもちろんのこと。茉莉の叫び声で涼香ちゃんが起きてしまったときが一番良くない。
ただでさえ混迷を極めそうなこの状況に涼香ちゃんまで混ざってくるとなると、もはや収拾がつかなくなりそうだからだ。
「……とりあえず、話しなさい。それで納得するからともかくとして」
ドスのきいた、低い声。ジトッと向けられた、瞳。疑り100%といった様子の彼女がそう言いながら。しかし、とりあえず話は聞いてくれるようだった。
とはいえ、この状態の茉莉を説得できるのかというと、ちょっと自信はないのだけれども。しかし、やるしかあるまい。
俺はここまでの流れを、誤解の無いように茉莉に説明する。
説明中も彼女の怪訝な表情は解けることはなく。そうして、茉莉が入ってきたというところまでひとしきり話しきったところで。
「つまるところ、裕太が絢香さんと同衾しようとしていたって話よね?」
「どうしてそうなるんだよ。真逆の話になってるじゃねえか」
同衾しようとしてきたのは絢香さんの方だし、むしろ俺は同衾しないようにするために部屋へと帰そうとしていた側なのだが。
だがしかし、信用が地の底よりも落ちている現状。俺の言葉をそのまま信じられないという彼女の主観もわからなくもないのだけれども。
「……まあ、半分くらいは冗談よ。ある程度落ち着いてきてから改めて状況を見てみたら、なんとなく把握してきたというか」
そもそも枕持参な時点で、どちらが仕掛けてきたのかもある程度察せるし、と。茉莉は呆れ顔で絢香さんのことを見つめていた。
「絢香ちゃん。一応聞いておくけど、裕太になにか強制されたとかそういうわけじゃないのよね?」
「俺の信用なさすぎじゃない!?」
茉莉のその発言に、俺がちょっとショックを受けながらにそう言うと。彼女は小さくため息をついて、念の為よ、と。
絢香さんも特段嘘をつく必要もないので。茉莉からの質問にはコクリと頷いてから。
しかしそこで、ぽんとひとつ、手を打って。
「自分の部屋で寝るように、とは強制されました」
おそらくは大真面目なのだろう。ニコッといい笑顔で笑いながらに絢香さんはそう言う。
そういうことじゃない。あと、それは言われなくても当然のことだ。俺と茉莉の意見が一致して、ふたりして苦笑いをしてしまう。
「ああ、でも。理由はあとからついて回ったものですけれど、裕太さんが最近寝不足気味だったらしいので、早くに眠っていただこうとしていたのは本当ですよ?」
不意に、絢香さんの放ったその言葉に。意外なことに茉莉がぐるんっとこっちに視線を向けてくる。
「……そうなの?」
まさか俺の寝不足云々についてまで聞かれるとは思っておらず、拍子抜けをしながらも俺はコクリと頷いた。
「まあ、ちょうどさっきまでもやってたけど服のデザインを考えたりとか。……あとは、最近はちょっと気になる案件があって。ああ、これについては解決したから気にしないでくれていい」
「それで、裕太さんが2時頃になったら眠くなるから、それくらいになったら寝るっていうので」
「……へぇ」
夜だからだろうか。……夜だからだと信じさせてくれ。茉莉の瞳に光が宿っていない気がする。
うん。現実逃避しても、仕方がないだろう。あの表情は、間違いなく怒っている。
「そっ、そうだ。そういえば茉莉はなにか用事があって訪ねてきたんだよな? な、なんの用事だ?」
「そうね。用事はあったわ。裕太にいろいろと言いたいことがあって、それで来たんだけど。……でも、言いたいことの内容がすっかり変わっちゃった」
俺の必死の話題反らしも虚しく。ふふっと笑い声を漏らした茉莉の瞳は、明らかに笑っていない。
そうして。口元は笑っているのに目元は笑っていない、そんな茉莉から雷のように落とされた言葉は「寝ろ」の2文字だった。
こうする他になかった、というのは理解している。
とはいえ、なんというか。
「ちょっとだけ納得いかねえ」
現在、真っ暗なリビングのソファの上で横になっている俺は、小さくそうこぼした。
冬の寒さが身に沁みて、ブルッと身体を震わせながら毛布に包まる。
いくら暖房があるとはいえ、まもなく12月だというのに毛布1枚というのはさすがにキツイものがあると思うんだけれども。
そんな文句を言ったところで、この場には俺を追い出した茉莉はいない。
「暖房が稼働してきたら、マシになるかなぁ」
まだつけたばかりだから寒いだけだと、そう信じて。
寒さから逃げ込むように俺は丸まった。
どうしてこうなったのかというと、ひとまず俺は、寝ろ、ということになった。
至極真っ当な意見であり、正直反論はできそうになかった。
個人的な感情を込みで話していいのであれば、高校生なんだし、多少の夜更しくらい見逃してほしいな、というところではあるが、どうやら許しては貰えそうになかった。
まあ、それはともかくとして。ここまでは、いい。よかった。
だがしかし、問題はここから起こった。
それならばこのままその場は解散して、それぞれ眠ろう、と。そうなるものだとばかり思っていた俺なのだが。なぜかその意見は却下される。
「いや、こんなことがあったばっかりで、裕太がなにかしでかすかもしれないままで放っておけるわけないじゃない」
そう言い放ったのは、茉莉だった。
どちらかというと、なにかしでかしかけたのは絢香さんの方では? そんなことを思いつつも、現在信用失墜中の俺の言葉が茉莉に聞き入れられるはずもなく。
ついでに、
「今の裕太さんをひとりで自室に置いておくと、私たちがいなくなったのを好機と見て、作業を再開するかもしれませんし」
絢香さんから、そんな意見が投げかけられてしまう。
これに関しては、いちおうそうするつもりはない。……とはいえ、考えの中には浮かんだことではあるので、強く否定もしにくい。
しかし、じゃあどうするのだ。ということになり。いくつかの案が飛び交うことになる。
「当初の予定のとおり、私と裕太さんで眠れば問題ないのでは?」
「問題大アリに決まってるでしょ!? 今の裕太と絢香ちゃんをふたりっきりとか!」
「ていうか、当初の予定ってなんだよ」
「じゃあ、茉莉ちゃんが裕太さんと一緒に寝ますか? ……ちょっと不本意ですけど」
「それもダメに決まってるじゃない! ってか、不本意って。絢香ちゃん、結構言うようになったわね……」
「じゃあどうすればいいってんだよ。俺がここにひとりで寝るのもダメ、誰かとふたりで寝るのもダメ。じゃあ寝ないっていうのはもっとダメ」
俺がやや投げやり気味にそう言うと、絢香さんと茉莉はパッと言葉を止めて。そして、しばらく考え込んでしまう。
実際問題、あちらを立てればこちらが立たず、ほぼどうすることもできない八方塞がりだった。なにかを諦めなければ成立しなさそうな、そんな状況。
「とはいえ、これはねえよなあ」
そんな状況をひっくり返したのが、茉莉がポツリとつぶやいた言葉。
俺が自室から出て、絢香さんと茉莉が俺の部屋で寝る。
……なんということだろう、先程まで挙げられていた懸念点が、これで解決してしまうではないか。
俺が自室でひとりになったら寝ずに作業をするのではないかという疑い。そもそも、自室から追い出したので問題無し。
今回のことがあった直前で、俺が絢香さんたちへ手を出してしまうのではないかという疑い。絢香さんと茉莉が一緒に眠ることで解決。
ただひとつ、俺が自室に留まることができない。という、1項目について諦めなければならないという、その新たな問題点を除いて。全部が解決していた。
「いちおう、俺が部屋主なんだけどな」
そんな意見は聞き入れられず、毛布を持たされて。こうして茉莉に追い出されてしまった。
「それにしても寒いな」
暖房が効いてきたのは間違いないのだけれども。やはりこの季節に毛布1枚のみで、というのは無理がある。
どうにか自室から掛け布団だけでも拝借できないかな、なんてそんなことを考えるも。そうすると今度は絢香さんと茉莉の布団がなくなるわけで。
くしゅんっ、と。くしゃみをひとつして。ブルッと身体を震わせてしまう。
同時、俺のくしゃみの音に反応してか、ガタリとなにか物音がする。
「えっ?」
「あっ」
物音の主が、思わず挙げたその声で、犯人が誰かということは察せられた。
「なにしに来たんだよ、茉莉」
「えっと、その。なんていうか」
ひとまず照明をオンにすると、なにやら申し訳なさそうな表情をした茉莉が、頬をかきながらやってきていた。
「やっぱり、裕太のことを追い出すのはさすがにかわいそうかなって」
「うん、めちゃくちゃ寒い」
「それから、やろうと思えば別にリビングでも作業はできるよねって」
……先程の俺たちはすっかり失念していたが、たしかに自室じゃないからできないというのは筋が通らない。
もちろん普段使っている道具などについては現在自室にはあるものの、このリビングにあるものでなにかできるかといえば、十分すぎるほどではある。
「とはいえ、それじゃあどうするっていうんだよ」
「それは、えっと……」
そもそも、先程まで挙がっていた候補では、俺が自室にいる時点で茉莉の挙げた問題点のどちらかに引っかかってしまう、ということだった。
だからこそ、こうして俺が追い出されているのだけれども。
そんな疑問を俺が茉莉にぶつけていると、なにやら茉莉がひどく赤面をして。ものすごく言いづらそうにしながら。
「それがね。あのあとふたりでちょっと喋ってたら、絢香ちゃんがひとつ、解決法を思いついて」
「マジ? ……なんというか、俺の腕が縛られるとかそういうのじゃないよな?」
「えっ、そういうほうが良かったりする?」
俺の言葉に、茉莉がキョトンとしながらそう言ってくる。
俺は全力で首を横に振る。全く以て、そっちの趣味はない。
「それで、なんというか。その」
普段ならどちらかというと、はっきり言いなさいと言うような立場の茉莉が、どうしてこうも煮え切らない様子でもじもじとしているので、少し面白い。
とはいえ、そんなに言いにくい内容なのだろうか。
茉莉が、言えるタイミングになるのを待ち。そうして、意を決した様子の彼女は、パッと顔を上げて。
「そっ、その! 3人で一緒に寝れば問題はないんじゃないかなって!」
「……はい?」
たしかに、俺が単独で自室にいるわけじゃないから、夜更かしはできない。
ついでに、ふたりっきりというわけじゃないから、そちらの心配も無し。
更には、あとになって現れた問題である、部屋主が追い出されるという自体も回避できる。
たしかに、この文面だけ見ればとても良い方法に見える。問題は全て解決できている。
なんだけど、
「なっ――」
――なんでそうなった。と、そう叫びかけて、慌てて口に手を当て、止める。
そもそもそれをふたりが承認してるのか……って、発案者が絢香さんで提案しに来たのが茉莉ってことは、ふたりとも納得してるのか。
って、そうじゃなくって。
「いちおう確認しておくんだけど。……えっ、マジで?」
まだにちょっと状況を飲み込みきれていない俺は、改めてそう彼女に尋ねると。
茉莉は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めたままで、コクリと頷く。
……そっかぁ、マジかぁ。
じゃ、ないんだけどなあ。
万が一涼香ちゃんにバレたらどうしよう。彼女は、朝起きてくるのが遅いからその前に解散すればなんとかならない……こともないかもしれないけど。
そんな、ちょっと先のことを考えてながら。未だ信じきれない目の前の現実から、ちょっと目をそらしていたくなっていた。